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決着

 

 僕は膨張しようとする『ブラッド・レイ』を両手の腕力だけで抑え込もうとする。

 しかし、モンスターはそれをさせまいと再び口から黒い球体を生成した。


(くっ……このままじゃ、またあれを喰らっちまう…!)


 ただでさえ憑依状態ではまともに動けず、モンスターの攻撃を避けることなんて出来ないのに、ブラッド・レイを抑え込むのに必死な状態の今、あの攻撃を避けることなんてまず不可能だ。

 吹き飛ばされてだって、必ず成功させてやる……。

 僕がそう決心した時、モンスターは雄叫びをあげた。


「グアアアアアッ!!」


 そしてその雄叫びと同時に、黒い球体を僕に向かって放つ。


「くっ……!!」


 気付けば眼前に黒い球体がある。それほど速い速度で放たれたのだ。

 まもなく球体は僕に直撃する。しかし、意外なことに僕には痛みやダメージは一切無かった。


「…え?」


 それに驚いたのか、モンスターは固まってしまっている。

 しばらくして、もう1度黒い球体を生成した。


「ま、またかよ!!」


 ブラッド・レイは未だ安定せず、僕は膨張を抑えるのに必死な状態だ。少しでも気を抜いてしまえば、はちきれてしまうだろう。


 そうしているうちに、モンスターは再度球体を発射。今度こそダメージを負う覚悟をする――が、球体が僕に触れようとしたその時。


 バリバリバリィッ!!


 ダメージを負わない秘密はそこにあった。

 僕の身体に纏われた赤黒い雷が、ブラッド・レイ生成の影響により激しさを増していた。それにより、モンスターの攻撃をはじき返す、もしくは相殺しているのだ。


 ラッキー。


 そんなことを考えていると、感覚的にブラッド・レイが安定してきたような感じがした。


「……!! よし、これならいける――」


 そこで気を抜いてしまったのが運のツキだった。

 一瞬の気の緩みがブラッド・レイの安定状態を解き、跡形もなく弾けさせた。

 爆発するような雷とともに僕の両手は弾き飛ばされた。


「ぐあっ……!!!」


 モンスターはその隙を逃さなかった。

 一瞬にして僕との距離を詰め、角で僕を薙ぎ払ったのだ。


 バキバキと木にぶつかっていき、その勢いを殺すまでに木は3本折れていた。


(な、なんて威力だよ……。流石にダメージはでかい……)


 僕はゆっくりと立ち上がる。背中がジンジンと痛む。心なしか身体がさっきよりも重くなっているような気がした。


(もう一度……もう一度だ…!)


 僕はもう一度ブラッド・レイを生成する。

 身体の重みが増したのと比例するように、ブラッド・レイの反発力も増したように感じた。


「ぐ……ぐ……ぅ…!」


 渾身の力を込めるが、今度は10秒と持たなかった。


「ぐあっ……!! ……くそっ!! もう一度だ!!」


 僕は再度ブラッド・レイの生成を試みたその時。


「ゴオオオオオオオオオ!!!」


 モンスターは今までとは声色の違う雄叫びをあげる。それと同時にモンスターの角に黒いオーラが纏われる。そして次の瞬間、モンスターはその角を地面に向かって叩きつけた。


 ドオオオオオオオン!!!


