VSサイガ
僕はグラウンドに戻ると、既に他の生徒は試合を始めていた。
「やべ」
僕は焦りつつも小走りで自分の試合場所へと戻っていった。
今回の模擬試合は五人一組のチームを編成されて戦う。
2限が始まると同時に第三試合も開始されたが、結果はこちら側のチームの勝利となった。
「「「よっしゃああああ!!」」」
歓喜するチームメイト。
こちら側の戦績は二勝一敗。つまり、次の試合に勝つことができれば、チームに5人しかいないためこちら側の勝利となる。
こちらのチームは勝利を目前に盛り上がる。
向こうのチームは円になって作戦を練る。
たかが授業の模擬試合と言ってしまえばそれで終わってしまうのだが、それ以上にこの学園の生徒の競争心が強い。やはり本気で勝ちに行こうとしているのだ。
第四試合。
こちら側のチームはメガネをかけた貧弱そうな生徒(以下メガネ)。
向こう側のチームは特徴のない普通の生徒(以下フツメン)。
見た目だけなら若干こちら側の方が不利なように見えるが、憑依状態ならそんなものは関係ない。
すると、隣でチームメイトがひそひそと話し始めた。
「お、おい……。まさかサイガを出さない気か……?」
「あいつ、この試合に勝って泥組のやつを確実に倒すつもりだぞ……」
「……まじかよ、じゃあ本当にこの試合に勝たなきゃ負けんのか……」
サイガ……?
それは恐らく、第五試合目に出てくるであろう生徒だ。
真っ黒の髪が目にかかるほど長く、低身長の生徒だ。僕の頭一つ分ぐらい小さい。
そうこうしていると試合が開始された。
互いに憑依状態となる。メガネの背中から何やら霧のような物が噴き出されている。対してフツメンはというと……。
「グォォォ……」
なんと、約4メートルはあるであろう巨大な怪物に姿を変えていた。
「な、なんだあれは!!?」
「でけぇっ……!!」
狼のような姿をしている。しかし、前足はかなり発達しており、ゴリラのような身体つきをしていた。
憑依状態でここまで従者の姿に近づくことが出来るのは結構珍しい。見た目は普通なくせにやるじゃん、フツメン。
フツメンは勢いよくメガネに飛びかかった。
強靭な前足を思い切り振りかぶり、そのままメガネに向かって地面へと落とした。
ドオオオン! と地響きがする。この派手さに、他の生徒からの注目を集めた。
メガネに直撃したと思われた。しかし砂ぼこりが晴れた頃には、彼の姿は無かった。
その時、フツメンの背後からメガネが姿を現した。
「グォ……!」
「ふふふ……当たりませんよ、そんな鈍い攻撃」
メガネは霧状に身体を変化させ、自由自在に移動することが出来たのだ。
「"霧カエル"、それが僕の従者です」
フツメンは器用に腰を捻って、背後のメガネを殴った。しかし、またもその拳は空を切ることになる。
砂が移動するように、メガネは霧状になって攻撃を躱していく。
「全然あたらないですね。そろそろ僕から行きますよ!」
次はメガネの攻撃だ。
メガネは手を前に突き出すと、その掌から霧が現れる。それは一つに収束し、やがて剣の形に変化した。
メガネはフツメンに向かって走る。途中、フツメンによる攻撃を受けるが、躱す。
フツメンが地面に拳をめり込ませると、メガネはその腕に乗り、それを伝ってフツメンの頭部に接近した。
「くらえっ!!」
メガネは剣を振りかぶると、フツメンの顔面に斬りかかった。
剣がフツメンに触れようとした時、フツメンの身体から大量の煙が噴き出された。
「ぬわっ……!?」
