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模擬試合

 

「おい、あれが泥組の……」


「やっぱ冴えねぇ見た目してんなぁー」


「弱そ〜」


 去年同じクラスにならなかった人は僕の存在を知ることなんてないだろう。つまり、さっきのひそひそ声は僕を知らない生徒のものだ。


「あーあ、あいつ、かわいそうに」


「根暗になったなぁ…」


 僕と去年同じクラスだった生徒はこんな感じに、僕に同情に近い発言をする。

 更に他学年からも好奇の視線を感じる。やはり唯一の泥組と言うことで、まるで珍しい生き物を見るかのように、まじまじと僕を見てはひそひそと隣の生徒と話をする。居心地悪いったらありゃしない。


 今は全学年のE、Fクラスと泥組が合同で授業受けている。と言っても授業は始まったばかりで、今はグラウンドで集合体形に並び直している所だ。ちなみに僕は2年Fクラスの最後尾に居る。


 E、Fクラスは下位に属する生徒が集まるクラスだ。言わば、成績があまり良くない生徒たちだ。

 そこと泥組の僕が合同なのは、教員の配慮だろう。なぜなら、上位に属するクラスと合同授業なんてした日にゃあ、もっと酷い罵りやいじめが起きかねないからな。


「静かにしなさい」


 前に立つ先生の一言で、先程までざわついていたグラウンドが一瞬で静まった。


「えー、今から全学年合同授業を始める。これは他学年との交流を深める目的の他――各々の力量を試す時間でもあり――成長を図ってのものだ」


 先生は合同授業の意図を長々と説明した後、授業の内容説明に入った。


「さて、今回はE、F組で対決をしてもらおうと思う。各クラス3組程のチームを組み、三つに分けて模擬試合をするのだ。2組以上のチームが勝利出来た場合、そのクラスを勝ちとしようか」


 あ、ちなみにFに泥組をつけたそうと思う。


 先生は思い出したかのように、かつ、どうでも良さそうにそう言った。


 更にF組からはざわつきが起こり、中には「えー」や、「まじかよー」などとあからさまに嫌がるような声をあげる者もした。


「ではチームを分けてくれ。ちなみにこれは全員が模擬試合をしなければならないから、誰かを仲間外れにするなんてことはしてはいけないぞ?」


 その『誰か』ってのは僕のことだろうな。


 それから数分かけてチーム分けが行われた。

 バランスよく戦力が散らばるように吟味し、慎重に戦略を練って組まれていく。しかし、終盤になると当然生徒の戦力も落ちていく。一人一人がどこのチームに属するべきかを特に慎重に話し合われた。

 僕の場合はそれが顕著だった。


 僕に従者が出来たというのはつい最近の出来事であり、それを知る人物も、興味を持つ人物も少ない。故に僕の実力は相変わらず過小評価されているのだ。

 とは言っても、まだ僕にはヘラの力をコントロール出来る実力を持ち合わせていないから『過』小評価でもないんだが。いうならば小評価だな。


 結局、僕はE組の一番強いチームと当たるチームに入れられた。恐らく、僕の所属するチームは『捨てチーム』なのだろう。残りの2チームに戦力を寄せ、より勝利に近づけるようにしたのだ。


(Fクラスって言っても戦略術は結構良いもんもってるな)


