クズレア 04
昔からカードゲームが好きだった。小学生が自作のカードゲームを作って遊ぶなんてのは割と見られる光景だが、その中でも俺は異常な量を作っていたように思う。
小学校低学年では、当時あった子ども向けTCGのルールをごちゃまぜにしたようなカードを作っていた。作ると言ってもコピー用紙に鉛筆で、不正御構い無しのペラペラなカードだったが、しかしその枚数は800枚余りにも及んだ。今から思い出しても相当な狂い方である。
それ以外にも、親に買ってもらえない分のTCGは自分で作って代用したりもしていた。それぞれ複数のデッキが組めるように作った以上、やはりそれも合計すれば何百枚単位の枚数になる。
高学年になって作ったのが、富国強兵を目指すカードゲーム。マイアース(環境問題をテーマに据えたTCG)に影響されて思いついたもので、漫画のキャラクターが出たり歴史上の有名人が出たりと節操がなかったが、ルールもきちんとしていてバランスも取れていた。
小学校の林間学校ではTCGを持ち込めなかったため、その場でUNOを使った対戦ボードゲームを作り、同室のクラスメイトと時間を忘れて遊んだ。
これらの子どもっぽい……子どもなのだから当たり前だが……過去はもちろんレアもよく知っている。
ただ、そうした遊びも小学校の間だけで、中学に上がって小遣いが増えてからは、カードを作ることもルールを考えることもしなくなっていた。
「ゲームシステムはアマト。カード案は私とアマトと葦原で考えてアマトが監修。デザインとカードイラストはノイ。完璧」
葦原と碧佐の名が勝手に追加されていた。巻き込まれ事故である。あーめん。
「何が完璧だ、印刷はどうすんだよ。売り物になんねえもん印刷できるほど金ねえぞ」
ゲームができるほどのカードを印刷するために印刷所に依頼するならば、枚数次第だが最低でも五万くらいは必要になってくる。高校生にそんな金があるなら、世の中はもっと景気がいいはずだ。
「それは後で考える」
「後回しにしたところで一緒だろ……」
ノープランでTCGを作るだなんて無謀にもほどがある。いっそ頓挫する気満々の計画だ。
ただ、ほんの少し、俺の中に懐かしい感情が帰ってきた気がして。
たった数年越しの、短い家出から戻ってきたその感情は生意気にも、レアに指摘されるほどに俺の口元を歪めさせたらしい。
ああ、レアは初めからこれが目的でわがままを言い出したのだろう。俺が渋りながらも頷くことを見越して、そしていずれは楽しんで作るだろうことを見越して。実際、最終的に頓挫しようがどうなろうが、面白そうな試みなのは確かだ。
レアはどうやら、俺の同好の士である以前に、俺の幼馴染であるらしかった。
思い立ったが吉日の格言に習い、そのままレアの部屋で大まかな方針を決めることになった。
「画期的なルールを所望」
「素人のハードルを上げるんじゃねえよ」
バカを言い出すレアの額を指で弾く。
「ルールを完全新規で作るのははっきり言って無理だ。カードゲーマーである以上どうしたって自分の面白いと思うTCGの影響を受ける」
「……劣化ナントカになるってこと?」
「そこまでは言ってねえよ。そうとも限らねえしな」
例え面白いと思っているTCGがあったとしても、カードゲーマーがそれに対して全く不満を抱いていないなんてことはあり得ない。もし不満がないならば、デッキ構築で悩む理由がなくなるはずだからだ。
そういう意味で、不満があるからこそTCGは面白いとも言える。
「土地とか?」
「そう。あれはMagicにおける事故の最大の要因だが、それと同時になるべく事故が起こらないよう工夫することが大きな魅力になっているだろ? ほかにもルールだけじゃなくカードの多様性が原因になる不満もある。カードが増えるたびに、それによって解消される不満と新たに生じる不満がそれぞれある」
「…………?」
「例えばだな……」
完全上位互換、数値のインフレーション、条件付きロー・ノーコスト化など、便利と同時にそれでいいのかと思うようなカードは、ターゲットの年齢層が低いほど少なくない頻度で、あるいは需要が減り始めたTCGほどよく登場する。また、禁止カードもまさに不満の体現者と言うべき存在だろう。
例を挙げてやるとレアも合点がいったようで、半開きの眼に呆れの色を滲ませた。やはりカードゲーマーとして何やら思うところがあるのだろう。
「でも上手いやり方もある。例えば、どのカードでも強いってくらいの調整をしているMagicは、毎年レギュレーションを一新する方法で多様性に際限を設けることで成り立たせている。っと、話が逸れたか。なんにせよ既存のTCGに対して持つ不満が全く別の不満に変わるようにルールを組み立てれば、画期的でなくとも多少は新しく見えるわけだ」
