三姉妹登場 1
六本の銃身が回転を始める感触が手のひらに伝わってくる。分速3000発を超える弾丸の連なりが、オークたちに確実な死を贈り始めた。
完全に体が高揚しているのがわかる。オークの集団を引きつけるまでの間に、脳はアドレナリンに侵されきっていた。
「M134のマンストッピングパワーは最高だ……こいつは本当によくできた道具だぜ……」
肉片が空高く舞い上がっていく。血しぶきを上げながら倒れるオークの群れを目にすると笑みが抑えきれない。
彼女の姫騎士名はリリー・ガトリング。今や赤熱した銃身への名状しがたい愛情が彼女を満たす。
「たまんねえ……オークどもの卑しい悲鳴が耳にこびりついて、今晩は眠れそうもないぜ」
最高の気分だった。姫騎士としての自分の存在意義が、露骨なまでにここにある。表情筋が弛緩し、唾液が口の端からこぼれ落ちる。
「困った子ねえ、リリー・ガトリング。戦闘薬の使いすぎはよくないってあれほど言ったのに」
レースに縁取られた白いハンカチーフでリリー・ガトリングの口を拭ってやったもう一人の姫騎士は、おだやかな声でそう言うと、自らの長い金髪を整えるしぐさを見せた。
「俺はヤクはやらねえよ、リリー・ロングバール。こいつはナチュラルハイってやつだ。それより仕事はしないのか?その緑と赤の長いやつは飾りってわけじゃないんだろ?」
リリー・ガトリングは軽い皮肉の調子で問いかける。
「おいしそうなところはあなたがあらかた食べちゃったじゃないの。食い意地の張った妹を持つとこれだから困るわ」
オークたちはすでに逃走を始めていた。腕を吹き飛ばされた激痛でのたうちまわるもの、脚をひきずって必死に這いずるものなど、重傷を負った個体と屍だけが、戦場には残されていた。
「あーあ。デザートくらいは残してやろうと思ったんだがな。まあ残飯拾って楽しんでくれや。抵抗できないオークを適当になぶるのも楽しいもんだ」
リリー・ガトリングが笑いながら射撃の手を止め、ミニガンを地面に置く。
「お姉さまの仕留めた獲物にとどめだけ刺させてもらう初体験の新入生じゃないのよ私は。鋼卍薔薇勲章が泣いちゃうわ」
リリー・ロングバールの甲冑の左胸には、鈍い光を放つ鋳鉄の勲章が、重たげに存在を主張していた。姫騎士としての戦歴は、もう彼女自身覚えていないほど長く、そして深かった。
「しかしこのあたりには体育大学があるから、武術に長けたオークが数多く生息しているって話だったんだが、そこは全くの期待外れだったな」
「全部ひき肉にしちゃったんじゃないの?最近のオークは弱すぎて、あなたがいると白兵戦まではなかなか行かないのよね」
姉騎士は自分の身長ほどもあるバールを一回転させて背中の鞘に収めると、周りを見渡した。傷を負ったオークたちももうあまり動かなくなっている。
「そういえばあなたの自慢の妹ちゃんはどこ?さっきから姿が見当たらないけど」
「ああ、このあたりにいるっていう女の子を探して保護するように言っておいた。あいつの腕なら一人でも余裕だろう」
リリー・ガトリングは道ばたに転がったオークの肉塊をいくつかまたぎ、近くにあった自動販売機の方に向かう。背中に手を回して甲冑のロックを外すと、腹部装甲の下に巻かれた腹巻きの、そのまた下に入れておいた小銭入れから500円玉を取り出し、自販機の投入口に入れた。
「その腹巻き、さすがにレディとしてどうかと思うわよ?」
「腹を冷やして何かあったらもっとレディじゃいられねえよ」
迷わずワンカップ大関のボタンを押したリリー・ガトリングは、いそいそと受け取り口にしゃがみ込み、目的のものをつかむ。そしてプルタブ式のアルミ蓋を開けると、勢いよくガラスカップをあおった。醸造アルコール特有の化学臭が鼻を抜けてゆく。
「くーっ。殺しの後の酒だけはやめられねえな。心拍の上がった体に、いい感じで回りやがる」
