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007 好みのタイプ


「って、もう一時間目終わってるじゃん」


 理事長室での一件が終わり教室へ戻ると、既に授業時間が終わり休み時間になっていた。

 ジンが教室へ入ると、やはりと言うべきか周りからの視線が集まる。

 また悪目立ちしてしまったことを残念に思いつつ、今回のことは仕方なかったと気持ちを切り替えるジン。


「あ、ジン! どこに行ってたの?」


「まぁちょっとな」


「ちょっとって何さー」


 自分の席に腰を下ろすと、すぐに隣からユミルが声をかけてくる。

 そんなユミルを適当にいなし、机に突っ伏す。

 ユミルはジンの対応に不服そうな唸り声をあげ、突っ伏したジンを揺さぶる。


「あー、だるい……」


 揺さぶられながら、一体どうしてこんなことをしているんだろうかとジンは考えずにはいられない。

 こんなことになるのなら、もう少しユミルの行動に気を付けていれば良かったと思っても後の祭りだ。


「……ん、目的?」


 そこでふとジンは思い出した。

 ジンが学園にやって来たのは主にユミルの警護がメインだが、ユミルは違う。

 ユミルは『ロマンチックな恋』をするために学園にやって来たのだ。

 それならばいっそのこと早めにその目的を達成してしまうのが良いのではないだろうか。


 ジンはどうしてもっと早くにこのことに気付かなかったのかと自分を戒める。

 もちろん悪評高かったり、ジンから見て明らかに駄目だと思う輩をユミルの相手として選んだりはしない。

 きちんとジンが選別し、この人なら大丈夫だろうと思った人物だけをユミルに紹介するつもりだ。


 ユミルの言う『ロマンチック』がどういうことなのかはよく分かっていないが、幸いユミルはジンの言うことであれば比較的聞いてくれる。

 ジンが紹介しようとする男子を無碍にはしないだろう。


「なあ、ユミルってロマンチックな恋をするために学園に来たんだよな?」


「え? そ、そうだけど突然どうしたの」


「いや、ちょっと気になってさ。因みにタイプとかは?」


 だが相手を探すにしてもまずユミルの好みを聞いておかなければいけない。

 もし好みとは正反対だったりしたら、いくらジンの勧めだとしてもさすがに無理だと言われる可能性だってある。

 ジンの質問にユミルはどこか慌てながら、悩む素振りを繰り返す。

 てっきりタイプなんて決まっているとばかり思っていたので、少し意外だが、ジンはユミルの答えを待つ。


「……あ」


 するとしばらくしてユミルが何かを思いついたような顔を浮かべる。

 どうやら自分の好みのタイプが分かったらしい。

 ジンはこれからの候補のために、その続きの言葉を待った。


「私より強い人かな!」


「————は?」


 ジンは自分の耳を疑った。


「やっぱり自分より強い人とか、ロマンチックじゃない?」


 だが追い打ちをかけるようにユミルが捲し立てる。

 しかしそれはあまりにも非現実的な言葉だった。

 ユミルより強い人なんて、そうそういないだろう。

 ましてや学園であれば尚更いるはずがない。

 そもそも剣聖であるユミルがこんなところにいること自体がおかしいのだ。


「ほ、他には?」


「と、特にはないかなー?」


「ま、まじかよ……」


 一縷の望みを賭けて他に好みは無いか尋ねてみるが、見事に撃沈。

 ジンは初っ端の段階からあまりにも絶望的な今の状況に、どうすればいいのか途方に暮れる。

 しかしそんな条件では、もはやユミルが本当に学園で恋愛する気があるのか疑ってしまうレベルだ。


「なんでお前、わざわざ学園に来たんだよ。ここにお前より強い奴なんていないだろ……」


「そ、そうかな? 結構人数も多いし、案外私より強い人とかいるかもしれないよ?」


「いるわけないだろ……」


 楽観的なユミルに思わず頭を抱えたくなる。

