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021 化け物が生まれた日


「今日は久しぶりの商店街だね!」


「……うん。そうだね」


 楽しそうに手を振るユミルとは違い、ジンの表情は優れない。

 今二人は久しぶりに二人で商店街へ行く許可が出たので、早速商店街を散策しているところだ。

 しかしジンは知っている。

 こんな風に二人だけでの外出が認められたのも、ユミルの実力が相当なものだからであるということを。

 実際、ユミルには何かあった時のために木剣を持たされている。


「確かジンと初めて会った時も、商店街に来たよね!」


「まあ、そうだったかな」


 曖昧に頷くが、ジンもその時のことはよく覚えている。

 あの時程、もっと孤児院の外にいたいと思ったことはなかった。

 ユミルと一緒にいたくて仕方がなかった。

 でも今はむしろ、剣の才能を開花させたユミルと一緒に居るのが苦痛に感じるようにもなってきた。

 そんなことを考えるのが無駄なのはジンも良く分かっている。

 しかし目の前で理不尽なまでのユミルの実力を見せられて、何とも思わないジンではない。


 ジンは別に、ユミルの才能に嫉妬しているわけではない。

 ユミルの剣の実力は素直に凄いと思っているし、尊敬もしている。

 むしろそんなユミルの傍にいながら、何の実力もない自分が許せないのだ。

 ユミルと一緒にいればいるだけ、他でもない自分自身に、自分が否定されてしまう。

 ジンはそんな感覚に苛まれずにはいられなかった。


「ねえっ! ジンってば!」


「っ! ど、どうしたの?」


「むぅ。なんか元気ないみたいだけど、大丈夫……?」


「それは……」


 誰のせいでこんな気持ちになっていると思っているんだ。

 そんな八つ当たりをぶつけてしまいそうになるのを必死に堪えながら、ジンは言葉を詰まらせる。

 ユミルは悲しそうな表情を浮かべながら、ジンを元気づけようと手を伸ばす。

 それはまるでいつもジンがユミルの頭を撫でるように。


「————————」


 しかし結果的に、それが()になった。

 商店街の真ん中、人通りも多く、人目も多い。

 そんなところで誰かが襲ってくるなんて、思いもしなかった。

 本来のユミルの実力なら一瞬で片付けられただろう相手に不覚を取った。

 突然の襲撃者は一瞬でユミルを気絶させると、呆然とするジンに目をくれることもなくユミルを連れ去る。


「……え」


 あまりに一瞬の出来事だった。

 その場にいる誰も、ユミルの目の前にいたジンでさえ何もすることが出来なかった。


「子供が攫われたぞ!!」


「——っ!」


 辺りの喧騒でようやく我に返ったジンは、襲撃者の消えていった方へと駆けていく。

 周りから制止の声が聞こえてくるが、ジンは止まらない。

 その目には襲撃者を逃がすまいという強い意志だけが宿っていた。




「……いた」


 偶然にも、ジンは襲撃者の後ろ姿を捉えることが出来た。

 商店街からある程度離れている路地裏の、何やら話すための場所が設けられているその場所で襲撃者は煙草を吸っている。

 ユミルはというと手足を縛られ、壁の傍に寝転がらされている。

 思わず唇を噛むジンだが、想定外なことに襲撃者の他に誰かがいる。

 どうやら仲間がいたらしい。


 男たちは下卑た笑みを浮かべながら、何かを話している。

 真ん中にあるテーブルには大きめの肉と、それを切るためのナイフが置かれている。


「まさかこんなに上手くいくとは思わなかったぜ」


「ああ。人通りも多くて何があるか分からなかったが、予想以上に順調だったな」


「何でもこのお嬢さんはとんでもない剣の実力らしいからな、それを一撃で気絶出来たのは良かった」


「それにしても公爵家の娘なんて、大きい仕事よく引き受けましたね」


「その分、報酬が多かったんだよ」


 どうやらこの男たちは誰かに依頼されて、ユミルを攫ったらしい。

 一体誰がそんなことを、とジンは拳を握りしめる。

 しかし一介の孤児でしかないジンに貴族の世界のことなど分からない。

 今あるのはユミルが攫われたという事実だけだ。


「…………」


 だが、ここでジンに一体何が出来るというのだろうか。

 ジンにはユミルとは違い剣の才能も無ければ、槍や弓の才能もない。

 そもそもこの場には武器に出来そうなものすらない。

 この状況で、隙があったとはいえあのユミルを一撃で気絶させた相手をどうにか出来ると考える方がおかしいだろう。

 ここは一度戻って、このことを誰かに伝えるべきだ。

 それが一番ユミルを助けられる可能性が高い。

 少なくともジンがこの場に居続けて、ユミルを助けられる可能性など皆無に等しい。

 そんなこと、ここ最近ずっとユミルの傍で自分の無才能ぶりを実感させられ続けたジンが一番分かっていた。

 でもどうしてか、気付けばジンの足は勝手に男たちの方へ向かっていた。

 

