025 出来ること、出来ないこと
「あの、賢者様?」
「ミーシャでいい。あと敬語もいらないから」
「いや、そう言われても……」
「い、ら、な、い」
「……わ、分かった」
ミーシャに送られてきた刺客を倒してからというもの、ミーシャのジンに対する態度は一変していた。
というのもやけに距離感が近いのだ。
今ももうすぐでお互いの身体が触れあいそうな距離をさも当然のように歩いている。
隣を歩くジンにとっては如何せん歩き辛い。
「ミーシャ、俺は離れなくていいのか? 一人が良かったら昨日みたいに少し離れたところからでも良いんだぞ?」
「だめ。警護なんだから傍にいて」
「そ、そうか?」
ジンはミーシャの距離感に戸惑いを隠せない。
今も昨日とは言っていることが真逆である。
確かにジンは昨日、実力主義者であるミーシャも認めてくれるだろう実力の一端を見せた。
それにしてもそれだけでこんなに懐かれるとは思っていなかった。
もしかしたら実力者に対しては皆平等にこういう態度なのだろうか。
しかしずっと変わらない相変わらずの無表情を見ていると、そうは思えない。
「何か考え事?」
「い、いやそういうわけじゃ」
「何か知りたいこととかあったら、私に聞いてくれればいい。私は本ばっかり読んでるから、知識は豊富な方だと思う」
「そうなのか? それは凄いな」
「……普通」
ミーシャは顔を逸らしながら呟くが、ジンはそうは思わない。
まだ十歳と年端もいかない少女ながら、本を読み、知識を蓄えているというのはそれだけで凄いことだ。
さすが賢者と言われるだけある。
少しはユミルにも見習ってほしいものだ。
少しの間離れることになってしまったユミルはちゃんと勉強しているだろうか。
帰った時に全くの手付かず、という状況もユミルなら十分にあり得る。
ジンはその時のことはあまり考えないように、頭を振る。
「この調子でいけば、あとニ、三日くらいで隣街には着きそうだな」
「そう思う。私はそこから図書館に二日くらい籠るけど……」
徐々に小さくなっていく声に、ジンは首を傾げる。
すると隣を歩いていたミーシャはジンの服の裾を摘まみながら立ち止まる。
「帰りも護ってくれるんでしょ?」
無表情で見上げてくるミーシャが何を訴えようとしているのかはジンには分からない。
しかしその質問に対しての答えは初めから決まっていた。
「当たり前だろ。ちゃんと帰りも送ってやるから安心しろ」
「……ん」
ジンの言葉に、ミーシャはようやく服の裾を離す。
「でも、グレン強かった。すごい強かった」
「俺も頑張ったからな」
ミーシャの言葉にジンは相好を崩す。
ミーシャに対する評価は、ジンに限らず、世間一般でも『賢者』という称号を得るくらいには絶大なものだ。
それはユミルの剣聖と同等の称号で、そんなミーシャから評価されるのが嬉しくない訳がない。
「あんなに強いなら、引く手数多」
「うーん、どうだろうな。俺だって何でも出来るわけじゃないから」
「そうなの?」
「いや、そうなのって……。そりゃあそうだろ」
まるで「意外」とでもいうような表情で首を傾げるミーシャに、ジンは仮面の下で苦笑いを浮かべる。
「そんなに強いのに、何ができないの?」
「んー、たとえば――――」
ジンはその先の言葉を言おうとして、止める。
それは意地悪ではない。
二人の前に一匹の竜が現れたからだ。
「ワイバーンか。珍しいな。こんな場所にいるなんて」
ジンは驚いたと言う風に呟く。
本来、ワイバーンは自分の縄張り以外に出ることは少なく、人前に出てくること自体が稀だ。
そしてもちろんワイバーンがこんな人が通るような場所を縄張りにしているわけがない。
ワイバーンと遭遇した際の一般的な対処の方法は、逃げの一手だ。
鋭い爪に堅固な鱗。
並みの兵士じゃ十や二十いても退けることすらできないだろう。
しかしジンは慌てる必要などないことを知っている。
