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第四章「灰かぶりのエラ《シンデレラ》」

第四章「灰かぶりのエラ《シンデレラ》」


 やわらかな感触の上で、僕は目を覚ました。

 目の前には、ミューの姿がある、なんだか泣きそうだ。どうやら僕はミューの膝の上で寝かせられていたらしい。

 彼女にまで泣かれては困るので、そっと手を伸ばす。

「……あ、起きたか?」

 上には大地、横には、エラは持ってきたランプが置いてある。

「……あれから、どのくらい経った?」

 ズキズキと痛む頭に手を当てながら答える、頭と腹に包帯が巻いてある。

「三十分も経ってない。一応、手当はしておいた。それから、私や教皇がアンタの場所を知っていたのは聖衣に付けられた発信装置のせいだ、もう破壊してある。手配書の件も、アンタがいる場所を特定して、ピンポイントに配られたものだ。世界中にあんなものいきなり配れるわけがないからね、安心して良い」

「なんでそんなことを、急に?」

 ミューはあっけらかんとして言う

「手柄の横取りされちまったしねぇ、それに、今の教皇はなんだか胡散臭いよ」

『治癒』

 自然回復は待っていられない、僕は魔法でそれを即座に治し、巻いていた包帯を外す。包帯は血塗られていた。そして、起き上がる。

「……行くのか?」

 不安そうに、ミューが尋ねる。

「行くしか無い、僕は彼女を守るって誓ったんだ。『先生』も一度立てた誓いは破ってはいけないと言っていた、それは、男を下げるから」

 僕を見上げて、ミューが口を開く。

「教皇は多分第三砦にいる、私がその砦を守っていたからな。その砦には、他の聖勇者はいなかったはずだ、坊やなら簡単に突破できるはず……だが、教皇は強敵だぞ」

 僕はひとつ頷く。

「だろうね、さっきの光弾一つにしても直撃なら命は危なかった。まさしく最強に相応しい敵だ、でも、先生に比べればどうということはない」

 それに対して、ミューは笑いながら。

「まぁ、確かに、ありゃバケモノだ」

「だから、行くよ。時間が惜しいんだ、本当なら、魔力の回復を待ってからいきたいところだけどね」

「待ちな、私も行く」

 そう言い出したのはミューだった、僕は首を傾げて問う。

「でも、それは命令違反じゃないかな」

「違うね、私が受けた命令はあくまで『塵芥の少女』を連れて帰ること。何より自分の砦に帰って何が悪いんだい?」

 意地悪そうに笑いながら答えるミューに、なるほど、確かにそれなら頷けると思った。

「『治癒』君も無傷ではなかったろう?」

「ああ、助かるよ」

 ミューはそれに微笑んで頷いた

「分かった、一緒に行こう、しかし、男のなったもんだねぇ、あのチビ助が。まぁ、今でもちっちゃいけど」

「ちっちゃいって言うな」

 ミューの手を取る、その手を握りながら思う。

 エラの手も、握ることができるのなら、と。


 悪魔の爪痕。

 現地の魔人たちからは、そう呼ばれる谷の近くに僕達は転移していた。現在は茂みに隠れている。

 ここは深い谷が五つ並んだ地形で、大昔、レギアスが作った地形の一つだと言われている。砦はその谷の上に存在した。

 砦は高い城壁に囲まれているが、中央には更に高い『祭壇』が見える。恐らく教皇はそこにいるのだろう。

「いいかい? 砦の連中は坊やが裏切ったことを知っている。だから、あんたはこの砦を正面突破するしか無い。協力しろというのなら私も付き合うけど?」

 ミューの申し出に僕は首を横に振る。

「必要ない、戦争なら僕の得意分野だ。何よりミューはできるだけ早くエラを助けに行って欲しい。今邪魔がはいらないのはエラだけだしね」

 そう言いながら、ミューに腕輪を渡す。

「お前、これは……」

「ミューはワイヤーブレードを切ってただろう?僕のは長さはそのままだから普通に使えると思う。僕が使うよりミューが持っていたほうが上手く使えるからね、持って行ってくれると嬉しい」

