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マオーさん

 

「……またかよ」


 "補習通知"


 寮室の玄関のポストに入っていた紙には、大きな明朝体ではっきりと書かれていた。


「ったく、なんだよこの学園の仕組みは。そもそも、『泥組』だってのに補習なんか受けさせんなよな」


 泥組。それは、この学園において最底辺に位置する超落ちこぼれクラスだ。

 例えるなら、某暗殺漫画においてのE組のような感じだ。


 といっても、泥組に存在する生徒数はたった一人。

 つまり俺だ。


 学園は全部で三学年あり、一学年につき3~4クラスほどある。

 対して、泥組は全学年共通で収束するため、学年の差なく一クラスに集まるのだ。

 しかし、泥組に入ろうとしても、そう入る事は出来ない。

 度重なる校則違反。

 校内での暴力や成績不審。

 そして、従者(・・)の未所持……。


「あ、やべっ! もうこんな時間だ!」


 僕は友人と待ち合わせの約束をしていたのだ。

 急いで身支度すると、飛び出すように寮室を出ていった。


 ◆◆◆


「おっせぇよ! 何分遅れだと思ってるんだ!」

「すまんすまん」


 彼は僕の唯一の友人、ユージだ。

 言うなれば幼なじみで、腐れ縁。今は孤立する立場にいるが、彼だけは昔の馴染みで僕を仲間はずれにすることはしない。


「ったく。今日はレイアちゃんが来てんだぞ! 早く会場に行かないと最前席取れないだろ!」

「……お前はほんとに、レイアちゃんのこととなると人格が変わるよな……」


 レイアちゃんとは、全国的にツアー巡りする有名なアイドルである。

『キューピット』を従者にもつ彼女は、その恩恵を受けた上でアイドル活動を続けているのだ。

 ちなみに、キューピットは従者に持つだけで周りの人間を魅了する能力を持っている。


「しかも今、ライブ開始三時間前だぞ……」


 僕がそう言うとユージは、人差し指を左右に揺らし、「ちっちっち」と舌を鳴らした。……腹立つ。


「レイアちゃんの人気をナメてもらっては困る。本当は四時間前には集合したかった所なんだぞ」


 僕は呆れて返事も出来なかった。手も届かないアイドルを追っかけるくらいなら、早く彼女を作れよ、相棒。


「そんなこと思う前にお前も早く従者見つけろよ」

「てめっ、なんで僕の心読めんの!!?」


 こいつ……いくら10年来の幼なじみだとしても、心を読めるようになってるのは気持ちが悪すぎるぞ……。


「はっはっは、俺にはお前の気持ちなんてお見通しさ」

「……きもっ」

「うおおおい!!」


 ふと、ユージの顔は真剣な表情を作り、優しげな瞳で俺を見た。


「……でも、真剣(マジ)な話、お前は早く従者をつくれ。お前は泥組に居ていいような存在じゃないんだ」

「……わーってるよ」


 僕が泥組いる理由は、従者の未所持。

 この世界では、16歳を節目として『契約の腕輪』を付与される。

 契約の腕輪は人類がこの世界に溢れる怪物(モンスター)を従者として飼いならすことが出来るようにする道具だ。


 この力は神が創り出したとされ、古代遺跡から発掘された第一の契約の腕輪を何十年もの研究の末、複製することを可能とした。

 その技術は国家機密とされ、公に明かされていない。


 周りを見れば、可愛い小型のモンスターがちらほら。


 一般住民は主にペットとして小型のモンスターを徒者としている。

 しかし、僕達のような『学園』に通っている生徒達は、主に戦闘に特化して従者を自ら契約する部類にある(一般では、モンスターショップにいる弱い小型のモンスターと契約するものだ)。

 そのため、大型のモンスターや、魔術などに長けたモンスターと契約していることが多い。


 しかし僕は、ある出来事からモンスターと契約できていない。つまり、従者を持っていないということになる。

 故に泥組。学園の試験に参加することも出来ず、他の生徒が従者との連携技を深めている中で僕だけが自分だけの技術を高めるのみなのだ。


「……僕、明日補習なんだ」

「えっ、またか!? ……たく、試験に参加することが出来ないってのになーに考えてんだかな、教師は」

「だよな! ……まぁ、本当なら僕はこの学園を去らなきゃいけない立場だから、そんなこと言えないんだけどな」

「……」


 僕は従者がいないかわりに筆記試験での成績は常に上位だから、そのコネでまだ学園に在籍できている。

 僕の歳は17だが、この歳になって1体も従者がいないなんて世界でも僕だけだろう。


「まぁ、今日はレイアちゃんのライブで盛り上がって、嫌な事は忘れようぜ!!」

「……だな!」


 なんか、僕も乗り気になってきた。今日ははっちゃけるぞー!


