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月夜のハンティングパーティー 1

 ナイスショット!誰もが思わずそう言いたくなるだろう。勢いよく振り抜かれた長い長いバールが、オークの側頭部を完璧にヒットし、ゲル状の内容物を噴出させる。窮屈な頭蓋に閉じ込められていた脳髄が、秋の青空の下で生き生きと躍動した。シーズンの盛りを告げる最高のスイングだ。


「リリー・ロングバールこそ歴代ナンバーワンの強打者さ!」


 あるベテランは、ためらいなくこう言い切る。


「彼女が一振りするだけで、戦場の空気は魔法みたいに変わっちまう。どんなに劣勢でもガツン!ブシャー!でゲームセットだ!」


 一切の迷いのない豪快なスイングだけが、姫騎士たちを夢中にさせる。鈍器系の姫騎士は、みんなリリー・ロングバールの一振りに憧れて素振りを始めるのだ。


 今日のリリー・ロングバールは絶好調だった。美しいとしか言いようのない伸びやかな回転運動が、小さな的を次々ととらえてゆく。その手のひらには心地よい打撃感だけが残っているだろう。

 

 アッパーブロー、レベルブロー、ダウンブロー、すべての軌道が自在に変化し、それでいて力感を失うことがない。ターゲットがどこにあったとしても、今のリリー・ロングバールなら絶対に仕留め損なわないと断言できる。


 自分のコンディションが確実に上向いていることは、もちろん彼女自身も認識している。これほどまでの技の冴えは、長いキャリアの中でもあまり記憶にない。キレが良すぎて不安になることすらあるほどだ。


 リリー・ロングバールには一つの確信がある。メンタルの圧倒的充実が、最近の好調子を引っ張っているという確信だ。恋愛感情への過度な依存が急速に影をひそめ、戦闘意欲が湧き上がってきているのがはっきり自覚できる。退屈な作業に成り下がっていたオーク殺しへの使命感が、鮮やかに蘇っている。


 そして、ある感情がその精神状態の核となっていた。今、彼女の内面では、オークへの憎しみが燃え上がっているのだ。「オークキモい」という単純な生理的嫌悪感が、耐えがたいほど高まっている。オークが存在している、という事実自体が許せなかった。


 目の前のオークに一秒でも早く消え去って欲しいという純粋な強い思いが、おそらく脳と肉体のパフォーマンスを極限まで引き出しているのだろう。殿堂入りクラスのスイングが次々と惜しげもなく繰り出される様は、まさに戦場の夢だった。


 地を這うヘッドが逃げ回るオークの膝を砕く音は小気味よく、重力をものともせずに下顎をインパクトする上昇軌道は見事に力強い。一見強引さを感じさせる、ガードの上からのヒットが、きっちりと致命傷まで持って行く様も醍醐味と言えよう。


(なんてキモいのかしら……ああ……)


 武器にこびりついた血を、ベルトポーチから出した捨て布でぬぐいながら、リリー・ロングバールは鳥肌を立てた。来た道を振り返れば、オークたちの死体が点々と転がっている。


(調査部の資料の通りなら、このあたりにオークの集会場があるはずだけど……)


 今回の殲滅目標に指定されているのは通称「いい人オーク」と呼ばれるオークたちの群れだった。この群れに属するオークたちは、日々の労働に勤しみ、近隣オークとの関係も良好、ボランティア活動も怠らず、特に姫騎士と揉めることもないという。


(オークのくせに何様なのこいつら)


 吐き気がこみ上げた。姫騎士への歪んだ欲望を隠して善行ごっこをするオークなど、絶対に存在を許してはならなかった。


 さわやかなはずの秋風にオークどもの臭いが混じっている。今のリリー・ロングバールは、オークの気配に対しては異様に敏感になっていた。感じ取りたくもないオークの体臭が、ごく微かなものであっても嗅覚を刺激する。


 姫騎士は風上に向かって歩き出した。徐々に強くなる悪臭が、オークの群れが近いことを示していた。


(ここね)


 彼女が足を止めたのは、「しののめ台会館」と書かれた表札がかかった建物の前だった。オークの集会場にふさわしい、忌まわしい建造物だとリリー・ロングバールは感じるが、まずは敵の様子をうかがわなくてはならない。


 入り口に見張りは立っていなかった。ガラス戸越しに見えるホワイトボードに「しののめオーク青年団 秋のチャリティー 女人禁制(笑)」と大書してある。


 そのまま突入して皆殺しにしてしまいたい感情が彼女を襲ったが、すぐに冷静になる。かなり多数のオークが談笑しているらしき声が耳に入っていたからだ。


 姿勢を低くし、入り口から庭の方へ回り込む。窓が開け放たれているらしく、オークたちの鳴き声と濃厚な体臭が同時に感じられた。


 リリー・ロングバールが庭の植え込みの陰に隠れた瞬間だった。

 

「ビンゴ!」


 というオークの叫びがひときわ大きく響いたかと思うと、ハンドベルが賑やかに打ち鳴らされた。歓声と落胆の声がそれに続く。


 植え込みのすきまから建物の中を覗くと、ビンゴゲームの賞品であろう高級加湿器を受け取った小柄なオークが、仲間からの拍手の中、うれしそうに自分の席に戻るところだった。


 リリー・ロングバールは激怒した。加湿器は学園にもない。予算会議で導入の要望が何度も却下されている因縁の品だったのだ。それをオークごときが……。握りしめた拳の中で、爪が手のひらを破らんばかりになっている。


 しかし、それと同時に、この集会に参加しているオークがかなり多数であることも確認できた。会場には出入り口が複数あるようであったし、窓も広い。群れを壊滅させるのは自分一人では厳しいだろう。調査部の仕事のずさんさは毎度のことだった。

