008 とある閃き
「……困ったな」
ジンは昼休みの教室で、ぽつりと呟く。
幼馴染との学園生活が始まって、数日が経った。
今のところ、ユミルの当初の目的である「ロマンチックな恋」に関しては一切の進歩がない。
そりゃあそうだ。
何せロマンチックな恋をしたいと言った張本人に、本当に恋をする気があるのか分からないのだから。
というのもユミルが恋の相手として所望しているのは「自分よりも強い人」なのである。
剣聖であるユミルよりも強い人が、そうそういてもらっては困る。
ましてや学園にそんな存在がいるわけがない。
「いつまでもこんなことしてたら、目立って仕方ないんだよなぁ……」
ジンはここ数日のことを思い出す。
学園生活が始まってまだ数日なのだが、既にクラス内でのジンの立場は確立されている。
そしてそれは残念なことに「剣聖の腰巾着」などという不名誉なものだ。
確かに周りから見れば、平民であるジンが学園にいること自体が不思議で、幼馴染の剣聖と一緒に居れば、剣聖であるユミルのおこぼれを貰っているようにしか見えないだろう。
どうやらそれが周りの貴族様たちの不快を買っているらしい。
ユミルがいる時は表立っては敵意を向けて来ないが、ジンが一人の時に関してはいくつもの敵意ある視線が刺さって来る。
「警護もし辛いったらねーわ」
基本的には学園では隠密術を使っていないジンだが、それでもこの視線の中じゃ周りの情報を集めるに集められない。
ユミルを付け狙うような輩がいればすぐに排除するつもりではあるが、今の状況ではそれを見つけるのも困難だ。
「どうしてユミルは学園に自分より強い奴がいるなんて思ってるんだよ……」
まずその段階から、そもそもがおかしい。
普通に考えてそんなのいるはずがないということくらい、さすがのユミルにも分かりそうなものだが、それほどまでに幼馴染が馬鹿だったのかとジンはこめかみを押さえる。
「さすがにそろそろどうにかしないとな……」
何かこの現状を打破できることが。
それが出来るのであれば、ユミルの恋については一旦置いておいても良い。
「おい、お前」
ジンがそんなことを考えていると、突然横から声がかかる。
といっても自分に近付いてくる気配にジンは前から気付いていたのだが、あえて無視していた。
ジンに声をかけてきたのはいつかの貴族、キッシュだ。
どうやら今日は取り巻きを連れていないらしく、一人でジンのもとまでやって来たらしい。
幸運なことに、ジンとキッシュはクラスが違う。
同じクラスだった時のことを考えると憂鬱で仕方がないが、さすがにそこまでジンの運も悪くなかったらしい。
しかし今は昼休憩の時間ということもあって、クラス間での生徒の行き来は自由だ。
どうやらキッシュはわざわざジンの教室まで何かを言いに来たらしい。
残念なことにユミルは購買に昼食を買いに行くとか言って、今は教室にはいない。
恐らくキッシュもそのタイミングを狙ったのだろうが、一人でこの状況をどうにかしないといけないのかと考えるととても面倒だ。
「聞いてるのか!」
「あーはいはい、聞いてますよ」
反応のないジンに業を煮やしたキッシュが顔を真っ赤にして詰め寄って来る。
座っているジンは上半身を後ろに反らすことで何とかキッシュに触れないようにしている。
「っっ!!」
だがそんなジンの反応がさらに火に油を注いでしまったのか、キッシュは真っ赤の顔に更に血管を浮き立たせる。
「決闘だ!!」
そしてクラス中の注目を集めながら、そう言い放った。
「……決闘?」
聞きなれない単語にジンは目を細める。
いやもちろん単語の意味が分からないわけじゃない。
学園で決闘など、そもそも成立するのかと疑問に思っているのだ。
「決闘ってあれか? 勝てば相手に言うことを聞かせられるっていう古典的な」
「平民のくせに良く知ってるな。そうだ、その決闘だ」
