2チャンス
「…もうカナトは戦っているのか…」
私は屋上に寝そべり空を眺めていた。
カナトには試合に見に来るなと言われたから行っていないものの、結構気になってたりする。何故なら、カナトはまだ憑依状態をコントロール出来ていないからだ。
「負けて帰ってきたら叱ってやろう……」
なんて考えていると、「ヘラさん」 と私に声をかけてくる者がいた。
「貴様は……」
「覚えてる? カナトの友人のユージだけど……」
「ああ! 覚えているぞ」
私はすぐに座り直すと、ユージは私の隣に座った。
「カナトの所には行かないのか?」
「ん、ああ。あいつに来るな、と言われたからな」
「そーなの?」
「どうやら、あいつのプライドの問題らしい。ったく、あいつの小さいプライドなんぞ捨ててしまえと思うがな」
「プライド……か」
私はユージを横目でチラリと見た。何やら思い詰めたような目をしている。
少し間を置いてからユージはこう言った。
「……カナトは…もともと孤児だったんだ」
「……そうなのか…」
「やっぱ聞いてなかったのか。あいつ、自分の過去のこととか話さねぇしな」
それもプライドなのかも。と、ユージは苦笑いしながらそう言った。
「俺とカナトは十年くらい一緒にいる幼馴染だ。たまたま家が隣でな」
「孤児なのに家があったのか?」
「ああ、あいつは丁度7歳の時に拾われたんだ」
拾った人物は契約の腕輪の有名な研究者らしく、今はもう亡くなっているらしい。
「その人は一人息子がいるらしいんだけど、縁を切ったらしい。それから行方は不明なのだと。カナトも会ったことも見たこともないらしい」
強い風が吹く。私は目にかかる前髪を抑えてユージの言葉を待った。
「あいつさ、最初は今みたいによく喋るやつじゃなかった。心を閉ざしていて、俺ともそんなに話さなかった。俺達が仲良くしたのは12歳の時かな」
この学園には12歳から15歳までの中等部があり、別校舎で勉学に励むらしい。そこを卒業すれば、社会で働くために大学へ出るか、引き続き学園の高等部で学んで国の為に軍に入るかを選ぶことが出来るらしい。
「カナトはさ、12歳の時にいじめにあっていた俺を助けてくれたんだ。あいつはとにかくケンカが強くてな。体術だって、Aクラスの生徒でも負けてしまうぐらい強いんだぜ?」
「私にはボッコボコにされているがな」
「らしいな」
ははは、と乾いた笑いをこぼすユージ。
「でも…あいつはケンカは強いけどメンタルは結構弱いんだ」
「……」
「今、泥組に所属してなお平然と学園生活を送っているが、隠してるだけで実際は結構なストレスを感じていると思うんだ」
「カナトが……?」
あいつからはそんな風な感情を感じ取れたことはない。
「でも、最近はマシになってるんだと思う」
「そうなのか?」
「ああ。……ヘラさんが居るから」
「…!」
その言葉は私の胸をチクリと打った。
何故私がこんな感情を抱かなければならない。魔王らしくもない。
罪悪感など捨ててしまえ。
「だからかな、ヘラさんにはしっかりと成長できた姿を見せたいんだろう。だってあいつ、まだ憑依状態コントロール出来てないんだろ?」
「……ああ」
「それがあいつの『今』のプライド。カナトを創る大事なものだ」
ユージは優しい目で空を見上げた。
私も同じように空を見る。
いつか見た魔界の空は、もっと黒くて、暗くて、でも心地よかった。
でも人間界の空はあまりにも綺麗で、私の存在が荒んで見えた。
「やっぱり、私は――」
「だからヘラさん」
私はユージの声にびくりと身体を震わせる。
さっきの私の声は彼に届いていないだろう。
「カナトを、よろしく」
「……ああ。私がしっかりあいつを育ててやる。泥組なんぞにいさせてたまるか」
