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現状

 

 僕は泥組に属している。


 それは、本来この世界の誰もが持っているはずの、『従者』を持っていないことが理由となっていた。しかし今現在は魔王であるヘラを従者として迎えている。


 泥組は軽いショッピングモールほどある大きさの校舎の、1番端にある。更に、エアコンもなく、基本的に風通しも悪いので、夏は暑く冬は寒い。


 この学園の授業形態は基本的に三科目となっており、それぞれ筆記科目、体術訓練、従者実技訓練の3つに分かれている。

 僕はつい最近まで従者がいなかったため、筆記科目と体術訓練の二科目だけだった。

 基本的に泥組と普通のクラスとでは授業の展開は別に行われる。故に、泥組の僕と普通のクラスの生徒が同じ授業を受けることはほぼないのだ。


 さて、泥組担任の先生には、僕の泥組脱出を学園長に提案してもらった。その結果、何らかのテスト形式で合否を判定し、合格ならば見事脱出という話が出たのだ。

 しかしここで問題が一つある。

 それは、僕が憑依状態のコントロールが十分に出来ていないことだ。これは授業に支障をきたしてしまうことはもちろん、近々行われる"遠征"において危険であることがその問題のほとんどを占めている。

 そのためのテストであり、遠征においても危険でないと判断されなければ合格は出来ないのだ。


 これを改善するために僕はあの『仮面の男』の襲撃の日以来、ヘラの特訓を受けている。

 まず一つ目は魔力を身体に馴染ませること。

 二つ目は魔力の無駄な消費を抑えること。


 特訓方法は割と乱暴で、憑依状態になった上でヘラと模擬戦を繰り返すことだ。


 しかし僕は憑依状態の時に満足に動くことが出来ない。

 これは、魔王であるヘラの魔力があまりにも強大で、ただの人間である僕に到底扱えるものではないことから特有の"重み"が生じる。

 まるで身体の所々に重りを着けているようでまともに動くことが出来ないのだ。

 そんな状態でヘラの特訓をまともに受けられるわけもなく、毎日のようにボコボコにされている。


 そんな日が一週間ほど続いた。


 ◆◆◆


「うーーーん……」


 僕はある日の昼休み、校庭で昼食をとっていた。そこであぐらをかいて鎮座し、項垂れていた。


「どうしたんだ、カナト。せっかくの昼食を食べないのか?」

「いや、あれから何日も経つのに、未だに先生から連絡が来ないんだ」

「連絡とは?」

「ほら、例の泥組脱出の件」

「ああ。確かに、遅いな」


 とりあえずテストを行うことは確定しているのだが、その日にちはまだ伝えられていない。遠征も間近だというのに、一体どうしたんだろうか?


「……てか、結局従者が出来ても僕は毎日授業でやってることは変わんないのな」

「ええと、教室で勉強して、その後体術の訓練をして、その後また教室で勉強して……」

「ほら! 1回も実技してねぇ!!」

「それは貴様が私の力を使いこなせていないからだろうが」

「くぅ……こんなんじゃあテストなんて受からねぇよ、絶対…」

「情けない。弱音を吐いて、それでも男か」


 ヘラはハァー、と大きなため息を吐いてから玉子焼きを一口。


「るっせぇなぁ……ん?」


 ふと前方を見ると、校舎の影に群がる人影があった。


「何してんだ、あれ?」


 よく目を凝らしてみた。

 女子生徒が3人、校舎の壁際で何やら話をしているようだった。しかし、3人の内の2人は、残りの1人を追い詰めるようにして囲い込んでいる。

 2人の表情は険しく、1人の表情はおどけていた。

 やがて二人組のうち1人が、おどけた表情の女子の頬を平手で打った。


「!! っ、あれは」


 僕はすぐさま駆けつけた。


「おいあんたら、何してんだ!!」


 女子二人組は僕の存在に驚いたのか、身体をビクッと跳ねさせ、そのまま言葉を発さずに逃げていった。


「大丈夫か!?」


 女子は打たれた頬をさすり、僕の顔を上目遣いで見る。


「あ、ありがとうございます……」


 女子は栗色のショートボブで、身長はヘラより少し小さいぐらい。

 リボンの色が緑な事から、1年生らしい。


「いじめられていたのか?」

「……」


 彼女は俯き黙る。


「まぁとにかく無事でよかった」


 僕はそれだけ告げ、その場を去ろうとした。すると女子は「あの……!」と僕を呼び止める。


「ありがとうございました…」


 女子はぺこりと深くお辞儀した。


「頭上げろって。そんな大したことしてねぇんだからさ」

「でも……」

「まぁ、先生に言うなりして解決しろよ? 流石に僕も全てを解決出来るわけじゃねぇし」

「はぃ…」


 力無く返事した彼女は、そのまま校舎へと戻っていった。


「どうした? カナト」

「いや、あの女の子、多分いじめられてた」

「いじめ? ああ、人間がよくするいじめな」


 人間がよくする……か。

 確かに、この世界の現状はそうなのだろう。誰かをいじめるというのは最早ありふれたこととなりつつあるのだから。


「しかし、あの時はいじめって言うよりかは暴力って感じだったな。実際、頬を打っていたし」

「何故そのいじめられていた側はやり返さないんだ?」

「やり返すほどの抵抗力を持っているなら、初めからいじめられたりなんてしないさ」

「ふぅん。そんなものか」


 まぁだからといって他学年で他人の僕が無闇に首を突っ込みすぎたら、それはそれでいじめがエスカレートしてしまうかもしれない。やはり解決法としては先生に言うのが一番だろう。


