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 夜の理科室ほど、怖いものは無い。口を三日月の形に吊り上げて笑う人体模型。得体の知れない薬品達。

 そして、気のせいだとは思うが、先程から背中に感じる視線。

 首筋に、じぃぃぃ、と、突き刺さるように。

 もちろん、それは周りにいる友達ものではない。生きているものには出せない、ちりちりするようなそれは、学校に入った時からずっと感じていた。

「……誰よ、学校で肝試ししようとか言った奴……」

 呟く私に、「まあまあ」となだめの言葉が入る。

 明かりは手持ちの小型ペンライトと月の光だけの為よく見えないが、ひそかにくすくす笑いが聞こえる。

「夏っぽいことしようぜ!」という男子の一言で集まった近所の三人に、ほら人数少ないとつまらないし、と無理矢理連れだされた私。こういうのは、苦手なのだ。

「てゆーか、ナツそれ何? みんな手ぶらなのに、ナツだけペンライトと……小袋?」

「いいじゃない。念のためよ、念のため」

念のため晩御飯のお赤飯についていた塩の小袋をひとり握りしめる。

「その台詞を言った時点ですでに何かのフラグがたってるよ、ナツ」

 そうなのか。じ、自分で雰囲気を盛り上げるって大切だよね。

 一人頷く。誰かからの視線は消えない。

「うー、大丈夫、お化けなんていないんだから。出たとしても塩、持ってきたし……」

「だからそーゆーのをフラグって言うんだって」

 ふたたび、喉をくすぐるような、それでいてどこかぞっとするような笑い声。

 そっと後ろを振り返るが、そこでは当然の如く、気味の悪い人体模型が静かに、まるで罠にかかる餌を待ち構えるように笑っているだけだった。

 昼間は、こんなに怖いだなんて思わないのに。

 と、一瞬、模型が口元を更に吊り上げたような気がした。

「――っ!」

悲鳴が声が一筋、背筋も凍る。

 腕を触れば、一面に鳥肌ができていた。ざらざらとした感触、自分のものじゃないみたいだ。

 生ぬるい空気が、私をやんわりと、誘っているかのように包み込む。肺が少し薬品くさいそれで満たされていく。一つ息を吸うたびに、自分の中身が黒く、黒く染まっていくような気がした。

 いやいや、と首を振る。

「……わ、私は虫に噛まれていないか確認しただけだよ? 幽霊だなんて、ばかばかしい……」

みんなには聞こえないよう、小さくつぶやく。

 みんなは(・・・・)

 フラグの話から、何の声も返ってこない。人体模型から目をそらし、辺りを見渡す。

 人影はなかった。人の気配、つまりみんなと一緒にいる時の安心感や安堵感も、いつの間にかこの空気に押し流され、消え去っていた。

 ひょっとして私――置いて行かれた?

 カチ、カチと時計の音が鳴り響く。

「ケンちゃん? サキ? ゴンくん? ア……」

 周りの空気はどこか張りつめていて、上の方から何かがこちらをじぃぃぃぃと見つめている気が―――――

「ナツ? いつまでそこに突っ立ってんのさ。はやくきなよ」

驚いて声のした上の方を見ると、天井に開いた正方形の穴から髪の長い女子が姿を見せる。手に持って彼女の顔を照らしているのは、理科室の必需品、アルコールランプだ。

「あ……」

「そうですよ、アカネさんですよー?」

 私の台詞を先回りするようにして、アカネはニッと笑った。

「やっぱり肝試しと言えば怪談。怪談と言えば百物語、百物語と言えば天井裏よね。雰囲気出さなきゃ。そこに梯子があるから」

暗くて気がつかなかったが、明かりに照らされてなるほど、縄梯子の姿が現れる。

 私は今度こそ置いていかれないよう「待って」と言いながら白くてかたいそれを掴んだ。

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