013 ロズワール宅
「なんかやけに視線を感じる……」
「仕方ないよ。大勢の前であんな格好いいとこ見せちゃったんだから」
ジンは教室でぽつりと愚痴を零す。
自身への視線に対して周りを見渡してみれば、教室内の生徒たちの何人かが途端に顔を背ける。
不機嫌な表情を浮かべるジンをユミルが笑みを浮かべながら宥める。
あの決闘が終わってからというもの、ユミルの機嫌はやけに良い。
恐らくキッシュとかいう貴族と付き合わなくて済むと安心しているからだとは思うが、その笑顔のせいで何人の男子たちが撃墜されたことか。
生徒たちからの視線に晒されていなければ、ジンも危なかったかもしれない。
「だから言っただろ。あれは偶然ナイフを投げたらあいつの掌に刺さったんだって」
「まあそれはそうかもしれないけど、それでもジンが貴族を倒したのも事実なんだから」
「……面倒なことこのうえない」
ジンはうんざりした様子で肩を落とす。
あの後、ジンの尽力により『魔法が使えないのに、貴族を偶然倒した平民』ということになった。
それでも尚ジンへの注目が絶えないのは、決闘後のユミルの行動が原因だろう。
テンションが上がったからだろうが、あの状況で抱き着いたせいであらぬ誤解をしてしまった人も少なくはないらしい。
「まあさすがにしばらくしたら噂も無くなるか。あんまり気にしても疲れるだけだな」
そもそも普通に考えて、剣聖であるユミルと、平民のジンでは釣り合う要素がない。
あの場で誤解してしまった者たちも、そのことにはすぐに気付くはずだ。
そうなれば変な噂もすぐに皆から忘れ去られるだろう。
ジンはそう考え、これ以上はとりあえず気にしないことにした。
「……ってそれよりもユミル、今週末の勉強会分かってるよな?」
「うん、覚えてるよ!」
「ちゃんとそれまでに今ある決闘の申し込みを終わらせておけよ? そしてそれ以降は決闘に関しては一回やめておこう」
「分かった!」
今日の学園が終われば、明日からは休みだ。
その間にユミルに徹底的に勉強を教え込む。
そうすればユミルも常識的な判断ができるようになってくれるのではないだろうか。
もしそうなれば恋のタイプについても一度は見直して、もっと現実的なところで好みのタイプを言ってくれるのではないだろうか。
ジンはそんなことを考えつつ、すぐにその考えを諦める。
恐らくユミルはそんなことじゃ変わってはくれないだろう。
目の前で大袈裟に頷くユミルを見ていると、ジンはそう思わずにはいられなかった。
◇ ◇
「この家に来るのも久しぶりだな……」
ジンは目の前に広がる大きな屋敷とその敷地を見て呟く。
さすが公爵家というべきか、そんじょそこらの貴族では到底太刀打ちできない屋敷の大きさは何度見ても慣れない。
「ジン様、お待ちしておりました」
「……様はやめてくれ。俺は平民なんだから」
「ですがお嬢様のご友人でもあられます」
「……はぁ、好きにしてくれ」
門番をする衛兵とは昔からの馴染み顔だ。
さすがロズワール夫妻の下で働いているというべきか、平民であるジンに対しても敬意を持って接してくれる。
ジンからすれば逆に変に緊張してしまうので、もう少し楽にしてほしいというのが本音だ。
「中でお嬢様がお待ちになられてますよ」
「あぁ、ありがと」
ジンは衛兵が開けてくれる門を通って、屋敷の中へ入る。
どこを見ても豪勢な装飾や造りは、平民のジンとは無縁の代物だ。
こういうのは触らないのが一番であるとジンは既に理解している。
「お! ジン君、よく来たね」
「リキッドさん、お邪魔してます。入学式ぶりですね」
どうやらわざわざ玄関で待ってくれていたらしいユミルの父、リキッドに出迎えられる。
ジンは丁寧に挨拶を済ます。
「ああ。今日はユミルの勉強を見に来てくれたんだろう?」
「ま、まあ。何でも勉強が苦手みたいで」
ユミルの実の父親の前で、あなたの娘は馬鹿などと言うことは出来ない。
言葉を選ぶジンだったが、リキッドは苦笑いを浮かべている。
「あの子は家庭教師の言うこともあまり聞かなかったんだよ。わざわざ凄い有名な家庭教師を遠くから呼んだりしたのに、そもそも勉強する体勢にすらならなかったからね」
「そ、そうなんですか……」
リキッドには悪いが、ユミルのそんな奔放な姿が簡単に想像できてしまう。
ジンは思わず吹き出してしまいそうになるのを何とか堪える。
「それなのに今日に至っては君が来るのを勉強机の前で待ってるんだよ。驚きだろう?」
「そ、そうですね」
確かにそれは驚きだが、ジンからすればそちらの方がありがたい。
恐らく今日に限って、勉強する気が起きたりしてくれたのだろう。
ジンは時の運に感謝する。
「昔からジン君の言うことだけは良く聞いてたからね。私たちも色々と助かったものだよ」
「いえいえ、俺なんてそんな」
「謙遜する必要なんてないよ。私は妻のエマを含めて、君のことを高く評価しているんだから。なにせ君は――――ユミルの命の恩人だからね」
リキッドはジンの肩に手を置くと、何度か優しく叩く。
まるでもっと自信を持てと言っているようなリキッドのそれに、ジンは無言のまま何も反応することが出来ない。
「じゃあ私は仕事で出るけど、ユミルをよろしく頼むよ」
「わ、分かりました」
それだけを言うとリキッドはそのまま玄関から出て行く。
リキッドは公爵家の当主ということもあって、日々仕事に追われている。
もしかしたら今もちょうど仕事へ出て行くタイミングだったのかもしれない。
だとしたら少し間が悪かったかもしれないとジンは反省する。
そしてそれと同時にリキッドに言われたことを思い出す。
『君のことを高く評価している』
こんなにも直接的な賛辞の言葉を向けてくれる人が他にいるだろうか。
ジンは平民でありながらも、日々の生活ではほとんど貴族たちに囲まれている。
貴族たちは平民というだけでジンのことを認めようとはしない。
しかしロズワール夫妻は貴族でありながらも、ジンをそれこそ我が子のように可愛がってくれている。
「……本当、お世話になりっぱなしなんだよな」
ジンはリキッドの出て行った玄関を見つめながら呟く。
「せめて今日はそれに報いるためにも、ユミルに頑張って勉強教えるか」
そう意気込んだジンはユミルの待つだろう部屋へと向かった。




