二日目 朝と時計と父親と決心と
本日も快晴です。
白く透き通るような肌に少し水色が混ざったさらさらな白髪が陽の光に照らされ映し出される。
瞼を閉じた上からでも容赦なく襲い掛かってくるその光に耐え切れず、一つ寝返りを打つ。
……眩しいです。
私は朝は弱く、身体が言うことを聞いてくれません。
そのため、身体を起こすことはなく、むしろより深く頭まで布団へと潜っていく。
左腕につけている時計に魔力を流し込むと、現在時刻をを頭の中に直接伝達する。この魔道具についている機能の一つです。
魔道具とはあれです。魔法が使えない人でも使うことができる魔力で動く道具です。
魔道具は古代遺跡にあるものか、職人によって作られたものの二種類が存在しています。遺跡から発掘されたものはこの世に二つとないとても希少価値の高いものだったり、ガラクタだったりと様々です。
職人によって作られたものは数自体は少ないですが同じものが存在しています。遺跡のものと比べるとやはり劣っていますけど……。
そして、私のつけているこれは遺跡から発掘された物です。ただ、全く同じものが何個か見つかっているため希少なものではないようです。
そんなことより、昨夜はあの後、言っていた通りマップを見せてもらうことになりました。
結論から言うと、私の村から西方に王都があるはずなのですが、そこからさらに南に行ったところ、私の村から見て南西にあたる場所にこの村があることがわかりました。
しかも、村から王都までの道の二倍くらいの距離がありました。私はなんて無駄なことをしていたんでしょうか。
……まぁ、もう過ぎた話です。こうなってしまった以上は受け入れていくべきでしょう。
時間を確認したところ、思っていたよりもまだ早いですしもう少しゆったりしても良いでしょう
――そう思ってしばらく布団の中でくるまっていると、部屋の入口の扉の方から声が聞こえる。
「おはようございます。ソラさん、少し早いのですがお時間よろしいでしょうか?」
……どうやらリリィちゃんのようです。
布団から離れたくはないですけど、彼女のためなら仕方がないですが、出ますか……。
「リリィちゃん……おはよう……ございます……」
自分の身体とは思えない身体を起こして扉へと向かっていく。
扉を開けながら、今の私のかなり振り絞った全力の声で返答をする。まだ、眠いんですから仕方がないです。
「すみません、先程起きたばかりでして、着替えとかもあるので少し待ってもらってもいいですか?」
私は寝間着のままにすっぴんで髪もボサボサだというのに、リリィちゃんはもう仕事用のであろう服を着て身なりを整えていました。
いやまぁ、私は普段からおめかしなんてしないんですけど……。
「そうですねっ……すみません。配慮が足りませんでした。こんな早朝だというのに申し訳ありません」
「いえいえ……構いませんよ。それにしてもリリィちゃんは朝強いんですね。私はまぁ見ての通りですので、羨ましい限りです」
「えへへっ……宿屋のお仕事を手伝っているうちに平気になってました。それでは受付のところでお待ちしておりますね」
パタンと扉が閉められる。もうちょっと寝たかったです。
私は寝間着を脱いで放り投げると、シャツと短パンを着てその上から白の長袖パーカーを羽織る。
これがいつもの私の恰好です。おしゃれとかにはまるで興味がないので、動きやすいこういった服の方が好きなんです。
実際、着てるのを合わせても二着しか服はありませんから。
髪もはねちゃってます。めんどくさいですけど直さないとですね……。
「とりあえず濡らしますか、水の創造!」
洗面所へとやってきて自分の髪を豪快に濡らす。
流石に服とかだけは濡れないように護ってますが。
「あとはっ乾かしましょう……! 熱風!」
ふぅ……下位魔法とはいえ連続は疲れます。
外でリリィちゃんを待たせてますから、早く済ませるためにも魔法を使っていきます。
魔力がもったいないですし、普段だったらこんなことで魔法なんて使わないんですけど……。
「……お待たせしました」
支度を終えて、リリィちゃんのいる受付のところへとやってくる。
リリィちゃんは外に置いてある木箱を中へと運んでいました。あれは何をやっているんですかね?
「あっソラさんっ! 早かったですね。すみません、今これを入れたら終わりますので……」
「大丈夫ですか? 私も持つの手伝いますよ……?」
彼女の頭より高く積まれた箱をふらふらしながら運んでいるのを見ると、落とさないかととても不安になってきます。
ていうか、重たくはないんでしょうか……?
「いえいえ、これくらい平気ですよ。よいっしょっと……」
「それはなにが入ってるんですか……? 随分と重たそうですけど」
「これですか……? なんとこれはですね! 昨日頼んでおいた食材です!」
先程入ったばかりの新鮮なものなんですよ! と目を輝かせながら迫ってくる。
興奮を抑えきれなようでとても楽しそうにしています。
どうやら、私が来たことで久しぶりにお客さん用の料理を作るそうで、とても楽しみらしいです。
「そうなんですか、それは楽しみですね。ところで……先程言っていた用事をお訊きしても?」
「……ああっそうでしたね。えっと……昨日の件で手伝ってくれることになったっていうので、父が会ってみたいと言っていて。ほんとは昨日のうちに会いたかったらしいんですけど、昨日は早くに寝てしまっていて……」
ああ、なるほどです。なんとかやり過ごす道はないかなって思ってましたけど、親にそれ言っちゃってるなら無理ですね………………くそぅ……。
「そうでしたか……。それじゃあご挨拶しないとですね。案内して戴けますか?」
「はいっ! すみませんソラさんっ、こっちの都合なのに早朝から」
「いえいえっ、これくらい大丈夫ですよ。朝は好きですしね……」
朝弱いんですけどね? いや嘘ではないんですけど、朝しかないあの太陽の暖かさといいますか、包まれるような感覚は好きなんですよ。まぁ、その太陽の日を浴びながら寝る方が好きなんですけど。
リリィちゃんに連れていかれ、受付のカウンターの中にある扉へと案内される。ここがその部屋みたいです。リリィちゃんの父親……どんな方なんでしょうか?
