もうちょっといいもん食いてぇ
ごとごとと、砂利道を機車が行く。
立派な天幕を携えた金属製の荷車は、青い煙を噴き上げる機械に引っ張られて荒野に築かれた砂利道を進んでいる。
荷車の中には白い学ランを着た偉丈夫が1人と、猫耳を生やした少女達が6人。内約はニートと呼ばれるキモオタチンピラとアリス率いる獣牙騎士団だ。
「あまーい!」
獣牙騎士団の面々はニートよりもたらされた黒飴に夢中だ、きゃいきゃいと喧しくも華やかに騒ぐ少女達を目の前にしてニートは、非常にうんざりしたような表情を見せている。
(アニメもねぇ、薄い本もねぇ、美少女フィギュアは何物だ? 美少女はあるけど、萌える要素は見た事ねぇ。オラこんな国いやだ~、オラこんな国いやだ~、東京へ帰るだ~。東京へ帰ったなら、家に戻ってぇ~、部屋でマスかくだぇ~)
よし、(東京へ)いくぞう、と言いたくなる状況だが帰り方もわからないし、これから隔離と言う名の軟禁を喰らってしまう。
ちらりとポケットから出てきた黒飴をなめて満面の笑みを浮かべるアリスを見つめる。確かに可愛いし、服を脱がせば情欲を掻き立てられるだろう、だが……。
(それだけなんだよなぁ、性欲だけで行動したり女を抱いたりするのは、アホのやる事だしな)
愛情を抱けと言われたらNOである、ニートの愛は全て二次元に置いてきたのだから……主に年の離れた姉のせいで女の現実を知ってしまったと言うのもあるのだろう。
姉の恐怖と理不尽さを思い出したニートはブルリと体を震わせると、窓から外の景色をみやる。
随分と岩石の多い荒野が広がっており、彼方此方で湧き水が出ているのが確認できる。生えている草は大体が黄ばんでいるか、葉肉を持つサボテンのような植物ばかりだ。
大地は黒々としている事から、ここが寒冷気候の火山帯だと言うことが推測できる。
「なあ」
ニートが景色を見ながら口を開く。
飴を含んだまま、アリスがこちらを向く。
「随分と動物が多いようだが……あいつら何食ってんだ?」
至極まっとうな質問をしてみる。
荒野にはちらほら羽毛を生やした蜥蜴みたいな生物が群れを成していた。群れを成せる程の食物がここにあるとは思えない。
アリスはもにょもにょと口を動かして、飴が喋った際に飛んでいかないような位置に置いてから説明を始める。
「あいつらってコケッコーの事?」
コケッコーとはあの羽毛を生やした二足歩行の蜥蜴の事らしい。
「ああ、どうにも、この辺りは草が多いとは思えない」
コケッコーは時折うちわサボテンのような植物を食んでいるが、身長180㎝を越えるニートの頭三つ分はデカイ、どう考えても、あの小さなサボテンじゃ足りない位だろう。
「芋だよ、あの黄色い草はでっかい芋を実らせるんだ。それをあの前脚の鉤爪で掘り起こして食べるんだって。黄色い草の芋は食べるとお腹壊すから食べれないけど、コケッコーの肉は美味しいよ」
それからも、アリスはコケッコーの生体を説明してくれる。
農作物を襲う害獣で、年に三度の繁殖期があり、一対の番が一度子を成すと20匹まで増えるのだとか、故に農民でも騎士でも商人でも暇さえあればあいつらを狩っているらしい。
「ほお」
それでも、彼方此方にコケッコーの群れが見えると言うことは狩りつくせないのだろうと予想する事が出来る。
「あいつらは家畜にも出来るらしいけど、してる人は見たことないね」
そう締めくくったアリスは再び仲間との談笑に戻って行った。
(そら際限なく増えるなら家畜化する意味があんまりないからな)
苦笑いで答えたニートも再び窓の外へと視線を向けた、黒い荒野にはいくつか樹木が点在している。
そんな荒野を、青い煙を噴き上げる馬型の機械が荷車を引いて闊歩していた。
しばらくすると、道が砂利から石畳へと変わり、道の向こうに街が見えてくる。
石の城壁に囲まれた、城の天守閣が見える街……漫画などでしか見た事のない、城塞を見て、思わず鼻息を荒くした。
「お、見えてきたね。ニート、あれが公爵様の住まわれる商都だよ。国王の三の姫様がついでから、3年であそこまで大きくなったんだ」
「……何? 元はどんな街だったんだ?」
「屋敷と家屋が点在する普通の町だったかな」
アリスの情報を鵜呑みにすれば、その三の姫様とやらはとんでもない傑物のようだった。
街に近づくにつれて、街道の横に布を広げて、そこに商品を並べるバザーの姿が目に入る、店主は竜のような尻尾が生えた男やら、小学校高学年位の角が生えた女児やら、額に宝石が埋め込まれた男やら、顔の半分や腕が機械化している大柄な男女等々地球では見られない人種が目白押しだった。人種はバラバラでも、全員が武装していると言った共通点が見受けられる。
