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師匠と後輩

 

「……ぅ」

「起きたか」


 目を開くと隣にはヘラが居た。辺りを見るに、医療室のベッドで僕は寝ているらしい。


「……俺、負けたのか…」

「らしいな」


 ヘラは腕を組み、恐い顔をして座っている。いつもとは違う様子に戸惑いながらも、僕は窓の外を見る。

 夕陽が差し掛かり、時刻はもう夕方のものとなっていることを僕に知らせた。


「……カナト」

「ん?」

「貴様、また魔力切れを起こしたようだな」

「……まぁ…」


 ヘラははぁ、とため息をつくと、真剣な眼差しで僕を見てこう言った。


「カナト、貴様は魔力切れを短絡的に考えていないか?」

「いや…別にそんなことはねぇけど」

「前も魔力切れで意識を失っていたが、本来魔力を持つ者が魔力切れを起こしてしまえば命に関わることなんだぞ」

「!」


 ヘラは足を組み、シリアス口調で続ける。


「貴様は『憑依状態』という極めて特殊な環境下で私の魔力の恩恵を受けているが、今は言うなれば、私の魔力をただ被っただけ(・・・・・)に過ぎない。これから私の魔力をコントロールしていこうと思えば、内面的に魔力を身体に馴染ませなければならない。わかるな?」


 僕は頷く。もちろん、それが僕の課題であり、目標だ。


「普段の訓練で頻繁に憑依状態となっている以上、貴様が思っている以上に私の魔力が貴様の身体に馴染んでいっている」


 ヘラは立ち上がり、ベッドに片膝を着いた。そして言葉を紡ぐ。


「前にも言ったが、魔力とは私達にとって血液と同じようなもの。その魔力が一時的とはいえ無くなってしまえば、血液が無くなったも同然なのだ。つまり、それは死に直結する」


 ヘラは手を着いて僕に迫る。


「ちょ……ヘラ…!?」

「カナト。私の魔力はつまり、貴様の『血液』に成ろうとしているのだ。今のようにポンポンと魔力切れを起こしてしまうのならば、これから先も起こしていくだろう。例え、コントロール出来たとしてもな」

「わ、わかった! わかったけどなんで近づく!?」


 顔が近い近い。

 なんで? なんで近づいてくんの? 今シリアス展開じゃねぇの!?


「今は意識を失う程度で済んでいるが、日々徐々に魔力が馴染んでいる中で魔力切れなんて起こしてしまえば――」


 ヘラは僕の耳の横に顔を近づけた。吐息が耳にかかってゾクゾクする。


「――死ぬぞ?」

「っっ…!!!」


 ……ゾクッとした。


「――っ、近いっての!!」

「わっ…!」


 僕は堪らず、ヘラを押し退けた。ヘラはその勢いで椅子に座る。


「……要は、魔力切れを起こさなきゃいいんだろ!? 気をつけるよ!」

「……分かればいい」


 ったく、普通に言えよ普通に。なんで一々僕に近づく必要があるんだ。


「案外ショックではないんだな」

「え?」

「あれだけプライドが〜なんて言っていたくせに、試合に負けても平然としているから」

「……そういえば…そうだな」


 なんていうか、試合中はあれだけ思いつめてたのに今はそうでも無い。なんでだ?


「でも、貴様は負けたんだぞ!!」

「うっ……ハッキリ言うなよ…。てか、相手Eクラスにしてはなかなか強かった」


 憑依状態のコントロール云々関係無く、普通にやっていても負けていただろう。なんて言うか、戦闘中にあれだけ冷静になれる奴なんているんだな。


「貴様、その辺の雑魚モンスターと契約を結んでいる小僧共に負けているようじゃ、魔王(わたし)のメンツが立たないんだぞ?」

「……はぁ」


 出た出た、この流れ。大体この流れになったら猛特訓だ! なんて言うんだ。あー、今から特訓かー……しんどいなぁ…。


「明日から猛特訓だな」


 ……お?


「ヘラが『明日から』なんて珍しいな。いつもこの流れになったら、「帰って特訓だ~!」って言って僕を引きずっていくのに」

「……たまには、そういうこともある」


 ヘラはふい、とそっぽを向いてそう言った。


「…はっ、もしかして今日は試合で疲れてるからゆっくり休ませるために!? ……お前、結構可愛いとこあるじゃねぇか…」

「なっ!?」


 ヘラは顔を赤くして僕を見る。ひどく動揺している辺り、図星なんだろう。


「とうとうお前も従者としての自覚がぶへぇっ!!?」


 殴られた。なんで?


