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"魔将・アスタロト"

 

「お、おい……あれが本当に、今回のターゲットなのか……?」

「ああ。そうだ」

「普通の少女(ガキ)にしか見えないが……」

「見た目に騙されるな」


 ……男達よ、私には会話の内容までバレバレだぞ…。


 私は公園のある方角に向かって歩いていた。

 しかし、どうやら私とカナトがはぐれた時点から、2人組の男につけられているらしい。やれやれ、美女も困りものだ。


 もうすぐこの人混みから離れ、比較的人の少ない通りに出る。

 そのあたりから奇襲を警戒しようと思う。


 私が人間に捕らえられた時もそうだったが、奴らは何やら不思議な"札"を持っている。

 あれは条件さえ揃えば、魔王である私ですら完全に力を封印してしまう代物だ。人間のくせに、魔王を封印し得る物を作り出すなんて、一体どんな奴なのだろうか。これにはそこそこ興味がある。


 今の私は5割の力しかない。つまり、ある程度気を張り詰めておかなければまた以前のように捕らえられてしまうかもしれない。


「……まぁ、油断しなければ人間などに捕らえられなどしないのだがな」


 前は如何せん、私自身が弱っていたせいもある。

 1人で竜族の軍勢を相手にしたのはなかなか厳しいところがあったからな。


 そんなことを考えているうちに、人の少ない通りに出た。


(さぁて……ここから気を張り詰めないと)



 ◆◆◆



「んー、ヘラのヤツ、おせぇな」


 僕はヘラよりも早く公園に着いてしまった。

 かれこれ30分ほど経っているが、いっこうに現れる気配がない。


「主従関係が深まっていたら、お互いの居場所とか感知出来るらしいが……」


 あくまでも、召喚した時に離れ離れになった場合の時の話だ。しかし、僕とヘラでは主従もくそもない。

 それどころかあいつは僕をからかってばかりで、自分が従者ということを自覚していないだろう。……まぁ、魔王ゆえに、人の下に付くなんてことがないから自覚なんて出来ないだろうが…。


「……だめだ、あいつ、どこかではぐれてるかもしれない。さがしに行こう」


 ベンチから立ち上がると、前方に背の高い男性が居ることに気がついた。

 普通ならその辺の他人と同じように、視界に入れてはいおしまい。だが、その人物はどことなく僕を引きつけるような存在感を放っていた。


 黒のハットに黒のコート。黒の手袋に黒の手持ちカバン。何から何まで黒に染めている男性は、ふとこちらを振り向き、歩み寄ってきた。


「な、なんだ……? あの人、骸骨のマスクを被ってるぞ……」


 普通ではないことが一瞬で理解できる風貌だ。


 そうしている間に、もう男性は僕の目の前まで来ていた。特段歩くスピードが速かったわけでもないのに、なぜかこの短時間で僕の目の前まで迫っているのだ。


「……あの…なんか用すか?」

「君は平和を信じるかね」


 突拍子もないことを尋ねられ、言葉を失ってしまった。

 質問であったはずの言葉は居場所を失う。にもかかわらず、男性は言葉を紡いだ。


「私は信じない。なぜか。それは、かつてこの世界に『悪』が栄えなかった時代がなかったからだ」


 喉奥に何かが突っかかったような、とても低い声だ。


「ならば『悪』とは何か。どう思う? 少年」

「あ…! え…と」


 2度目の質問に反応は出来た。しかし、その返答をする事ができない。

 悪とは何か。

 僕は今、この男性によって何かを悟らされようとしているのではないか?


「難しいか。ならば教えよう」


 男性は僕に背を向け、コツコツと靴を鳴らしながらゆっくり歩いていった。


「悪とは……人間だ」

「!」

「人間はこの長い歴史の中で数多くの争いを生み出してきた。それは同種族の命を奪い、血で血を洗う戦を、幾度となく繰り返してきた。それは、モンスターよりも悪と言い切るに十分な理由ではないか?」

「あんた……一体何が言いたいんだ?」

「ふふ……何が言いたいか…か…」


 男性はくるりと振り返り、僕の方を向いた。


「端的に言うとだね。人間は滅びるべきだと言いたい」

「!?!」


 こいつ……やばい…!!


