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81のルールブレイク 02

 ガラガラ、とレールを滑る引き戸が雑な音を廊下に響かせ、それと同時に、息を切らした女子の声も耳に届く。


「くぅさん!」


 それからしばらく硬直したような間を挟み、やがて「し、失礼しましたっ」という焦ったような恥じたような調子の、先ほどと同じ女子の声が隣の教室から聞こえてきた。

「あいつ教室間違えてんぞ……」

「相変わらず慌てん坊だねえ……」

 そこが可愛いんだけどさ、と葦原あしはらがメガネを指で持ち上げ光らせた。狙ってやってんのかそれ。

 今度こそ俺と葦原が居残る教室の引き戸が開かれる。顔を見せたのは想像過たず、美術部員の碧佐へきさだった。肩を下げて気落ちしている彼女は、犬の耳と尻尾をつけてもへたり込みそうなほどの陰鬱さを纏っている。

「く、くぅさん……」

「おう、隣の教室の様子見ご苦労さん」

「それは、スルーしてください……」

 練習していた吹奏楽部の連中も驚いただろう。

「やあ、ノイン氏」

「ほわ、クック氏」

 葦原が声をかけ、やっと碧佐がメガネの存在に気づく。いぇーい、と笑顔でハイタッチまでしていた。さっきまで凹んでいたのはどうしたのか。というかお前ら、ハンドルネームで呼び合うな。

 まあこの通り、碧佐へきさ乃以のいという女子は感情が、表情が、目まぐるしく変わる、文字通り慌ただしいやつである。これでいつも無表情のレアと気が合うというのだから、人間関係とは不思議なものだ。合縁奇縁、というやつだろうか。

 碧佐は女子の中でも特に身長が低い。地毛らしいグレイッシュブラウンの短いくせ毛を十数本ものヘアピンで留めた重そうな髪や、人に合わせて歩こうとするたびてっこてっこと小走りになる短い手足、そして小学生よりも真っ直ぐじゃないかと噂されるほど起伏のない胸が、女子を含む一部の生徒の間で人気らしい。葦原に聞くまで知らなかったが。

 劣等感を隠し切れてない辺りがすごくそそる、とはいつかの葦原の言葉だ。ゲスにしか聞こえない。

 そんな相手とハイタッチ(ただし葦原の手を叩くために爪先立ちでピンと腕を伸ばしていた)を嬉しそうに交わしていると思うと、碧佐のことが不憫に思えてきた。おいメガネ加減しろ。

「……で? 碧佐は何か用があって来たんじゃないのか?」

 声を掛けてやると、碧佐が勢いよくこちらに振り向いた。

「そうそうそうそうなんですよぉ! れぇちゃんが……」

 そこで碧佐は言葉を止め、口をへの字に曲げて目に涙を浮かべた。よほど怖い思いをしたのだろうか。

「レアはなんて説明したんだ」


「れぇちゃんが、くぅさんが作ったカードゲームにつける絵を描かせてくれるって……」


 無言で葦原を睨む。おい、ちゃんと伝わってんじゃねえか。

 葦原は笑みで応じる。可能性を示しただけだよ。

「あぅ、嬉しくて涙が……ありがとうございますぅ!」

 不意に碧佐が腕を伸ばして飛びついてきた。接触と同時に腹部と胸部が衝撃を受け、小柄でもそれ相応の体重が碧佐にもあるのだと理解する。そのまま椅子の背に激突して瞬間的に肺が圧迫され、中の空気が半分吐き出される錯覚に襲われた……というか痛い。

 首に巻かれる細く短い腕、腿には制服のスカートからはみ出た膝小僧が乗り、左肩では心底嬉しそうな涙混じりの笑顔がその重みを預けてくる。少し頭を動かせばぶつかりそうな位置に碧佐の顔がある。要するに近い。