二口目、三口目を楽しんだリリー・ガトリングは、空になったカップを放り投げると、再び自販機のボタンを押した。おそらく焼酎の類いが入れられているであろう、あまり見ないメーカーの瓶を手にし、にやりと笑うと、リリー・ロングバールの方に掲げる。
「一人で楽しんですまねえな。アンタも飲むかい?お・ね・え・さ・ま」
リリー・ロングバールは首を横に振ると深くため息をついた。
「任務中よ。それに私、お酒は飲まないの。あなたはよく知ってるでしょう」
「意外と悪い酒じゃないんだがな。断酒会の連中が一番最初にフラッシュバックする酒だ」
「気をつけなさい。お酒でダメになる姫騎士、とても多いんだから」
「女でダメになるタイプのアンタに言われたくねえよ。先週も年下の恋人に逃げられて、メスくせぇポエムが止まらなくなったんだろ?しかも新入生だって?アンタの重ーい愛情に耐えきれるとでも思ったのか」
数瞬のあいだ、リリー・ロングバールは逆上した自分に気づかなかった。呼吸が止まり、右手がいつのまにか背中のバールに伸びている。手のひらに触れる金属の冷たい感触がなければ、この酒癖の悪い妹は間違いなく撲殺されていただろう。
殺気の残響が嫌と言うほど残った歪んだ空間の中で、リリー・ガトリングは自分が生命の危機にあったことを理解する。顔面蒼白の姉がようやく呼吸を再開し、上がった腕を下ろす頃には、飲んだばかりの酒の酔いはすっかり醒めていた。
「す、すまねえ。調子に乗っちまった。飲むといつも下手打っちまう。悪気とかそういうんじゃなくって、姉さんと俺、最近ご無沙汰だろ?それでたぶん嫉妬しちまったんだと思うんだよ。かわいい妹のたわごとだと思って、水に流してくれねえか」
長い沈黙であった。オークの血で染まった地面を見つめ続けているリリー・ロングバールが納得したと思えるような様子はまったくうかがえなかった。
やがて低いうなり声のような脈動音がどこからか響き始めた。リリー・ガトリングは、おずおずと姉に話しかける。
「聞こえるだろ、姉さん。あの音は俺の妹の得物に間違いねえ。排気量200ccクラスのモンスターエンジンさ。最高のパワーウェイトレシオが約束された特注のブツだ。あの音が聞こえるってことは、妹はオークと闘ってるってことだ。気が収まらないのはわかるが、これも任務。一緒に助けに行っちゃくれねえかな」
リリー・ロングバールは答えなかった。地面を見つめているのは変わらなかったが、よく見ると唇が小さく動き続けている。独り言を言っているのか、頭の中の誰かに呪いの言葉を浴びせているのかはわからなかったが、こうなると手が付けられないのは長いつきあいからわかっていた。
小さく舌打ちをすると、リリー・ガトリングは空いたままだった甲冑背面のジョイントを閉じる。焼酎の瓶はウエストポーチに入れた。ミニガンを抱え上げ、らちのあかない姉に背中を向けた妹騎士は、「もう行くぜ。気が向いたら来てくれ。当たり前だが、上に報告はしない。どうせ雑魚ばかりだろうから、片付けたらすぐ戻ってくるよ」と言い残して、音のする方へ歩き出した。妹にはあまり遠くへ行くなと指示を出しておいたので、おそらく、そう距離はないだろう。
(無駄撃ちが過ぎたかな……)ミニガンの弾倉が軽くなっているのに気づいたリリー・ガトリングは、早足で移動しながら、腰のホルスターに収められたグロックに目をやる。正直な話、拳銃の扱いは大の苦手だった。的をよく狙うという感覚がどうしても理解できない。まるで押さえつけられた自分の感情を解放するかのように、弾丸の群れを思う存分ばらまける機関銃、とくに銃身の回転機構を備えたガトリング銃だけが、彼女の身体感覚にマッチした。この鋼鉄製の殺戮機械のみが、リリー・ガトリングの精神を支え、姫騎士として存在させているのだ。
