二日目 案内と村と家族と職人と
……あの悲劇が起こった後、私はずっと掃除をしていました。
結局あの後、リリィちゃんがご飯を作り直してくれて、その後無事一緒に朝食は食べました
勿論、アザレアさんにも持っていきましたよ?
お金は払いました。食材や鍋などは大した額ではないですが、魔石は安いものといっても希少価値のあるものです。今回壊したものでも、金貨二枚分。魔石の中ではかなり安い方だったのですが、私のお財布事情を加味するととても辛い金額です……。
「すみません、なにからなにまでやってもらって……ありがとうございます」
朝食を食べ終えた私達は、ひとまず村の案内も兼ねて、この村の散策をしに外へとやって来ています。
私はまぁ、ポーチを一つとってくるだけだったのですが、リリィちゃんは仕事着でしたので、その間に、片付けなどは済ませておきました。
「……いえいえっこの村のことを知ってもらうのは重要なことですし、なによりも魅力を知ってもらうことはやる気にも繋がりますからね!」
本来、案内等の仕事をしているリリィちゃんのお父さん。アザレアさんは外を出歩くことができないため、今回もリリィちゃんにお世話になってます。
私としては完璧に役得ですね。
「まず、わたしたちの家であり宿屋でもあるのがここですね……。紹介することはそんなないんですけど、一応、この村の中心に位置しています」
くるっと振り返り手を家の方に大きく広げる、夜ここに来たときとは、だいぶイメージが変わります……。そこまで新しいわけではないですし、豪邸というわけでもなさそうですが、しっかりと手入れが行き届いた。とても良い家です。
「ここは今後もお世話になりそうですね……」
「あと、この家の裏側は林になってます。魔物とかはいませんけど、整備はそんなにされてないので、注意してください」
――見たところ、どうやら林には、魔除けの結界が張られてるみたいです。
恐らくそれで、魔物が寄ってこないんでしょう……。
「えーっと、次はどっちからいきましょう……」
宿の入り口から見て中心にまっすぐな道が一つと、左右に続く道がそれぞれ一つずつ、の三方向に分かれています。どうやらこの宿は村のほぼ中央にあるようです。半分以上林ですけど。
私がこの家に来たときはこのまっすぐな真ん中の道でしたけど、夜だったので全然見れてませんし、全部見て回ることになりそうです……。
「とりあえず、こっちから行きましょうかっ、ソラさん付いてきてください」
そう言うと右手側の道へと歩き始めます。
ふむ、リリィちゃんに手を引かれながらのデートシチュ……いいですね。最っ高じゃないですか。
「小さな村ですので、紹介するところがあまりないんですけど……えっと、所々にある家にはこの村の人達が住んでいます。一応、昨日のうちに、村の復興の手伝いをしてくれる人が来てくれた。というのは村の人には通達したので、こんな村ですし、皆さんと顔を会わせることになるのもそう遠くないと思います」
そんなことまでしていたんですか。流石に行動が早すぎませんかね? まだ正式に決まってすらいなかったじゃないですか……。
でも、そのおかげで一つ一つ説明する手間は省けそうでよかったです。
「あっ、見えてきましたよっ、ここはちょっとした集会場ですっ。一応、この村の中ではかなり大きい建物になっていて……お昼は皆さんここに集まってることも多いんですよ」
しばらく歩いていると、大きな建物が見えてくる。ここも他の木造の家とは違い石造りの建物になっているようで、どうやらお年寄りの団らんや村を支える職人達の共同の作業スペースとして使われているらしいです。
「……作業を共同で行うんですか?」
普通、作業といえば自分の空間で、数人でやることもあるかもしれないですけど、基本一人での方が多いと思うんですけど……。
少なくとも私のいた村ではそんなことをする場所はなかったと思います。
「そうですね、旅人さんとかが来るときも皆さんお聞きになるんですけど、この村は自身の家族だけでなく、村全体もひとつの家族のような……そんな感じの付き合い方をずっと続けてきているので、作業なども皆でワイワイとやることが多いんです。個々でやってることは違っても、それ自体は変わらないですね」
「……皆さん仲がいいんですね、羨ましいです」
別に私がいた村だって別段、仲が悪かったわけではないですが、交流をすることもあまりなかったので、そういったことには憧れます。
「まだ朝早いのであまり人はいないかもしれませんが、とりあえず、中も見てみましょうか」
言われた通り、少女の後に続き中に入ると外観とは違い、石で囲われているというのに圧迫感などはなく、むしろ広々とした空間になっていました。
「結構……広いですね」
「今は人もいないみたいですし、そういった意味でも広く見えるのかもしれません」
なるほど……たしかに広さのわりに空虚な感じな気がします。
中を見渡してみると、壁はないですけど、まるで二部屋に分割されているみたいです。片方は椅子は置いてあるだけの空間なのに対して、もう片方は見たこともないようなものがたくさん並んでいます。恐らく、椅子の置いてある方は、ゆったりとしたりすることができる場所で、もう片方が職人さん用なのでしょう。
「ん?こんな早くに人がいるたぁ珍しいなぁ」
突然、後方から声を掛けられる。吃驚して反射的に肩が跳ねあがる。慌てて後ろを振り返ると、なんともいかつい顔をした男性が私の顔を覗き込んでいた。
「ふぇっ……!?」
「嬢ちゃんが言ってた旅人さんかい? こりゃまた別嬪さんだなぁ……」
なんですか!? この人!? 会ったばかりの人なのに顔っ近くないですかっ!?