「僕は正面突破をしながら囮役を兼ねる。これですべての戦力は僕に集中するはずだ、ミューは教皇の護衛だとか何とか言って、教皇のもとに先に辿り着いてくれ」

 ミューは、一つ頷くと、腕輪を手に取り僕の目の前から立去る。そのまま砦の裏門の方に向かっていった。

 それを確認して、一呼吸置くと僕はつぶやく、人知れず、笑顔になっていたのかもしれないが、それを見るものはいない。

「さて、悪いがこれからは反撃の時間だ」


 武器は、砲。

 戦争に特化した武器で、持ち運びには非常に難のある攻城兵器だが、その威力は計り知れない。僕は、その武器を初手で使用する武器に選んだ、固い城門をぶちぬくためだ。

 しかもその砲の大きさは僕が知るかぎり砲としての限界ギリギリのものだ。どんな強固な城壁であろうとも、一撃でぶちぬいてみせる。

「十三勇者が一人、ハンドレッドが罷り通る! 恐れるならば道を開けよ!」

 城門付近には、既に兵士達がわらわらと集まりだしている。――悪いが今回は、一人対一軍だ、手加減はしてやれない。

「放てぇっ!」

 『念動』の術で撃鉄を起こし、火薬を燃焼させ砲を打ち出す。声から、轟音まで一瞬の開きがあった。強大な砲弾は人一人分を優に超える。それが、直撃したのだ、城門は城壁ごと物の見事に吹き飛んだ。

『物質作成!』

 更にもう一発分、休む暇なく装填する。そして連続で放つ。繰り返される轟音。兵士達は完全にパニックに陥っている。

『物質作成!』

「更にもう一発だ!」

 声とともに発射される砲弾は音を後に引いて城壁を越え内部まで直撃する。これで砦の大半は瓦礫と化したはずだ。

 手を触れ、巨大な砲台を『回収』する。回収した分だけ魔力が回復するのが分かる。これが、僕が『物質作成』を多用する理由だった。武器を作りだしても、回収すれば魔力消費は最低限で済む、先程の砲弾などはどうしようもないが、相手に合わせて武器を変える、僕に相応しい術だった。

 ただし、作り出すものは自分で作れるものでなければならない。剣ならばその剣を打つ技量を、砲ならばそれを組み立てる知識を要求される。そのための、百の知識だ。

 慌てた兵士達は、パニックになりながらも、次第に迎撃の態勢を取り始める。距離が離れているのでまずは弓や弩、銃兵の出番だ。

『物質作成』

 作ったのは、大盾、身体をすっぽりと覆うそれを抱えたまま、前へと進む色々と弾く音が聞こえるが、意に介せずとにかく進む。

 歩数で距離を測り、近くなったと思った瞬間に盾を回収する。そしてそのまま、長槍を作り出した。

 目の前にいるのは、弓や銃から剣に持ち替えた軽装歩兵達、それを槍で振り払いながら前に進む。

 遅れて、槍や長柄の斧などを持った重装歩兵たちが集まりだす。

「順番が逆だよ、馬鹿野郎」

 重装歩兵は、軽装歩兵の盾として、前線に出なければならない、この場合は、まぁ非常時なのだから仕方ないだろうが。

 作った武器は、戦槌(メイス)、槌の類はとにかく重装の鎧に強い特色がある。弱点はやや距離が短いことだが、遅い重装歩兵の懐に潜りこむことなど造作も無い。

 数人単位でまとめて吹き飛ばしながら、更に進んでいく。

 敵の中にはそろそろ背を見せて逃走するものも現れだした。最初の砲撃から考えたらさもありなん。こちらの想定通りである、最早指揮系統もその士気もガタガタであろう。

 左手に作り出した剣で敵の長槍を斬り落としながらひたすら進撃していく、追撃が間に合わないほどに。

 戦場の混迷は恐ろしいまでに深まっていった。


 そんな中、一人の少女の姿を見かけた。

 尖塔に、槍やら剣からハルバードからとにかく投げやすそうな物から到底投擲には向いていなさそうなものまで床にぶっ刺しまくっている。本人も、装備五割増しといったところだろうか。

「やぁ、また重くなったようだね、リリィ」

「本名で呼ぶな! 後、重いって言うな! このチビ!」

「チビって言うな!」

 相変わらず以上にリリィは運転率が高いらしい。今も燃料投下でカッカと怒りっぱなしだ――正直、あの性格がなければもう少しマシな戦い方が出来るのだろうけど。……僕もちょっと反省しよう。

