リリジオ 01
「のうのうのうアマト久し振りじゃのっ!」
部屋に入った途端に、チョコとシナモンの斑模様の羽根が舞い、サンボが近くまで寄ってくる。
「うるさい」
「照れるでない、ウチがおらんで寂しかったじゃろ? なんせひいふうみいの……十一ヶげむぐぉっ!」
顔を正面から掴んで黙らせた。ローブの袖から出た手が、口を塞ぐ俺の手を剥がそうともがくが、掴んだ顔を揺らすと諦めて大人しくなった。
「昨日駄弁ったばかりで何が久し振りだって?」
「やんひゃろうお」
「聞き取れねえよ」
「…………」
変に黙ったと思えば手のひらに湿った感触があり、反射的に手を離す。サンボの顔を見れば、にたぁ、と嫌な笑みを浮かべていた。
「塩っぽいかと思うたが、無味じゃの」
「そりゃ洗ったところだからな、っていうか舐めるなよ普通に」
「口の前に手をやった者が文句言えると思うてか」
「ドヤ顔するな」
よく分からんが暴論なのは分かったので、サンボの頭を掴んで床に転がした。ぼてっと音がして茶色の影が無言のまま倒れ、斑模様の羽根が散る。
「……少しくらい舐めようが良かろうものじゃ。折角こうしてアマトが起きとる時も会えるようになったんじゃからの」
転がったままで頬を膨らます。
「ま、未だ一人でおる時に限定されるがの」
「お前、俺の夢じゃなかったのかよ」
半覚醒状態の時にサンボが現れることは今まで何度もあったが、完全に起きている時に見ることは今まで一度もなかった。夢の中同様触ることができるし、現実の物質にも触れられるようだ。
あるいは既にここが夢なのか、今日の俺が疲れていて微睡みの中にいるのか、だとすれば俺はいつから寝ている?
「夢じゃの。しかし現実でもある」
「……は?」
「胡蝶の夢は知っておろう?」
なんだそれは。夢を誇張するのか。
「おい現役高校生。ウチはアマトの教科書とやらに載っとるのを読んだんじゃがの……」
サンボが背を起こして胡座をかき、これ見よがしに一度ため息をつく。
「大陸の古い詩じゃと書いておったぞ。蝶となってひらひらと宙を飛ぶ夢を見たが、それは本当に夢だったのか。今こうして考えている自分がその蝶の夢なのかもしれない。というような内容じゃった」
「それで?」
「今のでわからんかの……アマトは愚鈍じゃの。ほわゃの娘が可哀想じゃ」
誰だよそれ、今関係ないだろ。
「噛み砕けば、夢か現実かは一方にのみ存在する者の主観でしかないということじゃの」
もうこれ以上は説明せんぞ、と言って、サンボは再び床に寝転がった。起き上がる気は無いらしい。意味の分からん言葉を残された俺は意味を考えるのを諦め、サンボの脇腹を爪先で突いた。
「ぐ、今日は無駄に乱暴じゃの……」
「愚鈍とか馬鹿にされてムッとしない奴がいるかよ。あと床で寝るな」
サンボを見ると、今の間に床に転がったまま手に届く範囲に置いてあったカードの束をいじり始めていた。つい昨日まで俺が触っていたデッキだ。
「何してる」
「ウチとアマトの勝負はしばらくお預けなんじゃろ? その間にちと研究じゃの」
今までお預けなんて言うほど楽しみにしてなかっただろ。
「寝そべってカードを触るな。っていうか邪魔だ」
スリーブに入れているとはいえ、スリーブが傷つけばカードの滑りが悪くなる。滑りが悪くなると、シャッフルがしにくくなる。
「アマトが転がしたんじゃろ。勝手じゃの」
札入れを床に放置して何を今更じゃ、と文句を言うサンボだったが、また脇腹を足で小突くと身を捩ってのそりと起き上がり、ベッドまで行ってそこに腰掛けた。カードの束は手に持ったままだ。
さて、碧佐のことや葦原のことなど(あとついでにサンボのことも)気になることが幾つかあるにせよ、今俺がやるべきことは一先ずモノを作ることだろうと考える。
叩き台が無ければ何も進展しない。
Magicで言う土地を、1つの手番に何枚でも置けるルールを、以降はリソース配置数制限の解除と呼ぶことにする。
配置数の制限を解除したならば、別の制限を設けなければバランスが取れない。
「カード自体に階級を設けるか」
「階級?」
ベッドに座っているサンボが顔を上げた。
「口挟むのかよ」
「独り言をぶつぶつこぼすよりマシじゃろ」
それは否定できないが。
「階級ってのは、要は段階的な配置条件だな。単純に階級が高いほど配置しにくくなる」
市販のもので表現するなら、ヴァンなんとかのレベルのようなもの。あるいは少し違うがラスなんとかの時代でもいい。そういった段階的に上がっていくものを簡単に階級と俺は呼んでいる。
「階級の条件を作ることで配置数とのバランスをとる。ランク2のリソースを配置するときはランク1の上に重ねなければならない、と条件を設けることで際限なく配置することができなくなる」
ただしこのルールには大きな欠点がある。ゲームそのもののリズムを崩すような欠点が。それについてはまた考えればいいだろう。
「ふむ、階級が高いほど質が良いということにもなりそうじゃの」
「そういうイメージだな。重ねて配置する分他のカードゲームに比べて、リソース配置に枚数を多く必要とすることになる」
といっても、多分ポケなんとかよりはマシになると思うが。あれは貼ったり剥がしたり忙しい上に、一つの手番に一枚しか置けないからな。
リソース配置の仕方だけでデッキコンセプトが幾つか作れそうだ。
「それと、リソースとしての配置は全カードで可能とする。その上で、リソースとしてしか配置できないカードも作る」
階級に制限があるならば、それを利用してリソースとして置いた時に効果を発するカードを作ることができる。
「よくもまあすらすらと決まるもんじゃの」
「決めないことには修正もできないからな」
「至言じゃの」
至言というか、当たり前のことだ。
実際、何を作る過程でも試作品というものが登場する。カードゲームにしたってそうだ。試作も無しにいきなり完成品は作れないだろう。
「カードに載せる情報も粗方決めないとだな。名前、コスト、能力値、効果……信仰と宗派」
「登場回数の多い効果のいくつかは固有の名前があったりの」
「それも入れたい。まあMagicフォローなら当然考えるべきだろ」
こんな調子で後のことを考えずにルールを組んでいき、気づけば時刻は真夜中を随分過ぎて二時になろうとしていた。
「やべ、早く寝ないと」
「また居眠りするかも知れんしのう」
その通りだが、ほっとけ。
夜中までゲームの雛形を作っていて、初めてわかる。今まで市販のTCGで遊んでいた時にはなかったもの。かつてはあったはずのもの。
温度、熱量、そんな名前の何か。
それが今、いつの間にか俺の中にある。
自分のデッキを組むときの、どうやって強いデッキを作ろうかというワクワク。
その高揚のせいか。
「サンボがカードになったらどんな感じだろうな」
夢の中でそんなことを呟いていた。