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重み

 

「おーいカナトー」

「なんだヘラ……ってうおおっ!! おおお、おま、なな、なんて格好してんだーー!!?」


 振り向くと真っ裸で仁王立ちするヘラが居た。

 僕は即座に真っ直ぐ振り返り、思いっきり怒鳴ってやった。


「タオルか何かで隠すぐらいしろーー!!」


 そう、彼女は風呂上りなのだ。


「いや、そのタオルがなかったからこうして聞きに来てるんだが……」

「ならここまで裸で来んなよ! 大きい声出して呼びかけろよ!! ちょっとぐらい羞恥心持てよ!!!」

「うるさいなぁー、喚き散らすな。そもそも、貴様はモンスターに羞恥心を持てと言うのか?」

「そ、それは……」


 とにかく僕はヘラにタオルの置き場所を指示し、きちんと服を着てもらった。


「ふー、いい湯だった。カナトはまだ入らんのか?」

「……あともう少しで入るよ」

「なるほど、先ほどの私の裸体を思い出しながら出して(・・・)、から行くんだな?」

「お前は魔王のくせに下ネタを堂々と……」


 僕はもうツッコむ気力も無くなり、はぁ、と呆れながら言い捨てた。


「なぁに、貴様も年頃の男子。その辺はいくらでも考慮してやるから安心せ「いやなんもしねぇよ!!?」……すぐ意地を張る。これだから童貞は……」


 ヤレヤレといったジェスチャーをしながらヘラはそう言った。

 僕はもうツッコむことをやめ、そそくさと入浴の準備をするのだった。





 翌日、僕は校舎に着くと、先生から呼び出しをくらった。


「失礼します」


 教員室の戸を開け、先生の座っている所まで歩み寄った。


「おお、カナトか。おはよう」

「…おはようございます。で、なんか用すか?」

「ええとだな、昨日言っていた泥組脱出の件だが……」

「ああ、そーいえばありましたね。で、どうだったんすか?」


 先生はどうにも顔が険しく、何処か言うのを躊躇っているようにも見えた。


「……実はだな。憑依の不完全さがどうにも問題らしくてな、今すぐ脱出ってわけにはいかないらしいんだ」

「なんで問題なんすか?」

「ほら、来月に遠征があるだろ?」


 僕達学園生は戦闘に特化し、従者との連携を深めるために訓練を受けている。

 しかし、その戦闘とは、具体的に相手は誰なのか。それは、その世界にはびこるモンスターの討伐が主である。


 この世界では、人間の住む大地を『ヒューマグランド』、ヒューマグランドより外にある世界を『モンスターフィールド』と呼ぶ。

 モンスターフィールドは野生のモンスターがはびこる世界となっており、そのモンスターフィールドで僕達人間は、契約の腕輪による従者を作るのだ。


 さて、僕達は何もそのモンスターフィールドの無害なモンスターを討伐するわけじゃない。

 そのモンスターたちの中には、ヒューマグランドに侵入して、町を荒らそうとするものもいるのだ。そのモンスターから一般市民を守るために僕達のような学園生や軍隊がいる。


 遠征とは、そのための実戦訓練のようなもので、ヒューマグランドとモンスターフィールドの堺にある巨大門の前でモンスターを討伐するのだ。


「で、その遠征がどうかしたんすか?」

「いや、その遠征には泥組は行かない予定だったが、カナトが普通のクラスに移籍してしまうと、当然カナトも遠征に向かうこととなる。恐らく、従者がいなかったこの1年のブランクを持った状態では危険だと判断したんだろうな」

「……つまり、実力不足……と」

「いや、単にそういうわけではない。しかし、5割の憑依しか出来ないのならば、俺としても遠征に向かわせるわけにはいかない。教師がいても、危険だからな」


 遠征では憑依によるモンスター討伐が目的だ。召喚が十分に行えても、5割しか憑依出来ない僕を見限ったのだろう。

 しかし、魔王であるヘラの5割の力の恩恵を受けられれば、それだけで十分なのは分かりきっている。しかし、これを先生に言っていいのか、なぜか僕は戸惑ってしまった。


「なにか……なにか僕の力が十分だということを示せる方法はないですか!?」

「カナト……。……正直、今の俺にもお前の力がどれほどのものなのかはわからん。でも、もし十分に遠征へ行けるほどの力を示せるというのならば……もう一度学園長に相談してみる」

