第五章「一瞬」
第五章「一瞬」
「では行くぞ――」
先生は構えをとった、そして笑みを浮かべると。
「本気で防げ、死んでも知らんぞ」
そう言ったあと、呟いた。
「千度斬る《サウザンド》ッッ!」
『物質作成!』
殺気と同時に盾を作り出す。ほとんど城壁と変わらない厚みを持つ鋼鉄の盾だ、持ち歩くこともできないだろうが、こういう場合に物質作成の魔法は役に立つ。
『魔盾!』
しかし、それに加えて更に強化を加える。恐らく、足りないと本能が告げたのだ。
そして、鳴り響くのは、最早剣戟の音というレベルではなく、爆音の嵐だった。
目を瞑りたくなるのを堪えて、必死にそれを見る。見なければ殺される、そんな状況だった――。
先生のしたことは単純だった。ただ千回斬る、ただし、一瞬の間にだ。一秒に満たない世界、コンマの世界で防御が間に合ったのは警告があったからだろう。みるみるうちに魔剣に盾が削られていく。
やがて、盾が削られきり、持たなくなって僕は斬り飛ばされる。最後の瞬間に『光壁』が間に合ったのはまさしく行幸といえるだろう。
尻餅をつき、遥かな高みにいる存在を僕は眺めた――。まさしく最強、剣戟の爪痕は、先程まで僕が立っていた位置に間違い無く残されていた。
「これが、必殺技というやつだ、覚えておけ」
「これが、サウザンド――」
まるで、「これでも今のは手加減してやったんだぞ」と言わんばかりに燦然と立つ姿。
『覚えておけ』という言葉に、僕は思わず頷いた。これは命令だ、覚えておかなければならない。
そして、立ち上がり、覚悟しておくべきことを覚悟した。
全力かつ最善で最強の一撃を放たなければならない。
先生は、こう告げたのだ。
『返答次第では次で終わりだ』と――。だから僕はその次の攻撃に最大の一撃を持って行かなければいけない。
では、僕が持っているものは何か。
先生が持たざるものは何か。
それは『百』に他ならない。
先生は『百』の武器を持っていない。
それを効率よく運用するための鍛冶の技術を、材料工学を知らない。
僕は常に強力な武器を作ることで挑んできた、通常よりも品質の高い武器を作成するために覚えてきた知識を先生は持っていない。
その為に受けてきた『百』の師匠を先生は持たない。
常に最強であったため、武器は常にあの魔剣一本で事足りるのだ。だから一本で千回同じ事を繰り返す。それが先生の『最強』だ。
ならば僕の最強は――。
「行きます――全力で防いでください、でなければ殺してしまいます」
一瞬、世界が緊張する、僕の意気を受けて、世界は秒の瞬間を止めたのだろう。
距離は十分だ、この距離からでなければ僕の最強は発揮できないだろう。
一度に同じ魔法は一度しか使えない、それは原則だ。二種の想起は一度にはできない。祈りは一度しか届かない。
「――――――ッッ!!」
だから、一度で全てを終わらせる百の武器を知っているのなら、百の武器を全て想起する。材質はすべて希少金属品質は最高品質だ。ありったけの魔力をそこに注ぎ込む。とにかく知ってるだけだ、ありったけ寄越せ神っ!その全ての原則、原理、条件を無視して、とにかく全部だ!
『百の兵器ッッ!』
この、魔法こそが僕の全力だった。足りないものは全て魔法で補う。足りない手は、『念動』では心もとない、手がいる。僕の手が、百必要だ。
だから、この魔法には予め僕の手をセットにしていた。僕の手が槍を持ち、僕の手が剣を構え、僕の手が砲手となる。
莫大な魔力を必要とするのは分かっていた。だからこその全力――。
剣から槍、斧から槌、果ては銃や大砲に至るまで、その数は百の兵器達。
人類の闘争の歴史を武器として、今その全てを一度に叩きつける!
