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010 帰り道


「こんな風に一緒に帰るの久しぶりだねっ」


「ん、そうだったか?」


 理事長グーリンとの話が終わったジンは、ユミルと二人きりの帰り道を歩いていた。

 二人で帰ることになってやけに満足そうなユミルに、ジンは最近のことを思い出す。


「そうだよ! 前は外で一緒に遊んでくれてたのに、今ではろくに一緒に街をまわったりもしてくれないじゃん」


「そりゃあお前、剣聖がそんなことしてたら大騒ぎになるだろ……」


「別にそんなのジンが気にする必要ないじゃんっ」


「いや、お前なぁ……」


 急に怒り出したユミルを宥めようとするジンに、ユミルは地団駄を踏む。

 だがジンとしても、ユミルと外を出歩くなんてこと出来るはずがない。

 なぜならジンは表向きにはただの兵士、そして平民で、剣聖であるユミルとは立場的にも天と地の差がある。

 しかしユミルはやはり納得いかないという風に頬を膨らませている。


「……まあこれからは偶になら一緒に帰ってやるから」


「ほんとっ!?」


 結局、妥協案を出したのはジンだった。

 つくづく自分はユミルに甘いと反省するジンだが、ジンの言葉にユミルは笑みを零す。

 何度も「嘘じゃないよね!?」と確認してくるユミルは、ユミルらしくて愛らしい。

 ジンはそんなユミルの幾度もの確認に対して、頭を撫でながら頷く。


「…………まあ、意外に一緒に帰ってるんだけどな」


 喜びをあらわにするユミルだが、一つだけ修正するところがある。

 ユミルは一緒に帰るのは久しぶりだと言ったが、それは間違いだ。

 ほぼ毎日、ジンはユミルと一緒に帰っている。

 正確に言えば諜報員としてユミルの警護のために、ユミルには気付かれないように後を尾けている。

 だからジンからすればこの光景はさほどいつもと変わらない。

 そんなこと露知らない様子で、ユミルは相変わらずはしゃいでいる。


「そういえば最近、学園はどうだ?」


「ん? 急にどうしたの」


 そこでジンは忘れかけていた本題にようやく入った。

 突然の話題転換にユミルも不思議に思ったのか首を傾げている。


「いや、ユミルって勉強とかってできるんだっけ?」


「え……。ま、まあそりゃあ当然できるけど?」


 質問に対しそう答えるユミルだが、それが嘘であるということをジンはもう知っている。

 だが今のおかげでユミルの中でも、勉強ができないことに対する罪悪感のようなものがあるということが分かった。

 どうやらユミルも勉強なんてどうでもいいとまでは思っていないらしい。

 それならばまだ改善の余地はある。

 とりあえずジンは嘘を吐くユミルをもう少しだけ泳がせることにした。


「そうなのか? 実は俺恥ずかしいことに、あんまり勉強得意じゃなくてさ。出来ればユミルに教えてもらおうと思って」


「わ、私に?」


「こんなこと頼めるの、幼馴染のお前くらいだし」


「そ、そっかー。そ、それなら仕方ないね」


 明らかに動揺した様子のユミル。

 そりゃあ本当は勉強ができませんなんて、このタイミングではさぞ言い辛いことだろう。


「因みにユミルはなにが得意なんだ?」


「そ、それはー……」


 詰め寄るジンに、ユミルは徐々に顔を背け始める。


「……もしかしてジン、何か知ってる?」


「さぁ、どうだろうな」


 さすがに何かを察したらしいユミルがジト目でジンを見つめてくるが、ジンは気にしないふりをして、ユミルが白状するのを待つ。

 こういうのは自分で反省させるべきだと、ジンはこれまでの付き合いからも分かっている。


「うぅ、ジンのいじわる……。そーですよ、私は勉強が苦手ですよーだ。それが何かっ」


 ようやく自分が勉強が出来ないことを認めたユミル。

 しかし全く悪びれた様子はない。

 恐らく理事長グーリンにもこんな風に開き直ったのだろう。


「だって私、学園に勉強しに来たわけじゃないし、少しくらい成績が悪くたって構わないでしょ」


「少し……?」


