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憑依と召喚

 

「おいカナト。貴様さっさと飯を作れ」

「……たく、うるさいなぁ、今作ってるだろ……?」


 昨夜、僕は魔族の王こと、ヘラに殺されかけた。しかし契約してみたら成立した。あらすじ終わりっ!


「って、なんでヘラは腕輪の中に入っとかないんだよ!」


 通常、従者は腕輪の中に封印されておくもの。本来は(あるじ)の意思で外へ出たりするものだ。


「いや、私も試したんだけどな? 貴様の力が未熟なせいか、封印出来るのは私の力の5割だけだった」

「……つまり、完全に力を封印出来ないと……?」

「……精進しろ」

「じゃあこれから一生お前の分の飯作らないといけねぇのかよおおおお!!!」


 この寮では基本的に飯は自炊。金は月に一人10万支給されるのだ。


「まぁまぁ、その代わりこんな美女と毎日一つ屋根の下で過ごせるんだ。見返りは大きいぞ?」


 ヘラはドレスの肩紐をスルリとずらす。それを見た僕は顔が赤くなるのを感じて、急いで後ろを向いた。


「ばっ!! そ、そんなふざけたことを言ってないで大人しく待ってろ!!」

「ふふふ、純情だなぁ…。さすが童貞…」

「ど、童貞ちゃうわ!!」


 ヘラは魔王とは思えないほど威厳がなく、僕をからかってばかりいる。

 力を半分封印してあるせいか、頭に生えた角や、背中の羽は無くなり、足が完全に隠れるほど大きかったドレスも、膝下ぐらいまでの大きさになっていた。


「ほら、出来たぞ」

「なかなかに美味そうではないか、人間の食べ物は」


 顔立ちは綺麗だ。

 食事をする姿も気品があって美しい。

 身長は小さく、大体150センチ弱だろうか。


「…ん? ジロジロ見てどうした?」

「えっ! あ、いや、なにも……」


 彼女を見ていたら視線に気付かれてしまった。


「ふーん?」


 彼女は立ち上がると机を回り込んで僕の隣に座り込む。

 僕は驚いて身体を後ろに仰け反らせると、ヘラはそれを追うように身を乗り出してきた。


「な、なな、なに、を…」

「カナト……やはり従者と主はある程度のスキンシップが必要だと思うんだ…」

「は、はぁっ!?」


 どれだけ後退してもぐいぐいと迫ってくるヘラ。

 四つん這いになっていると、彼女の大きな胸がより際立った。


「私は別に貴様の従者になったことを嘆いてはいない……。魔王と言えど、契約には逆らえないのだからな…」

「だ、だからってこんな――」

「人型の魔物などそうはいないぞ? ……貴様はラッキーだったな」


 そして彼女の顔は僕の顔に近付き――


「がぶっ!」


 鼻を噛んだ。


「いってえええええ!!!」


 僕が痛がっている傍でケタケタと笑うヘラ。


「てめぇ!! 何しやがんだよっ!!」

「いやぁ、貴様があんまり童貞のような反応をするからつい」

「童貞じゃねえっつってんだろ!!」


 ってゆーか、こいつ初めとキャラ変わりすぎたろ!!