城壁の城門で機車を止めるとアリスは窓を開けて二三度衛兵へと耳打ちし、手に何かを握らせた。
それを受け取った衛兵は違う衛兵を呼び寄せると、渡された物を懐へしまうと機車を引いている機械を厩舎から出し、それに乗って城へ続く大通りへと駆けていってしまう。
「ニート、悪いけど外にはだせないよ。このまま僕の屋敷に行って、君は別館へ隔離させてもらうよ」
スッと目を細めたアリスは事務的な口調でこれからを説明する。少女と呼べる年齢でもこう言った仕草は軍人だ。
「ああ、構わん」
それは最初から承知している事でもあり、遺跡の中でも説明された事だ。
「悪魔の血を浴びた人間とは別の場所に隔離になるから……その、僕は君と同じ部屋で過ごす。僕が何かしらの病気にかかったら君は処刑する。それでいいね?」
少しだけ申し訳なさそうな声色を感じ取り、ニートは思わず口がほころぶ。
「構わんさ」
非情になり切れぬ辺りがまだまだではあるが、それでも騎士たらんとする姿は好感を覚える。ニートから見れば何事もなかったら友達になりたい人物だった。
ニートの返事を受け取って、アリスは御者に機車を前に進ませる。
「城門の前に随分とバザーがあったが、皆、武装していたな。何故だ?」
坂道を進む機車の中で、暇になったニートが口を開く。
「冒険者が税金のかからない外で商売してるだけだよ」
冒険者、そう言うのもあるのかとニートは喜ぶ。
「まぁ、冒険者って寝るとこだけを国から用意される予備役だから、ああやって稼がないと口に糊する事が……ってニート、どうしたの?」
喜んだのも束の間、辛い現実を突きつけられてニートは凹むだけだった。よくよく思い返せば、帯剣はしてたものの、麻の服を着ている者が大多数で、鎧を着ていても胸当てだけとか、帷子だけとか、地味と言うより切羽詰まった装備ばかりの人間が多数であった。
「冒険者って、儲かるのか?」
「一握りのトップでさえも店持ち商人には劣るかなぁ」
酷い現実である。
少なくとも、冒険者にだけはならない事にした。
遺跡を出たのは日が中天に差し掛かる頃で、町に付いたのが夕陽が綺麗な頃合い、んでもって屋敷についたのは日が半分ほど顔を隠した頃だ。
「そんじゃ、獣牙騎士団の面々はあっち、僕とニートはこっちね。使ってない使用人用の小屋」
騎士団の面々は装備を外すと使われなくなった旧館へと向かっていき、こっちは使用人用の小屋へと案内された。
小屋と言っても一階建てで四部屋はありそうな大きな家だ。文句は出ない。
「そんじゃ、お邪魔~」
ポケットに手を突っ込んだまま、ニートは開かれた扉から遠慮なしに入室する。小屋の中には寝室用の小部屋らしきもの、火のついてない暖炉に食卓用のテーブルと非常に簡素なものだった。
故にとにかく広い。
「とりあえず夕食を運ばせるから、ニートはその辺りで寛いでてよ」
胸当てやら手甲やらの防具一式を脱いだアリスはそんな事を言ってくれた。
「おう、のんびりさせてもらう……その前に、水浴びとかできるか?」
椅子に腰かけようとして、流血した頭、即ち髪が血で固まっている事に気が付いた。このままだと気持ち悪いので流させてほしい。
結構な出血だったが、傷はもう塞がっている。本物のキモオタは体内に備蓄した萌えで傷をふさぐことが出来るのだ。今回消費した萌えは1300キュト、ギャルゲのヒロインの1ルート分だ。
「ああ、そう言えば流血してたね。後で桶と水を持って来させよう」
「助かるぜ」
ニートは寛げと言われたので、家にいるいつもの格好、学ランとワイシャツを脱いで上半身裸になって暖炉の近くにある安楽椅子へと腰掛ける。その体に、アリスは目を見開く。
鋼の肉体とはこういう事を言うのだろう、まるで筋肉の鎧を着ているかのような体だった。
「す、すごいね」
思わず近寄って褒めたくなる程だ。
「そうか? 俺は特に何もしてねぇんだがな」
もう少し鍛えればボディビルダーにでもなれそうな肉体だが、ニートはスポーツも何もやっていない。強いて言うなら、毎年のコミケの為に少しばかり体を鍛えてる位である。
「ちょ、ちょっと触っていいかな?」
恐る恐る腕を伸ばしてきたアリスが申し訳なさそうに尋ねる、その様子を見たニートはニヤリと笑うと、
「俺にエッチな事するつもりだろ? 娼館みたいに」
「そんなサービスしないよ!」
平手で胸板を叩かれてしまった。
「はっはっはっはっは。冗談だ冗談」
お返しにとばかりに、ニートはアリスの額を指で小突く。小突かれた方は額を摩りながら、不満そうな目つきでこちらを見やる。
「まったく、僕はからかわれただけか」
麻のシャツから伸びたアリスの手が頭を掻いた。褐色と言う割にはそこまで黒くもなく、日焼けすればこんな色合いになるだろうといった色合いだ。
