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016 危ない職業


「そういえばどうしてジンは軍に入ったの?」


 夕食も食べ終え、二人でゆっくりしているとユミルが唐突に聞いてくる。

 見るとユミルはリビングのソファーで横になっている。


「そりゃあ平民の俺が一番食うに困らないようにするには、軍に入るのが一番だろ」


「それはそうだけどさ。そのせいでジンと遊んだりする時間も一気に減ったし、別にご飯食べるためならもっと簡単な仕事だってあったでしょ? それに軍の仕事ってやっぱり危ない仕事も多いし」


 ユミルは心配そうな表情を向けてくる。

 確かにユミルの言うことは正しい。

 軍の仕事はいくら下っ端とはいえ、有事の時には駆り出される。

 さらにジンのような諜報員であれば、それこそ敵陣の真ん中へ潜入しなければいけないような任務も多い。

 恐らくユミルはジンが諜報員として働いていることを知れば、強引にでも引き留めるだろう。

 だがそれでもジンは今の仕事を止めようとは思わない。

 ジンはユミルの視線から少し気まずそうに顔を背ける。


「というかお前だって剣聖なんだから危ない時は危ないことをさせられるだろ? しかも忙しさで言ったらユミルの方が上だと思うぞ?」


 そしてまたジンの言葉も間違ってはいない。

 剣聖であるユミルは普通の軍の兵士たちとは違い、事実として一騎当千の実力を持っている。

 そのためモンスター討伐などの際は最前線で戦うことが多い。

 今でこそドラゴンでも一振りで倒せるユミルだが、以前は怪我だらけで戻ってくることもあり、何度ジンが肝を冷やしたか分からない。


「私は別に良いの! それに時間を作ろうと思ったらさぼっちゃえばいいんだから!」


「いや、サボるのはだめだろ……」


 どういう論理でユミルなら良いのか分からないが、堂々とサボリ発言をするユミルにジンは呆れ声を零す。

 しかし本当に怖いのは、ユミルがこれを本気で言っていることだろう。

 ユミルの訓練はいつも一人で素振りや剣魔法の訓練をすることが多々で、誰かと一緒に訓練しているわけではないので、ユミルが訓練を休んだりしたところでそもそも注意する人がいないのだ。

 もちろんだからと言って、ユミルが訓練をさぼったりするのを大っぴらに認めることも出来ない。


「だって、そんなことでもしないとジンと一緒に遊べないし。それにちゃんと撫でてくれなくなった」


「……そうか? 意外と最近は撫でてやったりしてるつもりだったんだが」


「……そういうことじゃないもん」


 ユミルの良く分からない発言に、ジンは首を傾げる。

 だがユミルの沈んだ声に、それ以上何かを言うことが出来ない。

 ゆっくり視線をユミルの方へ向けると、ユミルもちょうどジンへと視線を向けているところだった。

 