「サウザンド!!」
受けるは、剣戟の最高峰。単純明快にして史上最強の一瞬! 魔剣が輝きとなり、剣閃が光となって溢れ出す! その中に飛び込み、拳と蹴りを浴びせる。この身も、この魔法の一つ。そうあっては格闘術も『百』の一つだ
「はぁ、はぁ……」
位置は交代し、お互いに背を向けている状態から振り返る。肩で息をする、大半の兵器は攻撃と同時に『回収』したが、回収できない分はそうも行かない。何より、不条理を条理としたことが極度に魔力に負担をかけていた。
対する相手は――。
「やるじゃねぇか、まさしくハンドレッドに相応しい一撃だった」
無傷。無傷でこれを凌いだ、クレーターとなった石畳に一人だけ無事にいる。
「まぁ、俺に傷をつけただけでも及第点モノの必殺技だ――瞬発力なら俺のサウザンドを上回るかもな」
額から、一筋血が落ちる。剣か槍か、もしくは無我夢中ではなったこの身かもしれない、何かが一発先生を掠めたのだ――。
続ければ倒せるかもしれないが、とても続けていられない。
「――だが、通さねぇ。そうなれば、答えは一つだ、分かってるな」
先生は、また半身になり片手で剣を構える。
『――物質作成』
作るのは、剣、ミスリル製の最上の物だ。これからの戦いに耐えられる物が要る。
『魔剣』
更に、剣を強化する。これだけやって武器は互角だ。
『筋力強化』
先生に届かない分の筋力を追加する、これで打ち合っても打ち負けない。
『瞬速』
足りない分の腕前は速さで補う、ここまでかけてやっと一人前――。
一人前の――『最強だ』
お互いに、視線を交わし、一歩踏み込む。
『――サウザンドッ!!』
お互いの声が、唱和し、そして剣戟がぶつかり合った。
私は、なにか、その瞬間、『音』を聞いた気がした。
「今、何か音がしなかった!?」
何か、激しい音のようなものが聞こえた気がする。一瞬だけだったけど。
「はぁ!? 気のせいだろ! とにかく前見ろ、前!」
私は慌てて、飛来する光弾を撃ち落とした、灰へと還る――。
「ここに来て更に爆撃めいてきやがったな――喰らいなっ」
ワイヤーブレードが間隙を縫って襲いかかるが――。
『光壁』
教皇は慌てず、全身防御で対応した。
「くっそ、どれだけあるんだ魔力! キリがありやしねぇ!」
「魔人の異能はいくら使っても消耗しないからね、上手く攻守のバランスを取って節約してるみたい」
攻撃に異能を使い牽制し、攻撃は躱せるところは躱していく、躱せきれないと悟った瞬間には魔法で防御、態勢としては完璧だ。
「しかし――こりゃ拙いな、私のワイヤーはまず通らないね、しかも相手は白兵戦の能力もあると見た――あんたじゃ無理だね、返り討ちに合うよ」
確かに教皇は、その服装に似合わず、ハンドレッドがあれだけ苦戦したミューのワイヤーブレードを順調に躱す。躱せば攻撃のほうに余裕が出るので――。
「魔法が来るよ――気をつけなっ」
「わかっ……え?」
今までは、掌に展開されていた筈の光弾が、今度は五指に構えられている。小さいとはいえ、その数五発、いや、両手で打つのでプラス一発。その六発が、直線ではなく、無軌道な起動で襲いかかってきた。どう考えても私では凌ぎようがない。
「ちっ――!」
前に出ていた私を後ろに抱えて、ミューが跳ぶ。ゴロゴロと転がってやっと光の雨を避ける事ができた。
そこに、突っ込んでくる教皇。
「教皇自ら格闘戦かいっ! させないよ」
「私もだいぶ飽きてきましたので、そろそろ切り札を見せようかと――『光壁』」
ミューのピアシングを光の分厚い壁で止める。
「切り札を、取っているのはお互い様さ―――!」