「こ、この! もう一回意識失え!!」

「ちょ…いたっ、や、やめっ……!」


 その後数分かけてボッコボコに殴られた。


 ◆◆◆


 翌日、僕は目覚めると同時にすぐに支度を済ませ、医療室を出た。

 昨日あのあとヘラは僕の寮室に1人で戻って行った。


「いてて……相変わらずえげつない筋肉痛だな……」


 憑依状態で身体を動かした後は必ずと言っていいほど筋肉痛が僕を襲う。昨日は特に、魔力を使い果たすほど動き回ったから凄まじい筋肉痛だ。


 よろよろとおぼつかない足取りで歩いていると、後ろから「あの!」と女の子の声が聞こえてきた。聞きなれない声だと思い、振り返る。

 そこには栗色のショートボブの可愛らしい女の子が立っていた。


「え…と……」

「あの、私を覚えてますか!?」

「…………」


 あ。


「もしかして、この前中庭で僕が助けた…」

「そう! そうです! あの時は、本当にありがとうございました」


 彼女はぺこりとお辞儀をした。

 そう、彼女は中庭でいじめられていた一年の生徒なのだ。


「僕になんか用か?」

「えと、昨日の試合、お疲れ様でした。あたし…先輩の試合見て感動して……」

「ちょ、ちょっと待て。君、昨日の合同授業に参加してたのか?」

「はい。あたしはFクラスです」

「そうなのか。で、なんで僕なんかに感動を……? 言っておくが僕は泥組でだな…」

「知ってます! だから感動したんです!」


 彼女は熱意こもった声でそう言った。この前のしおらしい態度とは打って変わってかなりハキハキとした、勢いのある子だ。いや、もしかしたらこっちが本当の彼女の姿なのかもしれない。


「何度倒れても立ち向かい、ボロボロになりながらも必死に足掻いて諦めないあの表情に痺れました! あたしも……あたしも先輩のように強くなりたいです!」

「お、おいおい。気は確かか? 確かに何度も立ち向かってはいたが、旗から見れば僕が一方的にやられてただけだぞ?」

「いえ! 誰がなんと言おうと先輩は強い人です! あたしの憧れなんです!」


 2回しか顔を合わせていない子に憧れの人認定されてしまった。


「変わってんな、君…」

「あの……よろしければあたしの師匠になってくれませんか?」

「はぁっ!?」


 いやいやいや。憧れはまぁ百歩譲って分かるとして、師匠はない。なんだ師匠って!? まずなんの師匠!?


「断る」

「な、なんでですかぁ!?」

「わけがわからん。めんどくさいのは嫌だぞ」


 僕はそう言ってその場を去ろうとした。


「ま、待ってください!」


 しかし回り込まれてしまう。


「あのなぁ…。大体、君は自分のことをしっかり出来ているのか?」

「えと……何を、ですか?」

「いじめ」


 僕が「いじめ」という単語を口にすると、彼女はびくっと身体を跳ねさせた。


「僕の言った通りにちゃんと先生に報告したか?」

「う……それは、その」

「目を逸らしてるあたり、きっと言えてないんだろうな」

「うぅ……」

「君が思ってる以上にこの学園の先生は厳しい。いじめなんて発覚すれば1ヶ月に渡って何かしらの罰を受けさせられるさ。謹慎や反省文とかな」

「……」


 急に黙り込んでしまった。表情は何か思いつめたようなものであった。


「あたしは……弱いです」


 震えた声で言葉を続けた。


「弱い故にあたしは、いじめられています。だから、解決も出来ない。……ので、強くなりたいんです。……先輩のように」

「!」


 彼女にとっての「強さ」は僕なのだろう。彼女は強さにすがるが故に僕にすがるのか。それほど切羽詰まる問題が今、彼女にはあるのだろう。


「……師匠っつっても何も出来ねぇぞ? 僕はそもそも強くないし、人に何かを教えられるほど卓越しているわけでもない」

「いえ、あたしは先輩の傍に居れば何かを得られる気がするんです。だから先輩は何もしなくていいんです。ただ、許可だけは取ろうと思っているので、師匠という形で伝えたんですけど……」

