俺たちのテストはゲームになりました
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2100年、日本では若者たちの勉強離れを防ぐため、政府から都心のとある高等学校に実験的に、とある法律が施行された。それが『仮想世界戦闘学習法』、通称、『BWBS法』だ。
この法律はその名の通り、仮想世界での戦闘の中に学習を取り入れていこうという、ゲームやアニメが大好きな最近の子供たちはいかにも喜びそうな法律である。
これは、そんなBWBS法が採用された熊切高等学校に通う、少年少女の物語である。
昼休み、七月の暑さとけたたましい昼休みの喧騒の中、ふと、今日の時間割を確認しようと思い、生徒専用のデバイスを開く。
「時間割」
俺がそう言うと、真っ白い姿をしたそれは所有者の名前である「上坂時雨」という文字とともに一週間分の時間割を出した。
(今日は、火曜日か)
なんとなく時間割を眺めていると、今自分が口にした言葉を思い出す。
(火曜日…)
そして、全国の学生がおそらく最も嫌いであろうイベントが、俺の脳に思い出された。
(テストじゃねえか!!)
そう、毎週火曜日は定期小テストとなっているが、今日だけは話が違う。毎月第三火曜日は。
(大型復習テスト…終わった…)
この学校はBWBS法が採用されている日本唯一の学校である。よって、データ収集は必須ということで、毎月第三火曜日、お昼からは大型復習テストなのだ。
(完全に忘れてた…)
今からではどうしようもないことに頭を抱えていると、ふと、後方から声が聞こえた。
「上坂くん、大丈夫?」
ハッとして顔を上げると、そこにいたのは、艶のある真っ黒な長髪の、いかにもな優等生少女だった。
「坂木さん」
彼女の名前は坂木結衣。入学式が終わった次に日のオリエンテーションで一緒になってから、俺の唯一の女友達である。
「ダイジョウブジャナイデス」
意気消沈気味に俺がそうつぶやくと彼女は笑って答えた。
「ふふっ、どうせ上坂くんのことだから、今日のテスト忘れてたんでしょ?」
「その通りでございます」
「やっぱりねー、いつも忘れてるもん」
彼女はまた笑った。
「あーあ、もう終わりだよ、今日も補習かあ」
はあぁー、俺が大きなため息をつくと彼女はなぜか恥ずかしそうに言った。
「あの、良かったら、私の作った問題貸そうか?」
「マジすか!?」
何人かの生徒が驚いてこちらを見てくる。
(大きい声出しすぎた)
そう思いながら俺は大勢の生徒に向かって笑ってごまかしてみた。
この学校には、生徒の理解をさらに深めるために、自分で問題を作ることができる。作った問題はデバイスが確認するため、問題が間違っている可能性はゼロである。だがしかし、問題はそこではない。
プロではなく素人同然の生徒が作る問題だ。いい問題であれば楽にテスト勉強ができるが、逆もまた然り。散々頑張ったのに全く頭に入ってこない、なんてのは、よくある話だ。
しかし、彼女、坂木結衣に関しては別である。彼女が作った問題は先生さえ喉から手が出るほど欲しがるような逸品だ。彼女の友人や先生が厄介ごとを避けるため、公開を止めさせているからまだほとんど出回っていないが。
「え?いいの?」
俺がそういうと彼女はにっこりと笑って二人だけの内緒だよ?とささやいてきた。
俺が少しドキッとした隙に彼女はおもむろにデバイスを取り出し、俺宛に添付付きメールを送ってくれた。
「ありがとう!早速つかってみる」
俺がそういうと、彼女は満足そうに友人たちの元へ帰っていった。
(はあ、本当にいい人だな)
俺がもう一度ため息をつくと、彼女が心配そうに近づこうとするので笑顔で手を振って制止する。