「っ…! あ、ありがとうございますっ!!」


 僕は思いきりお辞儀をして、心から先生に感謝した。


「おいおい、カナトらしくないことをするなよ、照れる」


 遠征に行けるほどの力を示す。

 その内容はどんなものかは後日報告を受ける予定だ。

 この一年間泥組というだけで居心地の悪かった学校生活がようやく終わると考えると、何だか気持ちが楽になった。


 教員室を出ると、入口のすぐ横にヘラが立っていた。そこで待つように僕が指示したのだ。


「どうだった?」

「とりあえず、泥組脱出は保留だ」

「そうなのか。……全く、私という存在を従者にしておきながら泥組とは情けないことこの上ないのだからな。絶対に脱出するんだぞ」

「わかってるよ」


 僕は苦笑いしながら、優しくそう言った。


 それから今日の授業が始まった。


 一時間目は筆記科目。

 モンスターについての歴史や、その生態を学ぶことが主だ。

 僕にとっては得意分野なので、特に苦でもなかった。


 二時間目と三時間目は実技科目。

 場所は前日と同じグラウンド。

 ここでは僕とヘラの連携を深める授業が展開された。


「よぉし、カナト。今日はお前の憑依状態での能力を検査していくぞー」


 実技科目の授業自体が一年ぶりだったため、ちょっと、いやかなり緊張した状態だった。


「我に従属せし者よ、主にその力を分け与え給え!」



 詠唱を終え、憑依を完了させる。

 やはりヘラの力は今の僕には重い。

 従者がいなかったぶん、自分自身の身体を一年間鍛え続けてきたが、それでも筋力が圧倒的に足りないようだ。


「じゃあ、何か技を出してみろ」


 先生が結構無茶を言っているように聞こえるかもしれないが、従者との契約を終えた時点で、憑依状態での能力はある程度把握できるものなのだ。

 つまり、僕はヘラの持つ5割の力を把握しているため、どんな技を出せるのかも自動的にわかるのだ。


「わかりました」


 僕は両手を胸の前でかざし、手のひらを合わせた。

 そして、ぐぐっと力を込めると、赤黒い雷が身体の周りに巻き起こった。


「……ほぅ、『ブラッド・レイ』か」


 ヘラが口にした技は、僕がヘラに殺されかけたものと同じものだ。


 やがて雷は手のひらに収束し、小さな球を作り出す。

 その大きさは徐々に増幅し、力を増していく。


「う……ぐっ……ぐ…」


 魔王の力が膨大な反発力を生み、僕の手を弾き飛ばそうとする。

 それを防ぐために僕は腕の筋力を使い、必死に押さえ込もうとする。

 例えるならばS極同士が互いを反発しあうような状態だ。


 しかし力を上手く制御出来ず、先程までピンポン玉ぐらいの大きさしかなかった球がどんどんと大きくなり、更に力を増していった。


「うぐぐ……ぉぉっ!!」


 バチィッ!!


 弾ける電気音と共に僕の両手は弾き飛ばされ、先程まで作り出されていた赤黒い球は消え去っていた。


「大丈夫か、カナト」

「は、はい…大丈夫っす」


 ヒリヒリする手のひらを眺めていると、ヘラが僕の元へ近寄ってきた。


「カナトよ。貴様、全っ然私の力を使いこなせてないな」

「うぐっ…!」


 たしかに、これでヘラの力の5割の恩恵を受けている、なんて言う事はできない。


「……やっぱ筋力が足りないのか……?」

「いや、正直筋力なんぞいらん。問題は私の魔力を身体に全く馴染ませていないことだ」

「馴染ませる? 魔力を?」


 ヘラは自信ありげにうむ、と頷き、言葉を紡ぐ。


「今の貴様の憑依では、私の力をそのまま身体に被せたに過ぎない。外見は私の力を使っているようでも、魔力がカナトの身体を通っていないから魔術の制御も出来ないんだ」


 この身体の重みもその原理からきているのだろうか?


「な、なるほど……。んで、その"魔力を馴染ませる"ってのは、どーやってやんだ?」

「そんなもん、知らん」

「ガクッ!」


 思わずわかりやすくズッコケてしまった。


「めちゃくちゃテキトーだなおい!!?」

「いや、だって私は生まれつき魔力は身体に馴染んでるんだから知ってるわけないだろう?」

「……考えてみればそう、だな」


 ヘラにとって、魔力は血液と同じなのだろう。


「まぁ四六時中憑依状態でいたらそのうち馴染むんじゃないか?」


 んなテキトーなことばっか言うな。

 そう返答しようとする前に、先生が横から飛び出してきた。


「名案だな! それは!!」

「えっ、ちょっ……!」

「どのみち今の状態では遠征なんか行けん。少なくとも普通に動けるぐらいまでにはなっておかないとな!」

「ま、まじっすか……。こんな身体の重い(・・)状態で四六時中とか……先が思い(・・)やられるな……」





「……」


「……」


「……」






 ほんの出来心なんだ。

 だから真顔はヤメテ二人とも。



 ◆◆◆



 それから僕の憑依状態生活が始まった。



「カナトー!! 飯ーー!!」


「い、いま作ってる…からっ……!!」


 くっそ! フライパンがクソ重てぇ!!


「ぐっ……うおおおお!!!」


 なんで米をよそうぐらいでこんな気合の入った声出さなきゃいけねぇんだよ!!


「ぜぇ……はぁ……出来た……はぁっ…」

「待ちくたびれたぞー。いっただっきまーす」

「はぁ……はぁ……」

「それはそうとその姿で料理してる姿はなかなか面白かったぞ」


 だろうな。

 身体中に赤黒いオーラ纏いながら料理してるやつなんて絶対に僕ぐらいしかいない。




「うわっ、雨降ってきやがった!」


 急いで洗濯物を取り込もうとする。

 しかし……。


「……! な、なんだ…と…?」


 窓が微動だにしないのだ。

 憑依状態の重みがこんなにも壁になるなんて、正直思ってもみなかった。

 渾身の力を込めても動く事はない。

 ここでモタモタしていれば、ベランダに干してある衣服は確実に雨でびしょびしょになる。


 憑依を解いてしまうか…?