二人でそんなじゃれ合いをしていると、扉がノックされる。
「お嬢様、お食事をお持ちしました」
野太い男の声が扉の向こうから響く。
「ああ、ご苦労様。ドアの前に置いといて。それと水浴びの用意を二人分頼むよ」
「わかりました」
何かを地面に置く音と、急いでその場から離れる足音が聞こえてきてから、ようやくアリスは扉の前へと行き、少しだけ開いて地面へと置かれたバスケットを拾い上げた。
「それじゃあ、食べようか」
そう言ってウインクするアリスより、バスケットの中身の方がずっと魅力的だった。何しろ異世界に来てから初めての食事だ。飽食の時代を生きてきた人間からすると、余分なDが付いた美少女より、美味な食事だ。
アリスが食卓にバスケットを置くと、ニートは走らずに素早く食卓へと移動する。そしてバスケットの中を見て、がっかりした。
バスケットの中はワインの瓶が二本と、これでもかと言う位に固く焼き締めた黒パンが詰め込まれていた。
(宮澤賢治も言ってたな、一日に玄米四合って)
玄米は白米の三倍位水を吸う、その量は白米より大分嵩を増している。白米の約二倍の栄養素を含んでおり、昔の人はこれを大量に食べて体を維持していた。
機械なんかがあるのに、この食事の選択力の少なさ……一体全体、この異世界はどんな風に発展を遂げたのかさっぱり謎である。
アリスが文句を言わずにモサモサとパンを食べている事から、この食事は一般的なのだろうとニートは理解して、諦めてパンとワインの瓶を手に取った。
パンに齧り付くと味気ない麦の香りが口いっぱいに広がった。
「魚とか食いてぇなぁ……」
思わずぼやいてしまう。
「海もないのに、どうやって魚を食べるのさ」
ぼやきを聞いたアリスがワインの瓶を片手にそう突っ込む。冷蔵技術がない時代では近くに港がないと魚が食えないのだろう。
「近くに川魚はないのか?」
パンの海の底にあったホールチーズを引っ張り出しながら、ニートは質問を続ける。
「川魚かぁ、食べたいなら明日から取り寄せようか? 川魚よりチーズとコケッコーの肉のが美味しいよ」
虜囚の身で注文するなどとんでもない事だ、しかし肉があるならそれも欲しかったが……今のバスケットにはない。何故だろうか。
「肉か、今日の飯には肉がないんだな」
コケッコーの肉と言うのも、実は少し楽しみだった。何しろ爬虫類の肉は始めて食べる、未知なる食事に冒険心がワクワクしていた。
「今は秋だからね、みんな麦の収穫で手一杯なんだよ」
チーズをもさもさ食べているアリスは、得意げな表情でそう説明してくれる。日本で農家と言えば年中暇して宴会していると言うイメージしかない、イメージでなくとも半分事実だが、中世の農家は忙しいのだろう。
「冒険者から買ってもいいけどね。僕は騎士階級だからそう言うのは恥になる」
貴族と言うのはメンツを大事にする、恥になる行動をすると、仕事を回してもらえなかったり、運が悪ければ降格させられたりもするらしい。
「騎士階級な、アリスは与力なのか?」
与力とは国王から臣下に与えられる臣下である、つまり、一時的に領主の部下として使っていいけど、本来は国王様の部下だよと言う奴だ
「違う違う、僕は地方騎士だよ。領内では騎士の階級だけど、領外なら一般市民なの」
「ああ、そっちか」
所謂従士と言う奴だ。
「忠誠は公爵様にか」
忠義と誇りに生きる奴をバカにする人間が居る、バカにする理由はわかる。自分が何も信じず、プライドすらなく生きていたのに、目の前のそいつが忠義に生き、誇り高く生きているのが悔しいからだ。
ニートはそんな事はしない、忠義に生きる事は難しいと知っているからだ。
「そうだよ。元々は王都の騎士の家に生まれついたんだけど、嫡男が居たから嫁に出すか奉公に出すかって話になってね。それを聞きつけたエカテリーナ様が拾って下さったんだ」
貴族社会は大体そんなものではあるが、女の身で従士になると言うのは珍しい、尚更、武官になるのも珍しいだろう。
ついでに、公爵がエカテリーナと言う名前だと情報を得た。
「ま、僕はもう十三だからね。成人の儀が終わって三年も経っているのに、部屋住みの女を拾ってくれるなんて、奇特な方だよエカテリーナ様は」
アリスは成人の儀と言った所で、左猫耳につけられた乳白色のイヤリングを突く。女は10歳で成人らしい。
まぁ、早熟な子なら子供を産める年齢だからだろうか、母子共に危険な年齢なのだが。
「そうか、いろいろ大変なんだな。騎士様ってのも」
ニートの言葉に、アリスは少年のように笑う、屈託のない笑いを、少しだけ好ましく思えてくる。
気が付くと、バスケットの中身は何も無くなっていた。
後は水浴びをして、寝るだけだ。
サブタイトルは適当です