 その衝撃音と共に地面は激しいひび割れを起こし、その隙間から柱のように黒いオーラが立ち上がる。


「なっ……!!! こんな派手なことしたら、流石に一般人に気付かれるだろ!!?」


「案ずるな。そうされないように人に頼んだと言っただろう」


 男は、離れた距離から僕に話しかけた。


「……ここまでして気付かれないって、只者じゃないんだな、あんたが頼んだ人とやらは」


 無駄話をしている間に、柱は一つに収束していた。


「しかし、彼らの仕事はこれで終わりそうだな」


 男は言う。その言葉の意味は、この一撃で僕は戦闘不能になる、という意味だろう。


「…足掻いてやるよ」


 その時、モンスターは鼓膜を破壊せん程の咆哮を轟かせる。それに呼応するように柱は僕に向かって放たれた。


「おらあああああああ!!!!」


 僕は両手に力を込め、その柱を受け止めた。

 バリバリと雷が飛び散る。魔力がその柱を弾き返していた。

 そしてそれと同時に僕は脚にも力を込め、身体が吹き飛ばされないように踏ん張っていた。


「う……ぐ……」


 しかし、抵抗虚しく両手は弾き返され、その柱による攻撃を受けるのだった。

 柱は僕に物理的なダメージを与えなかった。

 今まで魔物が繰り出してきた球体の魔術とは違い、身体を吹き飛ばされたりすることもなかった。

 柱は僕の身体をすり抜ける。


 刹那、僕の神経という神経が悲鳴をあげる。


「ぐああああああああっ!!!!」


 口からコップ1杯ほどの、大量の血が溢れでた。


「うぼぁ……っ!」


 僕は膝から崩れ落ち、膝立ちのような姿勢をとる。

 呼吸も満足に出来ず、視界もぼやけている。上体はゆらゆらと揺れ、気を抜けばそのまま倒れ込んでしまうかもしれない。

 しかしそれをしてしまえば立ち上がる事が出来なくなるのは明確だった。だから僕は倒れない。絶対に。


 すると横から男がパチパチと拍手をする。


「見事。この攻撃を受けて意識を失っていないのが凄いよ。驚いただろう? これは君の、いや、魔王の魔力による"鎧"に干渉しない特殊な魔術だ。つまり、柱を受け止めることは出来ても、君の身体を守るその魔王の魔力は効力を持たないということなのだよ」


「……これ…で…か、勝ったと思っ…てんのか?」

「ほぅ? 君はまだ負けていないと言いたいのかね?」

「……あぁ…」


 僕は力なくそう言うと、両手を胸の前に差し出し、両掌を合わせた。


「僕はまだ負けていない……!」


 ラストチャンス。

 そう思って僕は今出せる最大の力を込めた。この一撃が失敗すればもう身体が動くことがなくなるくらいに。


 すると僕の腕からは今までにないほどの力が溢れた。魔力の雷が腕を中心にバチバチと巻き起こる。

 ブラッド・レイの球体ができても尚、その圧倒的な力で抑え込むことが出来ている。


「素晴らしいぞ少年!! 魔力で腕の力を強化するとは大した賭けに出たじゃないか!」


 男は興奮気味に僕を賞賛した。

 その声を聞くともなく、僕は必死に腕に力を込め続けた。


 モンスターは対抗するように雄叫びをあげ、こちらに向かって猛突進してきた。


(理屈なんて知らねぇ…。どうやってこの力を出してるかもわからねぇ。でも……この一撃にかかってる。この一撃を失敗すれば――)


 僕は何のために今戦っているか、もう忘れかけてしまっていた。意識が朦朧としている今は目の前のモンスターを倒すことに、自分の身を守るために必死だったのだ。


 その時、僕は確かに手応えを感じた。


「……完成した…」


 今はさほど腕に力を込めていない。にも関わらずブラッド・レイを維持できている。ヘラのものより一回り小さいが……これなら、いける。


 モンスターとの距離僅か3メートル。


 僕は動揺することなく、両手を前に突き出した。



『ブラッド・レイ』







 結果は、失敗。

 何故かと問われても、わからない。

 僕が両手を突き出した瞬間、今まで纏われていた雷が消えたのだ。それと同時にブラッド・レイも消え去り、見事に失敗に終わった。


 じゃあ僕はモンスターにやられたのか?