メガネはそれに怯み、フツメンの身体から身を降ろす。
「い、一体なんなんですか……!?」
煙は徐々に晴れていき、その中からフツメンが姿を現した。
驚くことに、フツメンは先程の巨体とはうって変わって人と同じぐらいの身長になっていた。しかしその姿は毛むくじゃらの狼そのもので、まるで狼男のようである。
「ふー。鈍さが不利になるんなら、今度は速さで勝負するよ」
フツメンはそう言うと、両腕を地に着き四速歩行でメガネの元へ猛ダッシュした。
その速さは獣の如き速さで、あっという間にメガネの懐へと入ってしまった。
「!!?」
メガネがその速さに驚いている間に、フツメンは彼の脇腹を殴る。
「がはぁっ!?」
痛みを減少させるバリアを纏っているが、メガネの反応を見るにかなりのダメージを受けているようだ。つまりフツメンの攻撃の威力がかなり強いのだろう。
そしてフツメンは間髪を入れず立て続けに蹴り、殴りを繰り返してあっという間にメガネをノックダウンさせた。メガネはダメージで、自らの霧の力で攻撃から逃れることが出来なかったのだろう。
「ま、まじかよ……」
「二勝二敗……」
「次泥組のやつだぞ……?」
こちらの雰囲気は最悪だ。対して向こうのチームはかなり湧いている。
「ごめん……みんな…」
メガネは心底申し訳なさそうに謝った。
「いいよ、気にすんな」
「また次頑張ろうぜ」
「ゆっくり休めよ」
チームメイトは口々にメガネを励ました。彼らはもう負けを確信しているのだろう。
それはもちろん、泥組の僕が次の試合に出るからだ。
僕は白線の円の中に入る。サイガと呼ばれた生徒はまだここまで来ていない。彼はゆっくりと僕の方へ歩いてきている。
やがてサイガが僕の目の前に立ちはだかると、間もなく試合が開始された。
僕とサイガは互いに距離を取り、憑依状態へと移行した。
『我に従属せし者よ、主にその力を分け与え給え!!』
2人の詠唱が重なり、爆風が巻き起こった。
「おお、あれが泥組の従者の能力か……」
「結構派手じゃね?」
「見掛け倒しだろ」
周りの生徒達は物珍しげに僕を見ては、口々にそう言った。
僕の身体からバチバチと雷が現れる。それと同時に身体にずっしりとした重みが感じとられた。
(……この雷がヘラの魔力を消費してるんだよな…)
僕はそんなことを考えながらもサイガを見る。
彼の姿に変化はない。しかし、彼の周りには5機の球形の小型の機械が浮遊していた。
「……懐かしいな、サイガの"機械竜"」
ふと、1人の生徒が呟いた声が聴こえた。
(機械竜? それがサイガの従者なのか?)
「お前、泥組のやつだよな」
「!……そうだが?」
「従者が居なくて泥組になったらしいけど、憑依できるじゃん」
「色々あって従者が出来たんだよ」
「ふぅん」
こんな雑談をしているうちに僕の魔力はみるみる失われていくんだ。さっさと近付いてきてくれ! 僕は身体が重いから自由に動けねぇんだ!
「まぁ俺は勝負事で手を抜くのが一番嫌いだ。成績にも関わってくるし、早めに終わらせてもらう」
サイガはそう言うと、両手をポケットに突っ込んだ。
そして次の瞬間、5機の機械が一斉に僕に向かって来た。
「!!」
僕は両手で身体を庇うように、防御姿勢へと入った。
5機の機械はビシビシと僕の腕に当たる。ヘラの魔力の鎧に加えて痛覚緩和の魔術もかけられているために、ダメージはない。けれど問題がある。
「なんで遠隔攻撃なんだよ……!!」
これじゃあサイガが近付いてくることがないじゃねぇか!!