「……」
ユージは微笑む。彼はカナトの友人として本当にカナトを慕っているのだろう。
「じゃ、俺そろそろ行くよ」
「ん? もう行くのか?」
「ああ、次の授業はAクラスの合同授業だからな」
「……てことは、そろそろカナトの試合も終わるのか?」
「…かな」
私は立ち上がり、グラウンドの方を見た。如何せん、この学園は敷地が広くて校舎からはグラウンドなんて遠い遠い。
「じゃあまた」
「ん、ああ。またな」
そう言ってユージはいそいそと去っていった。
私は空を飛んでこっそり試合を見ようかと考えた。
「……やめておこう」
バレた時に何を言われるかわからない。
私はもう一度寝転がり、空を眺めるのだった。
◆◆◆
「はぁ……はぁ……」
汗が全身を流れる。体力の消耗が思った以上に激しい。
「かなりのエネルギーだな。とても、泥組だとは思えない」
「はぁ…はぁ…。そりゃどうも…はぁ」
「しかしかなり体力を消耗しているらしいな」
僕のこの汗の量と息遣いを見れば誰にでも分かることだ。
特にサイガは遠隔操作で僕に攻撃を仕掛けてくる。これはとても相性が悪い。
「長引いてもいいことなんてない。そろそろ決着といくか」
「!」
まずい、確実に大技が出る。その前にこっちから攻撃を仕掛けなければ。
僕は全身に力を込め、雷の放出を強めた。
視界が赤黒く覆われてしまうほど激しく雷がほとばしる。
「はぁ……はぁ……」
僕はヘラとの訓練の合間に、密かに憑依状態のコントロールの練習をしていた。
やはりまだまだ魔力は僕の身体に馴染んではくれず、思うように身体も動いてくれなかった。
しかし唯一コントロールすることが出来ることがある。
筋力増強だ。
数秒間力を込め続けることで筋肉にヘラの魔力が浸透して、電気の通ったような感覚に陥る。その瞬間をピークとして筋力の増強が行われるのだ。
しかしこれは一概にコントロールしきったとは言えない。
何故なら、これは魔力の過剰消費に拍車をかけてしまうからだ。
1度行えば体感2割ぐらいの魔力が消費される。ただでさえ常に魔力を駄々漏らししている状態でこんなものを使ってしまっては魔力切れをあっという間に起こしてしまうだろう。
つまり、実戦においてはほぼ役に立つことは無いのだ。
「……使えても2回…だな」
今まで憑依状態になっていた時間を加味すると、残りの魔力は大体4割ぐらいになるだろう。
僕は足に力を込める。
そしてありったけの力で地面を蹴った。
ドゴオオオオオッ!!
その反動で地面は勢いよく隆起。僕の身体は雷覆われその身が見えなくなるほどになっていた。
そして目にも止まらぬ速さで約30メートル先のサイガに接近。
既に僕はサイガの目前に来ていた。
――所要時間、およそ1秒。
「!!?」
拳を勢いよく握り、魔力を乗せたありったけのパワーでサイガに殴りかかった。
「おおおおおおお」
爆炎の如く燃え盛る雷が僕の拳を纏い、捨て身の一撃が繰り出された。
「らああああああ!!!!」
僕は喝とともにサイガの顔面に拳を当てようとする。
「ぐぅっ……!!」
だが、その攻撃は阻害されてしまう。
サイガは5機の機会を五角形に展開することでバリアを貼ることが出来たのだ。
わずか1秒という時間の間でも咄嗟の防御をすることが出来る彼は、Eクラスとは思えない実力を持っている。
バリアに拳が触れた瞬間、その衝撃により辺りに強力な衝撃波を生み出した。爆風が巻き起こり、観客は騒ぎどよめく。
拳はバチバチと雷を放出する。バリアはやがてその威力に耐えきれず破壊されてしまう。
「くっ……!!」
しかしサイガは突如として僕の目の前から姿を消した。
「なっ!?」