「つまり、私の『アマトといい勝負できない』という不満を『アマトに勝てない』という不満に変えられれば完璧」
「……それは無理だろ」
「またすぐ無理って言う。……アマトはMagicが好き?」
「むしろカードゲーマーでMagic嫌いな奴の方が珍しいだろ。ただまあ、好きな奴が多い分その派生と呼べるTCGも多いんだよな……」
日本で発売されているもののうち、Magicの大きな特色である「能力の傾向ごとに色分けして単色でも混色でもデッキ構築の自由度が十分に保証されている」という要素を持つTCGは最早片手では数え切れないほど増えている。
要は比較対象が多いということだ。素人が作るもんだと割り切るだろうし、他人の評価はどうでも良いが、自分が納得できるかどうかはまた別の話である。
「好きだからベースにしやすいってのはあるが……」
ふとレアを見ると、無表情でこちらを見ていた。首はほんの少しうつむくような角度で、手は軽く握り込んでいて、ただの無表情のはずがよく分からない既視感のようなものが頭を過る。
ああ、そうか。
「……まあ計画倒れ上等だし、好きなようにやるか。とりあえずMagicベースで考える」
俺が言うと、レアは心持ち顔を上げ、肩を少し下げたように見えた。
思った通りというか、運良くも気づけた通り、例の夢の中で見た幼い頃のレアとそっくりの反応だった。あの夢は我ながら気持ち悪いレベルの再現度だったらしい。知らず笑みが出る。
「後はどうすっかな……世界観、まあざっくりテーマとか決めとくか。何か案はあるか?」
「ないけど……既存の物を参考にしてみるとか」
「まあそれが妥当か」
TCGの世界観はその触れられなさに反してかなり凝って作られている物が多い。熱心なカードゲーマーはじっくり理解してさらに独自の解釈を広げたりもするが、プレイ人口の大半が子どもに占められるTCGは折角の世界観も認知度が低い。日本ではむしろ、マイナーなTCGの方がプレイ人口に対する世界観の認知度が高いかもしれない。
「Magicは多次元人の呪文による決闘で、あとはモンスターの栄枯盛衰やら、文明間の大規模な戦争やら、元ネタの再現……」
「戦争が良さそうだと思う」
「ん? ああ、戦争か」
冒頭に挙げた通り、俺が昔作ったのは戦争風のモノが多い。特別好きなテーマというわけじゃないが、取っ掛かりとしては単純だし扱いやすいだろう。さながらJ-POPにラブソングが多いがごとく。
「ならその路線で行くか。じゃあテーマに戦争を持ってくるなら、何を用意してやる必要があるか考えよう」
戦争は開戦や宣戦布告に至るためのきっかけが無ければ成り立たない。あとは戦う集団とその意図。要は、誰が何のために戦争を起こすのか、が戦争の要素として必要なわけだ。
「戦争が起こる理由……貧富の差とか?」
「いや、貧富の差では起こらねえよ。その場合戦争を起こすのは貧しい側だろ? 貧しい側が豊かな側に戦争しかけるとか無謀過ぎる」
まあ、こういうのは逆に考える方が分かりやすい。
「現実でも何でもいいが、戦争を無くすにはどうすれば良いと思う?」
「ん……みんな平等になれば」
「共産主義の考え方だな。まあその線では戦争を無くすのはほぼ無理だとされてるが。すべての人間が平等になるにはどうすれば良い? 例えばそうだな、必須の条件として文化が同じになれば良い。さて、文化の象徴として宗教ってのがあるが、文化を統一するためには当然宗教も統一する必要があるよな」
「神様を統一するってこと?」
「極論はな。まあ既存の神様に統一すると揉めるから神様を無くすしかねえけど」
しかしそんなことは出来るわけがない。
「だから戦争が起こる。言い換えれば、宗教のために戦争を起こすやつってのはいつの時代にも必ずいる」
「宗教団体が信仰のために戦争を起こす……」
「まあ現実にもある戦争の原因の一つだよな」
宗教戦争か……まあ悪くない。パッと思いつくだけでも様々やりようが有りそうだ。
「けど信仰の話になると結構Magicに近づくな……」
Magicは、呪文を唱えるためにその呪文の属するマナを信仰によって集める必要がある、という設定になっている。多次元人は土地を用意することでマナを得て呪文を唱えるわけだ。
一方で宗教戦争は宗教をメインに据えている以上信仰という概念を切り離して考えることができない。テーマとして選んだ時点で設定かぶりを起こすことが確定している。
「モデルにしてるから当たり前だと思う」
「とはいえそれで他所から何か言われるのもな……テーマの関係で世界観が似るのは最悪仕方ないとして、せめてシステムは大きく変わったモノにしないとダメか」