「貴様もよくあるだろ、知り合うまでは静かだったけど仲良くなったらだんだんウザくなってくるアレだよ」

「いやなんで心の中読めてんの!? しかもそれ自分がウザいって言ってるようなもんだからな?」


 そんなこんなで時刻は正午を指そうとしていた。


「うおっ、やべっ! そろそろ補習の時間だ!」


 僕は慌ててブレザーを着て、鞄を手にし靴を履いた。


「まてまてカナト。私の準備がまだだ」

「……は!? お前教室までついてくんの!?」

「当たり前じゃん。私は貴様の従者だ」

「だからって……!」

「私がついて行って何か問題でもあるのか?」

「ないけど……」


 僕にとっては魔王を従者にしているということは隠しておきたい。

 あまりこのことが知られると、確実に学校内で注目されるからだ(とは言っても、僕が従者を持った時点でかなりの注目はされるだろうが)。


 彼女を完全に封印出来ない今、学校に連れていくのは非常にリスキーなんだが……。


「わ、わかった。はやく準備しろよ」


 寮室に1人置いておけば、何をしでかすかわからない。ここは連れていった方がいいかもしれない。

 するとヘラは思いついたようにこう言った。


「ちょいと、女子生徒の制服を見せてくれんか?」

「は? な、なんで?」

「いいから!」

「わ、わけわかんねぇ……」


 僕はケータイから学園の制服をネットで検索し、画像をヘラに見せた。


「ふむふむ、なるほど。もういいぞ」

「って、こんなことしてる場合じゃあないんだよ! 時間が無いから早く――」


 その時、ヘラの周りから黒いオーラが放たれる。それは彼女の身を包み、完全に姿を隠した。


「な……!」


 それに唖然としていると、一気に纏われたオーラが消え散る。

 そしてそこから姿を現したのは、学園の女子生徒の制服を身に着けたヘラだった。


「……どうだ? 見た目は可憐な少女だから似合っていると思うのだが…」

「お、おま、どうやって……?」

 「これは私の魔力で創り出したものだ。魔王なんだ、このくらいよゆーだ。……って、ほれ、どうなんだ?」

 「な、何が……」

 「だから、似合っているかと聞いてるんだ」


 素直に口にするのは何だか照れくさくて、僕はそっぽを向いてこう言った。


 「に、似合う……と、思う…」


「…そうか、それは良かった。では行こう!」

「あ、おい! 待てよ!!」


 もっと高飛車になると思ったんだけど……?

 とにかく、僕は先に行ってしまったヘラを追いかけた。


 ◆◆◆


「こら、カナト。遅いぞ!」


「す、すんません、先生…」


 ヘラのおかげで五分もオーバーして教室に辿りついた。

 教室の前には仁王立ちの担任が鬼の形相で僕を睨みつけている。


「とにかく、今日はひたすら筆記問題を解いてもらう。従者のいないお前は――って、その女の子は?」

「こんにちは。私はカナトの従者です!」

「おお、こんにちは。そうか、カナトの従者か…ってええっ!!?」


 先生は驚きで後ろに飛び退き、教室の入口のドアをバン!と思いきり鳴らした。


「お、おお、お前カナト……と、とうとう……従者を……」

「……まぁ、はい」

「おおおおおおお!!!」


 すると先生は俺に抱きつき、おんおんと漢泣きをした。


「ちょっ!! せ、先生!!」

「どうどう……どうどう従者があぁぁぁああ!!」


 先生とは泥組に入った一年前からの付き合いだ。それなりに僕に同情してくれていたのかもしれない。

 何だか僕も泣けてきた。

 何故かって? 決まってるじゃないか。

 僕達の横を通り過ぎる生徒達の視線が痛いからさ。




「よし! カナト。お前はとうとう従者を手に入れたわけだから、今まで筆記問題で補ってきた実技の成績補習を行うぞ!」

「は、はいっ!」


 僕と先生とヘラは、現在実技授業用に設置された、校舎の隣にあるグラウンドに来ていた。


「……で、カナト。いくら今まで従者がいなかったからって、モンスターにコスプレさせるのは……」

「まま、待って! これはヘラ(こいつ)が勝手に……!」

「まぁ、好きにすればいいと思うがな、俺は」


 完全に誤解が解けていないぞ……これ。


「まぁいい。とりあえず補習内容は憑依と召喚の二つを同時に行うぞ」


『憑依』

 従者は本来は腕輪に封印されるものだ。

 そして戦闘においてはその力を受けるために、主自身に憑依させることで最大限に従者の力を使用することが可能となる。

『召喚』

 召喚は従者本来の姿をそのまま現実に具現化させるものだ。

 主自身の直接的な強化はないが、従者本来の力を活かすことが出来るため、場合によっては憑依よりも有効な時がある。


「じゃあまずは憑依からだ! カナト、憑依させろ」

「は、はいっ……。『我に従属せし者よ、主にその力を分け与え給えっ』!!」


 契約執行の詠唱をすると、腕輪が仄かに光る。

 その光が僕の全身を包むと、ヘラの力が伝わってくるのを感じる。


(ぐ、あああっ……。お、"重い")