ミューは左手に巻いていた布を取り外し、半分の長さになったワイヤーブレードを振りかざす。相手は光壁を使って他の魔法は使えない、躱すこともできない。
ワイヤーブレードは教皇を切り裂いた。
――かのように見えた。実際には、ワイヤーブレードは、白い服だけを引き裂く。
「一度きりの隠し芸――お楽しみ頂けたでしょうか――ではご退場を願います。ミューティレイト様」
薄いレースのようなものを纏った教皇が、ミューの懐まで潜り込んでいた。
――そして、ゼロ距離からの射撃。光弾を食らったミューは吹き飛ばされ、祭壇から落下していった。
「ミュー!?」
思わず後ろを見る私。落下していっているミューの姿に差し伸べる手もない。
「こちらがお留守でしてよ」
「かっ……はっ」
衝撃とともに振り返ってみれば、鳩尾に蹴りを叩きこまれている。思わず膝をつく私。
「教皇の切り札がよもや格闘戦なんてね、でも、それなら……」
私は必死に藻掻くように両手を振りかざす。しかし、それは届かず空を切る。
『飛行』
相手は空を飛ぶ。
「飛ぶのが魔人だけだと言ったのはどこの誰よ」
これではこちらからは仕掛けることはできない、防戦一方だろう。
「悪いですがさせませんよ、そして、残念ながら時間ももうありません。貴方の腕、貰って行きましょう」
教皇の手に、光が灯る。
僕と先生の一瞬の攻防。
袈裟懸けに切りつけた剣は逆袈裟に迎え撃たれた剣に防がれた。
一文字に切りかかってくる薙ぎ払いを、下からの切り払いで払う。
渾身の突きは相手の渾身の突きに防がれ、お互いに離れ、更なる一撃を放つ。
今ここは誰も介入することのできない『一瞬』だ。
『一瞬』に互いの渾身の力を注ぎ込み、剣戟の音を打ち鳴らす。
互いに一撃一撃が必殺、防御など考えないが故に剣と剣とがぶつかり合う。
――僕は、この『瞬間』が終わるのが狂おしかった。
この『瞬間』が終われば、どちらかが倒れ決着が付くだろう。
よしんば、決着が付かなかったとしても、次の『瞬間』に持ち越されるだけだ。
そう思うとどうしようもない寂寥感に打ちひしがられる。
――だが、そんな余分なものは、この『瞬間』に致命的なものを作る。
だから、切り捨てて大上段から振りかぶる。
この『一瞬』は、僕が先生に習ってきた全てを吐き出すためのものだ。
この『一瞬』は、先生が僕につけてくれる最後の稽古だ。
学んできたものは大きすぎる。
まだ学ぶことは多すぎる。
それでも決着を付けるためには、この『瞬間』を終わらせなければならない。
この『瞬間』が終わるまであと五合、この戦いは次の『瞬間』に持ち越されるだろう。
異変が起こったのは、その一撃だった。
びきっ
音を立てて、先生の魔剣にヒビが入る。
次の一撃を、魔剣の残骸で受け止め切ったのは見事としか言いようがない。
だが、残るは柄のみ、それを敢えてこちらに投げる先生。
それを受け止めても、あと二合。止められない、この技は途中で止めるなどそんな悠長なことは言ってられない。
片方の斬撃は、肩から心臓まで深く切り込み。
もう片方の斬撃は、腹を深く抉った。
この『瞬間』に勝負はついた。
今思えば、それは余りにも愛しい『一瞬』であった。
その残滓の血で地面を濡らしつつ、僕は慌てて先生に振り返る。
先生は、肩と腹に致命傷を負ったまま、煙草を取り出し咥え、ライターで火をつける。ライターはもう必要ないと思ったのか、投げ捨てた。
「幕切れは、興醒めだったな。――よもや魔剣のほうが持たねぇとは、いや、お前の技――ハンドレッド――を受けてしまったのが原因かも知れねぇが」
剣のない自分の掌をながめて、先生は言う。
「ともかく合格だ、通って行け」
