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♯ソラノート  作者:
旅の始まり
1/45

一日目 兄と草原と旅人と天使と

 私には兄がいました。私なんかとは比べ物にならないような自慢の兄でした。

 私の家は特に語ることもないような平凡な家でしたが、双子として生まれた私と兄はとても優秀だったみたいで、周りからは持て(はや)されました。

 実際、私は運動は苦手でしたが頭はそこそこ働き、魔法も他の人よりかは上手く扱えましたし、細かな作業をすることに於いてはいつも一番でした。

 しかし、成長すると共に秀でた才能と言われていたことも他の人よりは少しできる程度になっていきました。

 当然です。最初の一歩が他より早かっただけ、なのに私はその一歩にすがり、努力をしてきませんでした。

 ですが、兄は違いました。元から大人達よりも運動神経がよく、学力も私は一回たりとて兄を上回れたことはありませんでした。

 魔法は精密さでならば私も勝ったことはありますが、魔力量、魔法適正、威力、他全てにおいても私と二倍以上もの差があって、私とは比べることが烏滸(おこ)がましい、と思えるほどでした。

 そうして兄に引け目を感じている私に兄はいつもこう言っていました。


「……いつも言ってるだろ? 俺には前世の記憶があるんだ。俺の力は前の世界からこの世界に来るときに神様と会ってな、その時に様々な恩恵を受けたことで得たんだ。だから、この力は俺の物じゃないんだよ。だから、こんな力なんかよりも自分で頑張ってそこまでできるようになったお前の方が俺の何倍も凄いんだよ」


 それは、小さい頃の私がいつも様々なことで兄と張り合っていたので、そんな私を納得させるためについた嘘だと今の私は理解してますけど……。

 けれど、小さい頃の私はそれと一緒に話してくれる様々な物語が大好きで、すっかり信じてしまっていたのです。

 今思えば、とても兄を困らせていたんじゃないか、と思いますが兄の話は妙に信憑性があったせいで信じちゃうのも仕方がなかったのです。


「はぁ、お兄ちゃん……今何してるのかなぁ……」


 地平線まで伸びる、美しく晴れ渡った雲一つない青空。それを眺めながら、涼しい風にスラっと伸びた白髪を(なび)かせ、私はただ、大きな岩の上で寝っ転がっていました。

 静かながらも遠くから、草葉の揺れる音がまるで潮騒(しおさい)のように耳朶(じだ)に伝わってきます。

 それは、一見すればなんでもないような、ささやかな日常の一幕。ですが、実際のところはそうではないのです。だって。


「……ここ、どこなんでしょう……」


 絶賛迷子中ですから。






******


 1年と少し前、兄は冒険者として生きていくといって家を出ていきました。

 元々、剣も魔法もそこらのドラゴンなら倒せるくらいの腕を持っていた彼を止めようとする人はいませんでした。


 ……私以外は。


 私は兄と離れるのが嫌でした。

 別にブラコンな訳じゃないですよ? 

 ただ、今まではずっと一緒にいて、楽しいこと、辛いこと、美味しかったこと、泣きたくなるようなこと、様々なことを共有していました。

 私の中で”それ”は当たり前のことでした。兄のことを考えようともせず、勝手に一緒にいてくれると思っていたのです。単なる私の(おご)りです。


 しかし、結局引き止めることはできませんでした。

 ならば、私も一緒に行くと、そう言いましたが、戦闘に向かず、魔法も日常的なことにしか使えなかった私は、それすらも親に止められてしまいました。

 それ以来、私は悔しさから魔法の練習を沢山してきました。

 最初は兄にたどり着くためでした。しかし、練習をすればするほどそれは無理なんだと、私と兄の間にある(みぞ)はそんなもので埋められるものなんかではないのだという現実を叩きつけられるばかりでした。

 

 それを理解してから、次第に私の目標は変わっていきました。

 兄が進んだこの世界は、一体どれだけの不思議が――冒険があるのだろう、と。

 そんなことを思っているうちにいつしか、私は旅に出ようと、そう思うようになりました。

 親を説得し、この世界のことを兄がしてくれたように、いろいろな人に楽しんでもらいながら話ができるようにと、そして、いつしか兄に認められるだけの立派な私になれるようにと。