(ふう、さて、やるか)
俺は学校のカバンからBWBS用の少し多きめのデバイスを取り出した。これまた真っ白である。
そのデバイスを耳に掛け、スイッチを入れ、目の前に画面が表示される。メニュー欄を開き、さっき彼女から送られてきた問題のページを開く。
(よし、行くぞ)
その言葉と同時にスタートのボタンを押す。視界が一瞬真っ暗になって、瞬時に光を取り戻す。目を開けばそこは、まるでゲームやおとぎ話に出てきそうなくらい、美しい、ファンタジーの世界だった。
その世界では俺の姿はいつものありきたりな制服ではなく、白い革製の鎧に身を包み、左の腰には一本の、鉛筆をモチーフにした剣のようなものを携えている。刃渡りは60センチほどだろうか。
(よし)
深く深く呼吸し、気合を入れる。
「そろそろか」
瞬間、目の前に数式が書かれていく。光の粒子によって描かれるそれはまるで魔法のようだった。
そして、数式が徐々に形を変え始め、ゲームでよく見る魔物の形を成した。
「小型のヒト型レベルか、まずは基本ってことですね!」
これこそがBWBSの本質である。この学校ではデバイスを使用する際の問題は『問スター』と呼ばれている。もちろん、簡単なほど弱い問スター、難しければ強い問スターとなって現れる。つまり今俺が相手にしている問スターは最弱クラスの超基本問題である。
そしてこの問スターの処理の仕方だが、生徒には一人一人個別の武器があり、そこに正解の回答を自らの武器に込めて攻撃、回答するのだ。
つまり数学の問題なら。
「(2x+4y)(5x+2y)だから」
頭の中で式を展開すると、目の前に光の粒子によって形成された、文字が描かれる。そのまま途中式を思い浮かべ、答えを作る。己が答えであることを認識した式が、鉛筆型の剣にまとわりついてくる。
(これを問スターにぶつけるっっ!!)
ズガッ!魔力を帯びた剣が問スターを切り裂くと同時に問スターは光の粒子になって、ピンポーン、というありきたりな正解音と引き換えに消える。
「よしっ」
休み時間はあと15分、最後まで到達できるのか。
それから、5分ほどでゴブリンレベルの問題をあらかた片づけ、もう少し上のレベルの問題を2問ほど解いたころ、坂木さんからメールが来た。
『そろそろやばいから最後の問題までとんだらどうかな?』
時計を見れば休み時間はあと5分、たしかにやばい。
『オッケー、ありがと!』
と、足早にメールを打ち、ポケットの問題が書かれた洋紙を取り出し、最後の発展問題を指さし、念じる。
(飛べ!)
すると、体が青い光に包まれ、視界が一瞬暗くなり、目を開くと最終問題の前に立っている。
「よし、来い!」
キーンコーンカーンコーン。
これまたありきたりなチャイムが鳴り、生徒たちに授業の5分前を知らせる。
「ふぅ」
予鈴によって強制的に現実に戻され、最後の問題を何とか解いてヘトヘトの俺の隣に立っていたのは、またしても彼女、と思いきや。
「何やってんだよ、蓮」
「いやー、がんばってるなあ~と思って」
こいつは俺の唯一の男友達、桐藤蓮だ。茶髪で目立つ、クラスのムードメーカーだ。
そう、俺には坂木さんと蓮の二人だけが友達なのだ。
「蓮、お前テスト大丈夫なのか?」
「全然オッケー!勉強してきたもんね~」
こいつはこれで本当に高得点だからムカつくのである。
「あっそ、じゃあ席戻れよな」
「ちぇ~、なんだよ冷てぇなあ」
そういって彼は唇を尖らせながら渋々自分の席に戻っていった。
そうこうしているうちに本鈴が鳴ってしまった。テストが始まる。
本鈴と同時に教室に入ってきたのは熊切高校BWBS科担任教師の山選一。彼は熱血というわけではないが、冷めているわけでもない。まあ普通の高校教師だ。
