81のルールブレイク 01
TCGに限らず、プレイヤーに頭を使うことを要求する対戦ゲームにおいて、強いと評される人物は頭も良い……という迷信がある。
そんなわけがない。
順番に考えていこう。まず、頭の良い人間は皆、以下の三つの能力を十分に備えている。
一つは想像力。何をすればどんな結果になるか、嫌な結果を避けるためにはどうすれば良いか。それらをより精確に検討する力は、人生の多くの場面で必要になる。チェルノブイリ原発事故や近代日本史における公害病など、この能力の欠如が原因だろうと思われる事件・事故は歴史上数多くある。
二つ目は論理的計算力。幾つかの物事を元にさらに別の物事を導き出す力があれば、何をするにもより良い効率でより大きい成果が得られるだろう。原因と結果の関係を式に見立てて演算する力、というとイメージしやすいだろうか。
最後は集中力。たとえ上記のような能力を備えていようとも、それらを十全に発揮させるためには瞬間的に、あるいは持続的に集中する必要がある。また、過度に集中してしまうと突発的な出来事に反応することが出来なくなる。必要な時に必要なだけ集中することこそが重要だ。
余談だが、ここに挙げた頭の良い人間の条件とも呼べる三つの能力、実はこれらは全て後天的な能力である。どれも非常に簡単な訓練を習慣的に行うことで誰でも身に付けることができる能力だ。言い換えれば、頭が悪いと自覚している人間でも、これらの能力が得られるよう努力すればいずれ評価されるようになると思われる。
また、上記の能力とは別に、頭の良い人間は善人である必要がある。悪人ならばずる賢いと言われ、善人でも悪人でもない場合は宝の持ち腐れと言われるだろう。たとえ能力があろうとも、他人のために使わなければ評価を得られないし、悪事に使うならば逆に評価が下がる。故に頭の良い人間は常に善人でなければならない。
さて、次はTCGに強い人間について考えてみようか。彼らもまた幾つかの能力を十分に備えている。
一つは相手の使うカードや取る選択肢から相手の手札やデッキ、果てはこれから練るであろう戦略まで読み通す力。
二つ目は自分の取れる選択肢と相手の反応から最善と思われる手を導き出し、判断する力。
そしてより強いデッキ、意表をつくデッキを自分のプレイスタイルに合わせた上で最良の形に構築する力。
どうだろう。これらはどれもさっきの三つがあればそれらの応用で獲得できる能力なのが分かるだろうか。それぞれ順に想像力、論理的計算力、集中力が主に必要な能力になっている。
じゃあやはりTCGに強い人は頭がいいんじゃないか? いやいや、まだ必要な能力があるだろう、彼らには。
大局観。これはミクロ思考とマクロ思考の両面で戦局を見、適切な判断を下す能力だ。ざっくり言うと視野を意図的に調節する力。視野が狭いままでは最善を見落とすだろうし、視野が広いままでは危険を見落とすだろう。
ハッタリ、撹乱。どちらも相手の心を揺さぶり、誘導する力だ。相手に最善策を取らせ続けていては勝つのも難しくなるだろう。自分の持っている秘匿情報を最大限に活かすためには嘘をつき相手を騙すことが必要になってくる。
そして何より、運が良い。といってももちろんそのままの意味ではない。幸運な状況でそれを最大限に活かし、不運な状況でそれに最良の手段で対応するからこそ、他人から見た時に運が良いように見えるのだ。
より一層頭が良さそうに見える? もう一つあるだろう、最も重要な能力が。
それは、TCGに傾倒する能力だ。
上に挙げた通り、TCGにおいて強いと評されるためには幾つもの能力が必要になる。頭が良いと評されるための三つの能力は簡単な訓練を習慣づけるだけで習得できるが、ゲームプレイヤーとして必要な能力はゲームをしなければ身に付かない。多くの能力を鍛えるためにはそれだけ多くの時間を要する。
つまりTCGに強い人間はその人生の多くをすでにTCGに注ぎ込んでいるのだ。そんな人間を外から見て「頭が良い」と呼ぶことができるだろうか。
彼らはTCGの世界の中ならば頭が良いどころか最早全知全能とも称されるべき能力を持っている。だがその能力のおよそ半分はその他のことに使えない、TCG専用の能力だ。それらの能力では他人のためになることなど出来ないだろう。
ただ単純に、愚直に、TCGと向き合い続ける彼らは……僕に言わせればTCGバカなのだ。そう、愛すべき愚か者である。
「そして僕は論理的計算力と集中力はそこそこあるけど想像力が足りない。だからシールド戦やドラフト戦が好きなのさ」
「そうかよ」
放課後の教室に二人で居残って作業をしながら、童顔メガネがどこかから持ってきたノートを開いてベラベラと語り出したのを適当に聞き流す。
作業というのは化学のプリントをひたすらページ順に並べて束ね、ホチキスで留めるというものだ。もちろん自主的にやっているのではなく、かのギョロ目先生に命じられてやっている。
いや、命じられたと言うと語弊があるか。ただ先生が俺の彼に対する負い目を利用して「頼みこんできた」だけだ。