「……そんなにか」

「そんなにですっ」

 弾む声音からそれが本心であることが察せられる。

 なんというか、これは……葦原の言う碧佐の人気とやらに理解が及んだ。これでさらにデレデレに甘えられでもすれば、失礼にもロリコンに目覚めてしまいそうですらある。つうかニヤニヤすんなメガネ、超うぜえ。

 碧佐が小動物に例えられていたのは、慌ただしい性格や小さな体型だけでなく、このスキンシップの激しさも大きな要因なのかもしれない。こういうところはどこかサンボにも似ているところがあるな。ただしこっちは可愛いが向こうは鬱陶しいという違いを含む。何故こうも違うのか。顔じゃねえよなあ。

「……碧佐、嬉しいのは分かったからもう降りろ。作業が進まねえ」

「ほわ、お邪魔して申し訳ないですっ」

 碧佐が飛び降りるようにして離れる。

「そうだよ、それにクズくんはレア様一筋だからね」

「そそ、そうなんですかっ」

「ねえよ。葦原、お前は一旦黙れ」


 碧佐を葦原の隣に座らせ、一先ず現状で決まっている企画案について簡単に説明する。といってもテーマやら世界観やら簡単にする意味もないほどの内容だ。作業をしながらでも分針が動かないうちに説明が終わった。

「いいね、宗教戦争。聞いただけで筆が踊りそうだよ」

「だろうな」

 それは若干狙い通り。葦原はこの手の世界情勢だなんだって話が嘘でなく好きらしい。高校生でこんな人間珍しいが、全くいないわけではないという一例である。

「ファンタジーの絵は得意ですっ。それに信仰のイメージを反映させればよいですよねっ」

 直前の反応で分かっていたことだが、やはりこちらも乗り気のようだ。

「碧佐にイラストを頼むのは粗方のルールを詰めてからになるが、キャラクターデザインは指定があるのとないのとではどちらがやりやすい?」

「どちらでも構いませんよぉ! くぅさんのイメージも尊重したいですし、口出ししたいところで適確に口出ししてくれればよいですっ」

 バンバンと机を叩いて楽しそうに言う。拳を握っているせいかあまり大きな音は出ていないが、本気の程は伝わった。

 どうも碧佐に俺の能力の程度を勘違いされている気がするが、何故かやり遂げなければならない気になってくる。

「色の一つに科学信仰ってのがあるが、それも平気か?」

「もちろんですよっ」

 いい返事だ。

「科学の灰には種族としての人間をメインに登場させたいよね。人間と、それから機械の戦力、様々な兵器……。逆に他の色には人間は少なめにするとか」

「独り言なら他所でやってくれ」

「いや、おかしいでしょその対応の違いは」

 まあいいけどさ、と言いながら葦原がメガネを押し上げる。今度は碧佐の目元の辺りに反射光がちらつき、遅れて彼女がわずかに目を細める。やっぱ狙ってやってたのかそれ。

「それでその、Magicとの大きな差別化? ちゃんとできそうなの?」

「ああ、いや、今のところは何も」

 そもそもざっくり変化をつけたいとまでは考えたが、前例のないものがそもそもあまりない。何かしらどこかしらですでにあるものを切り貼りするだけでは、オリジナリティのないものになってしまう。

 じゃあさ、と葦原は提案する。

「例えば、カードゲームプレイヤーの心の中に巣食ってる大前提みたいなものを捨ててみようよ」

「大前提、ですか?」

 首をかしげる碧佐に葦原が苦笑する。

「えっとね、ノイン氏はプレイヤーじゃないからあまりイメージ湧かないかもだけど」

「例えばMagicには基本となるルールがあるだろ?」

 手番制であること、ライフを削りきったら勝ちであること、一手番に一枚手札を補充すること、一手番に一枚まで土地を置けること、などがそうだ。これらのルールはそのままカードの強さの基準を表していて、それと同時にコストをどれほどに設定するかの指標にもなっている。

