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012 決闘


「やっぱ注目されるよな……」


 果たし状に書かれていた日時と場所へやって来たジンは、周りの人の多さに思わずうんざりしたように零す。

 それにしても人が多すぎる。

 恐らくキッシュが自分の株を上げるためにでも、今回のことを広めて回ったのだろう。


「ジ、ジン……」


「心配すんなって、大丈夫だから」


 普段からたくさんの視線に晒されているはずなのに、なぜか今に限ってユミルは緊張したように肩を竦めている。

 確かに勝敗の結果によっては自分の今後に関わるかもしれないことを思えば、そうなってしまうのも無理はないのかもしれない。

 ユミルはジンの服の裾を弱弱しく掴むと、上目遣いで見てくる。


「怪我とかしちゃ、だめだよ?」


「……あぁ、任せろ」


 自分の身が掛かっているというのに、他人の心配をするユミルに、ジンは思わず言葉に詰まる。

 やはりユミルをキッシュなんかと付き合わせるわけにはいかない。

 ジンはユミルの手を離させると、既にキッシュの待っている会場の中心へと向かった。


「……へえ、逃げずにやって来たんだ」


「まあな。剣聖の名誉に傷をつけるようなことは俺もしたくなかったんでね」


「ほう、それは殊勝な心掛けだ」


 わざとジンが逃げられないようなタイミングで決闘を申し込んできたくせに、そんなことはお首にも出さないキッシュの厚顔にジンは思わず感心する。

 ジンは自分の不名誉になるようなことであれば、別に構わないと思っている。

 それはジンが平民であるだけでなく、今更学園内で不名誉な立場になったところでどうということはないと割り切っているからである。

 そういう性格のジンだからこそ、諜報員という灰色の仕事を続けられるのだろう。


 だがそんなジンでも、ユミルの不名誉に関しては看過することが出来ない。

 剣聖である以上、ユミルの地位は絶対なものだ。

 しかしそれでも誰かが自分の幼馴染の悪口や悪評を言っているのを聞くのを、ジンは我慢できない。

 ユミルにはずっと表舞台で輝いていてほしいのだ。


「今回の決闘にもし君が勝てたら、僕は君と剣聖様に金輪際関わらないと約束しよう。その代わり君が負けたら、剣聖様は僕と付き合ってもらう。その件は既に剣聖様も了承済みだよ」