エンジンの音、そしてギアの回転に負荷がかかる音がはっきりと聞こえ始める。内燃機関の規則的な燃焼プロセスと単純な回転機構から、あの優秀な末妹は最高に洗練された暴力を爆発させる。
ブロック塀の向こう側から、高い血しぶきが上がるのが見えた。オークの野太い断末魔がこだまし、たくさんの興奮した鳴き声が重なって聞こえる。かなり大きな群れと交戦していると推測できた。
(……囲まれているのか?)最悪の可能性を一応考慮し、慎重に位置取りをする必要がある。
民家のドアを蹴破り、急な階段を上がって二階のバルコニーに出ると、塀を背に大量のオークたちと対峙する小柄な姫騎士の姿が正面に見えた。白銀に輝く甲冑から返り血をしたたらせ、ツインテールに結んだ黒髪を揺らしながら敵の動きを注意深く観察している。この位置なら少し修正するだけでなんとかなりそうだ。
「俺だ!リリー・チェーンソウ!」そう呼ばれて一瞬だけ顔を上げ、姉の姿を認めたリリー・チェーンソウは、次の瞬間には自分が何をすべきかを理解していた。ミニガンの射線がふさがっている。
チェーンエッジの回転速度を上げた妹騎士は、姿勢を低くし、刃を横薙ぎにしてオークたちの脚を刈り始めた。絶叫が響く。リリー・チェーンソウは片脚だけを効率よく切り取っていき、崩れ落ちるオークの横をすり抜けながら、隙を見て十字路を左に曲がった。オークの群れに挟まれる形にはなったが、遠い方の群れとはやや距離がある。手前の群れをすばやく掃射できれば各個撃破が可能だろう。なにより、射線は完全に開けている。
M134、別名ペインレスガンはその名の通り、オークたちに死の苦しみを感じる暇さえ与えなかった。7.62mmNATO弾の炸裂音も、おそらくほとんど耳に届くことはなかっただろう。六つのバレルから放たれる熱い金属の雨が、混乱するオークたちの頭上に降り注ぎ、一瞬で彼らのすべてを終わらせた。
リリー・ガトリングの仕事はもうほとんど残っていないはずだった。あとは妹が掃除してくれるだろうと、体の緊張が自然に解ける。
リリー・チェーンソウが自分に向かって手を振って微笑むのが見えた。そしてツインテールの少女は、愛用の巨大な得物を構え直すと、眼前のオークたちに向かって軽やかな足取りで進み、気負いなさげに戦端を開く。
見事な体術だった。彼女の動きをまともに目で追えたオークがいたかどうかも疑問だ。死角から死角へ、ごく限られたエリアを縫うように移動し、ただ一撃でオークを屠る。リリー・ガトリングですら攻撃のリズムに規則性を見出すことができない。
この域に達した姫騎士が果たして何人いるだろうか。リリー・ガトリングはかつて目にした達人たちの技に思いを巡らせる。これほどまでの才能の持ち主が、自分のような姫騎士の妹でいいのかという問題については、以前にも何度も考えた。
チェーンソーの駆動音が消えた。立っているオークはもう見当たらなくなっている。
バルコニーから跳躍し、血まみれの地面に着地して少しバランスを崩したリリー・ガトリングを、リリー・チェーンソウは満面の笑みで迎えた。
「一匹も逃がしませんでした!皆殺しですお姉様!」
目を輝かせ、胸を張る得意げな様子は、やはりまだ幼さが抜けきっていないように見える。こういう時、かつてのリリー・ロングバールは、リリー・ガトリングを抱きしめたり、頭をなでたりして褒めたものだが、それは彼女の流儀ではなかった。
「ああ、なかなかの殺しだったぜ」とぶっきらぼうにリリー・ガトリングは言い、甲冑と胸の隙間から、ネックストラップにつながれた携帯電話を引っ張り出した。
すでに日が傾いている。これだけの戦果を挙げれば帰還してもまず問題はないだろう。やや疲れを感じていたリリー・ガトリングは、アドレス帳から自動車班の番号を探し始める。姫騎士ハンヴィーの乗りごこちは最悪だが、座ってさえいればオークどもを踏み散らして学園まで運んでくれる。リリー・ロングバールがまだ立ち直っていないとしても、座席に押し込むだけでいい。