 ユミルの言葉に首を傾げるジンだが、ユミルは拗ねたように頬を膨らませ、顔を背けている。

 そんなユミルにジンは大げさに頷く。


「確かにユミルは『ロマンチックな恋』をするために学園に来てるんだもんな。別に勉強がしたくないなら、しなくてもいいんじゃないか?」


「そ、そうだよねっ」


「まあ、成績が悪いせいで進級できなかったら俺はお前の先輩になるのか。そうなればせっかくの同じクラスだから出来てる恋のサポートもなかなか出来なくなるな」


「えっ……」


 目を白黒させるユミルを他所にジンが捲し立てる。


「でもユミルが勉強したくないっていうんだったら仕方ないよな。お前の意思を尊重――」


「や、やるからっ! ちゃんと勉強するから!」


 ジンの言葉をユミルが遮る。

 膨らませていた頬を萎ませて、ジンにしがみつくユミルは瞳を潤ませながら上目遣いでジンを見つめる。


「……だからこれからも一緒にいて、ね?」


「ま、まあユミルがちゃんと勉強頑張るならな」


「うんっ、頑張る!」


 ジンの言葉にユミルは大きく頷く。

 聞く人が聞けば勘違いしてしまいそうなユミルの言葉にどぎまぎさせられながらも、ジンはかぶりを振る。

 ユミルのことだ。

 きっと幼馴染という立場であるジンに対して、家族のような親近感を抱いているのだろう。


 だがどちらにせよ、ユミルは少しは勉強する気になってくれたらしい。

 これで理事長グーリンの悩みの種も一つ解消されることだろう。

 ジンは満足げに頷くと、ふと思い出したように呟く。


「そうだ。今週末にでも一緒に勉強会するか?」


「勉強会?」


「とは言っても、俺はある程度は勉強できるから、ユミルの勉強の面倒を見るっていう感じにはなると思うが」


「えっ、ジンが私の勉強見てくれるの!?」


「まあ別にそれくらいなら。それにロズワールさんたちにも挨拶しようと思ってたし、ちょうどいい」


 ジンの言葉にユミルは予想以上に大きな反応を見せる。

 恐らくジンが勉強を教えてくれるなんて思ってもいなかったのだろう。

 だが諜報員として働くジンは、あらゆる分野において幅広い知識を兼ね備えている。

 そのため学園での授業など、もはや取るに足らないレベルだ。


 それに加えて、理事長グーリンに聞いたユミルの成績は散々なものである。

 そんなユミルになら、例えどんなに成績が芳しくない生徒であったとしても多少は教えることが出来るだろう。


「あ、でもそれくらいなら、凄腕の家庭教師でも呼んだ方がいいか」


「い、いやっ! ジンに教えてもらいたい!」


「そ、そうか?」


 しかしユミルは大貴族の一員。

 優秀な家庭教師を雇うことなど造作もないはずだ。

 教えることに関しては素人のジンよりも、その筋のプロに頼む方が良いのは明らかだ。

 だがユミルはジンの言葉に大きく首を振る。

 その勢いに思わず戸惑うジン。


「……じゃあ今週末に勉強会やるとして、明日からはしばらく決闘を受けるの禁止な。そのせいで勉強時間減るのもあれだし。確か今日の分で決闘の申し込みはとりあえず全部無くなってたよな?」


「そ、それが実はですね……」


 ジンの確認に、ユミルは目を逸らしながら恐る恐ると言った風に鞄から何かを取り出してくる。

 達筆な字で『果たし状』と書かれた紙の下側にはキッシュと名前が記されている。


「うわ、遂にあいつもユミルに決闘を申し込んだのか。無謀なのに、ご愁傷様というべきか」


 キッシュの勇気自体は褒めるべきだろうが、もはやこれまでの決闘の様子を見てみるとやはりユミルの最強っぷりが際立つ。

 もしかしたら、なんてことすらあり得ない強さに、果たしてキッシュはどう立ち向かおうというのだろう。


「いや、あの……」


 だがそんなジンに対して、ユミルが決まりの悪そうな表情で何かを言ってくる。


「こ、これジン宛だよ……?」


「……はい?」


 それはさすがのジンも予想していなかった事態だった。

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