二日目 料理と魔石とパルプンテと才能と
私は料理ができません。
不器用であったり、ちゃんとしたレシピ通りに作らなかったり、味音痴だったりと料理ができない人は何かしら当てはまるものがあると思われます。
しかし、そうじゃないんです……。
私は器用さや正確さだけならほとんどの人に負けない自信がありますし、ちゃんとおいしい料理が作れる家族や村の人の話を聞いて作ったり、味見を他の人に任せたこともありました。
……ですが!
私の作った料理の全てが何故かことごとく失敗してしまいました。爆発することやゲル状になったことも見た目が完璧な黒塊と化したこともありました……。
それ以来、簡単な加熱や食材を切ったり盛り付けをすることしか許されませんでした……。
「もう、大きくなりましたし簡単なものならできると思ったんですけどね……けほっ……」
鋭い爆発音と部屋を包み込む灰色の煙、黒焦げになっている鍋。その前で私達は立ち尽くすことしかできませんでした。
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アザレアさんとの会話を終えた私は朝食を作るリリィちゃんを手伝うために調理場へとやって来ました。調理場は、昨夜ご飯を食べたところから繋がる扉の奥にありました。
中は、様々な棚が並んでいたり、裏口として外に出るためだと思われる扉がついていたりなど、他の部屋の作りとはだいぶ違って見えました。
「あのっ、リリィちゃん……私もお世話になりますし、料理のお手伝いをさせて頂けませんか……?」
彼女が作業始めようとしていたところへ声をかける。
リリィちゃんは、昨夜と同じように上からエプロンをかけていて、ここの部屋にいる間だけつけていたのか、頭には三角形に纏められた大きな布を髪を纏めておくためつけていました。
「えっ、でもっ……ソラさんはお客さまでもありますし」
「私ができることは少ないですし、簡単なことだけでもやっていきたいんです。だめ……ですか?」
実際はリリィちゃんと一緒にいたいっていうのもあったりします。
まぁ、嘘は言ってないですし。
「いえっ、そういうことでしたら……一緒に作りましょうか、ソラさんっ」
「……ありがとうございます。……言っておいてなんですが、実は私料理は得意な方ではなくって、簡単なことならやりますので、何でも言ってください」
大丈夫だとは思いますけど、まぁ昔ですら切ったり放り込んだり、盛り付けたりくらいできましたし……今なら他にもできますよね?
「そういうことでしたら、スープをお願いします。そこにある食材を切ってそこの鍋に入れていっていくだけですので」
「スープですね、任せてください」
調理をするための台の上に置かれている鍋を指さして、他の食材などもてきぱきと私の前に置いていく。無茶苦茶に作業が効率的です。私も足手まといにならないように頑張らないといけませんね。
スープくらいだったら簡単そうですし……何としても村の人たちを見返してやりますよ。
「えっと……」
スープの具材は野菜が多く、味付けも塩が少しだけという、とてもシンプルなものになっているため、切って鍋に放り込んで火にかけていけばいいといった感じみたいです。
「よし……やりますか」
ナイフを手に取り野菜を刻んでいく、しっかりやってるつもりなんですけど、やっぱり形が不揃いになってしまいます……。
リリィちゃんは、メインとなる料理の方を作っているようで、お肉に野菜、油などを、きれいに刻んでは鍋へと放り込む。火が通る間に、別の皿を持ってきて野菜を刻み、皿へと添えていく。これはサラダみたいです。
隣で作業をしているリリィちゃんの動きを見てるとなにがなんだか分からないんですけど、なんでそんな早く綺麗にできるんです……?