 そんなこんなで会場に着き、三時間経った。

 レイアちゃんがステージに上がると、歓声もあがった。


「みんなー! 今日は私のために来てくれてありがとー!」


 真っ黒の髪をツインテールに束ね、キラキラのピンクの衣装を身にまとっている。

 可愛らしいその笑顔と若さで観客を魅了した。これはキューピットの力が無くても十分に人気が出るだろう。


 ◆◆◆


「いやぁー、まじで今日を俺は一生忘れねー」

「わりとよかったな、レイアちゃん。たまにはこーゆーのも楽しいもんだな」

「おっ、カナトがそんな事を言うなんてめずらしーねー」

「うっせ」


 すっかりと夜になり、時刻も遅い。

 ユージのケータイがなり、彼は着信主と会話する。


「すまんカナト。今から姉貴の誕生日プレゼント買わねぇと行けなくなった! 先帰るわ!」

「あー、お前のねーちゃん、こええもんな」

「……殺されるかも……」

「そ、そんなに?」


 切羽詰る顔で帰っていったユージを見送ると、何処か居場所を失った僕はぶらぶらを散歩することに決めた。


 寮生の学園外外出時間は0時まで。まだ時間はある。


 ライブ会場から少し離れた都市街をぶらぶらと歩いた。

 人が多く、油断すればスリにあってしまいそうだ。

 街灯が煌々と街を照らし、賑やかさをより際立たせる。しかし僕は人混みが嫌いだ。もう少し人の少ない所へ行こうと、建物と建物の間にある裏道を通っていった。


 先程とはうってかわって、灯りもなく、ひんやりとした空気がながれてどこか不気味だ。しかし人がいないため、僕にとっては居心地がよかった。


 「……ん?」


 すると目の前に明かりが見える。突き当たりを右折した方向から放たれた明かりだった。


 「こんな裏道に人がいるのか……」


 特に気にもとめず、歩いていた僕だが、突如、その明かりのあった方向から声が聴こえた。


 「おい、例のヤツは本当にこの中に入ってんだろーな?」


 野太い男の声に、僕は慌てた身を潜めた。


 「ああ。話によると、見た目は絶世の美女らしいぜ」

 「まじか! うひょー、取引に出す前にちょっくら手ぇ出してもいいか?」

 「バッカおめぇ、そんなことで傷でもついたら価値が下がるだろうが!!」


 この会話の内容を聞く限り、どうやら誘拐犯のようだ。

 取引って事は、奴隷にでも出すつもりか…?