「――で、君がどうしてこんな所にいるんだい?」

 僕は、微笑みながら問いかける。

「自分の砦が破壊されて、引っ越してきただけよ――もっとも、あたしとしてはこの展開は望むところだけど」

 彼女も、微笑みで答えた。

「悪いけど――君に割いてる余裕はないんだ、一度負けてる君は退いてくれると助かるんだけど」

 彼女は、手元のハルバードを引き抜いて、答える。

「断るわ、あたしとしては、リベンジは望むところだもの」

 ふぅん、と聞き流しながら、その辺に転がっている剣を足に引っ掛け、空中で回して手に取る。

「四位は、来てないようだね、まぁ来てたら君を出さないか」

「ええ、師匠は人間界よ。今、この巡り合わせに感謝しないとね……腕比べができるのは、今限り! 尋常に勝負よ!」

 ハルバードを投げるリリィ。それを、剣で迎え撃った。

「得意のワイヤーブレードは無いようね、小細工は出来ないわよ! こんどこそ全力全開! 受けてみなさい!」

 雨のように降ってくるナイフやチャクラム、中には『見えない』物も混ざっているだろう。

 それに対する手段はひとつ。

『物質作成っ』

 鉄の盾を作りだして、それを全て弾きながら進む。

 投擲武器の圧倒的な弱点は、それが飛来物ゆえ、威力に限界があるということだ。重量と速度を上げ続ければ威力は上がるが、それにはその数倍に勝る労力を必要とする。

 よって、見えていようがいるまいが、こうやって鉄の盾で防いでしまえば関係ない。もっとも、例外になる武器もあるが。

「甘いッ! 鉄の盾だって通すわよ!」

 恐らく、リリィが使おうとしているのは槍投げ器。槍投げの射程と威力を爆発的に増す道具だ。それなら彼女の筋力でも盾を通してくるだろう。

 それを予測して、大きく盾を横に振り、盾で槍を弾き飛ばす。

「それを待ってたのよ!」

 大きく構えを取るリリィ、しかし、間違っている。

「悪いが、勝ちだ!」

 こちらの動きを『見てからでは』遅いのだ。なぜなら、盾を大きく振りかぶっている瞬間に、こちらの構えは既に終わっている。

 盾を、投げつける。重量にして約二十キロ、それが旋回しながらリリィの足元を狙う。つまり、尖塔そのものを、だ。

 尖塔はその衝撃に耐え切れず、脆くも崩れ去る。

「なっ、でも……」

 なんとか体勢を立て直そうとするリリィ、しかし、その空中では避けられまい。

『物質作成っ』

 作り出した武器は、鎖。本来は、鎖は武器ではないが、相手の武器などを絡めとる補助的な使い方も出来る。

 鎖を本人の胴体めがけて投げつける、軽く遠心力をつけたそれはリリィの胴体に絡みついた。

「この武器は、こういう事もできるっ!」

 その鎖を振り回すと彼女が空中で大きく回る。

「とぅっ!」

 手を離すと、リリィは空中を舞いそのまま飛んでいった。

「ひぃあぁぁあああぁあぁああぁ~~~~~~~~~~」

 崖の方に。

 まぁ、あの崖は傾斜もあるし、途中のどこかで引っかかるだろう。

「さらばリリィ、多分もう会うまい」

 僕は再び、砦の中央に向けて走りだした。


 私は遠くで争いの、戦争の音を聞いている。その間に割って入るように、凛とした女性の声が脳に響いた。

「起きよ」

 私が、目を覚ましたのは、眩しい光によってだった。――ここは昼だ、硬い床の上に眠っている。身体がズキズキと痛んで仕方がない。

「こ、ここは……」

 私が目を覚ますと、そこには金と銀で刺繍をされた白い豪奢な服を着た、白銀の髪の女性がいた。目は、輝くような金色だ。

 見渡せば、ここは砦の中の高い台座のようだった、ゆうに二十メートルはある高い建物で、見渡す限り階段などはついていない。出入口がひとつ見える、これは、巨大な一つの建造物の屋上か何か、なのかもしれない。