「お電話どこになさるんですかお姉様?」リリー・チェーンソウが不思議そうに問いかける。
「帰るんだよ。もう弾薬も残り少ないしな」と答えた姉に対して、妹はあからさまに不満げな顔を見せつけた。
「近くに小さな女の子がいるって言ったのはお姉様じゃないですか!早く保護して学園に迎えてあげないとかわいそうです!」
ちょっと気圧されるぐらいの勢いだった。
自分にもこんなふうに任務への情熱に燃えていた頃があったかな、と一瞬だけ感慨に浸ったリリー・ガトリングだったが、妹の意欲に応えるつもりはなかった。
「それはハイエース隊にでもまかせておけばいい。今日はもうじゅうぶん殺したろ」
「あんな連中は信用できません!本気で言ってるんですかお姉様!」
姫騎士ハイエース隊は女児の保護を主眼とする部隊だが、その実態は精神を病むなどしてオークとの戦いに耐えられなくなった廃騎士の掃き溜めだ。
「ど下手な拳銃握りしめてオークから逃げ回る無様を妹に見せたくねえんだよ」
「ガトリングの弾が切れても私がお姉様を守るから心配ありません!」
「だからそれがイヤだって言ってんだよわかんねえやつだな。それにリリー・ロングバールが今日はもう……」と言いかけたところで、リリー・ガトリングの背筋に異様な悪寒が走り、全身が総毛立った。血圧が上がり、一瞬で神経系がオートマチックな警戒態勢に入る。
幾多の戦場を生き残ってきた彼女にとって、この感覚は特別な意味を持っていた。それは危機、それも巨大な危機の訪れを確実に指し示すものだったからだ。おそらく環境の微細な変化を無意識に感じ取っているのだろうと、今ではリリー・ガトリングは解釈している。
立てた人差し指を素早く自分の口元に持って行き、沈黙を指示すると、リリー・チェーンソウもすぐに状況を理解したようだった。リリー・ガトリングはうつ伏せに寝そべり、右耳を注意深く地面に当てる。
数多くのノイズの中から、かすかだが、一定のリズムを持った振動が響いてきていた。間違いなく足音であり、しかも着地音にブレのような感じがある。複数のオークから発せられたものの可能性が高い。
おそらく小さくない群れが歩みを合わせた行進をしているのだと、リリー・ガトリングは判断した。ある程度統率が取れていると推測される集団と遭遇するリスクがある。
撤退以外の選択肢は残されていなかった。リリー・ロングバールと合流する必要もある。リリー・ガトリングは立ち上がり、妹に向かって黙って首を横に振ると、ミニガンを背中にかついだ。
これは戦闘を避けるという意思表示だ。アゴと指で行く先を示し、走り始めようとしたリリー・ガトリングの目に入ってきたのは、しかし信じられない光景だった。
妹騎士はチェーンソウのエンジンスターターの取っ手を握りしめ、いささかのためらいも見せずに勢いよく引いたのだ。あたりに爆音が響く。そしてリリー・ガトリングの方には一顧だにせずに、指示した方向とは反対の方向へ向かって、脱兎のごとく走り出した。
リリー・チェーンソウが、その高い技量と相応に好戦的なのはリリー・ガトリングも認識していた。だが、姉の指示を無視し、無謀な単独行動に出るほど精神的に未熟だとは思ってもいなかった。妹の圧倒的な戦闘能力に心酔し、不安定なメンタルの危険性を看過していた自分の至らなさを、リリー・ガトリングは痛感させられることになった。
リリー・ガトリングはすぐに妹の後を追って走り出した。が、リリー・チェーンソウはあっという間に姉騎士を引き離す。叫んで呼んでも振り向きもしない。
今やこの天才児の欠点は明らかであり、これからの教育について考え直さなければならなかったが、さしあたってこの危機を乗り越えられるかどうかもわからなかった。