口から血を滴らせ、煙草を咥える先生は、眩しいものでも見るかのように僕を見た。
「俺は、英雄を名乗るにはちと偏りすぎた。今のお前はバランスが取れている、だから、俺の代わりに英雄とは何なのか探してくれ」
そこで、一度大きく煙草を吹かし、また咥える。
「それから、最後の命令だ」
その瞬間、破裂音とともに、先生の腹と胸とが吹き飛んだ。
落ちる煙草。
倒せる先生。
泣きながら――いつの間に泣いていたのか――駆け寄る僕。
血溜りに、膝をついて僕は必死に『治癒』の魔法を唱え続けた。
しかし、死者は還ってこない。そんな便利な魔法は最初から用意されていない。
僕の魔法は、空回り、空費されるばかりだ。
「先生! 先生!!」
僕の問いかけに答えるように、もう死に体の先生が口を開く。
「いい、か……これからは、自分の感情のま……まに生きるんだ」
そう言い、先生は僕の頬に手を添え、涙を拭き。
「泣き虫だな、俺の子なのに」
そう言って腕は落ち、事切れた。
僕の医学の知識から見ても完全な死。いや、切った時点でほぼ死に体だったのは確かだがそれでも、僅かに生きる可能性はあった。
それを摘み取ったのは――。
血溜りから膝を上げ、魔剣を握る。
顔をあげ、相手を見る。
敵は聖勇者だった。
片手にバックラー――手が自由になる篭手状の盾――と、もう片方には、見慣れない小さな銃を持っている。恐らく、あれで先生を撃ったのだろう。
僕は、小さく息を吸うと敵を睨みつけた。そこで敵が声を上げる。
「小さい割に怖い顔するねぇ、悪ぃが、第一位が反乱分子に立った時に始末するのが俺の仕事でね。――今回のことは十分、反乱に値するだろう――」
「――うるさい。」
僕は、小さく、そして重い声を上げる、声を上げるのも煩わしい。
「――な」
相手が次の言葉を発する前に、僕は動いた。
「うるさいと言ったんだこの野郎――――ッ!!!!!」
走りこみ、距離を一瞬でゼロにして大きく振りかぶる。
そのまま、全力で振り下ろした。――まさに、感情に任せた、最初の一撃だった。
一撃は、大きく石畳の床を切り裂き断裂させるほどの威力があった。
渾身の一撃を軽々しく避ける、敵。
「これは怖い、避けておいて正解だったな。俺は、第二位のグラビティだ。第一位に対してのキラーカード、第一位を殺せる唯一のカードとして、この地位についている」
敵は、中折れ式の小さな銃から、金属片を二つ出し、代わりに、金属を二つ差し込む。
「――これか? これは、まだ公表もされていない武器でね、拳銃という。隠匿性に優れたマスケット銃と思ってくれればいいが、装填にかかる速度が段違いだ。俺は、デリンジャーと呼んでいる」
――なるほど、あの金属は弾頭と火薬、そして発火装置を兼ねた弾丸ということか、おそらくは、大きな発明であるのは、あの銃ではなく、弾丸の方であるはずだ。
「――しかし、致命的に遅すぎる」
その銃を、構え直す前に斬りかかる。
「サウザンドッ!」
しかも、千回だ、一瞬のうちに千の斬撃を叩き込む――未だ全ての魔法は続行中、相手が先生でなければこれは凌げない、そう考えた。
しかし、グラビティの盾はそれを軽々と凌いでみせた。しかも、一撃一撃を引き付けるかのように盾が『重い』。何らかの魔法の盾か何かだろうか。
「――なっ」
「誰が、遅いって?」
装填を終えた銃を、突きつけながら男は言う。銃は眼前、それも二連射だ。先生を殺した威力から、決して油断はできない武器だ。威力は恐らく大砲級、小銃でその威力が出せるはずもない、恐らく、『魔弾』の一種でも使っているのだろう。
剣で受けては持たない、そう考えた僕は地面を転がり一発目を避けた。
チュンッ!