ダメージが無くても僕の魔力切れで負けてしまう。
一旦憑依を解いてからサイガに接近して、再び憑依してから攻撃する、なんて芸当は可能だが、小型の機械は絶え間なく僕に当たってきているため、ここで憑依を解けば生身にかなりのダメージが来るだろう。
「……じゃあ、ゆっくりでもこのままサイガに近づいてやるよ…」
サイガも僕が憑依状態をうまくコントロール出来ていない事にまだ気付いていないだろう。出来るだけ余裕ぶった風に見せかけて歩いて近付こう。
ずんずんと、1歩1歩に重みがくる。体力的にも、筋力的にもかなりキツイところがあるが、涼しい顔をして歩くことに集中する。小型の機械が当たってもダメージはない。
「……物理攻撃は効かないようだな…。ならば」
すると小型の機械は動きを止める。そして僕の周りをふわふわと浮遊し停滞する。
「"ゾルダート・レーザー"」
サイガがそう言うと、小型の機械から銃口が召喚された。そしてその銃口からビームが発射され、僕を一点に集中して攻撃した。
「うぐっ…!?」
これは先程の物理的な攻撃とは違って、結構じわじわとダメージがくる。ヘラの魔力の鎧は物理攻撃に強い代わりに、こういった魔術的な攻撃に弱い。
それは本来ならば、魔術的にも物理的にも一貫してダメージを軽減させる効果があるのだ。しかし、ヘラとの訓練でのことだが……。
―――――――
―――――
―――
『いってぇ!!』
その日、僕はヘラとの訓練をしていた。憑依状態での訓練だ。
『ん? 痛いだと? 貴様、仮にも私の魔力の鎧を纏っていて何を言っているんだ』
『いや……でも普通に痛かったんだが……』
それはヘラの魔術を喰らった時の事だ。僕は少し、いやかなり痛い思いをしていた。
ヘラはその事について、顎に手を当て考え込んでいた。
『おかしいな。私の魔力は特殊に対策をされない限りダメージは受けないはずなんだが……。それも、あの仮面の男が操ったアスタロトのように』
確かに、アスタロトの時は魔術に加工がしてあると仮面の男が言っていた。
『もしかすると……カナト、貴様が未熟だからなんじゃなかろうか』
『はぁっ!?』
―――
―――――
―――――――
と、いうように、僕の未熟さが魔力の鎧にまで影響しているらしい。ともあれ、今の僕は魔術的なダメージに弱くなっている。
まるで太陽光をルーテで集中させ焼かれるアリの如く、僕はレーザーでじりじりとダメージを与えられた。
しかしそれでも僕は着実に1歩前へ進み、サイガに近づいて行く。
「あまり効いてない……か」
するとサイガは小型の機械を自分の元へ回収した。そして5機を自分の目の前に密集させ、銃口を僕の方へ向ける。
「っ……!!」
銃口の目の前から巨大な光の球が生成される。それは先程のレーザーの上位互換であり、進化系であることは目に見えて察することが出来た。
(まずい……っ!!)
そう思った時には既に遅かった。
「"ゾルダート・キャノン"」
刹那、光の球が極太の光線となり僕を襲う。僕はなす術なくその光線を受けるのだった。
「ぐああああああ!!!!」
僕の身体は吹き飛び、地面に背をつけた。
その攻撃は僕に確かなダメージを負わせた。
「サイガのやつ、前の模擬試合の時より更に強くなってんじゃねぇか?」
「あ、ああ。これは昇格間違いなしだな……」
観客が湧く。
もう試合が終わったクラスもあり、他のチームがサイガに注目して観戦に来ているのだろう。それか、泥組の僕がどれだけ惨めにやられるのかを見に来た者もいるか。
何せ、まだ僕は戦闘不能に陥った訳では無い。重い身体を動かしてゆっくりと立ち上がった。
「効果はまずまず……か。しかし、お前自由に動けないんじゃないのか?」
「!!」
気付かれた。いや、ここは一応しらを切っておこう。
「何言ってるんだ?」
「……」
サイガは何も言わずに次の攻撃へと移った。
5機の小型の機械から銃口は消え、今度は刃のような物が召喚される。どうやら、自由自在に形状を取り替えることが出来るらしい。
そしてその5機の機械たちは僕に突撃してきた。
僕は腕でその刃を受け止めようとする。
刃が僕に直撃する直前に、刃の部分から光が放たれる。
「!!」
光の刃が僕の腕を刺激する。
「痛ぅっ……!!?」
本当に斬られたかのような痛みが走る。いや、これが実戦ならば斬られていたのだろう。
光の刃は魔術的ダメージを「斬る」刺激に変換して僕にダメージを与えるのだろう。よって、ヘラの魔力の鎧は貫通するわけだ。
そして光の刃は怒涛の連撃。
僕に休む暇を与えず、絶えず、ダメージを負わせ続けた。
「ぅ……ぐぁ、あああっ!!」
僕は全身に力を込めた。すると魔力の雷が僕の周りで爆発的衝撃を生み出し、5機の小型の機械を一気に吹き飛ばした。
「!!」
サイガは少し驚いた顔で僕を見る。
観客も少しざわついて僕を見た。
「はぁ……はぁ……」
やるしかねぇか。これやったら、また魔力切れ起こすかもしんねぇけど……。
僕は一つの決意を胸に、反撃へと移った。