 違う。僕はやられていない。


 何故か。




「間に合った」





 僕の目の前には、モンスターの角を片手で押さえるヘラがいたからだ。


「へ、ヘラ……!」

「情けない。それでも魔王(わたし)の主か」


 安心したためか、僕の身体から力が抜け、そのまま前のめりに倒れてしまう。ヘラは僕の身体をもう一方の片手で受け止めてくれた。


「安心しろ。貴様の命は私が助けてやる」


 ヘラ、お前は狙われているんだ。

 そう言葉にしようとも、疲労で喋ることが出来ない。

 僕は後ろに座り込み、ヘラの戦いを見るのだった。


「アスタロト……。貴様、最早自我すらも失ってしまったか」


 ヘラはモンスターに向かってそう言った。どことなく悲しげだった。


「……すまない。貴様を助ける方法は……今の所、ない。だから…恨むなよ」


 次の瞬間、ヘラから魔力を感じた。

 角を押さえる手から僅かに雷がほとばしる。すると、モンスターの身体が吹き飛んだ。

 身体は完全に地面から離れ、横たわるように倒れた。


「あの巨体を……簡単に…」


 ヘラは間髪入れずに次の行動をとる。

 即座にモンスターの懐に入ると、右手に力を込めた。右手には赤黒いオーラが纏われた。


「すまない」


 ヘラはもう一度謝ると、目にも止まらぬ速さで右手をモンスターの腹部に斬りつけた。

 モンスターの腹は真っ二つに割れ、大量の血が噴き出される。モンスターは、死んだのだ。


「……」


 死ぬ間際、モンスターから何か声が聴こえた気がした。しかし、あまりにも小さく、聞き取る事は出来なかった。


 ヘラは数秒立ち尽くすと、後ろを振り返って仮面の男を見た。


「……貴様がアスタロトを縛ったのか」

「これはこれは魔王様。お目にかかり、光栄でございます」


 男は丁寧にお辞儀をする。


「質問に答えろ」

「ふむ。言いようによっては、確かに『縛った』ということになりますね」

「魔族にそのような扱いをするとは、そこまでして死にたいのか?」


 ヘラは内心穏やかではないようだ。静かな闘士が魔力の雷の昂りに現れた。

 その威力で風が吹き荒び、ヘラの威圧を感じさせた。


「これはまずいですね。これ以上ここに居ては本当に殺されかねません。一旦、引くとしましょうか」

「逃げられると思っているのか?」


 ヘラがそういった時には、男の眼前までに迫っていた。

 1秒にも満たない時間で、2人の攻防は行われた。


「……ちっ、逃げたか…。私から逃げられたやつなんて、これで2人目だよ」


 男は一瞬で姿を消した。トリックなんてわかるわけがない。

 しかし、ヘラの一撃は確かに通った。その証拠として、半分に割れたマスクの残骸が地面に残っているからだ。


 ヘラは僕に近付くと、僕をお姫様抱っこした。


「帰るぞ、1人目」

「ちょ……これは…はずい…」


 声を大にして拒否したかったが、生憎なことに僕は疲弊しきって声すら満足に発することが出来なかった。

 そのまま僕は瞳を閉じ、静かに意識を失うのだった。









「コンタクト成功…か」


 男は1本の髪の毛をつまんでいた。


「ふふふ…。これで私の計画が一つ進んだよ」


 男は半分あらわになった顔を撫で、不敵に笑うのだった。


 ◆◆◆


「おはよう、カナト」


 目が覚めると、目の前には、ヘラの顔と深い谷が……。


「って、近ぁっ!!?」

「うわっ!」


 僕は即座に起き上がり、後ずさった。


「な、なんてもの近づけてんだよ!!」

「ほう? 貴様、朝から私の胸に欲情するとは、男だなぁ…?」


 ヘラの視線は完全に危ない所に向いている。僕は両手でソレを押さえる。


「お、おま!! これは生理現象だよ!! 健全な男子なら誰でもなるもんなの!!」

「それにしては随分とマウンテンしていたが、(コレ)のせいでもあるんじゃないのかぁ〜? ほれほれ」


 ヘラはそう言いながら両手で胸を寄せて上げ、タプタプと揺らした。

 これは流石に洒落にならなかったので、一発拳骨を喰らわしてやった。


「いっ…! な、何をするんだ貴様!!」

「お前が俺をからかうからだろ!!」

「だからって魔王に手をあげるとはどういうことだっ!」

「うっせぇ! 今は俺の従者だろうが!!」


 そんな喚き合いを繰り広げた僕は、朝からどっと疲れるのだった。

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