「っ!?」
床に着弾した弾痕を見る。明らかに、先程に比べ威力が低い。
「ちっ、やっぱ一発目くらい避けるか、だが俺の弾丸は距離が離れるほど避けにくいぜ」
火薬が爆発する音と共に二発目が来る、銃の長所は射程と威力。五十歩離れた場所から鉄の板を撃ち抜くこともできるだろう。だが、この『拳銃』の場合は命中精度を引き換えにして携帯性を優先している、これなら短距離から近距離で有効に使える。
弱点は、弾道が読め過ぎること。基本直線にしか放てないこの武器は、銃口にさえ目を離さなければ避けることができる。無論、その身体能力を持っていればの話だが。
僕は、その例に漏れず、銃口から真っ直ぐ、最低限の距離を膝立ちになりながら『避けた』。
しかし、弾丸はその予想を裏切り『曲がって』来る。僕は慌ててそれを魔剣で受け止めた。
「――――ッ!?」
バキンと音を立てて、魔剣が砕ける。一発目はフェイク、二発目の威力は最初の想定通りの高威力だった。先程までの剣戟の影響か、即席の魔剣はこの威力に耐え切れなかったようだ。
「――どうよ、俺は。強いだろう? 第二位の位置についちゃいるが。もともと俺は第一位より強いんだ、そうできている」
「なにが、そうできている、だ――」
先程の弾丸の軌道は、明らかに拳銃の機能によるものではない。ましてや、彼の技でもない。だとすれば答えは一つ――。
「お前、魔人だな」
聖勇者が魔人、にわかには信じられないことだが、魔法無しでのこの動き。更には、曲がらないはずの弾道を曲げてみせたことが、何よりもの証拠だ。
「さすが、サラブレッドはオツムの出来が違うね、よく勉強してきたもんだ。ああ、俺は魔人の聖勇者――グラビティ様だ、お前の死神にもなるだろうから覚えておけ。何しろ、俺の正体に気がついた奴は例外なく殺すって決めてるからなぁ!」
「ふざけてろぉっ!! 『物質作成っ!!』」
敵の武器は、拳銃、それを見て、僕は敢えて銃で勝負をする。それが最善だと判断したからだ。確かに僕は同じ武器を相手に『極めた』人間とは相打ちにすらならず敗北する。だが、それは相手が『極めて』いた場合、奴はあの拳銃という武器を使いこなしてもいない。
距離は敢えて接近、この距離でこそ腕の差が生きる。お互いに発射する寸前に。
――僕の腕は、跳ね上がった。
「なっ――!」
奴は、その隙に銃を連射する、恐らく二発の銃弾のうち、一発は通常弾で一発は必殺の『魔弾』だと判断する。問題は順番だけだ――想定通り、一発目を避けると背後で大きな炸裂音、二発目は聖衣の腕で受け流す。ジャケットにわずかに穴が開いただけで、聖衣は銃弾の威力など物ともしなかった。
「運がいいな小僧――」
「運じゃ、ないさ――」
大きく後退し、奴の右足に向かって銃を放つ。銃弾は吸い込まれるように奴の盾に当たり、弾き返された。
「なるほど、早くも俺の異能に気がついたか。さすがエリートちゃんだな」
手早く、銃の装填を済ましながら、グラビティはにやける。
「俺の能力は『引力と斥力』つまり、お前の攻撃はこの教皇から賜った最強の盾に吸い込まれ、俺の攻撃はお前が避けようが追ってくる。そして、俺の『魔弾』は受けきれるような威力じゃない。詰んだな、お前」
僕は、それを聞きながら鼻で笑って――。
「そうでもないさ、僕は、お前の弱点をもう三つは見つけている。――まず最初に言っておくがお前、『魔弾』の残数は殆ど無いな?」
奴の笑いが、引きつるのを覚えて僕は逆転してやったとニヤリと笑う。
「はっ、そんなわけあるわけ無いだろう」
嘯くグラビティに僕は続ける。
「理由は簡単だ、お前の残弾が残っていたら、わざわざ使い分けるはずもないんだよ。ケチケチしないで全て魔弾で片付けてしまえば良い。祈りの結晶と同じく、貴重なものと考えたほうがいいな」
グラビティは「チッ」と舌打ちをしてから。銃口を突きつける。
「だが、通常弾でも十分急所を狙えば殺せる。お前が不利なことに変わりはないんだよ。他に遺言はねぇのか? 何なら他の二つの弱点ってやつも聞いてやってもいいんだぜ」
それに対して僕は、マスケット銃を回収しつつ。
「馬鹿、秘密だよ」
腕をまくり、聖衣を露出させる、何のことはない、ジャケットを傷つけるのが嫌だっただけだ。