 そして、先日、その夢の第一歩である、旅の許可を親からもらうことが叶いました。

 その後いても経ってもいられず、その日のうちに準備をして、次の日には旅を始めました。

 最初は親からも言われていた王都に向かっていました。

 親曰く、旅に出るなら王都に出て、世間を知ってから色んな所に行くのがいいそうで、言われた通りに向かっていた筈だったんですけど、私は現実を甘く見ていたようです。

 まさか、自分の才能がここまでだったとは思いませんでした。

 王都には何度か行ったことはあったので、だいぶ前のこととはいえ、詳しい道順を覚えてはいませんでしたが、大体の場所くらいは覚えていたつもりだったので、すぐにたどり着けると思っていました。

 なのに、まさかここまで、これほどまで、ひどかったとは。

 ″方向音痴の才能が″




 途方もなく、4日ほど歩いた挙句に王都にたどり着くどころか人っ子一人すらも見当たらないような草原をずっと歩いていました。

 流石にもう嫌になってしまい、休憩としてちょうど良さそうな岩があったので、その上で横になっていたのです。


「せめて、人に会えたらいいんですけど……」


 いい加減、食べ物も無くなってきていました。

 水は魔法が使えるので、困ることはないですが、食べ物は違います。

 家畜や魚、野菜や果物を採って食べなければいけません。

 自分で採ればいいって? 残念ながら人の土地で許可なく物を採取すると捕まるんですよ。

 そういったことを仕事にしてる人たちは、多分ちゃんと手順踏んで許可をもらってるんだと思います。つまり、そういったことをせずに私が採ると一発アウトです。

 魔物とかなら狩ってもなにも言われないんですけど、魔物のお肉は正直なところ美味しくないです。ここら辺にはあまりいませんしね。

 まぁそういったわけで、実際問題、こんなにゆったりしてる暇はなんてないわけで。

 なので、少しは先を急ぎましょうか。

 そう決心すると私は岩の上で立ち上がり、横に置いてあったポーチを持って、右手を空へ掲げました。


「風よ私を運んでっ!! 神の息吹(デウス・アニマ)!!」


 魔法を唱えると、辺りの空気ががらりと変わる。先ほどまで小さく吹いていた風の音は止み、照り付けていた日差しも今の私には届かない。

 風が止んだと思った次の瞬間、私の周りに小さな竜巻が現れる、その竜巻は私を包み込むように発生し、そのまま私の身体を宙へと浮かび上がらせていく。身体は下に落ちることはなく、上へ、上へと上がっていく。

 雲に届きそうなところで、動きが止まり、次は横へと風に運ばれ進んでいく。

 遥か上空から見た草原は緑豊かで、先ほどまで見えていた範囲からは想像もできないくらいに広々としています。

 しかし、やはりというかなんといいますか、相当に変なところまで来てしまっているのか、人っ子一人も見えることはありません。よーく下を見てみると、小さな動物たちが群れになっているのは見えますが、整備された道の一つさえありません。


「やっぱ歩きよりかはこっちの方が全然効率がいいですね。もうちょっと燃費がいいと良かったんですけど……これだと体が重くて、疲れもひどいです……」


 まぁ、これくらいの予想はしてましたけどね。なにせ今使ったのは上位魔法。大魔導士でもないと使える人がいないという魔法です。しかもその中でも今の魔法は戦闘向けの魔法で、敵の身体を風で切り刻むという効果を持っているはずなのにそれを完璧に操って、自分を乗せて移動用として使っているなんていう魔法使いとして名を売ることなど、容易にできる荒業(あらわざ)です……。

 まぁ、私のこのやり方は母から教えてもらっただけなので別に自分で考えたわけじゃないんですけどね。


「はぁっ、せめて人がいる場所にいきたいです。なにかあるまでここでこうして……ゆったりしてましょうっ……」


 息が苦しく、呼吸がいつもより乱れる。

 なにか他の手を考えた方がよかったかもです。まぁ、しばらくはなにかあるまでこのまま飛んでいきましょう。

 あっ、私が履いてるのは短パンなので、変な期待とかはしないでくださいね?





