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81のルールブレイク 03

 碧佐へきさに手伝ってもらい、居残り作業の終わりが見えてきた頃、不意にブブブと音が鳴った。音の発生源を探るべく三人ともがごそごそと自分のケータイを取り出す。

 どうやら鳴ったのは俺のケータイらしい。画面にレアからの新着メールを知らせる表示が出ていた。

 いわく、「まだいる?」と。どうやら図書室での今日の分の自習が終わったようだ。ぱぱっと返信しておく。

「レア様かな?」

 相変わらず一切手伝う気のない葦原あしはらがニヤニヤとしてみせる。

 しかし俺にとっては別に面白いことでもない。つうか帰れよメガネ。

「他に誰が俺にメールすんだよ」

「え、いや、いるでしょ……親とか取引相手とか」

「親は仕事でいねえし、今は急ぎの取引もねえ」

 昨日の放課後にするはずだったトレードは今日の昼の間に済ませてしまっている。レアリティの高いカードではないが、絶版カードが悪くない状態で手に入ったいいトレードだった。

「クズくん、僕ら以外に友達いないの?」

「いたらお前とつるむわけねえだろ」

「うわ、ひっど」

 この手の話題はどうも苦手だ。文句を言いながらけらけらと笑う葦原はまだ無視できる。どうせ何を言おうが笑って流すだろう。昨年度も同じクラスだったし、それがわかる程度には付き合いもある。冗談の通じる間柄というやつだ。

 だが、もう片方はそうもいかない。

「ほわ、くぅさん、友達いないんですか?」

 ほらみろ、上目遣いになりながら哀れみの目を向けてくる中ボスが現れた。童顔メガネが余計なことを言うからだ。

 さてどう答えるか。

「……他にいねえのは事実だが、俺は別にこれでいいと思ってる」

 三秒で考えた返答にしては上出来なセリフを、検討する暇もなくそのまま言葉にする。態と不完全な答えを返すのは次の相手のセリフを誘導するためだ。思惑通り碧佐の口が開く。

「どうしてですか? 友達は多い方が」

「多い方がいいって考えも理解できるが、俺は量より質って考えだからな」

 言いかけた碧佐のセリフのこのタイミングで被せるように続きの答えを返す。そして、とどめに相手を持ち上げる。

「お前みたいな気遣いのできる優しい友達が一人いりゃ充分なんだよ」

 ついでにぽむぽむとヘアピンだらけの頭を撫でてみた。演出が過ぎるかも知れないが、ここまで誘導すれば流石に何も言い返しては来ないだろう。

「そうですか……」

 と、こんな感じだろう。さすがに中ボスは難易度が高いとはいえ、突破できない相手ではないな。ラスボス(レア)がこの手の言い訳が必要な質問をしてきた時はよほど上手く言わないと誘導できないことがままある。むしろ誘導がバレると逆に面倒になる。

 しかしまあ、我ながら上手い言い訳だ。やはり言い訳は演出込みに限る。言葉だけで納得させられる言い訳を考えるより随分楽だ。

 葦原がまだニヤニヤしているが無視する。

「わかりましたっ」

 意を決したような碧佐の声に、再び彼女の顔に視線を戻す。

 碧佐は同級生の女子たちと比べて小さめの手をぎゅっと握り、ニヤニヤする葦原に気づくこともなく、ただ必死にこうのたまった。

「くぅさんも、れぇちゃんみたいに名前でノイと呼んでくださいっ!」

 いや……。

「その気遣いはいらねえ……」

「ほわゃっ!?」

 今日は良く出るな、その鳴き声。

「ううう、な、なんでですかぁ……」

「泣くなよ……」

 碧佐の顔は教室を間違えた時よりも酷いものになっていた。しかし何故か可愛い。酷い顔が可愛いとは一体どういうことなのだろうか。我々番組スタッフはその謎を解明すべく専門家の葦原氏にお話を伺ってみない。

