ドクター堀口という巡査
「すいません、免許はあるけど運転苦手で。」
「いや、構わんよ。多摩からわざわざ呼びつけて申し訳ない。キミはお客さんだからね。」
久谷がハンドルを握りながら努めて朗らかにしていた。堀口は気が弱そうで人が良さそうで、殺人捜査の荒波から誰かが守らないと、あとで問題になりそうな匂いがしていた。
「M社という会社について少し説明していいですか?」
「お、おう!」
堀口は意外にも自分から口を開いていった。
「主にバイオテクノロジーで農薬や種、苗などを作っている世界企業があるのですが、そこから分裂した人間がやっている会社です。」
「そこまでは知っている。」
久谷は極力嫌味に聞こえないように答えた。
「助かります。ここからなんですが、M社は遺伝子組換え微生物の応用を表向きやっている会社なんです。」
「遺伝子組換え……微生物?菌とか?」
「ご理解が早くて助かります。『菌』と呼ばれる生物以外にも、とても小さな昆虫やプランクトンのようなモノまで含まれますが、M社は特に久谷警部が仰った『菌』をやってるイメージが僕の中にはあります。」
久谷は堀口のペースに乗る方向で物事を考え始めていた。
「……ここからが僕の推測ですが。M社はバイオ兵器やってますね。」
「ああ、そういう……結構、ズバっというね?」
久谷はやっぱり堀口に乗っかってみようと決心した。当のM社に向かっているわけだが、この話は聞いておいて損がなさそうだ。
「なんでそう思う?」
「バイオ兵器の研究やってる知り合いが何人かM社に入社したからです。」
「そうか、それは単純な理由だ。コネがあるのか……」
もうすぐM社に到着する。
「あと焼いてますよね。研究室。何か人間以外に燃やしたいものがあったんじゃないですかね?」
「微生物……であってますか?」
堀口は笑った。
「それはさすがに調べてみないと。」
「そうですよね……ハハハ」
そう愛想笑いをしながら久谷はなぜか下手に出る自分に戸惑っていた。戸惑いながらも「なるほど、これがホリグチ博士か」と妙に納得していた。