 ダメだ。ここで妥協してしまえば、それが僕の甘えになる。


 魔力の馴染みなんてわからない。

 僕はとにかく、力を込めて窓をこじ開けようとした。


「うおおおおおおおおおおっ!!!!」


「おいカナトよ。はよ窓の鍵を開けんか」

「えっ」


 鍵……閉まってたんだね…。





「おーいカナトー!」


 翌日、僕は街に出ていた。

 後ろから僕を呼ぶ声が聴こえ、慌てて振り返ると、そこにはユージが居た。


「ユージ! 奇遇だなこんなとこで」


 僕とユージはとりあえず、街道の脇に座り、落ち着いた場所で話し始めた


「ってかお前聞いたぞ! 従者が出来たんだってな!!」


 ユージは嬉しそうに目をキラキラさせながら言った。


「ああ。ようやくな」

「どんなモンスターなんだ!? 見してくれよ!」

「あー……」


 ヘラとは今、別行動をしている。

 話せば長くなるので割愛するが、簡単に説明するとヘラが途中ではぐれた。

 あいつ、街に並ぶ屋台の飯に気を取られてこの人波に流されるんだから、手に負えない。

 まぁそんなこともあろうかと、はぐれたら僕達が初めて出会った、大きな噴水がシンボルの公園で集合するように言っておいたのだ。


 丁度その公園に行こうとする途中でユージにばったり鉢合わせた。


「いろいろ複雑でな、今召喚することができないんだ」


 ユージにはおいおい、僕の従者が魔王だということを告げたいと思っている。


「そうか……まぁ、それなら仕方ない。また今度見せろよな!」

「ところで、ユージは何してるんだ? こんなとこで」

「ん? 俺か? 俺はなぁ…フフフ」


 な、何だよ気持ち悪い…。

 するとユージは背中に背負っていたリュックから、何やらフィギュアのような物を取り出した。それを嬉しそうに僕に見せつけると、こう言う。


「じゃーーーん! なんと! これはレイアちゃんの限定フィギュアなのだぁーー!! はーっはっは! 羨ましいだろ下民めーー!!」

「……(ドン引きの目)」

「いやまって!! 違うんだこれは妹に頼まれて買ったものなんだ!! ほんとに!!」

「ユージ。いくら言い訳でも妹を使うのは良くないぞ……。妹と僕に謝れ」

「妹はともかくなんでお前に謝らないといけないんだよ…」


 しかし以前、僕はユージの妹がレイアちゃんにはまっているという話をユージ(コイツ)から聞いたことがあるぞ。どうやら本当に頼まれて買ったようだな……。


「大変だなぁ、ユージは。姉の次は妹か」

「ほんと……なんで俺は女家系に生まれて来たんだ……」


 ユージは姉が1人、妹が2人いて、母は健在だが、父親は昔に事故にあってしまい、今はいない……という超女家系に1人ポツンと暮らしているのだ。


「カナトは? どうして街に?」

「いやぁ、普通に買い物しに来ただけだ。途中で人とはぐれてさ…」

「人?」

「ああ」

「人…か。そうか分かった。その人を探してるんだな?」

「そうなんだ」

「俺も探そうか?」

「いや、大丈夫だ。はぐれた時用にきちんと集合場所を告げてあるから」

「そうか」


 それを聞くとユージは、「それじゃあ」と簡潔に挨拶してから帰っていった。

 僕は彼の姿が人波に消えていくのを見送ると、公園に向けて歩き出した。






「全くカナトめ。はぐれよって」


 私はカナトと初めて出会った、大きな噴水がシンボルの公園に向かっていた。

 もしはぐれた時に集合するように告げられた場所だが……。


「自分がはぐれていては世話がないな、カナトよ」


 少し滑稽で、皮肉気味に呟く。


 とは言っても、私はこの街のつくりを完全に把握出来ていないし、公園の場所も大雑把な方角しか教えられていない。

 正直、簡単には着きそうにないな。


 私は試食コーナーで大量に貰った"ふらんくふると"なる物をもしゃもしゃと食べながら、気長に歩く。


「試食コーナーのオヤジめ、ちょっと胸の谷間を見せればこんなにふらんくふるとを寄越すとは、とんだ変態だな」


 今は制服ではなく、いつものラフなドレスだ。

 5割の力を示すかのように、かなり質素に見えるがこれはこれで気に入っている。


「それにしても……」


 それにしても、先程から妙な気配を後ろから感じる。

 誰かにつけられている感じだ。

 もしかすると、また奴ら(・・)かもしれん。


「ふん……。私に2度も通用すると思ったら大間違いだ」


 私は公園に向かうのと同時に、この人混みから離れて奴らを誘い出し、広場で正体をつきとめてやろうと考えるのだった。

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