「なら死になッ!」
続けての発砲、それを僕は迷いもせず両方腕で弾き落とした。
弱点その二、この男は正直過ぎる。
通常弾を使えば急所を狙ってもなんとかなる、だから、通常弾では急所しか狙わない。逆に、何処に当っても威力が十分な魔弾はとにかく的の大きい胴体に当てにくる。
今、奴は目で狙いを僕の頭に付けていた――それでは、「両方通常弾です」と言っているようなものだった。
『ハンドレッド!!』
そこで、この大技である。こいつなら奴の盾も無視して全力でダメージを与えられる。奴自身も、全方位からの攻撃など受けたことはないだろう――しかし。
「斥力」
一言で、奴は射程の遥か外、二十メートルも向こうに跳んでいた。
「ヒヤヒヤさせるな、流石は聖勇者様の必殺技と言ったところだが、当たらなければ、どうということはない――さっきの奴も防いでやったしもうお前に切り札はないだろう、そういうことだ、ゆっくり死ね」
――ああ、そうか、こいつはアレで、必殺技を防いだと思ってるんだ。
奴の第三の弱点は、その異能に頼りすぎている点にある。能力と持っている盾が優秀すぎるが上に、小さな攻撃は受け、大きな攻撃は避ける、それだけで事足りてしまっているのだ。
だが、この弱点は、相手の異能を破って初めて発揮される。
だから、やるべきことは――。
「ああ、さっきのは悪かった、あれは正確にはサウザンドじゃない。防いだつもりでいたんだな、お前は――さっきのは、五百にも満たない粗悪品だ。これから本物を見せてやるよ」
そう言って、魔法をかける。正直言って、魔力を追加してももう限界は近い、次が最後の一発になるだろう。
『魔剣』
両の拳にかける、拳が千の打撃に耐えられるかは不安だが、やるしかない。先程の攻撃は、剣の重さが速さを鈍らせた、ならば素手でやるしかない。
『筋力強化』
引き戻しに、筋力は必要だ。先程のサウザンドは、奴の引力によって盾に剣が引き寄せられたのが原因だ。サウザンドの膂力なら、そんな愚は犯すまい。
『瞬速』
そして、速さを取り戻す、必要なのは目にも留まらぬ速さ、威力など度外視だ。
こうして、仮想第一位が完成した。
「それじゃあ行くぞ、サウザンド――防げるものなら防いでみろ」
一気に走りこむ。二十メートルもの距離があってなお、奴は狙いが付けられない、この後に及んで通常弾など使っているからだ。この速度で僕の頭に狙いを付けようとするのは至難だろう。
当然、放たれた二発の弾丸は、僕に着弾することもなく大きく逸れた――奴が拳銃の扱いに熟知していれば、起きない現象だ。技を無視して能力に頼ったものの当然の帰結と言えよう。
そしてすれ違いざまに拳を叩き込む――今からこれが千発来るぞ、と。
「なんだその威力は、そんなんじゃ当たっても痛くねぇんじゃねぇのか」
『サウザンドッ!!』
ニヤリと笑って千発、拳を叩きこんでやる。
拳の威力はごく軽いもの速さだけをとにかく重視だ――一瞬で千を、実現する。
暴風雨のような拳の乱れ打ちも、盾に次々吸い込まれていく。
いくら『魔剣』で強化しているからといっても、限界がある。拳はみるみる血に染まっていき、周囲は赤い霧が散ったようになる。
それでも――奴の盾を突破できない。奴が、いけると確信し、ニヤつくのが見える。――いや、今はとにかく千を実現するのが先決だ。
そして、一瞬の交錯の末――勝ったのは、グラビティだった。
「――はっ」
ああ、お前は確かに凌ぎ切ったよ。確かに先生に対するキラーカードだったのかもしれない。先生は聖衣を着ないからな、通常弾でも戦えただろう。
しかし、その嘲笑を聞く前にトドメの一言を叩きこんでやる。
『アンド――』
振り向きざまの、トドメの一撃。最初からこの結果は予想されていた。だから、最後に罠を用意するだけで、奴の能力は封印される。
「斥力――くっ間に合わ」
ああ、お前の敗因を教えてやるよ。
『ハンドレッド』
当たっても痛くない攻撃を、自尊心のためだけに千発も止めたことだ。
百の兵器が、異能の使いすぎで一瞬動けなくなった獲物に牙を剥く。
「お前の負けだ――魔人。第一、一位の後に二位が出てくるんじゃ、順番が逆だろ」