******


 夕刻、ちょうど日が傾くかといった頃合い。沈む夕日の中に一つの小さな村を見つけることができました。久しぶりすぎる人工物や、月と太陽以外の明かりをみて若干感動してしまいそうです。


「……あれっ!! 村ですよね、これで野宿しなくて済みます!」


 嬉しくて、その場でガッツポーズをとる。

 ガッツポーズって一人だと思ったよりも恥ずかしいんですね……。

 でも仕方がないですよ、ここ数日ずっと野宿だったんですから、これでようやくベッドの上で眠ることができます。他にも、食事やシャワーなど、ここ数日は簡単に済ませていただけでしたしね。

 とりあえず、このまま行ったら迷惑になるかもしれません。魔法を解き一回地上に降りて、村の中へは、歩いて向かうことにしましょう。


 太陽が隠れてしまったのと同時刻くらいに村の入り口にあたると思われる場所へとたどり着きました。

 結構小さな村で家が何十軒かとちょっとした施設がある程度みたいです。

 とりあえず宿を探さないといけないのと、できるなら村長さんあたりに挨拶をしたいですね。


「さてと……? この家であってますかね?」


 村の中をそこそこな時間。まっすぐ歩いて、田畑しか見えない退屈な時間を我慢していると、ようやくそれらしい建物を発見しました。

 その家は他の家より一回り大きく、しかも、他の家が木造だけの造りなのに対して、この家だけレンガを使った造りになっていました。

 とりあえず入ってみないことには始まりません。それにもう、私自身心身共にかなり限界です。

 私は扉の前に立つと、一度深く深呼吸を済ませる。心を落ち着かせると、扉をノックして扉を軽く開けて、中へと声を掛けました。


「……夜分遅くにすみません。私っ……」


 ……あれっ? 今の私ってなんて説明すればいいんですかね……?

 放浪者……いや、放浪者って呼ばれるのは間違ってはいないんですけど、とても嫌です。


「えーっと……た、旅のものです……誰かいませんかー?」


 改めて考えると、今の私、職業不定のかなり怪しいひとですね。

 冒険者ならよくあると思いますが、冒険者でもないのに旅をしているなんて珍しいでしょうから……。


 中へ声を掛けて少し待つと、建物の奥から何かが倒れるような大きな音が響き渡りました。

 人がいたことに安堵しながら立っていると、バタバタという大きな物音と共に、腰まで伸びた紫宛色の髪が特徴的なとてもかわいらしい少女がこちらへと走ってくる。


 その少女は、大きく魅力的な目に長い睫毛をしており、ほんわかとした優しそうな雰囲気を漂わせる。身長は私よりも一回りほど小さく、それでいて太っているでも痩せているわけでもない、とても健康的な身体つきをしていました。

 ずいぶんと若そうな――そう、見た目は十五歳くらいでしょうか?

 どうやら随分と急いでいたようで、格好は今していたそのままでした。そう、お風呂の時のまま。

 ……その少女は裸に簡素なタオルを巻いただけの姿をしていました。


「あのっ……!? お客さんですか!? お客さんですよね!? ……宿とか決まってますか!? ここ宿屋なんですけど今開いてるんですよ!」


 眼の前にいる少女は気づいていないのか、私の周りを飛び跳ねていました。

 ……ちょっと待ってください!? いろいろと駄目なところが見えちゃいそうなんですけど!? いいんですか!? いいんですよね!!!! ありがとうございます!!