簡単にですけど、リリィちゃんから教えてもらいながら進めていく。頭では理解しているつもりなんですけどやっぱり思った通りに出来ないです……。
野菜を切り終えて、鍋に放り込んでいく。あとは火をつけて適当に待つだけですね。
「すみません、炎の魔石ってありますか?」
この世界には火を付けるものが手動か魔法しかありません。ただ、魔法を使えない人もいますし、こういった日常で使うものにいちいち魔法を使っていると疲れますし、なによりも魔力がきれてしまいます。
そこでとある研究者がどうにか出来ないものかと、研究を繰り返していたときに、とある宝石に魔力をこめると魔法を維持することができるということが分かって、それを魔石と呼ぶようになりました。最近ではこういった小さな村にも普及して、なくてはならないものになっています。
「魔石でしたら、たしか……後ろの箱に入っていたはずですよ」
「後ろの箱……あっ、これですね」
足元に木製の箱があり、中には様々な色の宝石が詰め込まれている。ここの中の赤色のものが炎の魔石でしょう。
ここの国の法律に魔石に魔力を与する時は分かりやすい色にするというものがあります。恐らく、昔、それによる事故かなにかがあったんでしょう……。
取り出した魔石を鍋の下に置いて魔力で反応させる。魔石の起動の仕方は魔力を近くで放ち魔石に反応させるというやり方。魔法が使えなくても、魔力を少し放つだけでできるので、誰でも使えるという代物です。
「そういえば、この…………っ!?」
手際よく料理をしていたリリィちゃんに声を掛けようとしますが、突如、耳障りな風が擦りきれるような音が響き、声が掻き消されてしまう。不快な音に私たちは耳を塞ぎ辺りを見渡す。
「……なっ、なんですかっ……!? この音は……っ!!??」
その音の出所が魔石だと気づいたのとほぼ同時、眩い光に包まれたかと思うとすぐに身体を黒い煙に覆われていく……。
それだけならよかったのですが、遅れてすさまじい爆発音とともに熱風が部屋全体へと巻き起こる。
咄嗟のことで反応は遅れてしまいましたが、すぐさま煙を掻き消しあたりを見て最初に目に入ってきたのは。
空中を回転しながら飛ぶ鍋でした。
「……えっ……??」
頭のなかに疑問が浮かんでは消えていく。思考がまったく追いつきません。
一体なにがどうなったんですか? 一体なんでこんなことに、そしてなぜ目の前に鍋が飛んでいるんですか。
鍋が床に叩きつけられ、辺りに金属音が反響する。その音でようやく、ハッと意識が戻り、すぐに鍋の中身を確認しました。
しかし、残念ながら、鍋の中身は無事――というわけにもいかず、ほとんどが床にこぼれてしまいました。
これは……理由はわかりませんけど、どう考えても私のせいで爆発……しましたよね。
「そうだっ、リリィちゃんっ…!? リリィちゃんっ、大丈夫ですかっ!?」
ふと、我に返り、近くにいた少女のことを思い出しました。
彼女も間近で爆発にあっていたんですから……もしかしたら何かあったかもしれません。
咄嗟に煙をかき消して周りを見渡すと、爆風の影響で少し飛ばされたのか、しりもちをついている少女の姿がありました。
「うぅー痛いです……」
しりもちをついたときに打ったのでしょう。お尻をさすっていますが見えるところに特に目だった外傷はなさそうです。ほんとによかったです……。
「すみません……。私がちょっとやらかしてしまったみたいで……」
「いっ、いえっ……ソラさんのせいじゃっ!」
「……いいんですよ、私が悪いのは間違いないですから」
「いっ、いえ……でもぉ……」
だいぶ嫌味な感じに言ってしまいました。嫌われましたかね……。
否定したくても、その通りだからできないんでしょう。私は一体何をやっているんでしょう……。
リリィちゃんを手伝うどころか、爆発を起こして、そのうえで困らせているなんて。
「とりあえず、私は掃除と後処理しておきます……鍋と食材、魔石のお代……後で教えて下さい」
「いっいえ……手伝ってもらったのにそんな……」
お財布。一年間貯めた私のお金たちよ……さらば、さすがに全部消えたりはしないとは思いますけど。
「いえ、これは払わせて下さい……でないと、私の気が収まりません」
頭を下げ、誠心誠意謝罪をする。優しいリリィちゃんですから、おそらく怒ってすらいないと思いますが、このままでは私の方が納得できません。
「えっ、えっと……とっ、とりあえず頭を上げてくださいっ……! わかりましたっ、わかりましたからっ……!」
言われた通りに顔をあげ、少女を見つめる。……本当に優しいんですから。
きっと貸しってことにすらさせてもらえないんでしょうね。それなら……。
「とっ……とりあえず、私はご飯作っちゃうので、掃除の方だけお願いしてもいいですか……?」
「はいっ、ありがとうございます。次からは気を付けますね。」
リリィちゃんからもらった優しさを、私も同等。いえ、それ以上にして彼女に返していきましょう。