リリジオ 02
「ほう?」
文字通り何もない空間から、斑の髪が現れる。
「ウチが札の一枚になるのかの?」
頭の次は翼とローブに包まれた胴、藁のブーツ。ふよふよと宙空に胡座をかいて漂うその全身が現れる頃には、自分が少々余計なことを口にしてしまったようだと自覚できた。
見渡す限り白い世界。よく病院や雪景色の表現に使われるそれと違い、ただ白く塗りたくったようなその背景の中では、サンボのカラーリングは泥水をぶちまけるか何かしてできた染みのように見える。
「今失礼なこと考えとるじゃろ」
「バカ言え」
というか。
「何だここ。マトリックスの中か」
古くも有名な洋画のとあるシーンが頭の中に浮かぶ。サンボには伝わらないだろうが。
サンボは案の定分かっていない様子で胡座を解いて目の前にすたと着地し、小首を傾げながら寄ってきた。
「そのまとりくすとやらは知らぬが……これもまた夢空間、ご都合空間というやつではなかろうかの?」
白い背景以外何もない世界で何の都合が良くなるのやら。
こんな世界ならバスガイドも仕事が楽そうだな。えー、右手に見えますのが、白です。左手に見えますのも、白です。いえ、城はありません。みたいな。
……いや、逆か。
「ご都合空間、ご都合空間ね。ならこんなこともできるのか?」
言いながら、少しイメージをふくらませてみる。
いまだ無い、存在し得ないもの。無いものを生み出す、創造力ならぬ想像力。
結論、試みは上手くいった。宙空に控えめな長方形が切り取られ、角が丸く加工される。
「そのようじゃの」
碧佐のイラストは確かこんな感じで、こんなタッチで……サンボを描かせたら構図はこうか、と切り取った長方形に絵を当てる。髪と羽角を風に靡かせ、翼の片方を大きく開いて腕を伸ばす立ち姿。表情は真剣に、自信に満ちているような笑みで。
「ほほう」
サンボが腰に手を当てて覗き込む。表情を見るに、少しは嬉しいようだ。
「背景はこんなもんか」
先日サンボと見た木の上の景色。あの場所をイメージして空の色を塗っていく。足元には枝を、傍らには木の幹を配置した。想像した通りに絵が描けると便利なことこの上ない。これが夢の中じゃなきゃいいのにと思ってしまう。
「ほうほう、なかなか」
勝手に覗き込んできて満足気に頷いてやがる。
「なんかサンボに評価されんのムカつく」
「なぜじゃ、当事者じゃろウチは」
「そうだけどさ」
とはいえ、デザインなんて洒落たことができるようなセンスは俺にはないし、どう評価されようが仕方ないものがあるが。
それこそ碧佐ならもっといいものを作ってくれるだろう。イラストの構図しかり、カードフレームのデザインしかり。
「絵柄はともかく、ウチの能力やらはアマトが作るんじゃろ? 其方を優先的に拝謁したいものじゃがの」
「拝謁て」
なんで謙譲語。
「んー、サンボの能力な……」
腕を組んで少し考え込む。
「なんじゃ、すぐには出んかの」
「と言うよりな、本人に見られながらはキツい」
恥ずかしいわけではなく、ダメ出しされそうでなんか嫌だ。なんかすごく嫌だ。
「……ウチがおらん方が良いと?」
「別にそんなことはねーけど……んじゃサンボ、お前何が出来んの?」
モデルの方に出来ることがあるなら、それを能力にした方が分かりやすい。元ネタ準拠というやつだ。実際ゼロから能力やら何やらを考えるのと参考元があるのとでは作り易さが遥かに違う。
「む……出来ることか。ウチに出来ることといえば、前にやって見せたことくらいかの」
「木登りか」
「待て、それは誰でもできるじゃろ……いやアマトには出来んかったか」
うるせー。
「ほれ、風を詠み、少し先の出来事を言い当てて見せたじゃろ?」