 確かにユミルの言う通り、ジンと同じように実力を隠している者がいる可能性は捨てきれない。

 しかしそんなのは本当に低い確率だろう。

 全校生徒の中から、いるかいないかも分からない実力者を探し出すなんてほとんど不可能だ。

 だがどうにかしなければユミルの『ロマンチックな恋がしたい』という目的は果たすことが出来ず、ジンはいつまでもユミルに付き合わなければならなくなる。


 もちろん警護を任されている以上、少なからずユミルが学園に在学する三年間はジンも学園に通い続けなければならない事実は変わらない。

 しかしユミルの恋のサポートをするのとしないのとでは、大きく差が出てくる。

 警護だけをするのであれば、ジンは出来るだけ身を潜め、陰ながらユミルを見ているだけでいい。

 そもそも本来の警護とはそういうものだ。

 だが恋のサポートをしないといけない現状では、ユミルとの接触は避けられない。


 ユミルはいわば歩く広告塔のようなものだ。

 そんなユミルが誰かと一緒に居れば、当然目立つ。

 その誰かが平民だろうとなかろうと、実際はさほど変がないことなのだ。


 だからジンが目立たないようにしたいのであれば、ユミルと一緒に行動しないのが一番手っ取り早いに違いない。

 貴族の子息ばかりが通う学園に平民が通っているからといって、普通に過ごしていれば恐らくそれほどの支障はないはずだ。

 何か言われるしてもせいぜい「平民の癖に」程度の受け流すに容易なものばかりだろう。

 そしてそれも平穏に日々を過ごしていれば、時間と共に少なくなっていくのは目に見えている。


 しかしユミルと行動を共にする場合は、それだけでは済まなくなってくる。

 奇異の視線は絶えず、「平民の癖に、剣聖と一緒に居る」などと蔑まれるのは間違いない。

 ただ蔑まれること自体はジンにとってはさほど問題ではない。

 問題なのは、目立つこと(、、、、、)だ。

 ユミルと一緒に居る限り、半永久的に向けられるだろう奇異の視線は、警護の任務に勤しむジンにとっては限りなく邪魔で仕方がない。


 かと言って、ユミルに近付くなと言ったところで、ユミルが大人しく従ってくれるなら苦労しない。

 まず間違いなく首を横に振るだろうし、でなくとも理由くらいは聞いてくるはずだ。

 そんなユミルに「警護の任務に支障が出るから」とも言えるわけがない。

 ユミルはジンが軍で働いているとはいえ、あくまで下っ端だと思っている。

 まさか諜報部なんかで働いているとは夢にも思っていないだろう。

 そしてジン自身、そんな自分をユミルに知られたくはない。


 だからジンとしては一刻も早く、ユミルの恋の相手を見つけ出して、自分は護衛の任務に専念したいと思っている。

 それが一番効率的で、一番幸せな選択なのだ。


「……ユミルにとっても、俺にとっても」


「え、なに?」


「いや、何でもねーよ。それよりもお前、さすがにその好みのタイプはどうにかしないと相手なんて見つからないと思うぞ」


「そ、そんなことないしー! どこかにはちゃんといるしー!」


「はいはい、そうですか」


 ジンの呆れた声にユミルは頬を膨らませる。


「私ばっかり文句言うなら、ジンは一体どんな女の子がタイプなのさっ」


「俺か? そうだなぁ……」


 突然の切り返しにジンは黙って考える。


「……まあ、秘密だな」


「えええええええええっ!? そんなのずるいっ!」


「ずるくて結構」


 ジンの答えに拗ねてそっぽを向くユミル。

 そんなユミルの頭に、つい昔の癖で手を伸ばそうとしてしまうがすぐに戻す。

 幸いそっぽを向いていたユミルには気付かれずに済んだらしい。

 あまりにも軽率な自分の行動に思わずジンは呆れずにはいられない。


「……いつまでも昔に縋ってんのは結局、俺ってことか」


 ジンの呟いた自嘲的な言葉は、隣にいるユミルさえ聞き取れないほどに小さく、ほとんど心の声と変わらなかった。

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