 一息。

「俺の中ではお前の呼び名はもう『碧佐』で固定されてんだよ。今更変えたら変に意識してるみたいになんだろ。周りにもそう見られる」

 レアは幼馴染みだからで通るが、碧佐はそうはいかない。おや、呼び名が変わってるぞ、もしや……と思われでもしたら最悪だ。

「い……でも、みんなノイちゃんノイちゃんって呼んでくれますしっ!」

「そりゃお前がみんなに好かれてるからだろ。だがたとえ相手を気に入っていても接し方は人それぞれある。俺は俺、他人は他人ってやつだ」

 自分を他人と比較するのが苦手な俺は、それと同時に集団心理とやらも苦手だ。誰かがああしたから俺もこうする、なんて発想は出来ないし、たとえ生まれたところで実行はしない。

 我が道を行く、と言えば聞こえはいいが、実際は自分にアイデンティティーが無いのを気にしている臆病者だ。自分は自分、他人は他人……これは俺の根っこにある考え方でもある。この考え方が無ければ、俺はうに潰されていただろう。レアの、そして俺自身の手によって。

 何せ、TCGという俺の個性はもう何年も前にレアによって叩き潰されているのだから。

 今作っているTCGを、無事作り終えることができれば、そして十分に面白いと思えれば、俺は個性を取り戻すことが……いや、新しい個性を獲得することが、できるだろうか。

 希望的観測、か。

「わたしがっ……ううう」

 現実に意識を戻す。

 碧佐が何かを言いかけて、チラと葦原の方に視線をやってから、続きのセリフを飲み込んだ。まるで俺には言いたくて葦原には聞かせたくない文句があるかのように。

 葦原は葦原で未だにニヤニヤを継続している。よし、こいつのアダ名はニヤニヤ王子にしよう……なんかハニカミ王子と似てるな。似てねえけど。

「ううう、れぇちゃぁん……」

 俺が無駄な考え事をしている間に限界がきたのか、碧佐はついに泣きながら教室を出ていった。レアの名を呼びながら出ていったということは、図書室にでも向かったのだろう。

 俺は残り少なくなった化学のプリントに手を伸ばす。

「良かったのかい?」

「何がだよ」

「決まってるでしょ、ノイン氏のことだよ」

 ニヤニヤ王子がようやく真面目な顔になって俺に問うた。

「……レアにフォロー頼んどくか」

 碧佐が泣きながら向かったことをメールで伝え、ついでにフォローも依頼する。すると、どうやらちょうどケータイを触っていたらしく、数秒で返事が来た。

「……やだ、だとよ」

「あっはっはいてっ……」

 笑い出したのがムカついたので一発叩いておいた。

「クズくん無駄に乱暴だよね、インドア人間のくせに」

「性格にインドアかアウトドアかは関係ねえだろ」

「そんなことないと思うけど」

 それはそれとして、と葦原が話題を戻す。

「ノイン氏のこと、想像力豊かなクズくんが気付いてないとは思えないんだけどなあ」

「なんのことだよ」

「その返答は言っていいってことかな?」

 …………。

 黙る俺に葦原が鼻を鳴らした。それから咎めるように、なじるように言葉を続ける。

「僕が助け船を出しても蹴り飛ばすし、自分でなんとかする気なのかと思ったらそれもしないし、本当何がしたいのさ、君は」

 聞こえないフリをして最後のプリントを束ね、ホチキスで留める。

「……うし、終わった」

「友人の忠告を無視だなんて、いい度胸だよね、君も」

 ……も、だと?