「あっ……自己紹介が遅れましたっ! わたしはこの宿屋「カトレア」の娘兼村長代理をしております。リリィ、”リリィ・ヴァイオレット”と言います……!!」


 さっきまでのはしゃぎようが嘘なのではないかと思わせるくらい、しっかりとした自己紹介をする。その声すら、とてもかわいらしく耳が(とろ)けてしまいそうです。

 うん、可愛い。とっても可愛いです。リリィちゃんと言うんですね、とってもいい名前です。


「私は最近旅を始めたばかりの旅人? でいいんですかね。で、名前は”ソラ・グレイシア”です。もう日が沈んでいるのに急に申し訳ないです」


「ソラさまですね。そんなことないですよ。お客様はいつでも大歓迎ですっ。それで、ソラさまは本日の宿とか決まってますか? もしお決まりでないなら、是非うちに泊まっていきませんか? 宿のお仕事とかは、ちゃんとできるか分かりませんけど……。精一杯やらせていただきますので!」


 かなり真剣な表情で私へとにじり寄って、お願いをするようにそう私に告げました。

 さっきの反応からしても、本当に全然人が来てないんですね……。

 そんな真剣な眼差しで上目遣いとかこんな可愛い子にされたら、誰でも首を縦にふる以外なにもできないですよ……。

 元々泊まるつもりだったので関係ないですけど、そんなつもりなくてもリリィちゃんのためだけにここを宿にしちゃう人いそうです。


「……あっ、すみませんっ! こんな無理やりみたいなっ……!? 決して強制とかじゃないんですっ! すみませんっ、ソラさまの都合とかも考えずにっ……」


 もうっ! 天使ですかってくらいに可愛いです……。感情に合わせて表情がコロコロと変わっていく様子とか、しっかりしようと、背伸びしてる感じなのに若干抜けていたりしているところとか……。

 さっきからぴょんぴょんしたり、反省して落ち込んだり、まるで犬か何かのようで……感情の起伏が耳やしっぽとして、幻視してしまいそうです。


「いえいえ、元々泊まる予定でしたので、こちらとしても是非泊まらせて頂ければ、と。それと、是非ご一緒にお話などさせていただけたらと思います……」


 精一杯の笑顔を作り、少しでもお近づきになろうと返事をする。すると、リリィちゃんの顔がぱあっと明るい周りを照らす太陽のような笑顔になる。

 可愛い。やっぱり可愛い子には笑顔が一番似合います。なんとしても、この笑顔を守り抜いて見せたい……。

 何故だかそんな衝動に駆られてしまいます。


「はいっ! ありがとうございますっ! それじゃあさっそくっ!」


「あのっ……すみませんっ、その前に一ついいですか?」


「……はいっ、なにかありましたか?」


「いえっ、そのー、その前に着替えた方がいいんじゃないかなと……流石に我慢が……。んんっ風邪を引いてしまいますよ?


「ふえっ……?」


 なんのことを言っているのか理解していないようで、目を大きく見開いたまま下を向く。

 あっ、やっぱ気づいてなかったんですね……。

 すごいです、白く澄んだ可愛らしい顔が徐々に赤くなっていきます。


 ………………。

 ………………………。


「ひっ……!? ひゃあああああああっっ!!???? いやっ……ちがっまっ……!? ちがっ違うんですっっ!?」


 咄嗟(とっさ)に身体を丸めて、タオルでしっかりと身体を隠していく。

 期待以上の反応、眼福……ごちそうさまです。

 正直もっと見ていたかった気持ちはありますけど、これ以上は私の方が我慢できなくなりそうですから……。

 少なくとも、私はこれだけで数日は元気でいられそうです。


「……あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"ぁ"あ"ぁ"ぁ″あ″あ″!!!!???? すみませんっ! 急いでたんですっ!!?? 着替えるので待っててくださいっっ!!!!!!!!」


 そう言い終わるよりも先に……全力で奥へと走り去っていってしまいました。

 もう少しあの完成された、神が唯一つ作りだした完璧な芸術作品を眺めていたかったですね。



 それにしても、まさかこんな場所で初めて天使と出会えるとは、思ってもいませんでした。



感想、誤字脱字等随時受け付けております。こんな小説よんでくれる物好きな方は少ないとは思いますが、そんな物好きな方、ほんとーにありがとうございます。感謝してもしきれません。

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