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クズレア 02

 市立篠木しのぎ高等学校において、銑屋ずくや天渡あまとの名はそこそこの知名度を持つ。

 教師間ではたかだか授業も真面目に受けることのできない問題児予備軍として、職員室で将来に不安を持たれていた。志望大学も希望職種も一切無く、部活動にも委員会活動にも参加していない。教師から見る印象はただただやる気のない生徒だ。授業外の印象が薄いため、授業での不真面目な態度が強調されているのかもしれない。

 生徒間では重度のカードゲーム狂いとして、クズヤというあだ名で認識されている。クズというのは屑カード、つまりカードゲームにおいてあらゆる理由で人気のないカードを指す。彼のあだ名は、たとえ人気のないカードでもどんなカードなのかしっかり把握していることから、中学生の頃に元の名前をもじって付けられたモノだった。

 だからその彼がその日の放課後のトレードをすっぽかし、大人しく職員室で化学教師を待っている様子は、傍目には珍しく映っただろう。本人にとっては、特におかしくもない、かのギョロ目の先生を特別視しているだけなのだが、そんなことは知りようが無いのである。

 とはいえ、特別視しているからといっていつまでも待てるわけでもなく、化学教師が職員室に顔を出す頃には人並みにイライラを募らせていた。



「すまん、実験室の掃除が長引いてな」

 特に申し訳なさそうでもない顔の伏見教諭が、職員室の扉を開けて入ってきた。

「座っていい?」

「ん、ああ……じゃなくてな、仮にも職員室の中でタメ口になるなよ」

 許可を得て後ろの非常勤講師の机から椅子を拝借して座る。後半は聞こえなかった、と言いたいところだが職員室の中なのは事実なので、諦めて敬語を使うことにしよう。

 体を落ち着けたところでギョロ目が真面目くさった顔になった。これが本当の教師面というやつだろうか。

「化学で分からないこと、説明して欲しいこととか無いか」

「特には」

「嘘つけ、今日の授業で寝てただろ」

「寝てようが何だろうが、教科書をなぞるだけの授業は簡単だってことですよ」

 実際今日の授業の範囲は葦原あしはらのノートをチラッと見て確認したところ、特に難しいことはしていないようだった。近々あるだろう実験授業も問題無いだろう。

「去年のテストの点数を大橋先生から聞いている俺に何か言うことは?」

「あれは俺の本当の実力ではない」

 言ってみた。

「んん?」

 睨まれた。

「すみませんでした」

「……はあ、まあお前が理解してるってんなら特に追求はしないが……お前はそれでいいのか?」

「欠点と補習さえ逃れれば何でも」

「言った以上は逃れろよ」

「善処します」

 ため息が返ってきた。どうやらご不満らしい。

「去年は化学反応式が苦手だったろ、復習して理解してんのか?」

「一応」

 完全にではないが、赤点を取らない程度に理解したのは確かだ。

「化学反応はデッキ構築の際のコンボ作りみたいなもんだって話、してやっただろ?」

 された。されたが、意味がわからなかった。

 この男、伏見ふしみ清次せいじは俺がTCG好きだと知るや否や化学の話をTCGで例えてきたのだ。


 いいか、化学反応は優良コンボを作ろうと組み合わせを考える現象とそっくりだ。なぜなら化学物質は常に安定した状態になろうとする。カードも常に自分にとって最も連携の取りやすいカードを探している。つまり化学物質はカードと同じだ。可逆反応は相互互換のコンボ、触媒は仮想敵があってそれに対して有効かどうかという条件、発熱反応ならコンボ発見時に興奮するような組み合わせなんだろうし、逆に吸熱反応なら冷静になる組み合わせなんだろう。ありふれたカードがある条件下で恐ろしい強さを発揮するように、そこらじゅうにある化学物質も特定の条件下で見た目の全く異なる物質に変わる。

 どうだ、面白いだろ? つまり化学は神様のカードゲームだな。俺たち人間は神様の遊びの途上でできた存在ってわけだ。


 こんなことを突然ベラベラ喋られて何を理解しろというのか。この謎の熱意によって彼もまた同好の友であると知ることができたのだが、それはそれとして言っていることは意味不明だ。