「テスト用紙をメールで送信する。デバイスを装着しろ」
山選がそう言うと、クラス全員がデバイスを装着した。
「それでは、テスト開始!」
その声で送られてきた問題を高速で開き、取りかかる。
テストは国語、英語、数学といった順に行われる。
国語、英語、数学が順当に進んだころには午後六時を回っていたが、外はそれほど暗くはなかった。
いつも通り三教科のテストが終わったので、生徒たちは皆、また俺自身も下校する気満々だったのだが、そうはいかないようだった。
テストの回収を終えた山選がこう言ったのだ。
「今から呼ぶ生徒はこの後職員室にきてくれ」
そして呼ばれた者の中には、俺の名前があり、坂木さんや蓮、その他にも5人の、計8名が指名された。
「何なんだろうな」
職員室への道で蓮が疑問を口にした。
「大丈夫だよ、すぐ帰れるって」
俺たちと一緒に呼ばれた女生徒の一人、名前は確か、桜綾子だったか。彼女が蓮に答えた。
「だといいけどなー」
蓮が素っ気なく答えた。
確かに呼び出されるようなことをした覚えはない。
そんなことを考えていると職員室に到着していた。
「失礼します」
坂木さんが職員室のドアをノックした。
すると山選先生が出てきて、俺たちをカウンセリングルームに案内した。
カウンセリングルームでは、山選に対して8人が一列になって座っている。
「君たち熊切高校の生徒はこの学校で政府からの実験を受ける代わりに、協力費として生活費に困らないくらいの金額を受け取っている。寮も無償で使えているな」
みんなが頷く。
「ここにいる君たちには、さらなる実験に協力してほしい」
みんな驚いている中、坂木さんだけが冷静に質問する。
「先生、それは強制的なものですか?」
「いや、もちろん参加は自由だ。しかしこの実験に協力してくれたら、これからの高校生活三年間、授業料や私物を買うお金も全面的に免除しよう」
これにはさすがに坂木さんも驚いた。
「本当ですか」
「ああ、もちろんだ」
本当なのはいいが、問題は実験の内容だ
「先生、実験の内容を具体的に教えてください」
俺の質問に先生が答える。
「ああ、この試作型の新型デバイスを使ってこれから一週間生活してほしい。今までのデバイスをこれに置き換えるだけだ」
「そのデバイスって、どんなものなんですか?」
「これは使用者の脳の限界を測定し、最大限の実力を発揮させることができる。つまり、記憶力の向上だ」
「あ、安全なんでしょうか」
桜さんが心配そうに聞く。
「残念ながら完全に安心とは言えない。もしかしたら精神に異常が出るかもしれない」
みんなの顔が不安で歪む。
「しかしもちろん、そんなことが起きないよう、我々も最大限の努力をしよう」
しかし誰も手をあげない。正直俺だって怖い。
そんなことを考えていると先生が話を終わらせようとした。
「そうだな、みんなまだ高校生だからな。わかったこの話は他の人物には黙っていてくれ」
「やります」
みんなの視線が声のほうに集まる。
「やります。やらせてください」
「やってくれるのか、坂木さん」
「はい」
「ならこの後も少し残れるかな、詳しく話したい」
「お願いします」
彼女のやる気は本物だったが、その小さな手はかすかに震えていた。
その出来事があった週の週末の放課後、あの日呼ばれた八人はまたカウンセリングルームに集まっていた。
坂木さんの実験は順調のようで、今日の最終試験さえ突破できたら実験終了だ、という話を聞かされ、今日の最終試験の協力者が必要だと言われた。
「何人必要なんですか?」
蓮が聞くと山選先生は即座に答えた。
「二人は欲しいところだ。もちろん報酬は払おう」
やはり誰もやろうとしない、だから。
「俺やります」