「ねえ。本当にどうしてジンは軍に入ったの?」


 これまでに見たこともないような切なげな表情を浮かべるユミルは、涙を浮かべている。

 だがまるでジンが軍に入ったことを悪とでも言うようなユミルの言葉に、ジンは思わず唇を強く噛む。

 どうして自分が軍に入ったのか、本当に理由も知らないくせに。

 ジンの口からそんな言葉が出かけるが、何とか堪える。

 それにユミルが何も知らないのは、ジンが何も教えていないからだろう。

 それなのに何も知らないからという理由でユミルを責めるなんて、それこそお門違いだ。


「……本当も何も、さっき言った通りだよ」


 だが今、ジンはそれを教えるつもりはないし、教えられない。

 それを教えるということは同時に、ユミルを汚してしまうような気がして。


「……ジンのばか」


 それでも長い付き合いの中で、ジンが何かを隠しているということだけは察したのだろう。

 しかしそれを教えてくれそうにないジンにユミルは寂しそうに呟くと、おもむろにソファーから立ち上がり、リビングを出て行く。

 どたどたという足音が聞こえてきて、ユミルが階段を上っていくのが分かる。

 恐らく自室へと戻ったのだろう。


 一人残されたジンは大きな溜息を零す。

 一体ユミルはジンにどうして欲しいのだろうか。

 普段は直接的に言って来るくせに、偶に分かり辛い発言をするユミルにジンは頭を悩ませる。


「……分かんねえな」


 しかしユミルの思考を読み取ることは出来ない。

 本人に聞くのが一番手っ取り早いのだろうが、恐らく先ほどのジンと同様に教えてくれたりはしないだろう。

 だとすると現段階ではどうしようもない。

 ジンは早々に見切りをつけると、お風呂に入るためにリキッドの服を借りに行くことにした。




「リキッドさんの部屋に入ったのも、いつぶりだ……?」


 リキッドの部屋と言っても普段雑務をこなしている書斎ではなく、服などが管理されている部屋だ。

 それでもこの部屋にジンが最後に入ったのはまだユミルが剣聖になって間もない頃だっただろうか。

 それ以降は屋敷自体に来ることが減り、この部屋にも入ったことは無かった。


「さすが綺麗に片付けられてる」


 リキッドさんの性格が部屋に出ているのか、部屋に無駄なものは無く、簡単な作業をするための机とベッドしか家具という家具がない。

 玄関などの見えるところは公爵家ということもあって見栄えを重要視しているが、こういう自分しか使わないようなところでは出来るだけ質素に生活しているのを見ると、リキッドが人徳者として有名なのも頷ける。


「確か服はこっちに……」


 部屋へやって来た本来の目的を思い出したジンは、押入れの中を確かめる。

 その中から適当に上下のセットを選ぶ。

 これでリキッドの部屋にいる必要もなくなったジンは早々にお風呂へ入ろうと、部屋の出口へ向かう。


「……ん?」


 その時ふと、リキッドの机の上に額縁が一つ置いてあるのが目に入った。

 ちょうどジンから反対に立てかけられていて、一体何が飾られてあるのか全く見えない。

 だからだろうか。

 普段なら全く気にしないようなジンが、どうしてかそれを見てみたくなった。


 ジンは着替えを手に持ちながら、薄暗い部屋の中でゆっくり机に近付く。


「……これは」


 そして額縁に何が入ってるのかを見たジンは一瞬だけ固まる。

 そこには一枚の絵が飾られていた。


「…………」


 ジンは何も言葉を発することなく、ただじっとその絵を見つめる。

 とても上手とは呼べないその絵の中では辛うじて女の子と男の子が二人で遊んでいるのが分かる。

 女の子は薄い白系の髪で、男の子はそれとは対称に真っ黒な髪だ。

 一体どうしてリキッドがこんな絵を飾っているのか。

 それはほぼ間違いなくこの絵を描いたのがユミルだからだろう。

 愛娘が小さい頃に描いた絵なら、こんな風に大事に飾っておくのも分からなくはない。

 だが、どうしてこの絵(、、、)なのか。

 女の子と男の子が遊んでいるのはジンも分かる。

 ではこの二人は一体誰をモチーフに描かれているのか。


 この絵を描いたのが本当にユミルならば、女の子は恐らく自分自身をモチーフに描いているのだろう。

 では男の子は。

 ユミルが小さい頃に一緒に遊んでいた黒髪の男の子、そんなの一人しかいない。


なんで俺がこんな(、、、、、、、、)ところにいるんだ(、、、、、、、、)


 ジンは震える手で額縁に手を伸ばし――止める。

 額縁に指先が触れるか触れないかのところで動きを止めたジンの手は重力に従うようにして垂れていく。


「……そうか。きっとこの時(、、、)はまだこの場所(、、、、)にいられたんだろうな」


 ロズワール家の大きな庭にユミルがいて、ジンもいて、ユミルが遊んで、ジンも遊んで。

 今では既に失われてしまったそんな毎日が、確かにそこにあったのだ。

 あの日、ユミルが途方もないほどに剣の才能に溢れているということが分かるまでは――。


「それでも俺は、お前の傍にいてやれる存在になりたくて、軍に入ったんだ」


 何度もしつこく聞いてきた質問の答えを絵の中で楽しそうに遊ぶユミルに答えながら、ジンは遠い過去に初めて経験した人生初の挫折を思い出していた。


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