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002 幼馴染は剣聖


「……はい?」


 上司の言葉に珍しく動揺を見せるジン。

 だがそれも仕方ないだろうと思ってしまうほどに、その言葉はあまりにも唐突だった。


 剣聖。

 男ならそのほとんどが一度は憧れるであろうその頂に、一人の少女が登り詰めた。

 ユミル=ロズワール。

 恐らく彼女の名前を知らぬ者はいないだろう。

 なぜなら彼女は女性で初めての剣聖であり、その実力は歴代最強とも謳われている。

 剣に関するあらゆることへの才能が極端にずば抜けており、わずか齢15にして剣聖にまで登り詰めた若き天才だ。


 そしてそんな剣聖《ユミル=ロズワール》は、ジンの幼馴染でもあった。


「剣聖が学園に通うのは、今更のような気もしますが……?」


 ジンは僅かな逡巡のあと、上司へ進言する。

 確かに剣聖はまだ15歳であり、本来なら学園に入学しても不思議ではない歳だ。

 しかし既に剣聖として軍に所属している彼女が学園に通う意味は、さして見つからない。


 純粋に知識を増やしたいのであれば、それこそ家庭教師でもつければ事足りる。

 というよりもこれまでがそうだった。

 剣聖として日々の研鑽に勤しむ彼女には時間を有意義に使ってもらうためにと、専属の家庭教師が用意されていたはずだ。

 それなのに一体どうして今更、学園に通いたいなどということになったのだろうかとジンは首を捻る。


「本人きっての強い希望なのだ。剣聖のそれを無碍にも出来んだろう?」


「それはまあ、そうですが……」


 剣聖の実力を考えれば、それを一人の少女の我儘だと撥ね退けることは容易ではない。

 もしそれで彼女の不快を買えば、軍にとって大きな損害になることは間違いないだろう。

 だから出来るだけ穏便にことを進めたいのであれば、剣聖の我儘を許すほかないのである。

 ジンもそれは重々承知しているが、自分の幼馴染に対して、軍が何かしらの対応をしなければならないという現状には変な感じがしてならない。


「それで、その話と俺への任務が何か関係しているのですか?」


「……確か、君は剣聖とは幼少の頃からの仲だったよな?」


「はい。昔から彼女の両親共にお世話になってます」


 ジンと剣聖が幼馴染であることは意外にも周知の事実として知られている。

 もちろんジンが軍の諜報部で働いていることは極秘だが……。


 しかしこのタイミングでその話をしてきたということは、相応の理由があるに違いない。

 もしかしたら剣聖に学園への入学の件をもう一度考え直してほしいという旨の説得をさせようとしているのだろうか。


 ジンへの任務として思い当たるのはそれくらいだ。

 確かに幼馴染であるジンが説得すれば、他の誰かに言われるよりも話を聞いてくれるだろう。

 だが小さいころからの剣聖を知る限り、妙なところで頑固になる性格の彼女がそう簡単に自分の説得を聞いてくれるか分からず、ジンは唸る。


「説得は厳しいかもしれませんよ?」


 上司に言われるよりも前に、ジンは先手を打つ。

 しかしそんなジンにどういうわけか上司は首を振る。


「任せたいのは剣聖の説得ではない」


「? では一体何を」


 てっきり否が応でも説得させられるのかと思っていたジンは意外に思い、とりあえず続きの言葉を待つ。

 だがジンの上司はどこか決まりの悪そうな表情を浮かべるだけで、中々話を進めようとしない。

 とうとう痺れを切らしたジンが何かを言おうとした時に、ようやく決心を決めたのか、ジンに視線を向けてくる。


「お前には剣聖と共に学園へ行ってほしいのだ」


「…………はい?」


 上司の言葉を聞いたジンはその内容を理解するまでにしばらくの時間を要した。

 しかしそれでも自分の耳がおかしくなったのではないかと思ってしまう内容に、思わず聞き返す。


「諜報部で働く傍らで、学園に通ってほしいのだ」


 だが現実は無常で、ジンが聞き間違いかと錯覚したそれは聞き間違いでも何でもなく事実だった。

