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019 模擬戦


 リキッドが孤児院を訪れてきた翌日、ジンは早速ロズワール家へとやって来ていた。

 そしてリキッドにとある部屋の前まで連れてこられた。

 どうやらここがユミルの部屋らしい。

 しかし見れば見るだけ、住んでる世界が違うことを実感させられる。

 ジンは珍しく肩に力を入れながら、ユミルを待った。


「ユミル、ジン君が来てくれたよ」


 リキッドが部屋の中にいるらしいユミルに声をかける。

 その途端、部屋の中からどたばたと騒がしい音が聞こえてくる。

 一体何事かとジンはリキッドに困惑の視線を向けるが、リキッドは特に意に介した様子はない。


「——ジンッ!」


「う、うわっ!?」


 しかしその瞬間、部屋の扉が勢いよく開けられる。

 そして部屋の前で立っていたジンにはユミルが物凄い勢いで抱き着いてきた。

 ジンは何とか受け止めるが、勢いのあまり後ろへ倒れこんでしまう。


「リ、リキッドさん……ってあれ!?」


 リキッドに助けを求めようとしたジンだが、今までいたはずのリキッドの姿は既にない。

 慌てるジンを他所に、ユミルは高揚した様子でジンに抱き着いたままだ。


「ユ、ユミル、一回落ち着いてっ!?」


 ジンは何とかユミルを宥めようと試みるが、ユミルはジンから離れようとしない。

 それどころか抱き着く力が一層強くなった気がする。


「……ユミル?」


 そこで違和感を感じたジンはユミルを振りほどこうとするのを一度止め、自分の胸元に顔を擦りつけるユミルを見る。

 ユミルは必死にジンから離れまいと、まるで縋るようにジンの服を握りしめている。


「……また明日、遊びに来てくれるって言った」


「……っ」


「……ほんとにほんと、って言った」


「それは……」


 ユミルの潤んだ声にジンは目を逸らす。

 ジンだって初めから来ないつもりなんてなかった。

 むしろユミルとまた会えることを本当に楽しみにしていた。

 ただ孤児であるジンには、抜け穴がなければ、孤児院を抜け出すことすらできない。

 しかしそれを今ここでユミルに言うのは、あまりにも酷だとジンは感じた。


「ごめん、遅くなって。でもこれからはちゃんと来れるから」


「……ほんと?」


「今度はほんとだよ」


「……うんっ」


 ジンの言葉に、ユミルは嬉しそうに頷くとようやくジンから身体を離した。

 ジンが立ち上がると、目元が少しだけ赤いユミルは部屋の中へジンを引いていく。

 ユミルの部屋は何というか、少し散らかっている。

 恐らく約束の件についての感情のやり場が無く、精神的にも辛かったのだろう。

 ジンは申し訳なさを感じ、床に転がっている絵本を本棚に戻す。


「ジン!」


 しかしユミルはそんなこと気にした様子もなく、ベッドに腰かけながらジンを呼ぶ。

 ジンはそんなユミルに苦笑いを浮かべながら、ユミルの隣に腰かける。


「それじゃあ今日は何をしようかっ!」


 そう問いかけてくるユミルの表情は先ほどまでのそれとは異なり、満面の笑みを浮かべていた。


 ◇   ◇


「今日は何をするか決まってるかい?」


「いや、まだ特には……」


「何して遊ぶー?」


 中庭でユミルとジンが遊びの相談をしていると、珍しくリキッドが声をかけてくる。

 ジンも最近知ったのだが、どうやらロズワール家というのは相当な地位の持ち主らしい。

 ジンはリキッドに若干緊張しながら、答える。


「それならちょっと面白いところ行ってみないかい?」


「面白いとこ……?」


「行くっ!!」


 どこに行くのだろうかと首を傾げるジンに対し、すぐにリキッドの提案に頷くユミル。

 そんなユミルに、リキッドたちは苦笑いを浮かべた。




「ここは……?」


 ジンは目の前に広がる光景に呟く。

 今、ジンの視線の先では何人もの男たちが剣を交わらせていた。


「ここは軍の兵士たちの訓練場だよ」


 ジンの疑問に、リキッドが答える。

 当然だが、孤児のジンがこんなところに来たことがあるはずがない。

 だがどうやらそれはユミルも同じようで、初めて見る光景に目を輝かせている。


「す、すっごーい!!」


 ユミルの今にも走り出してしまいそうな表情に冷や冷やしながらも、ジンの視線は目の前で繰り広げられる訓練に釘付けだ。

 やはりジンも男と言うべきか、剣に対しての憧れは人並みにはある。

 それを自在に振る兵士たちはジンからすれば雲の上の存在だ。


「二人とも気に入ってくれたみたいで良かった。もうちょっと近くで見てみるかい?」


「え、いいのっ!?」


「あんまり近くだと危ないけど、もう少しなら大丈夫だよ」


「行きたいっ!」


 リキッドに連れられてジンたちは近くの場所へ移動する。

 移動している途中ですれ違う兵士たちは皆、リキッドに挨拶を忘れない。

 それを見ると、やはりリキッドは凄い人物なのだとジンは子供ながらに理解する。


「リキッドさんお久しぶりです、今日は見学ですか?」


「ええ。娘とその友人に軍の訓練を見せてあげようと思いまして」


 恐らく兵士の中でも相応の立場の者なのだろう。

 リキッドと一言二言言葉を交わすと、リキッドの隣にいるジンたちに視線を向けてくる。


「ジ、ジンです。よろしくお願いします」


「ユミルだよ! よろしく!」


 若干緊張するジンとは裏腹に、全く物怖じした様子のないユミル。

 そういうところはぜひ見習いたいとジンはユミルを羨む。


「せっかくだし少しでも訓練に参加してみる?」


「えっ」


 男の思わぬ一言に、ジンたちは驚く。

 それは二人にとってみれば普段は経験できないことを経験させてもらえる魅力的な誘いだ。


「や、やってみたいです!」


「私もやりたい!」


 当然、断るわけがなかった。




「じゃあまずはジン君から行こうか」


「は、はいっ!」


 呼ばれたジンは緊張しながら訓練場の中心へ向かう。

 その手には木剣が握られている。


「簡単な模擬戦みたいなものだ。もちろん相手は手加減してくれるから、心おきなくやってくれていいよ」


「わ、わかりました」


 そうは言われても、緊張しないわけがない。

 ただでさえ子供のジンが訓練場にいるだけで目立つと言うのに、模擬戦もするということで多くの視線が集まって来る。


「では両者、構え――——」




「き、緊張したぁ……」


「お疲れ! ジン!」


 模擬戦を終えたジンはユミルたちのもとへ戻る。

 結果としてどちらかの勝敗ということは無かったが、兵士に手加減してもらったジンは有意義な時間を過ごせただろう。


「次は私だね!」


「ユミルも頑張って」


 満を持して、という風に木剣を持っていくユミルの背中に向かって応援の言葉をかける。

 恐らくユミルも先ほどのような模擬戦をするのだろうが、いい経験になるはずだ。

 怪我だけはしないように気を付けてほしいところだが、腕のいい兵士がそんなミスはしないだろう。




 しかし予想に反して、ユミルは相手の兵士を圧倒し、模擬戦に勝利した。


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