 この基本のルールを大きく変えることで、元にするものが同じでも全く異なるプレイ感を作ることができる。これはレアとの会話でも一度は説明したことだ。

「えと、はい」

 頷きながらも分かったのか分からないのか微妙な顔をする碧佐。仕方がないので例を挙げてやることにする。

「毎手番一枚どころか二枚も三枚も補充できるようなルールにしたり、ライフみたいに点数で管理するのでなく成功した直接攻撃の回数で管理したり」

「一つのデッキ同士で戦うという前提を崩してそれぞれ二種類のデッキを用いて戦ったり、あとはカードのみで遊ぶという前提を崩してマーカーやカウンターが必要なルールにしたり、なんてのもあるね」

「あー……そういえばありますね、そんなTCG」

「逆に言えばこの程度の発想ならどこでもやってるっつうことだが」

 葦原の方に視線を向けると、腕を組んでうんうんと頷いていた。

「でも、まだ崩されたことのない前提が残ってるんだよね」

「ほう」

 確かに、今碧佐に説明していて俺も気づいたことがある。あっ、と声を上げたところを見ると碧佐もそれに思い至ったらしい。

「手番制が残ってます?」

「その通りだよ、ノイン氏」

 手番制とは、プレイヤーが交互に手番を得てゲームを進めていくルールのことだ。稀にカードの効果で手番をスキップするものなどがあるが、基本的には先後の差以外ほぼ平等にゲームが進行するという利点がある。難点はその先後の差が最後まで埋まらないことだ。

 日本に存在する現実のTCGは例外なくこの手番制になっている。

 しかしこの手番制を崩すとなると、ネット上やボードゲームでたまに見かけるような周回制や同時制、あるいはリアルタイム制にすることになる。もしこれらを採用しないなら存在しないとさえ思える全く新しい別の制度を作るしかない。

「……無理じゃねえか?」

「無理とは言わないけど、まあ厳しいね」

 厳しいのかよ。

「ほわゃ……」

 なんだそれ鳴き声か。

「うん、Magic派生のTCGで崩されてない前提って実は手番制とは別にもう一つあってね」

 リソースの配置速度。

 土地を、マナを、エネルギーカードを、ソウルストーンを、効果を除いて一手番に配置できるのは一枚までだ。これがあるからこそ土地ブースト系のカードは存在意義を持てるし、そして単純に強いとも称される。

「だからそれを毎手番好きなだけ置ける、ってルールにしてみる、とか」

 ね、と三度葦原がメガネを光らせる。

「それ、調整難しくないですか?」

「いや、できなくはない。少なくとも手番制を崩すよりマシ。なるほどな」

 こういう素人に難しい調整は、本来は企業が真っ先にやって見せるべきものなんだろうが。あるいはすでに挑戦して失敗したから、無理だと分かってしまったから世に出回っていないのか。

「できるできないは別として、それでやってみるか」

「さすがクズくん」

 俺そのさすがの意味分かんねえ。

サンボの『これってなんじゃ』のコーナー


 しばらくじゃの。出番が無い中でわざわざウチが言葉の解説をせんといかんのが意味わからんのじゃが、どうもかといってサボると方々からバッシングを受けるようじゃ……主にウチが。


・フレーバーテキスト

 ゲームのルールに直接関係の無い、世界観の解説や物語のような文がカードの中に書かれることがある。それをフレーバーテキストと呼ぶんじゃの。この文面を数百数千と書くだけでコピーライターとしての腕が向上すると作者は思っとるようじゃ。実際はどうか知らんが。


・リソース

 単語の意味だけ捉えれば「資本」「資源」というところじゃの。TCGにおいては、手札や土地など、カードを扱い動かすためのものを指す。手札ならば資本であろうし、土地ならば資源じゃの。

 残念なことにこれらはどちらもリソースと呼ばれるため混同しやすいが、カードゲームプレイヤーはきちっと使い分けて喋っとる。ややこしいと感じるかもしれんが、会話や文面の前後から推し量ってくれるよう協力願う次第じゃ。

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