 と、俺が葦原の言い回しに疑問を覚えたその時、葦原の顔の向こうでガラガラと再び教室の戸がレールを滑った。

「あ、いたいた先輩」

「やいちゃん捕捉!」

 開いた戸を通って、二人組の女子生徒が無遠慮に侵入してくる。一方はのんびりした調子の声で葦原を先輩と呼ぶ女子、他方はドヤ顔で一足飛びに葦原の背後に回りポーズを取りながら親しげにやいちゃんと呼ぶ女子。どちらもやや背が高く、猫目で、肩ほどの髪を後ろで一つに結んでいる。そして何より、表情や姿勢に大きな差はあったが、顔の特徴も体型もそっくりだった。

 襟元にチラと見えた学年章は、どちらも一年生であることを示している。もしかしなくても双子のようである。

「……何かな」

 心底嫌そうな表情をした葦原の問いに、のんびりの方がのんびり答える。

「部室に来ないので、迎えに来ました」

「迎えを頼んだ覚えはないよ……」

 珍しく葦原の言葉に力がない。諦めの感情を隠すつもりもないのだろう。

「すみませんがやいちゃん貰っていきますね! さあ回収!」

「それ回収」

 ドヤ顔の方がドヤ顔で俺に一言挨拶をして、二人は葦原を連行していった。背の高い女子に連れられる背の低い男子の惨めな背中は、意味もなく俺の網膜に焼きついた。

 部室に来ないとかなんとか言っていたということは、報道部の後輩だろう。名前を聞けなかったので取り敢えず猫目ツインズとでも呼ぶことにする。ただし呼ぶ機会があればだが。

 あっという間に葦原が回収されてしまい、俺がなすべき作業も終わった。これ以上この教室に居残る理由はない。カバンを肩にかけ、束ねたプリントの山を抱え、伏見教諭のいる化学準備室に向かうことにする。

「何がしたいのか、か」

 ついさっき葦原に言われた言葉だ。廊下を歩きながらぼそぼそとつぶやく。周りの教室からは金管の音が響き、俺の声は誰にも届かない。届かせる気もない。

 猫目ツインズが現れる直前、俺が耳聡く捉えた、たった一つの助詞。その意味に、俺の想像力は思い至っていた。葦原自身が認める想像力だ、今頃自分の失態に気づいて舌打ちでもしているだろう。

「それを言うならお前の方こそ、どっちの味方のつもりなんだよ」

 鳥か獣かはっきりさせる気もなく、ただ面白がって煽っているだけなら、そんなコウモリに俺の心の内を見せる気はない。

サンボの『これってなんじゃ』のコーナー


 ひまじゃー。出番ないとひまじゃー。

 こっちの出番はノーカウントじゃ……。


・メタ

 カードゲーム用語の中でこの言葉ほどややこしいものは、あまり聞かんのう……。ベンゼンの一つ挟んで隣にくっついているアレじゃ……冗談じゃ。

 この言葉はTCGにおいては主に二つの意味で使われとる。一つはカードプール(後述)の中で特に人気なカード、コンボ、デッキのことじゃの。公式大会などで頻繁に出てくるような、誰が使っても良い成績を残せると予想できるもの、それをトップメタと呼ぶ。

 もう一つはなんらかの特徴や傾向に対してそれを封じたりデメリットを与えたりするようなカードのことじゃ。例えば第1部の冒頭のような、手札を捨てさせるカードに対して、捨てられたら場に出るカードみたいにの。特にリアクションするカード類をメタカードと呼ぶこともある。

 どのようなデッキであろうと、メタに対する対策を怠ると、それで勝ち続けることは難しいじゃろうの。


・カードプール

 TCGにおいて、手に入り得る全てのカードを表す言葉じゃの。どのカードがどれほどの手に入りやすいかは無視した概念じゃ。

 何に使うかというと、一つは禁止カードの基準じゃの。手間と金がどれほどかかるかは別として、こんなコンボやあんなデッキを組み得る、もしそれが強すぎるならば制限を設けなければならない、という風にの。

 もう一つはデッキの構築じゃの。公式大会などで頻繁に出るトップメタを構築したい、あるいはそれに対策をしたいという場合には、当然ながらトップメタを知る必要がある。この時にカードプールを確認すれば、どのようなデッキがトップメタとなるかを調べられるわけじゃの。

 とはいえ、レアカードばかりの強いデッキを組もうと思わば、相当な資本が無いと難しいじゃろうがの。

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