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014 勉強会


「ユミル、来たぞ」


「ジン遅いよー」


「別に遅くはないだろ……」


 ジンがユミルの部屋へ入ると、ユミルは自分の机に突っ伏したままジンに悪態を零す。

 だが別に待ち合わせの時間自体には遅れておらず、むしろそれよりも少し早めに来ているくらいだ。


「私なんてずっと前から待ってたのにー」


「待ってたっていうよりも、お前の家だろ……」


 とはいえもしかしたらユミルも勉強するために、早くから自室に籠っていたのかもしれない。

 だとするともう少し早く来ても良かったのだろうか。

 しかしこれまでのユミルは良く寝坊していたりするようなイメージが強いので、恐らく今日に限って準備が早く済んだだけだろう。


「じゃあ早速始めるか」


 これ以上ユミルに何か文句を言われる前にジンは本題に入る。

 ユミルは嫌そうな表情を浮かべながらも、渋々と言った風に身体を起こす。


「それでユミルは何が苦手なんだ?」


「え……?」


「? どうしたんだ?」


「私って、何が苦手なんだろ……」


「……はい?」


 勉強を教えるにあたってジンはユミルの苦手科目を最初に聞く。

 しかしユミルの良く分からない反応にジンは困惑せずにはいられない。


「いや、じゃあ逆に得意なのは何なんだよ」


「……? そんなものないけど」


「な……っ!?」


「な、なに、どうしたの?」


 そのやりとりでジンはようやく察した。

 どうやらユミルは本物のあほだったらしい。

 恐らくユミルはどの科目も平均して全くできないのだろう。

 だから自分ではどの科目が苦手なのか分からなければ、何が得意なのかさえ分からない。


「……と、とりあえず今日は全体的に浅いところまでの勉強をするか」


「わ、分かった!」


 どっと襲いかかって来る疲労感にジンは溜息を零しながらも、今日のスケジュールを決める。

 これまで勉強してくれなかったと嘆いていたリキッドだったが、ユミルはジンの言葉に頷く。

 やはり今日はちゃんと勉強してくれるらしい。

 勉強しないユミルを無理やり机に向かわせなければいけないかもしれないと危惧していたジンだったが、そうならずに済んだことだけはせめてもの救いだった。




「ユミル、本当に勉強できないんだな……」


「だ、だからそう言ってるじゃん。それに私は剣聖だから、別に勉強なんて必要ないの!」


「なんでそうなるんだよ……」


 勉強を教えていてジンはユミルのあまりの勉強の出来なさに頭を抱える。

 まさか自分の知らないところでこんなにも幼馴染が馬鹿になってしまっているとはさすがに予想していなかった。

 そんなジンにユミルは拗ねたように頬を膨らます。

 しかしユミルの発言はそれこそ的外れだ。


「剣聖だから勉強しなくていいなんて理由にはならないし、それにお前は剣聖である前にロズワール家の一員だろ? 公爵家の娘がこんなに勉強できないなんて知られたら、ロズワール家の名前に傷がつくぞ」


