クズレア 03
二人の間で意見が分かれた時は昔から戦って決着をつけることにしていた。もちろんTCGでである。多くは俺が敗けてレアの言う通りになるのだが、それはこの際置いて……一先ず帰宅して後からレアの部屋に行くことになった。
あれほどはっきりとやらないと宣言されてしまえば、流石にその理由が気になってくる。やはり高校2年にもなってカードだなんだ言うのが恥ずかしくなったのだろうか。TCGほど大人向きでリッチな遊びもなかなか無いと思うが、女子にはそういう感覚も分からないのかもしれない。あるいはついに別の女の子らしい趣味を始めたとか。彼氏ができて俺と一緒にいられなくなったとか。……いや、最後のが理由なら対戦で決着も断るだろうな。
レアは中学の頃からよく男子に声をかけられるようになっていたが、彼氏ができたという話は聞いたことが無い。社交的な性格でもないし、多分端から全部断ってるんだろうな……勿体無いと思わなくもない。
対戦に行く前に部屋に戻ってほんの少し仮眠をとることにする。ベッドの真上でサンボが天井に爪を立てて逆さにぶら下がっていたが気にしない。ローブの裾がめくれ返って白い太ももの大部分が露わになっていたが気にしない。
「……太もも見えてるぞ」
俺が言うと、サンボは嬉しそうに鼻を鳴らした。
「見ても構わんのじゃよ?」
「残念ながら色気の欠片もない太ももに見るほどの価値はない。はしたないから降りろ」
「散々な言われ様じゃの……」
サンボは不満げに呟いたが、俺に取り合う気が無いのを見ると、しぶしぶといった体でブーツに爪を隠し翼を軽く広げて天井を離れた。そして宙でくるっと体勢を直すとマットを敷いた床に直立ですとんと着地。遅れてローブがふわっと太ももを隠し、翼が再び背に畳まれる。天井で翼を広げた時に引っかかっていたローブがさらにめくれたが気にしない。
華麗な着地を決めたサンボはどこか得意げだが、チョコとシナモンの斑の髪は逆さになっていたせいでボサボサのままだった。さっきから全部女子にあるまじき無頓着振りである。サンボのこれはひょっとして俺が原因か? だとすれば将来親になった時に娘ができたら子育ては嫁に任せた方が良さそうだな。
それはともかく。
「どう思う」
「さての」
問うたのはもちろんレアのことだ。サンボもそれを分かって答えを返している。大した答えではなかったが。
「ただ、アマトが並べたようなつまらぬ理由ではなかろう、とウチは思うがの」
ぽてっとローテーブルに腰を下ろしてそんなことを言う。そして口に片手を当ててあくびをした。鳥のくせに歯があるのはどうなんだ……こいつもう鳥のコスプレした痛い女子と差が無いんだが。
「……ぁふ、ウチも寝てよいかのう」
理由、確かに俺が挙げたような理由でレアがTCGを辞めるっていうのが全く想像できない。かといって他の理由が何も思いつかない以上、俺が考えられることもここまでが限界なのかもしれない。
「のう、アマト」
「うるせえな、勝手にしろよ」
ベッドに寄りかかってくるサンボを片腕で邪険に払い退けようとする。しかしサンボは俺の腕に抵抗した。
「然らば、勝手にするがの」
そう言ってのしのしとベッドに這い乗り、俺の隣に仰向けになって寝そべった。顔だけこちらに向けてにやぁと笑ってみせる。狭いし鬱陶しい。
「……何のつもりだ」
「これが本当の羽毛布団……なんての」
要らないドヤ顔だった。
「暑苦しいだろうが。さっさと降りろ、降りねえと蹴落とす。鳥なら鳥らしく座って寝やがれ」
「勝手にしろと言うたのはアマトじゃろうに」
ぶつくさ言いながらごろごろぼてっとベッドから降りる。床に落ちた拍子に斑の羽が幾つか舞った。何がしたかったのやら……。
……まあ、とにかくレアと直接話すこと。そして聞くこと。俺にできるのはそういう素直なやり方だけだ。あいつだって俺の性格を少しは理解しているだろう。
短い仮眠から起き上がり、気に入っているデッキを幾つか拾って、俺は出陣する。徹夜の疲れは取れていた。
敗けた。ダイジェストですら紹介するのも億劫なくらいに普通に敗けた。レアが無造作に両手を挙げる。
「あいむうぃなー」
「なんだその謎テンション……」
無表情でテンション高いと反応しづらい。対応に困っていると、レアは右手の人差し指をこちらに向けた。
「あんどゆあるーざー」
「うぜえ」
言いたいことを言って満足したレアは、手を下ろしてカードを片付け始める。自由なやつだ。俺も習って手を動かす。
「なので謝りに行くのはアマトで」
「……仕方ねえな」
「葦原と伏見先生?」
「ああ、どっちもガチだからがっかりすんだろうな……めんどくせえ」
いっそ二人でシールド戦をするよう勧めてみるか。これはこれで葦原がどんな反応をするか楽しみである。小さい目を目一杯大きくして驚く様子を想像すると、自然と頰が緩んだ。
「ノイは?」
レアの問いにチラと顔を見て答える。
「偶然にもハブられた」
レアは、へえ、と表情を変えずに反応した。
「可哀想に」
「上げて落とされる方が可哀想じゃねえか」
「……そうかも」
かもではなくそうである。