それで完全に解消できるわけではないが、何も考えず好きなように作るよりは幾分マシだろう。
「自分で楽しむ分には大丈夫だと思う」
「俺も別に詳しいわけじゃないんだよな。明らかに違法なことってのは分かりやすいんだが……どこまでが良くてどこからがダメなのかはっきり指標がありゃなあ」
「それが無いから度々問題になってる」
「あんまそういうこと言うな……」
この作品が別の問題を抱えるようになる。って先に共産とか宗教とか言い出したの俺か。真面目そうな話題は他所に任せて、ここではTCGの話だけをしてえな。できるかどうかはともかく。
「気を取り直して……あと世界観と言や、色の違いと主なカテゴリの種類辺りか?」
「色の違い……戦争の理由……宗教毎に分けるとか?」
「ああ、それが分かりやすいな」
「キリスト教、仏教、イスラム教、ヒンドゥー教、ユダヤ教」
「いや、そんなちっさい規模の信仰じゃなくて……」
人が作ったモノに対する信仰だと信じない連中が少なからずいる。無神論者とか名乗ってるそれがそう。だからここは人が作ったモノに対する信仰は持ってこない。
概念に対する信仰とでも呼ぶんだろうか。俺はよく知らないが、その手の信仰は実は文化に深く根付いていて、無神論者を気取った人間でも無自覚に信じていたりする。
「例えば、自然信仰。富士の日の出やら屋久杉やら、自然に対する畏敬の念は誰にも心当たりがあるはずだ」
「……太陽信仰も?」
「そう、そんなやつ。あとは海洋信仰、異界信仰、科学信仰ってな具合」
「科学なのに信仰?」
「ん? ん、科学が進歩すればいずれなんでもできるようになると信じることだな」
実際なんでもできるようになるかは、その未来が来るまで分からない。だというのにそうなると信じきっている人間は多い。
「環境問題も科学信仰のシワ寄せだしな」
「沈黙の春みたいに」
「お、おう。いや知らねえけど」
「沈黙の春はアメリカの生物学者レイチェル・カーソンの本。化学物質が自然の生態系に与える影響を解説し、それらの使用があらゆる野生生物を殺してしまうと警告したモノ」
「お前、想像力ねえのに知識だけは人並みにあるよな」
そういえば挙げた分がちょうど五つか、このまま使って良さそうだな。
自然信仰が緑だろ、太陽信仰が赤で、海洋信仰が青。異界信仰は黒か紫か、科学信仰は……灰かねえ。少なくとも科学に白ってイメージはねえよな。有彩色も似合わねえし、やっぱ灰か。
「んで、カードのカテゴリはまず直接戦うMagicでいうクリーチャー、戦争なら戦略があるだろうからそれがMagicでいうソーサリーとインスタント、あとは拠点のような動かない戦力、これはMagicのエンチャントだな」
「他には?」
「ん、あとは作るとしてオリジナルカテゴリだな。信仰によって賜る何らかの奇跡、例えば化身降臨とか天地を揺るがす災厄とか、なら使えそうだ。他は今のところ保留」
今日のところはこんなモノだろうか。発案初日としては上出来だと思う。世に出回っているTCGがどれほどじっくり練られているか想像もつかないが、一人で遊び半分に作っているのと比べても仕方ないだろう。
「……もう日が暮れちゃった」
「カードゲームの話をしてりゃ時間が過ぎるのも早いな」
もちろんそれだけじゃなく、楽しんでいたから尚更早く時間が過ぎたように感じたのだと思う。俺もレアも。ここまでしっかり話し込んだのはいつ以来だろうか。
「んじゃこの辺で今日はお開きにするか」
「ん、またね」
サンボの『これってなんじゃ』のコーナー
なんじゃこれは、ガッツリ説明回じゃの……。用語や既存TCGの話ばっかりでよう分からんし、ウチのような初心者は置いてけぼりじゃろ……下手くそじゃの。
・マイアース
カッコ書きの注釈では足らんからの。有名な玩具会社が作ってるわけでもなく、そのせいでマイナーに分類されとるTCGじゃの。カードの種類もそれほど多いわけではない。地球温暖化がどうとか騒がれていた頃にタイムリーな題材で瞬間的に有名になって以来、局地的な盛り上がりを今も見せてくれとるのう。地方でも大きい玩具店なら売っとる。小学生の学習玩具としてかなり優秀じゃし、親子や親戚同士で一緒に遊んで、環境問題について意見を交わしてみるのも面白いかもしれんの。
・完全上位互換
あるカードが、それ以前に登場したカードの代わりに成り得て、かつ逆が成り立たない状態をこう呼ぶのじゃ。例えば全く同じ効果に加えて手札補充が追加されている、とかじゃの。その場合、新しいカードがあれば古いカードは必要ないわけじゃ。ゆえに自然と古いカードが廃れてゆく。アマトはどんなカードも最大限に活躍させたい性格じゃからそれが許せんのじゃろうの。
もどかしいがここでやめの指示が出とる。また次回じゃの。