 見る限り相手は2人。

 全身黒のスーツで覆い、明らかに怪しい雰囲気を醸し出している。


 学園生として、ここで悪を見逃すわけにはいかない。


 「おい」


 「ッ!! ……んだよ、ガキか。警察かと思ったじゃねぇか」

 「なんだよ、殺されてぇのか? さっさと帰れ!」


 2人のうち、小柄な男が懐から銃を取り出してこちらに向ける。


 「お前ら誘拐犯だろ。さっさとそのケースの中にいる娘を解放しろ」

 「はぁ? 決めつけんなよ。ガキはとっととすっこんでろ! まじで撃つぞゴラァ!!」


 小柄な男が喚き散らす。

 ここで身を引かなければ本当に銃を撃ってくるだろう。しかし、僕は引き下がらない。


 「殺す」


 もうひとりのガタイの良い男が言った。

 それを合図に、小柄な男が銃を撃ってきた。


 銃弾が僕に直撃するまでの、刹那的な時間を見切り、僕は即座に身をかがめて回避する。


 「なっ……!!!?」


 小柄な男が驚き戸惑っている間に、僕は姿勢を低くした状態で素早く前進した。

 僅か数秒で小柄な男の懐に入ると、僕は右手の握り拳を思い切り腹にぶち込んでやった。


 「ぐえっ……!!」


 小柄ゆえか、軽く吹っ飛び地面に倒れる。

 それを見た隣のガタイの良い男がその太い腕を振り下ろしてきた。


 「調子のんなガキがあああ!!」


 僕はとっさに後ろへ飛び、その拳を避ける。

 そして地面に着地すると同時に再びガタイの良い男に急接近し、小柄な男と同じ方向へ蹴りをかましてやった。


 「ぐはぁっ!!」


 勢いのよい蹴りを喰らって吹き飛ぶガタイの良い男。

 小柄な男の上に倒れてしまい、「ぐぎゃっ!」と苦しげな声をもらす小柄な男だった。

 スーツケースを手放し、今は僕の足元に置いてある。


 大きさ的にはうずくまった少女がギリギリ入るぐらいのスーツケース。僕はそれを抱えて、男達の反対方向を走った。


 「てめっ、まちやがれええええ!!」


 小柄な男はじたばたする。

 ガタイの良い男に「はやくどけっ!」と言いながらもたついているため、わりと時間は稼げていた。


 「ふぅ、相手は従者がいる。能力を使われたら勝ち目がなくなるからな。あとは警察でもよんで対処してもらおう」


 裏道を抜け、人混みを走った。

 後ろを振り返ると、裏道から出てきた男達の姿が見えた。が、この人の多さでは僕をピンポイントで見つける事はほぼ無理だろう。







 「はぁ、はぁ……。だいぶ走ったな」


 街を離れ、大きな噴水がシンボルの公園にやってきた。

 僕はベンチに座り、スーツケースを開く。


 「……うお……」


 中には、黒く短い髪が特徴の少女がうずくまっていた。

 しかし彼女は、ボロボロの黒いドレスを身にまとい、美しい白い肌を所々露わにさせていた。そして、身体をぐるぐると鎖で拘束され、施錠されている場所に札のようなものが貼られていた。