 本能的にそう感じた僕は、睨みつけるような目つきで男性を見た。


「おやおや、君はずいぶんと注意深い性格のようだね」

「…目の前に『人間は滅びるべきだ』なんて言う人間が現れたら、誰だって警戒するだろ」

「へぇ……」


 男性は感心したようにそう言うと、おもむろに右手袋をはずした。


「では、『人間は滅びるべきだ』と言う"モンスター"なら、どうだろう?」

「なっ……!!?」


 僕は目を疑った。

 手袋から姿を現した手は、どす黒い深緑のような色をしており、確実に人間のそれではないことは一目瞭然だった。


「お、お前……人間じゃ…ない…のか?」

「君はこの手を見てもわからないのか?」


 僕はどうすればいいのかわからなかった。

 今目の前に居る男性は、実はモンスターだった。

 だからといってどうするのが最善だ? 今ここで戦うのが最善なのだろうか?


「悩んでいるな、少年よ」

「……何か…目的があって僕に話しかけたのか……?」

「ふふふ……。本当に君は注意深い性格だ」


 男性は手袋をそっと身につけ、その手をポケットに突っ込む。

 その一つ一つの動作を目で追い、それが何を意味したのかを判断してから、再び視線を骸骨のマスクへと戻す。


「まぁ……yesかnoかで答えるならば、yesだ。君に用があってここに来たのだ」

「……何の用だよ?」

「……君は最近、何か大きな出来事に巻き込まれなかったかい?」


 その質問に思わず眉がピクッと動いてしまった。それを見抜いたのか、男性は少し笑ってこう言った。


「君は注意深いが、わかりやすいのだな」

「…っ、あったら、なんだって言うんだよ」

「ならば回りくどい言い方はやめようか。単刀直入に言う。私は魔王を探している」

「!!!」


 やはり、"大きな出来事"とは、ヘラ――つまり魔王のことだ。


「君は魔王との出会いを果たしたそうだが、その経緯を教えてくれないか?」

「…それを言うメリットが僕にないな」

「ふふふ……さすがだ。簡単にボロを出そうとしない所に好感がもてるよ」

「そりゃどうも」


「まぁ、といっても、私は君がどうやって魔王と出会ったかなんて知ってるのだがね」

「……」


 この男性はいちいち回りくどい言い方をして、僕を試している。

 真実を知っているにも関わらず質問を投げかけ、その返答で僕をどういう人間かを徐々に分析している。


 この男は本当にモンスターなのだろうか?


 モンスターにしては知能が高すぎる。

 とにかく、得体のしれないこの男性の前では、あまりしゃべらない方が懸命かもしれない。


「黙秘かね? ふふ、本当に君は……」


 男性はそこで言葉をとぎった。また僕のことを注意深い性格などと思ったのだろうか。


「まぁいい。それなら私が勝手に話を進めよう。それでだね、私はできれば穏便に事を済ませたい。つまり、君に魔王を呼んで欲しいんだ」

「……素直にオーケーと言うと思うか?」

「だろうな」


 男性は即答した。


「しかし君にとっては、素直に魔王を呼んだ方が、身のためだと思うが?」

「呼んで、なにするんだよ。さっきあんた、『僕と魔王がどうやって出会ったのかを知ってる』って言っていたが、魔王を捕まえるのに加担したんだろ? そうじゃなきゃ知っているわけがない」