「あー、あれな」
よく覚えている。正直何がすごいのか全く分からなかったが。
しかしそうか、サンボはサンボの種族の中では参謀なのだった。参謀といえば作戦立案、戦況把握、そして臨機応変な戦略指示。戦争の要だ。
「参謀、参謀……ならキャラクターのカテゴリーとしては戦術家ってところか」
「参謀でいいじゃろうに」
「悪くはねえけど、今回ちょっと考えていることがあってな」
考えていることとな。とサンボが真っ白な背景の中で宙返りする。
「何となく、ユニットのサブカテゴリーを漢字三文字に統一できねえかなと。それで何が良くなるとかはないが、まあ小さな拘りみたいなもんだ」
だから参謀ではなく戦術家。
「何ぞ面倒じゃの……」
サンボがその辺にポトリと寝そべって四肢と翼を投げ出して言う。
「お前……世のカードゲーム作家の大半を敵に回したぞ、今の発言で」
「些事に拘泥して良い物が作れるのか?」
「お? 今日は突っかかるな?」
寝そべったサンボの鳩尾に足を乗せる。ぐえっと声が出た。カエルか。
「何をするんじゃ、先刻食った鼠が出るぞ」
「出るかよ、夢の中だろ……」
無駄な脅しだった。
「これは世にあるカードゲーム、いやカードゲームだけに限らないな、ゲーム全般に言えることだが」
体勢と語気にビビったのか、サンボはこちらを見上げて開いていた口を引き結ぶ。
「ゲームってのは設定ありきだ。人は、殊の外ゲームを喜んで遊ぶような人種は、設定がなきゃ興味を持たないし、設定がなきゃルールを覚えないし、設定がなきゃ遊んでも楽しめないし、設定がなきゃハマらない。そういうものなんだよ」
そういうもの、と言い置いて、我ながら曖昧な表現をするものだと冷静に思う。とはいえ、これまで遊んできたカードゲームを並べてみると、そうとしか言えないよなあとも思ってしまう。
「ゲームにある細かい設定は、作者の小さい拘りがいくつもいくつも重なってできていて、そこに興味が湧かなきゃ遊ぶ側も楽しめない」
設定が先にあって、それに合わせて拘ることもあるし、逆にいくつかの拘りが組み合わさって新しい設定になることもある。成り立ちはそれぞれあるだろうが。
「作者の拘りが見えないカードゲームなんて、いくら遊んでも楽しくないと俺は思うぞ。だから俺はこれだって適当に作りたくない」
「……軽率じゃったの、先の発言は撤回する」
少し間を置いたあと、プイと横を向いたサンボが謝った。まるでミミズクの嘴のように口が尖っている。
謝ったのか? まあいいか。
「そも、それはアマトの創作物じゃろ、好きにすれば良かろうものを」
「ブツブツうるせえな」
「早よ足を退かせ。重たくて適わん。……しかもその、当たっとるし!」
「…………」
「ぐえっ」
なんか態度が気に入らないので少し強く踏んでから足を離した。
とはいえ……カードゲームに関しては作る側と買う側で、ディティールに対する認識には大きくとは言わないまでも何かしらの差があると思う。作る側にとっても、カードゲームのどの要素が買い手の好評を得られるか把握しているわけではないし、どれかが誰かに響くだろうという、数撃ちゃ当たるの側面とでも呼べばいいのだろうか、そんなようなものがある。
一番当たりやすいのは絵だろうか。しかし絵などのデザインは、碧佐の機嫌が治ればおそらく大半をあいつに任せることになるだろうし、やれてゲームシステムやワールドのデザインくらいだろう。だからこそ、俺がこだわるべきはこういうディティールだと思う。
「戦術家じゃないにしろ、ミミズクの種族ってことで『力木菟』とかアリだな」
「参謀としては『計算尽く』に掛けて欲しいところじゃの……」