 男達は絶世の美女と言っていたが、未だ眠るその顔立ちを見ると、確かにそう言わざるを得ない美貌をもっていることがわかる。


 「……おーい、起きてくれー」

 「……」

 「起きる気配がないな……。にしても、この鎖、どーやって取るんだ?」


 錠で繋ぎ目を固定され、鍵が無ければ解放出来ないようになっている。

 それに気になるのはこの札。

 少女を拘束する上でなぜこんな札が必要だったのか。まるで、魔物を封印するかのような――。

 と、その時。


 「……ん」


 少女が目を開いた。


 「あ、起きた」

 「……貴様は…?」

 「初対面の人に貴様かよ…」

 「うぅ……確か私はあの時…」

 「と、とにかく、この鎖をどーにかして外さないと…」

 「貴様、人間か?」

 「え、ああ、うん。そーだけど……」


 この話し方やこの質問。先程までの疑問が確信に変わろうとしていた。


 「ここの札を外せ。そしたら私を縛る鎖も解ける」

 「そ、そーなのか?」

 「ああ」


 言う通りにしようと思った。が、それを素直に実行することが出来なかった。


 「どうした。早くせんか」


 未だうずくまったままの少女が、漆黒の瞳で僕を見つめた。

 その瞳に僅かな恐怖を覚えた僕は、まるで誰かに操られるように札に手をかける。


 「……わかっ……た」


 半ば自分の意思を無視し、僕は思いきり札を取り外した。


 その時、彼女からどす黒いオーラのようなものが放出される。

 それは激しい豪風を巻き起こし、僕の体を吹き飛ばした。


 「ぐあっ!!」


 およそ10メートルほど吹き飛ばされた先の木にぶつかった。

 みるみるうちに禍々しいオーラは増大し、彼女はゆっくりと鎖に縛られた状態で立ち上がる。


 「……忌々しい竜王め。なぜ今更我らに戦争などけしかけてきたのだ」


 すると鎖が赤い光に包まれ、何かの力によって原型がなくなるほどに砕け散った。

 彼女が完全に解放されると、より一層漆黒のオーラは激しさを増し、彼女の身体を包む。


 「感謝するぞ小僧。貴様のおかげで私はまた自由になれた」


 彼女のボロボロだった衣装は再生し、赤と黒の入り交じる、不気味なようで美しいドレスが仕上がった。


 「あ、あんた……まさか……魔物(モンスター)…?」

 「モンスター…か。そんな小物だと思われるのならば少し腹立たしいな」


 彼女の身体が宙に浮いた。

 その頭からは真っ黒の角が二本生え、その背中からは悪魔的な形状の翼が生えた。


 「私は魔族の王、ヘラ。暗黒を司る者だ」

 「……ッッ!!? ……ま、…魔王……っ!!」


 圧倒的存在感に僕は身動き一つ取れなかった。

 不敵な笑みを浮かべる彼女がとてつもなく恐ろしかった。


 「愚かなる人の子よ。私は今、人間に捕らえられていたことに腹を立てている。貴様が捕えたのではないのは分かっているのだが――悪いが、死んでもらうぞ」


 「はっ、はっ、はっ、……!!」


 呼吸が乱れる。

 汗も止まらない。

 身体も動かなかった。


 "殺される"


 そう感じた僕は咄嗟に右手首に付けられている契約の腕輪を見た。


 これは僕のおじいちゃんから貰った契約の腕輪だ。


 僕のおじいちゃんは若い頃に、契約の腕輪を研究していた人だった。

 第一の契約の腕輪が見つかってから数年、実は僕のおじいちゃんは二つ目の契約の腕輪を発見していたのだ。

 しかし、おじいちゃんはそれを発見したことを隠していた。理由は教えてくれなかった。

 僕に受け継がれたこの腕輪は、現在この世界に溢れる契約の腕輪とは形状が少し異なり、表面も少し禿げている。


 過去に僕はこの腕輪でモンスターを徒者にしようとした。しかし、この腕輪は古さ故か、契約しようとしなかった。

 その後何体も試したが、一体も契約出来ず、今に至る。


 「さて、せめてもの礼だ。痛みも感じさせないほどの一撃で葬ってやろう」


 彼女は両手を胸の辺りにかざし、手のひらを合わせた。その間から赤黒い球体が出現。そのパワーはどんどんと増幅し、バチバチと赤い(いかづち)を放った。


 「『ブラッド・レイ』」


 「……っ!! どうせ死ぬんなら、最期に足掻いてやるよ!!」


 僕は腕輪を天に掲げ、契約の詠唱をした。


 「我、神に身を捧げる人の子なり!! この身を秩序の騎士とすべく、平和の元に我が従者となれっっ!!」


 赤黒い球体は極太のビームと化し、高速で僕の元へと放たれた。


 「なんで……なんで反応しないんだよ……」


 涙があふれる。

 それは死ぬことに対するものではなく、今まで、従者をつくれず、最底辺の学園生活を送ってきたことに対する怒りの涙だった。


 「……ッッ!! 最期ぐらい反応して、そこの魔王を徒者にしやがれええええええええ!!!!」














 視界が暗くなった。











 僕は死んだのだろうか?











 視界が暗いんだから、きっと死んだのだろう。












 「……ゼキア……」









 僕はかつての従者の名前を口にした。
















 「……あれ……?」


 生きている。

 ここは確かにさっきまで居た公園だ。


 「なんで……? でも、僕は魔王のビームを喰らったはずじゃぁ……」


 ぼやけていた視界がはっきりしてきた。

 すると目の前には赤と黒の入り交じるドレスを着こなした魔王が立っていた。


 「……契約……成立しちゃったみたい……」

 「…………は?」


 彼女は心底悔しそうな顔でそっぽを向いていた。


 「いや……だってあんた、魔王なんだろ……!?」

 「そう……なんだが…何故かはわからないが……」


 いやいや、王クラスのモンスターと契約するなんて、聞いたことないぞ!!?!?


 「……ふん、契約が成立した以上、私は貴様の従者だ」

 「え、え……あの、その、……」


 頭が追いつかず、混乱する僕をよそに、魔王は随分と潔く徒者と認めた。


 「先程も言ったが、私の名はヘラ。魔族の王だ」

 「……ぼ、僕の名前は、カナト。よ、よろし、く?」

 「……ふん。私を従者にしたからには、貴様も私に見合うぐらいの力を備えろよ」


 そう言って彼女は姿を消した。


 「……」


 僕は唖然として、そのまま座り込んでいた。













 「まさかあいつがあの(・・)腕輪を持っていたとはな。これは利用できる」


 私は魔界復帰の野望を胸に、歩き出した。

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