「えっ、えっと……あなたは……??」
「おぉ、すまねぇな、俺の名前はアルス、この村の職人だ。嬢ちゃんはなんってんだい?」
アルスと名乗る男性は少し距離をとって答えてくれる。悪い人ではなさそうですけど、出会い頭に女の子の顔を凝視するのはどうかと思います。
「私の名前はソラ・グレイシアです。好きに呼んでください」
「ソラちゃんか、しばらくこの村にいるんだろう? その間だけかもしれんがよろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
「もうっっっっっっ!!!! わたしもいるんですから、二人だけで会話を進めないでくださいよ!!!!」
二人の間にリリィちゃんがむくれながら両手で二人の間を分かつように割って入ってくる。
無視されていたのが気に入らなかったのか、唇をすぼませるその姿もとてもかわいらしく、見ていて癒されます。
「おっと、もう一人の嬢ちゃんがお怒りだな」
「もうっ……改めてこちら、今日から村の復興を手伝ってくださることになったソラさんです。それでこっちのでかい人が……不服ながらこの村で一番腕の立つ職人のアルス・ブラキウムさんです」
「不服とかひどいくねぇか? いっつも面倒見てやってたじゃねぇか、昔とかお前……」
「わーーーーーーーーー!!!!!! そういうところですよ、いつまでも子供扱いしないでください!!!!」
手をブンブンと大きく振りまわし、顔を真っ赤にながらアルスさんの言葉を遮る。表情がコロコロと変わっていくのも彼女の魅力の一つですね。仲がとても良いのもリリィちゃんが言っていた家族のようなものというわけなんでしょうか。ところでアルスさん。その話詳しくお願いしたいんですけど。
「ったく子ども扱いったって、まだまだガキじゃねぇか、まったくよぉ……それで? 今日はどうしたってんだ? なんか用か?」
「ガキじゃないですもん……」
あ、リリィちゃんが拗ねました……。
あからさまに、立っていたアホ毛がしょげています。
「って……えっ……????」
可愛いなぁ、とリリィちゃんのことを眺めていると、いきなりリリィちゃんが泣きつくように私の胸に飛び込んでくる。
待って待って待ってくださいストップッストップ!!!!!?????
かわいいし、柔らかいし、温かいし、なんかいい匂いがするしで頭が、思考が安定しません!!
「強面のおっさんがいじめてきます……助けてくださいっ、ソラさんっっ……!!!」
むしろ私を誰か助けてくださいっっ!! このままだと、頭に血が上って倒れちゃいそうですよ!!
「だ……大丈夫です……強面のおじさんなんて私が倒しちゃいます……」
「……おいおいっソラちゃんまでそんな……ひどくねぇか……?」
「はっ……! じょっ、冗談ですよ……冗談……」
片方の手を鼻に当てながら、もう片方の手でリリィちゃんの頭を撫でる。紫苑色の髪はとても柔らかい。逆らうことはなく触れた指に合わせて流れるように靡いていく。……これはやばいです、幸せすぎます……。
「はぁ、まあいい、それで結局のところどうなんだ?」
「ここに来たのは、まず村のことを知ったほうがいいという話になって、とりあえず見て回ることになったんです」
アルスさんがこの状態のリリィちゃんを無視して話を進めてくる。すごいですね。慣れているんでしょうか?
仕方がないので、私がリリィちゃんを撫でながら返答をしていきます。
「あーなるほどな、まぁ、とは言っても見るもんもそんなねぇだろうがなぁ」
「見たところ小さな村ですし、だからこそ人がいなくて困ってるんでしょうしね……」
「ははっ……ちげぇねえな……!!」
「そういうことですので、私たちはそろそろ失礼しますね」
「ん? もうちょいゆったりしてってもいいんだぞ?」
「いくら小さいとはいえ、一周全部となると時間がかかってしまいますし、それはまた別の機会ということでお願いしますっ」
このままだと本当に倒れるんですっ。理由なんて何でもいいから、この状態をどうにかしないといけないんです。
「そうかい、それじゃあ仕方ねぇな、また何かあったら言ってくれ。普段はここにいるし、リリィの奴に聞きゃ家も教えてくれっだろ」
「はい、それではまた」
「……もう行くんですか?」
私の胸に顔を押し当てたまま、顔を上げ、上目遣いで聞いてくる。
んんんんんんっっっっぅぅぅ!!!!!
……やめてくださいもう色々と辛いんですっ我慢がぁっっっっ!!!
「はいっ、この先の案内もお願いしますね。」
「任せてください!!」
自分の頬を強く二回叩いて、緩み、上がって戻らなくなった口角を戻していく。急にどうしたのかと、少し不安げな顔で聞かれましたが、こうでもしないと私はずっとにやけっぱなしになっちゃいますから仕方がないです。
先ほどとは違い、今度は私がリリィちゃんを引っ張ってはいますが、とりあえず、立ち直ってくれたみたいです。さて、時間はありますが、急いで損もないでしょうし、次へ行きましょう。