「なんか反応薄いね、想像力に長けるクズくん。テンション低すぎるんじゃない?」
「化学のプリントを作ってテンション高くなるやつはいねえよ……」
「いやいや、どこかには化学大好き食べちゃいたいなんて人がいるかもしれないよ?」
葦原が言った途端、俺の頭の中で、伏見教諭が何やら化学物質らしき白い塊をバリボリ齧っている映像が流れた。
……いや、食べちゃいたいはねえわ。俺も俺でなんつう想像してんだ。
ちなみにクズというのは、俺の苗字の銑屋を捩ったクズヤというアダ名を、こいつがさらに捩って失礼極まりない響きにしたものである。端的に言うと不本意なアダ名だ。
この童顔メガネのせいで、今ではクズヤと呼ばれるよりもクズと呼ばれることの方が多い。
「それにしても気取った話だな」
率直な感想を述べると、葦原は眉を下げた。
「うーん。まあ僕が中学の時に書いた文章だしね。何年生だか忘れたけど」
「黒歴史ってやつか」
「んーん?」
何を思ったのか、手に持っていたノートをぽいっと放り投げてくる。
「別に誰に読まれようと恥ずかしくないから、よく言われる黒歴史とは違うんじゃないかな。内容はどれも小論文みたいなことを自己啓発本みたいな文調で書いてるけどさ」
「ほう」
葦原が放り投げたそれは、よくある大学ノートだった。表紙には大きなマルに2と書かれている。読むでもなくパラパラとページをめくると、幸福がどうとか平和がどうとかいった終わりの見えない話題から床掃除がどうとか自転車がどうとかいうどうでもいい話題まで、丁寧で読み易い字でクソ真面目にズラズラビッシリと書いてあるようだ。
「通し番号、これ何番まであるんだ?」
「今は6だね」
今は……?
……そういやこいつ報道部か。なるほど、ライター志望だったわけか。
何も言わず、ノートを返して作業に戻る。
「……真面目だねえ」
「何がだよ。つうかお前、さっさと部活行けよ」
言うと、葦原は眉を顰めてみせた。
葦原の所属する報道部は、いわゆる放送部と新聞部がくっついたような部である。昼の休憩時間に放送を流したり、あるいは毎月校内新聞を発行したりと、それらしく忙しそうにしている印象だ。
「まだ作業終わってないでしょ」
「お前は頼まれてねえんだよ。そもそも手伝ってねえし」
むしろなんだかんだ話しかけてきて邪魔だ。
「まあまあ。昨日も言ったけど、今月は新入生のサポートをするくらいだから別に行かなくてもいいんだよ」
そういやそんなことも言ってたな。
だからって俺の邪魔をして良いことにはならないが。
黙々と手を進める。
「……それにしても、レア様の要請で本当にTCGを作ろうとするなんて」
無言の圧力が少しは効いたらしく、そんな風に話題を変えてきた。
「無謀だって言いたいのかよ」
「ベタ惚れだねって言おうとしたよ」
ベタ惚れ……?
「何に」
「レア様に」
「ねえわ」
ねえわ。
頭の中で繰り返すくらいねえわ。
ねえわのリフレイン。
「傍から見ればバレバレなんだけどねえ」
「バレバレも何も、そういう感情がそもそもねえんだよ」
正確には消えたと言うべきだろうが、噂話のネタにされそうなことは言わないに限る。
「ふうん……? まあベタ惚れかどうかは置いといて、少なくとも無謀じゃないってことくらいは僕にも分かるよ」
「ほう」
「だってレア様もノイン氏も僕も協力するんだもん。一人ならともかく、これだけ人数がいれば、少なくとも作るまでなら難しくないよ」
ノイン氏……は碧佐のことか。確かネットでイラストを公開する際に”Neun”と名乗っていると言っていた。一目で高校生女子とは分からないシックな名前である。
「お前は協力する積もりかもしれんが、碧佐はまだ話してすらいねえぞ」
「何してんのさ、クズ」
「アダ名を呼ぶ振りして罵倒すんな」
四人で作るのが本当に良いことかは分からない。現状ではイラストを担当するであろう碧佐の負担が大きくなりすぎるし、カード開発に語り癖のある葦原を入れると主張の激しいカードが出てきそうでうぜえ。
とはいえ、俺の知り合いでイラストを頼めるのは碧佐だけであり、また葦原は効果やフレーバーのテキストを書かせるのに使えそうだ。仲間に加えない手はない。
「碧佐にはレアが声を掛けてる」
「ああ、そういうこと。……え、レア様ちゃんと話できるの?」
「いや、できるだろ。無表情なだけで無口じゃねえんだから」
レアは言葉が分かるのに意思疎通ができないという、いわゆるコミュ障と呼ばれるものではない。
しかし、いやいや、と葦原は苦笑してみせた。
「そうじゃなくて、レア様のことだからさ、説明もそこそこに強引に承諾させたりとかするんじゃない?」
……想像できる。
「いつも無表情で感情が読めないし、突然グイグイ勧誘されたら意図が分からずノイン氏は恐怖を感じそうだよね」
……それも想像できる。
どうかそうなっていないことを祈るばかりだが。
てってってっと、美術室から大慌てで来たのだろう、廊下を小走りに駆ける忙しない足音が聞こえてきて。
俺は、どうも想像通りらしいことを悟った。
今回のサンボの『これってなんじゃ』のコーナーはサンボがサボったためお休みです。