「そ、そうか。それなら別に、許可を得るまでもなく勝手にしてくれたらいいんだが」

「! ホントですか!?」


 パアっと彼女の表情が明るくなる。


「ああ。ホントだ」

「ありがとうございます!」


 彼女は深くお辞儀をした。


「あ、そういえばまだ名前を言ってなかったでした。あたしはスズランって言います」

「スズランか。花みたいな名前だな」

「はいっ。あたし、この名前結構気に入ってるんです。スズランの花言葉知ってますか?」

「んー、知らん」

「いくつかあるんです。純粋とか純潔とか……でも、一番気に入ってるのが『再び幸せが訪れる』って意味です」

「へぇ……そうなのか」


 今いじめられている彼女にその花言葉を言われると反応しづらい。


「あ、僕はカナトって言うんだ。よろしくな」


 スズランはにっこりと笑みを浮かべると、元気な声でこう言った。


「よろしくです! カナト先輩!」







 僕はあれからスズランと別れ、寮へと戻っていた。現在は校舎から離れた外の道を歩いている。

 車も通れるほど大きな道の脇を歩いていた。


 今日は休日のためか、所々に学園生の姿が見える。


「……なんか変な後輩につきまとわれたな……。大体、あんな明るい性格でなんでいじめられるんだろうか?」


 愛想も良いだろうし、友達もきっと居るはず。なのに何故?


 そんなことを考えていると、すれ違った学園生の肩にぶつかってしまった。


「……おい、お前どこ見てんだ?」

「ああ、すまん」


 僕は素直に謝り歩き続けた。すると肩を掴まれ強引に引っ張られる。筋肉痛のため、全身が痛んだ。


「すまんじゃねぇよ。許されると思ってんのか泥組」


 よく見ればかなり強面風の学生で、三人組のヤンキーだった。金髪のモヒカンやら赤髪のロン毛やら黒髪リーゼントやら……。


「いや出オチ感半端ねぇな」


「てめぇ……ぶち殺すぞゴラァっ!!?」


 おっと、思わず口に出てしまった。しかも彼らの逆鱗に触れたようだ。


「っていうか、よく僕が泥組だってわかったな」

「ったりめぇだろが。お前昨日の試合であんなに惨めにやられといて覚えねぇ奴なんていねぇよ」


 三人はギャハハと笑い出す。だよな、この反応が普通だよな。スズランがおかしいんだ。普通強いとか思わん。


「だからぁ、てめぇごときがぶつかっといて「すまん」で済むはずがねぇんだよ。罰金だ罰金」


 モヒカンは胸ぐらを掴んで僕を引き寄せた。……その頭校則に触れてるよね? 退学になんないの?


「てめぇなにずっとモヒカン見てんだコラアアアッ!?」

「えっ、なんでわかったの!?」

「目がずっと上向いてんだよ、殺すぞゴラァァァ!!」


 いやキレすぎだろ。モヒカンコンプレックスなの?


「あー、ムカつく。もう殺っちゃおうぜ」

「だな」


 泥組とはいえ、それだけで喧嘩になるのは初めてだ。

 モヒカンは僕の胸ぐらを掴んだままもう一方の拳を振り上げ、殴りかかってきた。


「……まぁ、正当防衛だよな」


 多少筋肉痛が痛むが、やむを得ない。


 僕は胸ぐらを掴んでいる腕を掴み、身体を捻らせ一本背負いした。


「ぐはっ!?」


 モヒカンはコンクリに、もろに身体を衝突させたためかなりダメージを受けたはず。


「てめぇっ!!」


 残りの2人も殴りかかってきた。

 2人の攻撃を交互に躱し、身体を回転させて踵からリーゼントの顔を蹴る。

 リーゼントがよろめいている隙に鳩尾に一発パンチをいれてやった。正確に。


「ぐえっ……」


 そして次はロン毛だ。

 再び殴りかかってくるロン毛の拳を躱し、腕を掴む。そのまま腕を捻りあげるとロン毛は声を上げて怯んだ。そして間髪を入れず、僕はロン毛の脇腹にパンチをかましてやった。


「ごほっ!!」


 ロン毛は膝から崩れ落ちた。


「いてて……。ったく、筋肉痛だってのに動かさせるなよ……」


 喧嘩なら、中等部の時に死ぬほどやってきたし、体術訓練を日々怠らない僕に敵う人などいるわけがない。体術においては。


「とりあえず、見た目を変えてから出直してきな。出オチ感すごいから」


 決め台詞を言ったところで、僕は彼らが道路の脇からはみ出て倒れていることに気づき、車に引かれないように端に寄せてから寮へ帰るのだった。

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