ちなみにノイとは、碧佐乃以という同級生の女子のことだ。レアとは逆になんでもすぐ表情に出る慌ただしい性格で、小柄で細い容姿も相まってよく小動物のようだと例えられている。
「ノイだってTCG好きだよ」
「あいつはプレイヤーじゃなくてコレクターだろ。興味の矛先がイラストだからな」
カードファイルもイラストレーターごとに並べるほどの徹底ぶり。新しいパックが出る度に新しいイラスト集が出たくらいの喜び方をする。ある意味俺の知る中で最も「カードそのものを愛している人間」かもしれない。
「ノイの絵も綺麗だよ」
「確かに上手い」
以前に一度だけ、美術部まで碧佐を呼びに行ったことがあったが、あいつの絵はイラストとして個性もクオリティも備えていた。しかし専門学校ではなく公立高校に来ているということは、素人目には分からない部分に何かあるのかもしれない。この点に関しては流石に面と向かって聞くのも憚られた。
「だからノイはいい子」
「いや、いい子かどうかは知らんけども」
というか、他人の話は今はどうでもいい。話すべきことは他にある。
「んで?」
「うん」
やはり俺が聞くであろうことは分かっていたのだろう、言葉足らずな問いにレアは迷いなく頷く。二人とも手を止めたせいで、レアの次のセリフは妙にはっきりと聞こえた。
「面白くないから」
「何?」
「アマトが弱すぎて面白くない」
俺が弱すぎて、ねえ。
「……それが理由かよ」
「うん」
ため息をつく。
「あのなあ、俺が弱いんじゃなくてお前が強すぎるんだって何度も言ってんだろ?」
「アマトだって女に負けて悔しくないの?」
「女以前に教えた相手に負けてる時点で悔しいに決まってんだろ」
前回のレアの紹介の時に今更悔しいとも思わないと言ったが、あれは嘘だ。いや厳密には嘘ではなく、あれも本心だな。俺が悔しいと思うのは負けることに対してではなく、情けない自分に対してなのだから。
デッキの質もプレイングも負けてないはずなのに、勝率に大きく差がある。どうやったら勝てるだろうか、そんな試行錯誤は昔から何百回となくやってきた。それでも勝ちが増えることはほぼ無かった。
運だけではないだろう。大局観、誘導、挑発、ハッタリ……全部まとめて勝負強さとでも呼ぶべきか、そんな天性の才能がレアにはあるのだ。そしてそれは、どうやら俺には足りないモノらしかった。
「アマトとギリギリの勝負がしたい。どっちが勝ってもおかしくないような、緊張感のある勝負がしたい」
それは無茶な望みだ。俺が例え全身全霊で勝負に臨んだとしても、レアの前では子どもが張り切っているのと変わらない。
今存在するTCGに俺は一通り手を出しており、いずれもレアに教えてしばらく後に抜かされた。数日もかからなかったモノすらある。
俺がレアに負けていたのはもうずっと昔からだ。しかし、レアが「つまらない」と言い出したのは今回が初めてである。ひょっとしたら、今まではレアが飽きる前に新しいTCGを始めていたから、それでなんとかなっていただけなのかもしれない。だがもう新しいTCGはない。
「無理だろ」
「無理じゃない」
「無理だ」
「アマトが私に勝てるTCG」
「ねえよそんなもん」
「今はね。だからこれから作ればいい」
「……作る? お前が?」
「私は作れない。作るのは……」
レアはそこで一瞬言葉を切り、ついさっきと同じ調子で俺の方に人差し指を向ける。そしてテンションが高いんだか低いんだか分からない口調で言うのだった。
「ゆあのっとおんりーるーざー、ばっとおるそーりべんじゃー」
「……日本語で言え」
「やだ」
無駄な頑固だった。
今回は出番があるサンボの『これってなんじゃ』のコーナー
今回は出番があるって、また無理矢理な……。
というかウチ今回太ももを晒しただけなんじゃが。白くてスベスベで太すぎずそれでいて女の子らしいプニッとした太ももを……。
「そこまで描写してねえよ」
なんじゃアマト、こっちには出んと言うとらんかったかの?
・リミテッド
限られた枚数とカード群で行う対戦のことじゃの。予めパックの種類と数などで制限をかけ、決められた通りの新品のパックを使ってそれぞれの持ち札を作り、その中から自分用のカードの束、デッキを組むわけじゃ。
初心者から上級者まで同じ条件でデッキを組むことができるが、必ずしも同じ条件で戦えるわけではないのが罠じゃの。使われるパックにどんなカードが入っているか知っている者は、当然それを知らぬ者より有利じゃからの。リミテッドに挑む時は指定されたパックの中身を研究しておくとよかろうの。
リミテッドやら制限される内容やら対戦時のルールを引っくるめてレギュレーションと呼ぶ。
・シールド戦
シールド戦はプレイヤーに規定の数の未開封のカードパックを配り、それを持ち札にしてデッキを組んで戦う対戦方式じゃの。
主に新弾、新しく発売されたパックのことじゃが、そのイントロダクションとして行うことが多いのう。要は新しいカードがどんなカードなのかを、手っ取り早く理解するために実戦で使ってみる、ということができるわけじゃ。
後は個々のカード資産に頼らず対戦できることから、そういう意味でフェアに戦えるのが強みじゃの。