 どっから出てきたんだ神様。理系の人間としてそれでいいのか。

 とまあ、そんな雑な話は置いて。

 そういえばと今日の葦原との会話を思い出す。

「先生」

「合成樹脂は……なんだ、まだ話の途中だろ」

「いえ、合成樹脂とかどうでもいいので今度アレのシールド戦やりませんか」

「どうでもいいってなあ……」

 こっちはお前の成績を思って説明してるんだろうが、とギョロ目が半ば閉じられるが、最初から全く聞いていなかった俺に死角はない。死角だらけならばそれは最早死角ではない。

 ……なんか無防備なまま死にそう。

「は、シールド戦?」

 少し遅れてギョロ目がくるりと動く。

「どこで」

「どこ、はまだ決めてない。まあ俺の家でも」

「あのなあ、アラサーに足突っ込んでる老け顔が子どもの友達として遊びに来た時の親の気持ちを考えろ。担任ではないとはいえどこかで教師として顔バレしていたらもう最悪だ、学校そのものの印象を落としかねん」

 そっか。じゃあ先生が参加するなら家はダメだな。

「それだと西篠にししののショップくらいしか」

「あの店狭いだろ。参加人数は」

「先生入れて4人」

「だったら乗っけてやるよ、車。沢戸さわと市のショップならスペースも在庫も十分ある」

「カード買うだけに隣の市とか行ったことねえなあ。車持ちは流石」

「知り合いが経営してるからまけてくれるんだよ。少しでも安い方が財布に優しい」

「せちがれえ……」

 こうして図らずも参加者に加えて脚まで確保してしまうのだった。

 もともと誘うつもりだった碧佐へきさは心の中ではぶっておいた。5人になると組み合わせで余るし、ジャッジは別にいらないだろうしなあ……。誘っておいて車に乗れないなどということになるのも困る。あいつはTCGよりも印刷されているイラストが好きなだけだし多分問題ない。

 すまん碧佐、お前はギョロ目の長話を止めるための贄となったのだ。

「日程はこっちで決めるけど、先生いつなら空いてる?」

「次の日曜かその次」

「教師って忙しいのか」

「お前みたいのがいるからな」

 よく分からないがそういうことらしい。

「じゃあ帰ります」

「……気をつけて帰れよ。んで自制くらい覚えろ」

 そんな雑草みたいなことできるか。

 職員室を出ると目の前にレアがいた。正確には、廊下を挟んで職員室の対面にある図書室から出てきたところのようで、ローファーのかかとに指を入れて片脚立ちをしているのがチラと見えていた。

「今から帰るのか」

「うん」

「なら一緒に帰るか」

「うん」

 そんなやり取りをして帰路につく。トレードは……まあいいだろう、俺の中ではレアの方が優先度が高い。

 表情に乏しい顔は、メガネ越しに見たせいか、俺には恥ずかしがっているように見えた。


 御津見みつみ礼安れあの紹介を俺がして良いものか微妙なところだが、ごく簡単にすれば夢に出てきたあいつ(もちろんサンボのことではない)がこいつである。いわゆる幼馴染みというやつだ。家も隣ではないが道路を挟んで向かいにある。

 肩にかかる髪は微かにうねり、前髪の癖はシンプルな髪留めに押さえつけられている。無表情とはいえメガネに隠された小顔は整っており、胸もそこそこ、背は女子の平均に届かないほど。どこぞのアイドルにいてもおかしくないルックスだと思うが、残念なことに笑わないのだった。

 唯一の趣味はTCG。要はこいつも同好の士である。そもそも子どもの頃にレアをTCGの世界へ引き込んだのは俺だ。引き込んでおいて今ではほとんど勝てないというのがなんとも情けない話だが、今更悔しいとも思わない。

 そういえば夢の中のこいつはメガネをかけていなかったな……いつ頃からかけ始めたんだったか。中学からだっけな。その良し悪し如何はともかく趣味のせいでずっと近くにいたというのに、その程度のことも思い出せない。