「チームは決まったか? それならチームごとに整列」


 先生の号令で僕達は整列した。

 チーム内から若干白い目で見られつつも、僕は平然とした顔で並ぶのだった。


「では今から模擬試合を始める。ルールは分かるな?」


 模擬試合。

 形式は体術の試合と同じだが、異なるのは憑依状態での試合だということ。

 ギブアップ、気絶、10秒以上のダウンで敗北となる。

 実際は対怪物(モンスター)で戦闘を行うものだから、対人で戦闘をした場合に感じる痛みや衝撃などは計り知れないものがある。

 そこで、各学園内には、痛覚緩和と外傷無効の魔術を使えるモンスターを封印した、契約の腕輪が用意されている。

 外傷無効とは、言わばバリアのようなもので一切の外傷を無効化することができるのだ(チート級の能力だが、実戦ではまともに扱えないほどの下準備と知識量が必要となる)。


 これにより、試合ではある程度の痛覚で決して怪我人の出ることのない試合が行われるということだ。


 そしてこのだだっ広いグラウンドで各チームが勝ち残ろうと戦うわけだ。


 先生は腕輪を取り出すとそれを自分の左腕に嵌め、憑依状態となった。それから詠唱を始め、痛覚緩和と外傷無効の魔術を発動した。


 僕達、生徒全員に青白いベールのようなものが包まれる。これで魔術の影響を受けたと言うわけだ。


「ではそれぞれ各チーム、配置につくように!」


 指示通りに試合場所へと向かう。

 クラスごとだけでなく学年ごとにそれぞれチーム分けされているので、試合を行う場所の間隔はわりと狭い。あまり広いスペースを使っての試合に臨む事は出来なさそうだ。


「着いたか? それでは先鋒は線の内側に立つように。それ以外は離れた位置で見ておきなさい」


 チームの1番手は最初の位置として、直径約3メートルほどの円が描かれている場所に立つ。


 先生の、「はじめ」の号令で試合が開始され、両者は互いの攻撃を警戒して一気に距離をとる。

 それからそれぞれ憑依状態となり、相手の出方を伺った。


「俺の従者、"ホワイトスネイク"の力を味わえ!!」


 僕の所属するチームの生徒は、ホワイトスネイクと呼ばれる魔物を従者としているらしい。

 憑依状態では雲のような煙が腰の辺りから尾のように立ち込めている。

 それから彼は、対戦相手と一気に距離を詰め跳躍した。

 空中で身体を少し丸めると、雲状の尾をピンと立たせる。


「喰らえ!! "ホワイトウィップ"!!」


 そのまま空中で回転を始めると、雲状の尾がまるでムチのようにしなり、対戦相手を襲った。


 しかし。


「甘いな」


 尾が対戦相手を直撃した時、その衝撃で地面が確かに震えた。しかし対戦相手はその場で微動だにせず、かつ、一切の痛みを感じさせない涼しい表情をしていた。


「なっ!? 無傷…!?」


 対戦相手をよく見てみると、雲状の尾が当たった側の、つまり右半身が石のような質感に変化していた。


「"ゴーレム"俺は身体を石のように硬くすることが出来る」

「なっ……」

「つまり物理攻撃は俺にとって無力!」


 対戦相手は、宙に浮かぶ僕のチームの生徒を思い切り殴った。

 その腕は岩石に覆われ、パンチの威力を増幅させた。


 対戦相手がにやりと口を歪ませ余裕をかましていると、先ほど僕のチームの生徒が雲状の尾で攻撃した所にモクモクとわたあめのような物が付着していた。

 次の瞬間、そのわたあめのような物が一気に弾け、対戦相手に衝撃を与えた。


 「ぐはぁっ!?」

 「ふ、甘いな」


 今度は僕のチームの生徒がにやりと口を歪ませた。


 このように試合は進んでいく。僕の出番は最後の最後に回され、できるだけ足を引っ張らせないように工夫されていた。

 ちなみにこの試合は勝ち抜け形式ではなく、一人一試合しか出れないのだ。つまり、エース級の生徒が居たからといって、その人が何度も試合に出るということは不可能というわけだ。