「ふむ。なかなか鋭いね。…そうだ、私は魔王を捕らえる目的でここに来た」

「……じゃあ呼ぶわけにはいかねぇな」


 男性は黙る。

 少し間を置いて、男性は()手袋に右手をかけた。


「……仕方が無いな。これも魔王を呼ぶためだ。君には少し痛い目を見てもらうよ」


 手袋を外す。

 あらわになった左手は、まごうこと無き人間の手。色も、形も、大きさも。


「人間の手……。……あんた、一体何者なんだ……?」

「……何者…か。自分がどんな存在がなんて、自分で決められるわけないだろう? 私が何者かは、君が決めることだ」


 男性はそう言うと、左手の中指にはめられた、銀色の指輪に右手を添えた。


『我に従属せし者よ。我が盾となり、今ここに顕現せよ』


「っ!? 詠唱…だと!? でもそれは、契約の腕輪じゃないはず……!」


 すると男性のはめている指輪は光り輝いた。

 その光とともに、男性の目の前から魔法陣が浮かび上がり、その中から異形のモンスターが姿を現した。


「"魔将・アスタロト"」


 大きさは約4m。四足歩行で、体つきはゴツゴツしていて、筋肉がパンパンに膨らんでいる。

 体毛は薄く、硬い質感の皮膚に覆われている。獣のような手足と、大きな角の生えた頭部。牙は発達し、顔の形状も犬のようだ。


「ふふ、驚いたかね?」


 これは明らかな"召喚"だ。しかし、契約の腕輪ではなく、指輪から発せられた光で行われていた。

 しかも、モンスターである男性がなぜ、契約の類を出来ているのか。

 本当に彼はモンスターなのか。

 この異例の事態に、僕は戸惑いを隠せなかった。


「これからこのアスタロトをもって、君を排除する。それにより、君の契約の腕輪を奪って、魔王を私の従者にする」

「……なに言ってるんだ? 腕輪の主が死んだら、従者との契約は無効になって余計探しにくくなるぞ? それに、腕輪を奪ってあんたの従者になんて、出来るわけないだろう」

「ご親切にどうもありがとう。しかし、私は君を殺す気はない。ただ、これから一生動けなくなるような身体にするだけだ。それに――」


 男性は左手の人差し指をピンと立てて、こう言った。


「私は人の従者を奪うことが出来る」


「!?」


 すると、先程まで大人しくしていたモンスターが急突進してきた。

 モンスターと僕の間隔はわりと長かったため、なんとか横に回避した。

 モンスターはその突進の勢いを緩めなかった。

 僕の後ろにあったベンチを踏みつけ、粉々に砕いた。


「なんて破壊力だよ……!」


 モンスターはやがて木にぶつかり、突進を止めた。木はシャープペンシルの芯のように、いとも簡単に折れてしまった。

 モンスターは何事も無かったかのようにこちらに振り向く。そして再び僕に向かって突進してきた。


「我に従属せし者よ! 主にその力を分け与え給え!!」


 僕は憑依を完了させ、突進するモンスターの両角を両手で受け止めた。

 ヘラの力の恩恵は大きく、憑依するだけで何十倍ものパワーを得られるのだ。

 そして僕はモンスターの角を、ひねるようにして傾ける。


 「ぐ……おらああああっ!!」


 モンスターはその力に抗うことが出来ず、そのまま横に倒れた。

 ズシンと地面は揺れ、まるで地震が起きたかのようだった。


 「素晴らしい! それが魔王の力か!」

 「……あんた、こんな大きな公園で派手なことやってたら、警察が来るぞ」

 「その点は抜かりない。この状況を目撃する一般人(エキストラ)は来ないようにしてるからね」

 「……そんなことまで出来んのかよ」

 「いいや、これは私の力ではなく、単に人に頼んでいるのだ」


 モンスターのくせに人に頼んでいるのか。

 そんなツッコミを入れる間もなく、横たわっていたモンスターが起き上がる。


 「グァ……アァァ!」


 今度は突進ではなく、そのたくましい角を使い、薙ぎ払うように攻撃してきた。


 如何せん、僕はまだヘラの魔力に馴染めていないため、身体は重い。そんな状況でこの攻撃を避けられるはずもなく、僕の身体は吹き飛んだ。


 その勢いで木に強打した。が、やはりヘラの魔力は強大で、物理的なダメージをも軽減する。


 「ぐ……! これ、憑依が無かったら即死だったな…」


 そんなことをしている間に、モンスターは再び突進。

 今度は受け止めるのではなく、その脳天に思い切り拳をぶつけてやった。


 「おらああああああ!!!」


 まるで拳に20キロの重しをつけているみたいだ。

 腕からはバチバチと赤黒い雷が放出される。それがこの拳のパワーを象徴していた。

 頭を打たれたモンスターの巨体は進行方向とは逆に動いた。

 それでもモンスターの皮膚は傷一つつかない。ノーダメージと言ったところか。


(くっそ、一体どうすればいいんだよ! このままじゃ、僕のスタミナがどんどん無くなっていく。長引かせてもジリ貧になるだけだ……!)


 その時、脳裏にある勝利法がよぎる。


 このモンスターにダメージを与えられるとしたら、"あの技"しかない。


 「グアアアアアア!!!」


 モンスターは雄叫びをあげた。そして次の瞬間、モンスターの眼前に黒い球体が生成される。


 「魔術か…!?」


 そしてその球体は僕に向かって放たれた。その速度は高速であり、当然、避けられるわけがない。僕は即座に身体をかばうようにして、両腕でガードした。

 球体が直撃すると、僕は激しい痛みに駆られた。


 「ぐあああああああっ!!!」


 腕の皮膚は真っ赤に染まり、火傷したようにヒリヒリと痛みを感じる。


 「く……ヘラの魔力を持ってしても、魔術ではダメージを喰らうのか……!」


 モンスターは再び黒い球体の生成を始める。


(もたもたしている暇はない……!)


 僕は両手を胸の前にかざし、両手のひらを合わせた。

 手のひらに神経を集中すると、身体に纏われた雷が激しさを増す。そして、赤黒い球が現れた。


 「……決めてやる……『ブラッド・レイ』を……!!」

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