「でもそれって断れるんだよな?」
「なっ、そ、それはそうだが、決闘を断るなんて不名誉なことを……」
「俺は平民だし、別に不名誉とかどうでもいい。決闘とか面倒なことやる気はないな」
ジンの尤もな言い分に、キッシュは言葉に詰まる。
そしてそれ以上は何も言えないと思ったのか、そのままクラスを出て行ってしまった。
意外にも穏便に話を終わらせられたことにほっとするジン。
こういう時に関しては自分の平民という立場に感謝させられる。
何しろ貴族特有の「名誉」に固執するようなことに関わらなくて済むのだから。
「決闘とか、負けた方にとっては何も残らないし、勝ったところでそんな魅力的な内容かどうかも怪しい……いや、ちょっと待てよ……?」
決闘について考えている時に、ふとジンにとある閃きが降って来る。
そしてそれは考えれば考えるだけ、とんでもない閃きなのでは……? という思いが強くなっていく。
「ユミルに『自分を倒した人と付き合う』って宣言させたら、かなりの人数押し寄せるんじゃないか……?」
ジンの閃きとは、学園の生徒たちにユミルへ決闘を仕向けさせようと言うものだ。
しかし剣聖であるユミルに決闘を申し込む勇気のある生徒なんてそうそういないだろう。
そこで餌として、もしユミルに勝てば『剣聖と付き合える』という賞品を出してみる。
ユミルは剣聖というだけでなく、ジンの目から見ても整った顔立ちをしていて、腰まである金髪も彼女を引き立たせている。
そんなユミルと付き合いたいと思っている輩は少なからずいるだろう。
剣聖との決闘という多少のリスクを負ったとしても、惜しくはないと思うはずだ。
もしかしたら学園の隠れた実力者が現れ、本当にユミルを倒してくれるかもしれない。
いるかいないかも分からない実力者を探すよりも、向こうから着てくれるのを待つ方がよっぽど効率的だ。
それにジンの本当の狙いはそれではない。
ユミルには申し訳ないが、ジンは恐らく学園にはユミルよりも実力のある生徒なんていないだろうと思っている。
それでも尚、ユミルに決闘させたいのは、ユミル自身に学園で自分よりも強い人がいないということを分からせるためだ。
ユミルがそのことに気付いてくれれば、少なくともあんな無理難題の好みを言ってくることはなくなるだろう。
ジンにとってすれば、正直それだけでも十分以上の成果だ。
現在のあまりに無謀なユミルの好みのタイプが少しでも改善されてくれれば、その時はまたジンが本気で恋のサポートをすればいい。
もしかしたら剣聖と付き合えるかもしれない。
その話題性は恐らく学園内だけには収まらないほどに広まるだろう。
だがそれも学園内とこちらが制限してしまえば問題はない。
決闘自体をいつ終わらせたりするかも、全てはこちらが握っているのだ。
ただ一つ心配することがあるとすれば、ユミルとの決闘に勝ちたいがために汚い手をも厭わないような輩たちについてである。
剣聖との関係が約束されているのなら、多少手を汚したくなるのも無理はない。
だがそんな所業は、ジンが見逃さない。
「話題になればなるほど、俺に対しての注目も減るはず」
そうなればジンの諜報員としての役割を果たすのは造作の無いことだ。
それに自分の幼馴染に対して邪なことをやらかそうとしている輩など、個人的にもジンは許すつもりはない。
しかし理事長から生徒に対しては出来るだけ手を出さないで欲しいと言われている以上、やりすぎることも出来ない。
「せいぜい二度とそんなことをやろうと思わない程度にトラウマを植え付けるくらいか……」
何気に恐ろしいことを何ともない風に呟くジンだが、その内心はこれまでの憂鬱なものから一変して晴れやかなことこの上ない。
恐らくもうすぐしたら購買に行ったユミルも帰って来るだろう。
そうしたら今しがた思いついたこの案を、早速提案しよう。
ジンは思わず頬がにやけてしまうのを必死に堪えていた。