「それで構わない」


 キッシュの言葉に観衆が再びざわめきだす。

 恐らく剣聖ユミルが誰かと付き合うというのは噂程度のものでしかなかったのだろう。

 しかし貴族であるキッシュが大勢の前で公言したことで、それが真実であることを理解したのだ。

 ジンはそんなキッシュの宣言に抑揚のない声で頷く。

 キッシュはジンの反応が薄いことに眉を顰めるが、この決闘が終われば剣聖様は自分の物だと息巻いている。


「…………」


 明らかに気分の高揚したキッシュに対して、ジンは至って冷静だ。

 否、内心はそんなことないが、少なくとも自分で自分を律することが出来る程度には冷静のつもりだ。


 今回の決闘で、ジンは諜報員としての必須スキルである隠密術は使えない。

 これだけの観衆の中で使うにはあまりにも危険で、そして実力者のユミルもいる。

 生徒に隠密術を見抜かれるようなことは無いだろうが、ユミルは分からない。

 不安要素は出来るだけ無くすべきだろう。

 それに二人しかいない決闘者たちの内の一人が急にいなくなれば、さすがに不自然に思われて、諜報員としても動き辛くなる。


 だからジンが今回の決闘で使えるのは一本のナイフだけ。

 対するキッシュは恐らく魔法を主に使い、近距離戦になった時は剣で応戦するようだ。

 ただキッシュの様子を見るに、恐らく自分に近寄らせないように魔法で攻めるつもりなのだろう。

 そうなればジンが近付くのは困難を喫する。

 ユミルがジンを心配するのも無理はない。

 しかし――


「まあ負けないんだけどな」


 ————ジンはあまりに無感動に、ただ事実を述べるように呟く。

 その呟きは歓声に掻き消されて、誰の耳にも届かない。


 この勝敗がユミルに関わらないのであれば、ジンは別に負けても良かった。

 むしろ喜んで無能を装って負けていただろう。

 だが今回、キッシュはあろうことかユミルを引き合いに出してきた。

 それが自分の首を絞めることになるとも気付かずに。


「今回の決闘はどちらかがギブアップするか、戦闘不能に陥ったら終了だ。それ以上の行為は失格となるので注意するように」


 決闘の決着を見届ける審判が、ルールを説明する。

 シンプルなルールにジンは頷く。


「では両者、位置について――――始めッ!」


 そしてついに審判が決闘の開始を宣言する。

 まずキッシュは近距離戦に持ち込まれぬよう後方へ飛び、ジンと距離を取る。

 だが一方のジンは本当にやる気があるのかさえ疑うくらいのレベルで、その場から一歩も動かない。


「……? 何のつもりだ……?」


 開幕早々、近距離戦に持ち込んでくるつもりだろうと予想していたキッシュはジンの行動を訝しむ。

 まず間違いなくジンは貴族ではないので、ジンが魔法を使えるということはないはずだ。

 しかしそうなればジンの攻撃手段は手に持っているナイフしかないわけで、遠距離攻撃の手段はジンには一切ない。


「まあ何をしようとしているのかは知らんが、戦う気がないなら早々に決めさせてもらう!」


 相も変わらず動く気配がないジンに、キッシュは魔法で片を付けることにした。

 キッシュが魔法の詠唱を始めると共に、キッシュの周りには魔力が集まり始める。

 どうやらキッシュは炎の魔法を使おうとしているらしく、その掌には炎の玉が浮かんでいる。

 それなりの大きさをしているということは恐らくキッシュは意外にも優秀なのかもしれない。

 そんなことを考えながらキッシュを見つめるジン。

 しかし視界の端で心配そうに自分のことを見つめてくる幼馴染の存在に気付く。


「……そろそろ安心させてやらないと可哀想か」


 やはりジンのその声は歓声に掻き消される。

 しかしそんなことジンにとってはどうでもいい。

 今は目の前の敵を倒すことだけを考えればいい。

 とはいえ、ジンにとってすればそんなこと造作もないのだが。


「————え」


 その呟きは一体誰のものだったのか。

 さっきまでの歓声が嘘のように、辺りが一瞬で静寂と化す。

 皆の視線はキッシュへと注がれていた。

 それまで意気揚々に炎を生み出していたキッシュの手には、今は何もない。


 否、その表現は相応しくない。

 炎の無くなったキッシュの掌には、一本のナイフが刺さっていた。

 一体どのタイミングなのかは分からないが、いつの間にか(、、、、、、)刺さっていた。

 そして逆に先ほどまでジンの手に握られていたナイフが失くなっている。


 紛れもなく、キッシュの掌に刺さるナイフはジンの物だった。

 一体どうしてそんなことになっているのか。

 ジンはナイフをただ投げたのだ。

 炎を生み出すキッシュの掌目掛けて。


「……う、うわぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああ」


 キッシュは突然の事態に悲鳴を上げる。

 誰だって突然自分の掌にナイフが刺さったら驚く。

 それに加えてキッシュには途轍もない痛みが襲いかかって来ている。

 あまりの痛みにキッシュは決闘であることも忘れて、その場に蹲る。


「な、なんだこれっ!? なんだごれぇぇええええ˝え˝え˝!!??」


 キッシュは自分の手を押さえながら、自分の手に刺さるナイフを凝視する。

 掌からは血が溢れだし、地面を真っ赤に染め始めている。


「——おい」


 その時、蹲るキッシュは大きな影に包まれる。

 呼びかけられた声に恐る恐る視線を上げたキッシュの先で、逆光でシルエットのみになったジンが立っていた。


「ひっ……」


「待てよ」


 咄嗟に後退ろうとするキッシュを威圧する。

 それだけで半ば狂乱状態だったキッシュは怯えて肩を震わす。


「続けるなら、もう片方の掌だぜ?」


 ジンは痛みに呻くキッシュの掌から容赦なくナイフを抜き取ると、そのナイフをキッシュの眼前でちらつかせる。

 キッシュからは逆光でジンの表情を窺うことは出来ないが、その声はまるで狩りを楽しむ狼のような狂気を含んでいるように感じた。

 あまりの恐怖にキッシュはそのまま意識を手放し、地面へ倒れこんだ。


「…………」


 さっきまでの歓声が嘘のように静かな観衆にジンは何の意識も向けない。

 ただ目的を果たしただけと言わんばかりの無感情っぷりは、観衆たちを凍りつかせていた。


「……し、勝者、ジン―――――ッ!!」


 ようやく我に返った審判が決闘の結果を宣言する。

 それと同時にようやく観衆たちも状況を理解したのか、溢れんばかりの歓声が辺りを支配する。

 ジンはその歓声に煩わしさを感じながら、会場の中心から離れていく。

 ジンの進む先には一人の少女、ジンの幼馴染で剣聖でもあるユミルが立っている。


「……ジンっ!」


 ユミルは驚いた様子を見せていたが、ジンが近づいてくるとその表情を華のように輝かせる。


「ほら、大丈夫だったろ?」


「……うんっ!」


 そしてどこか苦笑い気味に呟くジンに抱き着いた。


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