バイオというテクノロジー
「研究データの概要はこうです。」
説明はチームの中で一番古株が行った。
「指定された病気に対する耐性を持つ遺伝子を、複数種の穀物に組み込む手法を確立したという内容です。」
内山は呆気にとられた。
「それだけ?」
農学クラスタたちは不満そうだ。
「この手法が本当に確立されていたとしたら、ウドンコ病ならウドンコ病には絶対かからない、コメ、ムギ、トウモロコシといった作物が確実に作れるってことですよ。検証していないので分かりませんが、病原体の遺伝情報をターゲットにして種子植物なら何でも、どんな病気にでも耐性を付与できるって書いてあります。世界が変わります。」
堀口は、眼を閉じて説明を聞いている。
「画期的じゃないか?」
「画期的なんてものじゃないんです。世界が変わるんですよ。この研究が特許になればM社は世界を牛耳ることになります。政治も経済もです。そして世界中で遺伝子組み換え作物がさらに蔓延します!」
「ということは宮地はそれを阻止するために研究ごと燃やしたと?M社を妨害する企業スパイか何かか?」
解析チームは他の可能性も挙げた。
「遺伝子組換え作物のシェア拡大に対しての歪んだ義憤かもしれません。」
久谷が小声で堀口に話しかける。
「本当か?」
「そう書いてありましたよ。」
内山は取調室に飛び込んだ。宮地は解析チームの予想した動機をほぼ認めた。宮地は「研究には欠陥があり、そのデータは役に立たない。しかし、不完全でも研究が発表されれば、企業間で国家を巻き込んだパワーゲームが発生し、世界経済は崩壊しかねない」とも供述した。
沸き立つ捜査本部。内山は安堵の表情を浮かべている。しかし、久谷は堀口の表情が気になった。
「堀口、お前、なにか隠してることが無いか?」
堀口は困ったような愉快なような顔をしている。
「一度だけ、宮地という人間と喋ってみたいのですが良いですか?」