「う、うー……」


「それに皆、剣聖のお前に憧れてるんだから、むしろ皆の模範になるように頑張らないと」


「み、皆……?」


「そりゃあそうだろ。弱冠十五歳で剣聖にまで登り詰めたんだから」


 そう考えると改めて自分の幼馴染の非常識っぷりが分かる。

 ユミルの言葉にジンは頷くが、逆にユミルはジンの反応に首を振る。


「そ、そうじゃなくて。皆の中にジンは含まれてるのかなって」


「俺? ま、まあ多少は憧れてるんじゃないか?」


 突然自分に話が振られたジンは一瞬だけ反応に困るが、すぐに取り繕う。


「ふ、ふーん。そうなんだ。ジンは私に憧れてるんだー……」


 ユミルはジンの言葉にどこか浮かれながら、何度も納得したように頷いている。

 しかしジンもそう言われると少し意地悪してみたくなるというか、そのまま認めようとは思わない。


「あ、でも勉強できない幼馴染にはやっぱり憧れたりはしないかな」


「え……っ!」


 案の定というべきかユミルはジンの言葉に驚いた表情を浮かべる。

 さっきまでは浮かれてニヤニヤしていたのに、今ではまさに絶望という言葉がぴったりだ。

 そんなユミルに少し意地悪しすぎたか、とジンは思わず反省する。


「だから今から勉強できるようになるために、俺が教えてやるんだろ?」


「っ! そ、そうだったね! 今からでも遅くはないよね!」


「全然大丈夫だ」


「私が勉強できるようになったら、ジンも憧れてくれるんでしょ?」


「ああ、憧れる憧れる。すごく憧れるぞ」


「わ、分かった! 私、勉強がんばる! ……あ」


 ユミルはそう言うと、真剣な面差しで机に向かい合う。

 しかし何とか機嫌も治ったとジンがホッとしたのも束の間、何かに気付いたユミルの顔が見る見るうちに青くなっていく。

 一体何事かと身構えるジンに、ユミルは肩を震わせながら振り向いてくる。


「ジ、ジンぅ……、教科書全部、学校に忘れたぁ……」


 涙を浮かべながらそう言うユミルに、ジンは最早呆れて言葉も出ない。

 もしかしたらユミルの阿保はもう一生直らないのではないだろうか。

 ジンはそんな気がしてならない。


「…………大丈夫。もしかしたらと思って、ちゃんと俺が持ってきたから」


 しかしそんなユミルを想像してちゃんと前準備をしているあたり、自分も自分だなとジンは苦笑いを浮かべた。




「うー! 疲れたぁーっ!」


 勉強をしている途中でユミルが唐突に大声をあげると、そのまま机に勢いよく突っ伏す。

 そんなユミルに対して普段なら注意するジンも今は何も言わない。

 勉強を始めて何時間かが経った。

 少しずつ休憩は挟んでいたとはいえ、さすがにそろそろ限界である。

 現に窓から見える外は既に暗くなり始めている。


「あー……、とりあえず今日はこれくらいにしておくか」


「うん……疲れた……」


 いつもはテンションの高いユミルもさすがに元気がなくなっている。

 そんなユミルに「よく頑張ったな」と労いつつ、ジンは窓の外を見る。


「外も暗くなってきたし、そろそろ俺も帰るかな」


「……え? どういうこと?」


 そろそろ帰ろうと荷物をまとめ始めたジンにユミルは身体を起こすと不思議そうに首を傾げる。

 だがジンもジンで、ユミルが一体どうしてそんな反応をするのか分からず首を傾げる。

 もしかしてユミルはまだ勉強を続けようと言うのだろうか。

 それは大した向上心だが、さすがにこれ以上無理をさせたら次の日に響いてしまうかもしれない。

 やはり今日は帰った方が良いだろうと自己完結したジンに、ユミルは言う。


「今日、うちに泊まっていくんでしょ?」


「……は?」


 さも当然のように言うユミルにジンは思わず頓狂な声をあげる。

 もしかして勉強のしすぎでついに頭がおかしくなってしまったのではないかと心配するジンに、ユミルは続ける。


「え、だってご飯とかもジンが作ってくれるって……」


「はい? 俺がそんなこと言ったか?」


「いや、お父さんが」


「リ、リキッドさんが?」


 まさかそこでリキッドの名前が出てくるとは思わなかったジンは目を白黒させる。

 そして途中で変なことが聞こえたような気がしたジンは目を細めてユミルに尋ねる。


「お、俺がご飯を作るのか?」


「私は作れないよ?」


「いや、エマさんとかいるだろ?」


「今日はお母さんもお父さんも帰ってこないって言ってたけど」


「……ん?」


 ジンは首を傾げる。

 一体ユミルは何を言っているのだろうか。

 ジンの聞き間違いでなければ、今日はエマとリキッドは家に帰ってこないとユミルは言った。


「え、それってつまり今日は俺とお前の二人だけってことか……?」


「うん。お父さんはそう言ってたけど。何でも仕事が忙しいとか」


「…………ま、まじかよ」


 まさかの事態に、ジンはこれはどうしたものかと唸った。


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