 どうやら目の前の上司は、本気で自分を学園へ入学しろと言っているらしい。

 ジンは普段からあまり冗談など言わない上司に、思わず溜息を吐く。


「諜報部で働く傍ら、とは言っても、学園に通っていたらかなり行動は制限されてしまうと思うのですが」


 諜報部で働くジンにとって、一回の任務だけでも結構な時間を要することが多い。

 長ければ一カ月単位で動かなければいけない任務も、少なくはないのである。

 それなのに学園に通うともなれば、かなりの時間に制限がかかってしまうことになる。

 任務自体を受けられなくなるというケースも出てくるだろう。

 そうなれば諜報部にとっても相当な痛手になるのではないかとジンは言外に伝えているのだ。


「確かに諜報部にとってお前がそんな状況になってしまうのは好ましくない。お前のナイフと隠密行動は他に並ぶものもいないだろうしな」


 上司もそれを分かっているのか、ジンの言葉に頷く。

 それだけジンの存在が諜報部にとって大きいものであるということだ。


「だが、そうも言ってられんのだ」


 しかし上司は首を振る。

 今回、どれだけ諜報部に痛手だったとしても、ジンにこの任務を任せなければならない理由が一つあった。


「今回のお前の入学の件、言ってきたのは剣聖ユミル=ロズワールだ」


「なっ!?」


「もちろん、お前が諜報部であることは知られていない。ただ純粋に学園に入学する時に、幼馴染であるジンを一緒に入学させてほしいとだけ」


「そ、それは……」


 驚きの反面、自分の予想が杞憂に過ぎなかったことにほっとするジン。

 だがそうは言っても、おかしな話であることは間違いない。

 確かにジンとユミルは幼馴染ではあるが、ここ最近ではあまり話したりすることがなかった。

 それは剣聖になってしまった幼馴染に話しかけるのはおこがましいというのも一部あるが、それだけではなく、ジンの諜報活動が忙しかったという面もある。


「な、何か理由とかは聞いてないんですか?」


「残念なことに。ただ『ジンと一緒に学園に入学させてほしい』としか教えてくれなかったらしい」


 どうやらユミルもそれ以上のことは本当に何も話していないらしく、だからこそ今、上司がこんなにも困り顔を見せているのだろう。

 しかし困っているのはジンも同様だ。

 一体どういう考えで、あの幼馴染はこんなことを……と頭を抱えたくて仕方がない。


「それにユミル=ロズワールの両親からも、君を推薦していてな。娘を見てやってほしい、と」


「ユミルのご両親が……」


 ジンはこれまで接してきた幼馴染の両親のことを思い出す。

 確かにジンはこれまで二人には色々とお世話になったことが多い。

 しかしそれでも自分に娘を見てやってほしいなどと、そんなことを言われるとは夢にも思っていなかった。


「お前の場合、表向きには軍の下っ端として働いている……ということになっている以上、簡単に要求を突っ撥ねるわけにもいかないのだ」


「それは、確かに……」


 剣聖は軍に所属している。

 その剣聖が軍へ、軍で働く者と一緒に学園へ入学したいと言う。

 そうなれば言われた本人は、軍から命令されているものと変わらず、それが下っ端であればもはや拒否権などない。

 諜報部であることが明かせれば断ることも出来ただろうが、諜報部に所属する者たちのことについては軍内でも相当の上層部でもない限り知り得ない情報だ。


「……はぁ、分かりました」


 もはや逃げられないと察したジンは諦めの溜息を零す。

 面倒なことをしてくれた幼馴染の少女の姿を頭の中で思い浮かべるが、してやったりという表情を浮かべている。

 そんなジンの内情を察してか苦笑いを浮かべる上司だったが、すぐに真剣な顔に戻り、それに釣られてジンも気を引き締める。


「諜報部所属、灰髪鬼《ジン》——剣聖と共に学園への入学、ひいては剣聖の警護の任務を命ずる」


「御意に」


 こうしてジンは剣聖の本当の思惑も分からぬままに、学園への入学が決まった。

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