 その光はやがて何処かで見た漆黒のオーラとなり、僕の身体からゆらりと立ち上がる。


「おぉー。私の力を他者が使うなんて、夢にも思わなかった」


 隣でパチパチと拍手するヘラ。


「お、おいカナト。お前、ちゃんと憑依させたか?」

「え? あ、はい」

「じゃあ何で従者であるその子がまだ居るんだよ」


 憑依をさせれば従者が実体を保ち現実に留まる事は出来ない。

 逆に召喚してしまえば、従者の力を憑依させることも出来ない。

 つまり、どちらか一方しか発動出来ないのだ。


 しかし僕は現在、ヘラの5割の力しか封印出来ていない。つまり、残りの5割はヘラの自由なのだ。

 その5割分の力を憑依させ、残りの5割はヘラ自身が保っている実体。つまり、現在の5割分のヘラは僕の契約執行には干渉しないのだ。


「なんともまぁ、難儀な腕輪だな。5割しか封印出来ないなんて。まぁいい、5割でもなんでも憑依させられればそれでいい」


 ある程度妥協したのか、先生は5割でも許してくれた。


「ってゆーかヘラ! お、お前の憑依、なんか身体が重いんだけど!!」

「んー? そんなこと言われても……。貴様の身体が弱すぎるからだろう」


 確かに力は増幅したような気がするが……如何せん身体が重くて思うように動かせない。


「よーし、じゃあ次は召喚だ。やってみろ」

「は、はい……。『我が従属せし者よ、汝が力を今ここに顕現せよ』!!」


 するとヘラの身体から漆黒のオーラが放出される。

 それは辺りに爆風を巻き起こし、俺と先生を吹き飛ばした。


「おあああああっ!!」


「おっとと、こら、カナト。いきなり召喚なんかしよるからに、力の制御を怠ってしまったではないか」


 ヘラは困ったようにそう言うと、力を制御した。それによって漆黒のオーラも消える。

 恐らく、僕の腕輪に封印されていた5割のヘラの力が、封印しきれていないヘラの元へと返却されることで召喚が成立しているのだろう。

 この力の大きさは昨夜のものと同じだ。


「カ、カナト……。お前、とんでもないモンスターを従者にしたんだな……」

「は、はい…」


 ◆◆◆


「とりあえず、これにて補習は終了とする! 後は俺から学園長に言って、カナトを泥組から脱出させてやるよ」

「あ、あざす!」


 そう言って先生は去っていった。


「終わったのか?」

「ああ。さーて、これからどーすっかな」


 補習開始から2時間程度しか経っていない。

 ありあまるこの時間をどう潰そうか……。


「あれぇ? そこにいるのは泥組のカナトさんじゃないですかぁ……?」


 すると後ろから嫌味ったらしい口調で喋りかけてきたナルシストのクソ人間こと、アルミアの姿が見えた。


「――って、俺の紹介悪口過ぎるだろっ!!」

「……いや、何で僕の心の中読めてんだよ…」


 こいつは僕が泥組になってからいつもいつも突っかかってくるAクラスの生徒だ。

 Aクラスというのは成績良好者ばかりいるエリートクラスで、正直金輪際関わりたくないような人格を持つ人ばかりいる。


「……ん?」


 ふと、アルミアはヘラを見た。


「ズキュウウウン!!」

「そしてアルミアは気色の悪い効果音を口にしながら死んでいった」

「死んでねぇよ!! 恋に落ちた音だよ!!」


 おっと、ついナレーションを口に出してしまった。


「あ、あの! あ、あなたの名前を教えて下さいませんか?」


 いつの間にか、アルミアはヘラの元へ駆け寄り、肩膝を着いて彼女を見上げていた。


「ん? 私の名はヘラだ」

「へ、ヘラ様……! な、なんとお美しい……。まるで女神のようだ……」