 

 ホルダーから携帯電話を取りだしたリリー・ロングバールは、集団戦の第一人者である妹に送るメールの文面を考え始めた。リリー・ガトリングに重い腰を上げさせるのは骨が折れるのだ。


 頼み込むか、脅すか、それとも軽い挑発を織り込むか、といった思案に迷い始めた侵入者の存在など、オークたちは知る由もない。和気あいあいとビンゴゲームを楽しんでいるのだろう雑多な音が、窓からは漏れている。しかし、そんな平和は長くは続かないのだった。


 ようやく文章の作成にとりかかった姉騎士の耳に、二匹のオークが激しく言い争うような声が聞こえた。


 異変に気づいたリリーロングバールが、携帯電話の画面から目を離すと、


「ボグッ」


という、何かが弾けるような鈍い音が鳴り、そしてオークたちの鳴き声が消える。


 何事が起こったのか確認するため、リリー・ロングバールが植え込みから顔を出そうとした瞬間、極度に興奮したオーク特有の咆吼があたりに響き渡った。


 そこで姫騎士が目にしたのは、高級加湿器を誇らしげに頭上に掲げ、今まさに勝利の雄叫びを上げた大柄なオークと、無残にも頭を砕かれ、賞品を奪われた小柄なオークの死体だった。


 なごやかなチャリティーなど幻想だという真実が、白日の下にさらされていた。腑抜けた分配ごっこはもうたくさんだ、オークなら欲しいものは力で奪い取れ、という明白なメッセージが、ビンゴに集った仲間たちに向けて、ギラギラと放射される。


 これぞオークの生き様、真の誉れだった。あと一つマスが埋まれば……などと一喜一憂していた、ついさっきまでの自分はなんだったのか。青年団での仲良しごっこなど、オークにとって恥以外の何物でもないではないか。惰眠をさましてくれた彼には、むしろ感謝の気持ちしかない。


 名誉と生存を賭けた闘争のゴングが鳴らされたのだった。オークたちは武器を手に取ると、次々に立ち上がる。


 一瞬で事態を理解した姫騎士の胸の内は、喜びで満たされていた。


(オークが馬鹿で本当によかった!これこそオークよ!)


 もはや応援は必要なかった。まずは殺し合うオークたちを見物していればいい。そして数の減ったオークを始末するだけだ。リリー・ロングバールは腰のホルダーに携帯電話を戻す。


 だが、とんでもない見落としをしていたことにすぐ気づいた。


(加湿器!)


 貴重な戦利品の確保を完全に忘れていた。それに加湿器以外にも、よさそうな賞品が数多く用意されていたようでもあった。オークの同士討ちのなかで、それらの品が破壊されてしまう可能性がある。


 リリー・ロングバールは立ち上がった。加湿器だけは何としても持ち帰りたい。開いていた窓に向けて駆け寄り、へりにかけた手を支点にジャンプすると、オークたちの争闘する室内に勢いよく飛び込んでいく。


 練達の鈍器使いは、窓を乗り越えた運動エネルギーをそのままバールに乗せ、まずは横回転で一匹目のオークの頭蓋骨を叩き割った。天井は大上段に振りかぶれるだけの高さがなかった。


 突然の乱入に気づかないほど興奮しているのか、オークたちは殺しあいを続けている。動くものはすべて打ち倒すというシンプルなルールが、この場を支配していた。


 加湿器を奪ったオークは奮闘しているようだった。壁際に陣取り、次々に襲いかかってくる先ほどまでの仲間を、加湿器の入った箱を小脇に抱えながら撃退している。


 リリー・ロングバールはオークの群れをかきわけ、やすやすと前進した。一振りで一殺のペースで次々とオークを処理する様は、ほとんど鬼神と言ってよかった。防御の必要も生じていないようだ。


 目標とのタイマンに持ち込むのにも時間はかからなかった。乱入者の戦いぶりを目にして、闘争本能をむき出しにしていたオークたちの中にも恐れの感情が生まれている。オークたちは潮が引くように姫騎士から距離を取った。


 しかし、この乱戦の発端となったオークの戦意はさすがに旺盛だ。抱えていた箱を床に置くと、蛮刀を握りしめて姫騎士の出方を見た。


 リリー・ロングバールが構えを解いた。両手持ちで正眼に構えられていたバールが、脱力とともにゆっくりと下を向く。大柄のオークはこの隙にすべてを賭ける。大股で一気に間合いを詰めようと、軸足を蹴り出した。


 しかし、その狙いは成就しなかった。バール使いは素早く体を開くと、フェンシングの要領でオークの顔面を一撃する。鋼鉄が頭骨にめり込んでゆく湿った音が、オークたちを震え上がらせた。


「こんな古い手にひっかかるなんて、お勉強がたりませんよ?」


 つまらなそうに言い放った殺戮者を見て、オークたちの士気は完全に崩壊した。武器を投げ出し、蜘蛛の子を散らすように逃げ出したオークたちを、姫騎士は容赦なく追撃する。


 悲鳴が次々にあがり、背骨や腰骨、頸椎や後頭部を砕かれた哀れな死体が山となった。恐るべき達人の業前であったが、そもそも数が多すぎたので、逃げおおせた運のいいオークも少なくはなかった。


(加湿器がなければ始末書ものだったかもね……)


 リリー・ロングバールは自動車班に電話し、戦利品の運搬を依頼する。加湿器の他にも、携帯ゲーム機、タブレットPC、拳王フィギュア、ロクシタンのスキンクリームセット、米、亀の子たわしなどが、血まみれで転がっていた。

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