バリアが完全に破壊されたことにより、僕の体はそのまま勢いを止めることなく前へ進む。そして地面に前半身をのめり込ませた。
「ぐへっ」
顔面から地面に当たったため、かなり間抜けな声が出てしまった。なかなか恥ずかしい。
「あいつ…はぁ……どこにいった!?……はぁっ!」
僕は焦って立ち上がり、周りを見渡す。しかしどこにもその姿は見当たらない。観客もサイガの姿を探してキョロキョロしていた。
(どこだ!? まずい、早くケリをつけないと、もう魔力が……)
と、その時。
「こっちだよ」
なんと、頭上から声が聴こえてきた。
まさかとは思いながらも上を見上げる。すると、上空に浮遊するサイガの姿が見えた。
「あ、あいつ浮いてるぞ!!」
「すげえ! どーやってんだ!?」
僕は彼の足元を見てみる。
「……あの小型の機械に乗ってるってわけか…」
小型の機械は姿を変え、土台のような形に変形していた。それは空中浮遊する際の安定性を高めるための形状だろう。
しかし問題は他にもある。
「……ケリをつけようか」
サイガはポケットから右手を出した。
「"ゲネラルウェポン・――"」
するとその右手から淡い光が放たれる。その光が止むと、サイガの右腕は巨大な銃になっていた。銃を持っているのではない。腕が銃そのものとなっているのだ。
「"――スナイパーガン"」
次の瞬間、サイガは素早く銃を構える。即座に銃口から光が収束し、次の攻撃が繰り出されようとした。
否、それは最後の攻撃となるだろう。
「終わりだ」
サイガは冷たくそう言い放す。しかし、僕は諦めるわけにはいかない。
何も出来ずにボコスカ攻撃されて、泥組だと罵られて、惨めな姿を晒して、このまま負けてのこのこ帰るわけにはいかない。
周りの生徒に一矢報いたくて仕方が無かった。
僕の心には確かな『怒り』が存在していた。
それに……ヘラと約束したからな。勝って、帰るって。
「次が最後だ……。どうせなら出し切ってやるよ」
ラスト1回。これを終えてしまえば、僕は魔力切れを起こして意識を失うだろう。
僕は全身に力を込めた。
それと同時に、サイガの攻撃体制も完了した。
「"ゲネラル・バースト"」
スナイパーガンの銃口は大きく開き、高火力のレーザーを放ち続けた。
音速に凌ぐほどの速度で僕に向かってくる。
「うおおおおらああああああっ!!!」
僕は地面を今出せる最大限のパワーで蹴り、天高く跳躍した。
反動で地面は勢いよく凹み、砂埃を撒き散らした。
魔力の力を込めた跳躍は並ではなく、驚異的な速度でサイガの元へ向かっていく。
もちろん、サイガの攻撃と相対することとなるが、今の僕は全身から膨大な量の魔力を放出している。それにより、魔術的な攻撃ですら反発してしまうほどのエネルギーを纏っているのだ。
つまり、サイガの攻撃は効かない。
僕は川を逆流するように、光線に逆らって跳んでいく。
やがてサイガに近付き、この拳が届こうとしていた。
(届け……届け……)
右腕に力を込めた。
さっき以上に力を込めた。
「く……そ!! なんで…こいつは……っ!!」
(あと……少し…!! 意識…持て!!)
意識が飛びそうだった。
雷の量も減っている気がする。すなわち、魔力の枯渇を示している。
「泥組の……くせにぃっ…!!」
(あと……少し!!!)
そして、とうとう腕が届く距離まで迫った。
「ぐっ!!?」
「くらえええええええ!!!!!」
その時、力が抜ける感覚に陥った。
視界が極端に狭まり、今やサイガすら見えなくなってしまっている。
(そん……な…)
魔力切れだ。
僕は移動の勢いを失い、空中でしばらく停滞。
握っていた拳はとっくにほどかれ、重力のまま落下していった。
その途中、僕は意識を失った。