「…………」


 焦ることもなく、ただ淡々と、一定のリズムで。

 ジンはほとんど無意識に任せるようにして、男たちへ近づく。

 近づいて、近付いて、近付いて、近付いて――――近付いた。

 ジンと男たちの距離は、もはやない。

 それでも男たちはジンの存在に気付かない。


「…………」


 ジンはテーブルの上にあったナイフに手を伸ばす。

 肉の油で刃先が濡れているが、そんなことどうでもいい。

 逆手にナイフを握ったジンは一寸の躊躇いもなく、まるで弧を描くようにして一番近くにいた男の喉を掻っ切った。


「————は?」


 男たちはそこで初めてジンの存在に気が付いた。

 その時既に仲間の一人は地面に転がっており、ジンの持つナイフの刃には真っ赤な血がべとりと付着している。


「っ――――!?」


 慌てて戦闘態勢を取ろうとする残りの二人。

 しかしどういうわけか足が言うことを聞かない。

 まるで地面にくっついてしまったかのように動かない足に、二人は自分の足を確かめる。


「な……っ!?」


 視線の先では、両足の腱が既に切られていた。

 一体いつの間に切ったのかなどもはや男たちには分からない。

 それよりも痛みすら感じさせない目の前の少年の技量に恐怖せずにはいられなかった。

 足の腱を切られた男たちは、膝をつく。


「…………」


 低くなった視線で、薄汚れた靴が近づいてくるのが見えた。

 一人の男が恐る恐る視線をあげた先では、ほとんど無表情の少年が冷たい視線で見降ろしてきていた。

 その身体には目一杯の返り血を浴び、顔の半分以上が真っ赤に染まっている。


 男はジンから視線が逸らせない。

 ただ視界の隅で隣にいたはずのもう一人の男が事切れたように動かなくなっているのが見えた。


「ば、化け物……」


 気付けば、震える声で呟いていた。

 ナイフを振り下ろしてくる鮮血の悪魔ジンに――。


 ◇   ◇


「おい、どうなってるんだ!」


「それが目撃者は多数いるのですが、まだ犯人の行方は分かっておりません」


「……くそっ!」


 ユミルが連れ去られた後、ロズワール家はユミル探しに尽力していた。

 普段は温厚なリキッドもこの緊急事態に苛立ちを隠せない。


「一緒に居たはずのジン君までいなくなったと言うし、本当に、どこへ行ってしまったんだ……」


 目撃情報では連れ去られたのはユミルだけだったらしい。

 しかし傍にいた少年はどこかへ走り去ってしまったらしく、未だにその行方すらも掴めていない。


「まさか犯人を追いかけていたりなどしていなければいいが……」


 リキッドから見て、ジンはユミルにとってのいい友達でいてくれている。

 しかしユミルが剣の才能を開花させてからというもの、どこか元気のない感じはしていた。

 実際ジンに実力は無く、その状況で犯人を追ったりするのはあまりに無謀すぎる。

 リキッドは落ち着かない様子でこめかみを押さえる。


「——お嬢様!!!」


 その時、家の衛兵の大声が聞こえてくる。

 リキッドはすぐに声のした方へ走る。


「な……」


 しかしそこにはリキッドも予想していなかったことが起こっていた。


「ジ、ジン君……」


 リキッドの視線の先では、血まみれのジンが気絶しているユミルをおぶっていた。

 その目は普段の優しそうなジンからは想像も出来ない程、無表情に満ちている。

 真っ赤な血はユミルのドレスにも付いていて、恐らくこのドレスはもう着ることは出来ないだろう。


「…………」


「ジ、ジン君っ!」


 リキッドと目が合ったジンはまるで糸が切れた人形のようにその場に倒れた。


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