「お父さんっ……連れてきたよっ」
リリィちゃんが扉を開けるとともに、中へと声をかける。入っていいのかとか、よくわからないんですけど、ひとまず入って挨拶だけはしとかないと。
そう思って、頭を下げて一礼する。
「お初にお目にかかります、ソラ・グレイシアと言います。今回、リリィちゃ……娘さんから事情を聞いて、そのお手伝いをすることになりました」
スッ、と顔を上げると、とてもリリィちゃんの親とは思えない黒髪の男性がベッドの上に座って腰かけていました。
部屋はとても簡素な造りになっていて、中央に大きなベッドが一つ。左手前に大きな棚が二つ並んでいて、ベッドの横には小さな本棚がありました。
「おおっ……君が娘の言っていたソラちゃんか……。僕はアザレア、一応この村の村長をしているよ。話は娘から聞いたよ。村長として、村を代表してお礼を言わせてくれ、本当にありがとう……」
そういって私に頭を下げる。アザレアさんはベッドで座ったままでした。
恐らく立つことができないんでしょう。そうでないならあちらから挨拶に来そうなものですし。
「頭をあげてください。お手伝いはしますけど……私一人じゃ出来ることなんて限られてますし、ご期待にはあまり応えれないと思います」
「それでもだよ、こんな小さな村のために、まだ若い君のような子が協力してくれるなんて……申し訳ないけど僕はこの通りだからね。どれだけ感謝しても足りないよ」
ほんの一瞬だけでしたが、アザレアさんは自身の足を見て、その無力さからか苦笑する。
笑顔を浮かべてはいますけど、その表情からは悔しさが伝わってきます……。
一体なんでそんな笑顔を作ることができるんですか、いや、聞くまでもないですね……目の前に笑っていてほしいと思う人がいるわけなんですから。
はぁ……こんなの見せられて、やっぱ止めますとか言える訳ないじゃないですか……。
「私にできる限りのことをさせていただきます。ところで、具体的には何をしたらいいんでしょうか?」
最終的な目標のようなものは聞きましたが、具体的な話をまったく聞いてないんですよね……。
「ソラちゃんは若いのにしっかりしてるねぇ、娘にも見習ってほしいよ……。えっと、やってもらいたいことは、簡単に言えばこの村の復興……かな。この村は確かに小さいし、王都からも離れているけど道は整っているし食べものとかに困ることはないんだよ。ただ、やっぱり皆王都に行っちゃってね……人がどんどん減ってしまっているんだ」
私なんか見習っちゃ駄目ですよ、リリィちゃんは今のままだからいいんです。
「そこで、この村にも人が来てくれるようにして欲しいんだ。一応僕がやってたのは家を綺麗にしたり、近くの町とかにこの村のことを知ってもらうために宣伝したりとかだけど、やり方は自由でいいと思うよ。とりあえず、観光客でもなんでも、人が増えてくれることが望ましいかな。人が増えたら、ここに滞在してくれる人も少しは増えるかもしれないから」
「自由に……ですか……」
自由って言われると難しい気がします。まぁ幅広くなんでもできるのはいいんですけど……。
「この村にあるものは自由に使ってくれていいから……。まぁ、そんな難しく考えず、人が来てくれそうな楽しそうなことを考えるだけだよ、別に責任を取ってくれって言うわけでもない……この村を楽しみながらやってくれれば良いからね」
「そうですね……私なりになにができるか考えてやっていこうと思います」
……こうなった以上、今の状況を楽しむことにしましょう。むしろそう考えると村を発展させるなんて普通じゃ体験できませんし面白そうです。
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その後もアザレアさんからこの村のことを聞きました。採れる作物や村人の数、近くの水辺についてなど、今後に役に立つことも多そうです。
そんな感じで話していると、一定の間隔で鈍い遠くまで響くような鐘の音が聴こえてきました。
「あっ……お父さんっ、ソラさんっ。わたしそろそろ朝ごはん作ってきますね……」
「おおっ……もうそんな時間か……すまないね、こんな長々とおじさんの話なんかに付き合ってもらってしまって」
リリィちゃんはそのまま部屋から駆け出してしまいました。
先程の音はどうやら、時刻を報せるものかなにかのようですね。私の持っている時計と同じようなものなのでしょうか?
「いえいえ、とても有意義な時間でした。私も料理の方を手伝ってこようと思いますので、これで失礼します」
頭を下げて部屋の扉へと手を掛ける。
「本当によくできた娘さんだ……こんな私の話でいいならいつでも聞かせるから、たまに顔を出してくれると嬉しいよ」
「はい、これからよろしくお願いします」
振り返り、そう返した私は部屋を飛び出したリリィちゃんの後を追っていく。私のためだけにわざわざご飯を作っていただくんです。お手伝いくらいしないといけませんよね……。
手伝うくらいなら私でも…………。
――――――現状、今後のことが何も分からないですけど、だからこそ今後が楽しみで堪りません。
最近、体調が悪くなることが増えてきてしまいました。体調管理をしっかりしないとです。