 そんなこんなで先ほどの試合に決着がついた。どうやら僕のチームの生徒は負けてしまったらしい。


 「ドンマイ!」

 「ナイスファイト!」

 「ご、ごめんみんな……」

 「気にすんな!」


 チームメイトの励ましの声が次々と聞こえてくる。どうやら団結力はあるようだ。

 それから間もなく第二試合目が開始された。

 二試合目は思わず見入ってしまうほどに接戦で、最後までどっちが勝つかわからなかった。数十分に及ぶ激戦の末、僕のチームの生徒が勝利した。


 「「「やったああああああ!!!」」」


 跳ねるほど歓喜するチームメイト。僕も一瞬、一緒に喜んでしまいそうになったが自重。一人離れて立っていた。


 するとグラウンド中央からホイッスルの音が聴こえる。


 「全体、一旦試合を停止して聞きなさい!」


 先生は拡声器を使って話した。


 「あと数分で1限が終わろうとしている。1度休憩をとってから2限に再開とする!」


 解散、と先生が掛け声をする。僕は喉が渇いたので水分補給をしに校舎へと向かう。


 ◆◆◆


 「カナト」


 水を飲んでいる最中に後ろから声がしたので振り返った。するとそこにはヘラがいた。


 「試合はもう終わったのか?」

 「いいや、まだだ」

 「そうか…。……勝てそうか?」

 「……わからん」


 実は、ヘラは今回の合同授業では僕の傍に居ないように頼んでいた。何故かと言うと、本当にしょうものない理由なんだが、僕の無様な姿を見てほしくないのだ。

 普段から訓練で死ぬほど無様にしごかれているのだが、それは相手が魔王であるという言い訳ができてしまうからで、今回の相手は同級生。言い訳のきかない状況で無様な姿を見してしまうのは、こう……僕のプライドが許せなかった。


 これをヘラに打ち明けた時、怒られてしまった。


『それじゃあ最初から無様な姿を見してしまうと決めつけているじゃないか!! そんな弱気では勝てるものも勝てなくなるぞ!!』


 結構、本気で怒ってきた。

 それでも僕は食い下がらず、めずらしく真剣にヘラに頭を下げた。流石にヘラも呆れたのか、ため息混じりに僕の頼みを聞いてくれている。


 「……なぁ、ヘラ」

 「なんだ」

 「ヘラって、何で僕にそんな"よく"してくれるんだ?」

 「?」

 「例えば僕に訓練をつけてくれたり、例えば僕を叱ってくれたり、例えば僕の命を助けてくれたり……」

 「……それは私が貴様の従者だからだ」

 「でも、ヘラは唐突な契約が行われたんだぞ? 普通なら、僕にそんな心を開くことなんてない」


 実際ヘラが僕の従者になったのだって奇跡みたいなものだ。命を奪おうとしていた人間の従者になってその日から何の気の咎めもなく僕に接してくれた。

 仮にも彼女は魔王。

 その器を持つ彼女がここまで人間に優しくするなんて、普通に考えればおかしいことなのだ。


 「……私はカナトの従者だ。従者は主に逆らえない。私はどう足掻いてもカナトを殺すことなんて出来ないんだ」

 「……」


 契約による主従関係が結ばれた瞬間、従者は主に一切の攻撃を与える事は出来なくなる。それは、主の権限により従者を"拘束"することが出来るからだ。

 それは間接的な意味ではなく、直接的な意味での拘束。

 契約の腕輪に秘められた力により、鎖が従者を締め付けるのだ。これは一切の力を封じ、行動不能とさせる。ヘラはこれの事を言っているのだろう。


 「それに、私は別にカナトが嫌いじゃない」

 「……! ヘラ……」

 「勘違いするなよ? 嫌いじゃないけど好きとは言っていない。いっつも飯はケチるし、怒鳴り散らすし……」

 「お前が食いすぎてるだけだろうが。僕は一切ケチってない。それに怒鳴り散らすのはお前がいらんことばかりするからだろうが」


 こいつはすぐ悪ふざけする。この前なんか夜這いしてきたからな。もちろん拳骨してやったが。


 「はいはい。そーゆーカナトも私は嫌いじゃない」

 「……デレ期か?」

 「死ね」


 冷ややかな目を向けてヘラは言い放った。

 ヘラは僕の横を通り過ぎ、僕の背中にもたれかかった。


 「だから、私は貴様に優しいんだ」

 「…ヘラ……」

 「それと同時に、厳しいぞ! これは愛故にだ!」


 くるっと反転し、眉を寄せてヘラはそう言った。

 僕はフッと笑いヘラにこう言った。


 「絶対勝ってくる。帰るときは笑顔で帰る」

 「……その意気だ!」


 もうすぐ2限が始まろうとしていたので、僕はグラウンドに戻ろうとする。

 小走りする最中に、立ち止まってヘラの方へ振り返る。そして、「僕もヘラのことは嫌いじゃない」と言おうとした。


 けれど、ヘラの顔があまりにも悲愴感溢れる表情をしていたため、それを言うのを躊躇ってしまった。


 僕は、見てはいけないようなものを見てしまったような感覚に陥った。


 喉の所まで出かかった言葉を飲み込み、僕はグラウンドへと戻るのだった。

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