 一方で、過去のレアとの対戦においてあの時はどのカードを使ってどんな展開だったという記憶は夢に出るほどにしっかりと残っている。幾通りもの負け戦が頭の中に全てあり、必要とあらば、また必要でなくとも似た展開を見れば、いずれも瞬時に思い出すことができる。どうやら俺の頭はTCGのことですでに記憶の引き出しが溢れかえっているようだ。学校の成績が上がらないわけである。

「なあ」

「何?」

「そういやお前、いつ頃からメガネかけてたっけか」

 分からないことは聞けばいい。

 ただ聞いたはいいものの特別興味があるわけでもない。レアが俺の顔をチラと見上げたような気配があり、それに対して何故か申し訳なさを感じた。

「中学に入って、少ししてから」

「そうか」

 夢にあった大会は小6の時の記憶だ。メガネをかけてなくて当たり前である。なるほどなと意味もなく納得する。

「なんで?」

「ん、少し昔のこと思い出してな。あの時はまだメガネかけてなかったなってな」

「そんな昔のこと思い出さないで欲しい」

 無表情で請われた。嫌がっているのか恥ずかしがっているのか悔しがっているのか判別がつかない。

「んあ、極力な」

 夢の中のことは知らん。

「ああ、そういやまた葦原がシールド戦やりたいっつってたから次の日曜かその次目処でやろうぜ?」

「……葦原あしはら弥一やいち

「……おう、どうしたいきなりフルネーム」

 いつもと反応が違う。

「…………」

 無表情で無言で無反応。略してムムム。違う、なんでもない。

 その作為的なに不審感を覚え、それが寂寥感や恐怖感のような別のものに変わるか変わらないかのタイミングでレアが口を開いた。

「やだ」

 …………は?

「やらない」

「やらない?」

「つまらないからやらない」

 ……重要なことなのでもう一度言っておこう。俺の隣を歩いているこの女は、子どもの頃から俺の影響でTCGばかりいじっていて、今現在もそれを唯一の趣味にしている。俺はそれを間近で見ていたし、よく知っているのだ。以上を理解した者なら、俺の混乱のほどは察して貰えると信じている。

 というかお前、初登場でこれは確実に性格きつい女だと思われるぞ、レア。

サンボの『これってなんじゃ』のコーナー


 ……星飾りが消えよったの。ウチの前回のぼやきを考慮してのことじゃろうか……ウチが演るという時点でその考慮の意味も無いわけじゃが、どういうつもりなんじゃろうの。


・TCG

 とれーでぃんぐかーどげーむ、の略称じゃの。トレードとは貿え……んん、取り引きを意味しとる。要は店でうたり、同じようにカードを持ってる者と交換したりなどして集めて興じるカードゲームのことじゃの。トランプのような最初からセットがあってその枠の中で遊ぶカードゲームと区別した呼称でもあるんじゃろ。おそらく。

 まじっくを始めとして、日本では様々なそれが売られておる。ゆーぎおー、でゅえま、ばんがーど、ばとすぴ、ぽけもん、などが有名じゃの。どれにしても基本的に、自分が使役するカードで相手の使役するカードを打ち負かす、というルールが軸にあるようじゃ。

 ちなみに作中に出るアレと呼ばれるTCGにはモデルなど無いからの。


・コンボ

 複数枚のカードを組み合わせて、それぞれに本来以上の力を発揮させる戦術をカード用語でコンボと呼ぶ。

 例えばある強力な効果を持つカードに大きな欠点があったとする、もしその欠点を補って長所に変えるようなカードがあれば、組み合わせて使うことで元のカードが欠点を気にせず使えるじゃろう。あるいはその強力な効果の恩恵を他のどのカードよりも強く得られるカードがあれば、やはり組み合わせて使うことで欠点の何倍もの利を得られるかもしれん。こういったカード同士の連携や結びつきをシナジーと言い、大抵のコンボはこのシナジーを用いて組み立てられるようじゃの。


 ……というかウチこの回登場しとらんのじゃが。

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