「それを言う勇気があれば……だけどな」


 と僕が呟くと、ヘラが「あっ」と声を漏らし僕の肩をトントンと叩いた。


「カナト、時間」

「おっと、ホントだな。そろそろ教室に帰るか」






 放課後、寮室に戻ろうとしていた僕にユージが話しかけてきた。


「おお、ユージ!」

「よっ」


 僕とユージは学園内に用意されているファストフード店で話をした。


「その隣の女の子がカナトの従者なのか……?」

「ああ。人型なんて珍しいだろ?」

「ヘラだ。よろしく」


 ヘラが差し出した手を、ユージはおずおずと握って「よろしく」と返した。


「すげぇ…。人型で知能もあって、言語も話せるなんて、こんな高性能な魔物よく従者に出来たな…!」

「いやいや。ユージだって十分高性能な従者じゃねぇか」


 ユージはAクラスに属している。例のごとく、Aクラスは学年最優秀のクラスだ。ユージはその中でもトップクラスの実力を有している。


「おいカナト。貴様私が高性能じゃないって言いたいのか?」

「いや……そういうわけじゃねぇよ…。ここは謙遜しとくってのが常識でだな――」


 ちなみに、僕とヘラとの間で、ヘラが魔王であることは他言しないという約束がされている。


 それからユージは喉が渇いたらしく、ドリンクを注文した。僕も何となくのどが渇いた気がしたのでユージに続いてドリンクを注文する。するとヘラも、なぜ自分だけ無いのかと怒りだしたので、仕方なく僕が買ってやった。


 3人ズゴゴとジュースを啜るとユージがこんな話を切り出してきた。


「そういえば明日、全学年合同授業があるな」

「……ああ」

「? なんだそれは?」


 ヘラが僕に問うてきたのでそれに答えた。


「全学年合同で授業をする。その名の通りだ。全学年といっても一斉にするわけじゃなくて、各学年から2クラスずつ抜粋して、複数に分けて授業を展開するんだ」

「つまり、6クラスか」

「そう」

「じゃあその授業で実際なにをやるんだ?」


 僕はドリンクを一口飲んでから二つ目の質問に答えた。


「模擬試合。憑依状態なり、召喚なり、体術なりの模擬試合が行われるんだ」

「ほぉほぉ。なかなか面白そうだな。で、それがどうしたんだ?」

「……泥組もこれに参加するんだよ」


 泥組…つまり僕は、E、Fクラスに混ざって授業を受ける。どちらのクラスも、普通のクラスの中では最下層に属するクラスだ。しかしそれはあくまでも『普通の』クラスの中であり、泥組なんて普通は到底及ばないぐらいの力は持っている。


「これは年に3回行われるんだが、今年はこれで2回目だ」

「去年、酷かったらしいな……」


 ユージが深刻そうな顔をしてそう言った。僕は「ああ」と頷く。


「憑依と召喚が出来ない僕はまともに授業を受けることすら出来なかったな。それで、影でクスクス笑われてた。流石に結構あれは精神的にくる(・・)ものがあったよ……」

「それに、カナトの得意分野の体術が行われなかったのも大きいよな……」

「そう」


 するとヘラはププッと笑いをこぼした。


「カナトの得意分野が体術……? ふふふ、笑わせるな」

「うっせぇなぁ。お前と一緒にすんな」

「どういうことだ?」


 ユージが尋ねてきたので、この会話の意味を説明した。


「いや、僕さ、最近ヘラに訓練受けてるんだ」

「へぇ! どんなの?」

「……ひたすら実戦。昨日はたまたま体術訓練してたんだ。いつもは憑依の訓練」


 ヘラは横から、にやけた顔でこう言った。


「この男、私にボッコボコにされているんだよ。昨日も、私に一撃も喰らわせることが出来なかったなぁ?」

「くっ……!」

「仲いいなぁ、お前ら」

「別に仲良くねぇよ!」と僕は言った。


「でも、今回は従者も居ることだし、明日は大活躍出来るんじゃないか!?」


 ユージははしゃぎながらそう言う。しかし、やはり僕には大きな問題が壁になるわけで……。


「実は、僕は憑依状態のコントロールがうまく出来ていないんだ……」

「えっ! そうなのか!?」

「それに先生から、極力召喚は避けた方がいいって言われてるんだ」

「なんで?」

「ヘラの力が強大で、周りに被害を及ぼしてしまうから」

「そ、そんなに強力なんだね、その子……」


 なにせ、明日は僕にとってはあまり嬉しくない日だ。


 「明日活躍出来るためにも、今日も特訓だな」とヘラが言う。

 「ま、まじで……?」

 「当たり前だ。私の主として恥ずかしくない活躍をしてもらわないとな。というわけで、行くぞ、カナト」

 「ちょっ!? ヘラ、おい! 引っ張んなって……っ!!」


 ユージは戸惑いながらも、ヘラに連れ去られる僕を見守るのだった。


 「あ、また明日な! カナト!」

 「た、助けてぇぇぇ!!!」


 その夜、また僕はヘラにボコボコにされたとさ。

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