「私は女神ではない。魔王だ」


 ちょっ! ヘラのやつ、堂々と魔王って言いやがった。


「な、なるほど……。確かに、女神的な美貌の裏に、魔王のような威厳のある風格を感じさせられる……。な、なんて素敵な女性なんだ……!」


 良かった、アルミアがバカで。


「よければこの後一緒に食事でも……」

「んー、飯は昼に食べたからもういい。それよりも私は学園内を歩きたいぞ、カナト」

「ぼ、僕かよ……」


 するとアルミアは僕をギロリと睨みつけ、こう言い放った。


「カナト……お前、ヘラ様と一体どういう関係なんだ……?」

「いや……それは…」


 アルミアはヘラを人間だと勘違いしている。そんな状況で従者なんて言ってしまったらどんな怒りが飛んでくるか。

 それは従者だということに対する怒りではない。この絶世の美女であるヘラを従えているということに対する怒りなのだ。


 そんな僕の思いもつゆ知らず、ヘラはこう言ってのけた。


「私はカナトの従者だ」


 ピシッ…。


 なんだろうか。隣から石になったかのような音が聞こえてきた。


 隣を見る。

 アルミアが石になっていた。


「……なるほど…。おいヘラ。逃げるぞ」

「え? なんでだ?」

「いいから。こいつの石化が解けるまでに離れるんだ」

「えっ、ちょ……」


 そうして僕達はそそくさとその場を去った。

 グラウンドに1人ポツンと石化するアルミアを置いて。


「校内が見たいんだろ? 案内してやるよ」

「わーい」

「……全然嬉しくなさそうだな…」

「……私的にめいいっぱい感情を表現したつもりだが……?」

 「そ、そうなのか……。それはすまん」


 ヘラは魔王だと言うのに、普通の少女のような姿をしていて、普通ではないけれど、人間みたいな性格をしている。

 さらに昨夜までは人間を恨んでいるような口ぶりで僕を殺そうとしていたのに、今ではそんな素振りを一欠片も見せない。


 まだ出会って1日も経っていないからヘラについて分かる事は少ない。でも、この変貌ぶりは、契約によるものだけではないんじゃないか……? もしかしたら、僕はこの魔王という怪物の本性を知らないだけなんじゃないだろうか?


 「見ろ、カナト。あんな所に河童がおるぞ!」

 「いや、あれは年配の先生だよ! ハゲてるからって失礼だろ!」


 ヘラは無邪気な笑みをこちらに見せる。


 ……僕の考えすぎか。


 そうであって欲しいと心から願った。














 「……で、『例のアレ』は学園生に持っていかれたと」

 「す、すんません!!」

 「お許しをぉぉ!!」


 2人の男が土下座で必死に謝っている。

 その前に座る、骸骨のマスクを被った人物がトントンと貧乏ゆすりしていた。


 「アレの封印が解かれている可能性は高い。何としても奪還しろ」

 「で、ですが……居場所は……?」


 小柄な男が恐る恐る聞いた。


 「私の従者の能力を分け与えてやる。これでアレの居場所が分かるだろう」

 「あ、ありがとうごさいます……」

 「捕らえる時は札を忘れるな。それが無ければ死ぬぞ」

 「わ、わかりました……!」


 骸骨のマスクを被った人物はすくりと立ち上がると、男達の後ろを通って行った。そして去り際に一言。


 「手ぶらで帰ってきたら、命は無いと思え。フフフハハハ……」


 その一言で男2人にゾクリと悪寒が走る。

 そして、何としても任務を遂行しようと決心するのだった。


 「絶対に取り返す……"魔王"!!」

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