言ってやった。実験が危険なことはわかっているし、怖いことも確かだ。でも俺はいつも彼女に助けてっもらってばかりだから、今度は助けてあげたかったのだ。
「じゃあ俺もやります」
蓮が言った。
「いいのか?二人とも」
「何言ってるんですか、もちろんですよ」
「本当か、ありがとう」
そのあと、実験の内容の説明を受けた。
実験は、大学入試レベルの超難問を三人で解く、というものだった。
「難問を出された時にデバイスがエラーを起こさないかの実験だから、俺たちはサポートともしもの時の種だってよ」
蓮が言った。
「俺たちの仕事なんてないほうがいいよな」
「そうだな」
少し時間があったので、俺は何となく疑問を聞いてみた。
「なんで実験に協力したんだ?」
蓮は答える。
「まあ、お前に協力したい気持ちが半分、あと半分は下心かな」
蓮が恥ずかしそうに言うので少し笑ってやった。
俺たちが実験会場に入った時、坂木さんは既に仮想世界の中にいた。
「緊張してきたな」
蓮が言った。
「俺も緊張してきた」
そう話す俺たちの背には真っ赤な夕日が沈みかけていた。
「実験を開始する」
仮想世界にいる俺たちに、現実世界にいる山選先生が言った。
今、仮想世界にいるのは俺と蓮、あとは新型のデバイスを使っている坂木さんだけだ。
「気ぃ、引き締めていくぜ」
「おう」
目の前に大型の竜のようなものが徐々に形成されていく。
「坂木さん大丈夫?」
「うん、行こう」
結果はあっさりしたものだった。
新型のデバイスで一週間勉強していた坂木さんによって、難関大学入試レベルの問題が五問、二十分で解かれた。
「全問正解だ」
答え合わせを終えた先生が言った。
「実験は成功だ、全員戻ってきてくれ」
「よかった、何も起きなくて、にしてもすごいなそれ、俺も欲しい」
安心して蓮が言ったその時。
「あれ?なんでだろ、先生!メニューが開けません!」
途端に緊張が迸る。
「何?技術班、どうなっている?」
「はい!短期間に過度な学習と実戦を行ったため、試作段階のバッテリーがキャパオーバーを起こしました!」
「今すぐ電源を切れ」
「無理です!このまま電源を切ればデバイスの熱で彼女は視力を失ってしまいます!」
「熱い、頭が熱いです先生!」
「坂木さん!」
戸惑っているだけの俺と蓮に、先生は指示をした。
「二人とも!彼女の胸の真ん中辺りにある、フリーズシステムを起動するボタンを押してくれ」
呆然と立ち尽くしていた蓮が我に返った。
「行くぞ!時雨!」
「おう」
事態は何とか収束した。
坂木さんは無事に現実世界に戻り、俺たち二人も無傷で済んだ。
結局新型デバイスの開発は中止となった。まあ、当然だろう。
それと、これはあとに聞いた話なのだが、坂木さんが被験者に志願した理由は、入院中の母親の手術費を稼ぐためらしい。学校側はとりあえず、手術費は提供するらしい。
そして今、俺と蓮は大事をとって学校を休んだ坂木さんの家にお見舞いに来ていた。
「具合はどう?」
「蓮君、ありがとう、大丈夫だよ」
持ってきたリンゴを渡す。
「時雨君も、ありがとうね」
「おう」
「ごめんね、迷惑かけちゃって」
彼女が泣きそうになる。
蓮が少し席を外した。二人きりになってしまった。空気が重い。正直つらい。
でも。
(ここが大事だ、次を間違えたら、多分やばい)
意を決して、話す。
「大丈夫だよ、みんな無事だったし、何より、坂木さんが無事だった」
「うん、ありがとう」
少し間。
「あのね、時雨君」
「何?」
「今度からは、坂木さんじゃなくて、結衣って呼んで」
窓から入る夕日を背にした彼女の笑顔は、俺にはあまりに眩しかった。
「うん、わかった結衣さん」
「これからもよろしくね、時雨君」
見ていただき、ありがとうございました!