それはジンが、自分の幼馴染のユミルであればワイバーンなど一太刀のもとに切り捨ててしまえることを知っているからだ。
剣聖に出来ることを、賢者が出来ないわけがない。
ジンの確信を裏付けるように、ミーシャは魔法を唱える。
「————邪魔、消えて」
そして手に持つ大きな杖を振りかざすと、巨大な火の玉がワイバーンへ襲いかかる。
大きな爆発音とともに、衝撃が二人を襲う。
しかし全く意に介した様子のない二人の視線の先では、跡形もなく消え去り、大きく地面が抉れていた。
「さすが賢者様」
「いえい」
おどけた様子のジンに、無表情でピースを向けてくるミーシャ。
これまででは考えられないようなことだが、それもジンがミーシャの信頼を得たということだろう。
「それで俺に出来ないことだったっけ」
「うん。あれだけ強かったら何でも出来そうなもの」
ワイバーンを倒したというのに、もはやどうでもいいことのように振舞うジンに、ミーシャも気にした様子はない。
それどころかジンの話を楽しみにしているようにも見える。
「俺にはワイバーンは倒せない」
断言するようにジンは告げる。
しかしミーシャは納得できないように首を傾げる。
「見ての通り、俺の武器はこのナイフだけだ。これじゃあワイバーンを傷つけることは出来ても、致命傷は与えられない」
もちろんだからといって負けるわけでもないんだけどな? とジンは付け足す。
ジンの実力さえあればワイバーンの攻撃などいくらでも避けられる。
しかし負けないということは勝てるということと同じではない。
ミーシャはそれでも納得できないように、むぅと唸る。
だがこれは嘘偽りなどではなく、全て事実だ。
「つまり簡単に言うと、俺は対人専門なんだよ」
ジンは分かりやすく纏める。
「詳しく言えば人型なら大丈夫とか、そういうのはあるけど、基本的にはそういうこと。だから俺は何でも出来るというわけじゃなくて、むしろ俺の力が使えるのは限定的なんだよ」
「……そういうこと」
ジンにも当然できないことがあって、そしてジンはそれを自分で十分に理解している。
だからこそ今、ジンは諜報員として行動している。
自分の才能、そして力が最大限に生かせる仕事として、自らそれを選んでいるのだ。
それが唯一、天才な幼馴染に近付けるものと知っているから。
「それならグレン、私の護衛として雇われない?」
「え……?」
何を冗談言っているんだとミーシャを見るジンは、ミーシャの真剣な表情に思わず唾を飲む。
その表情だけで、ミーシャが冗談などではなく本気でジンを護衛として誘っているのだと分かった。
「因みに理由は?」
「……私の力のことを気にしない人、そういない」
「それでも他にいないわけじゃないだろ?」
「…………」
それはジンの言う通りなのか、ミーシャは口を閉ざし顔を俯かせる。
これはつい大人げないことを言ってしまったとジンは頬を掻く。
「まあ、俺はお前の専属の護衛になることは出来ないけど、またこんな風に出かける時は護衛してやるから」
「……ほんと? 嘘じゃない?」
「あぁ。いつでも呼んでくれ」
「分かった」
無表情ながら、そのどこかに嬉しそうな色が含まれているミーシャに、「少しは頻度も考えてくれよ?」なんて野暮なことはジンには言えなかった。
新作【たとえばお伽噺に出てくるような、そんな魔法使い】投稿しました。
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※以下あらすじ
僕は周りから変な評価をされることが多い。それも過大評価。襲ってきた雑魚モンスターを倒せば、Sランク指定のモンスターだったとか。適当に魔法を唱えれば、忘れ去られた古代魔法だとか。下位精霊を喚べば、やれ高位精霊だとか。あまつさえ精霊自ら「私は最高位精霊なんですけど!?」とか言ってくる始末。全く、僕がそんなことを信じると思う? ————お伽噺じゃあるまいし。