「ここは魔界にある、人間の砦の一つだ。私は教皇、グレアネール・アルマイル。『塵芥の少女』には、是非とも覚えていただきたい」

 その声は透き通っていて、言葉は丁寧ではあるが、私はカチンと来た。思わず、感情的に反論する。

「私を、その名前で呼ばないで」

 彼女は、そうかと答えると、静かにこう言った。

「では、灰かぶり、灰かぶりのエラ(シンデレラ)とでも呼んだほうがいいかね?」

 私は、その言葉に怒りよりも驚きを覚えた。

「なんで、貴方がその名前を……!」

「貴殿の名は魔人の間では有名だよ。調べるのはそう難しいことではない」

 だが、その為には魔人の社会に入る必要がある。――ああ、いや、そこまで。

「エラよ、一つ、貴殿に訪ねたいことがある、重要なことだ」

 彼女は私を見下ろしながら、声を放った。

「私のもとに来る気はないか? 私は、魔界の破壊を考えている」

「なっ……」

 驚くが、いや、驚くほどのことはないと言葉を飲み込む。

「何故私を取り込もうと考えたの……?」

 立ち上がりながら、その言葉に答える。それも、答えを聞くまでもないことだ。

「何、出来れば確実性を取りたいのでね、出来れば私の手を取って貰えば良いと思っただけだ、おっと、貴殿に手を取られては私が死ぬか」

 冗談を言う彼女を前に私は身体に動かない場所はないか、確認する。十分に戦える、割と私も丈夫にできている。

「早く言って、私を利用する意味を」

 それに彼女は両手を広げながら答えた。

「何を言うか、可能なのはお前一人であろう? 世界を破壊するなどという偉業を可能とする異能使いは」

 心臓を打つような衝撃が広がる。彼女は、全てを分ってて言っているのだ。

「確かに、貴殿ならば可能なはずだ。この世の全てを破壊する、爆弾のような存在だ」

 私は、自分の両手を見つめながら言う。私に向かって弱い風が吹き始める。

「――確かに、私には可能だと思う、そういう手応えを感じる。私が全力を出せば、この大地に触れ、そう願えば――この世界もあちらの世界も全てを破壊し尽くすことが可能なのかもしれない」

 それを見て彼女はニヤリと笑い。

「――で、あろうな、そうでなければ困る。私として可能性は二つあると考えてきた」

 彼女は、私の腕を指さし。

「それが、その腕が単体で機能する場合。その場合最後には貴殿自身をも灰に変え、腕だけがこの世界に残り、落ちた腕は二つの世界を消し尽くして全てが終わるであろう――その場合であれば、その腕切り取って、厳重に管理しなければならない」

 指を、私の顔に突き出し。

「もう一つは、それが、貴殿の意思で使える異能である場合、その場合、貴殿の協力無しでは、私の大願は成就せぬであろうな。その為には、意思を変えてもらうために少々酷い目にあって貰わねばいかぬかもしれぬ」

 私は、ため息をつきながら。

「どちらの場合も私はろくな目に合いそうもないわねぇ」

 彼女は、笑みを浮かべたままで、付け加える。

「いやいや、そうでもないぞ。前者の場合、貴殿は煩わしい両腕の管理から解放される。望むなら、こちらから最高の義手でも贈らせよう。後者の場合はそうだな、この場で、頷いてもらえるだけで歓迎しよう」

 その答えは、できている。

「お断りよ、ついでに言うのなら答えは前者でもあり後者でもある、私は今この腕の力を抑えている、全力を出せば、世界も破壊できるかもしれない。切り取っても、それなりには使えるでしょうけどね、多分世界は壊せない――将来的には、どうかわからないけど」

 確かに、将来的には私はこの腕で、二つの世界を破壊してしまうかもしれない。それを考えるのなら、人間に腕を委ねるのが懸命な判断かもしれない。

「だけど、悪いけど、この魔界は私の故郷でもある――戦乱ばかりしかないどうしようも無い場所だったけど、愛したものくらいはあった。それを壊そうという貴方の言葉には、私は乗れない」

 彼女は「そうか」と答えて、私から離れる、戦いの距離だ。

「一つだけ弁解しておくが、私は魔人を滅ぼそうなどという気はない。ただ――二つの種族が争うには二つの世界は余りに広すぎる。一つになれば、自ずと強いほうが生き残るであろう。その決定に私は異を唱える気はないよ。どうだ、これもお主らが望んだ、戦乱の根絶には成り得ぬか?」

 それに「それで?」と私は答える。

「結果がどうこうって訳じゃないの、私は、私を傷つける全てから私を守るって言ってくれた人がいる。その人以外に、私は身を委ねる気はないというだけ」

 光を消し、塵が舞う――両腕が、暗闇に閉ざされる。空気が消え、灰と塵が舞う。空気が無くなった場所には新たな空気が吹き込み、強い風が吹き、灰と塵が飛び交い始める。

「知ってる? 太陽は、塵の神様が作ったの、光を消すと塵が出るから。空気は、もう混ざり切ってどちらがどちらのものか分かりもしないわ――これだけ混ざってしまった世界で、どちらか一つだけを決めようだなんて、傲慢だと思わない?」

 教皇は、両手に二つの光弾を作り出し、答える。

「残念ながら、決裂だな、あとは貴殿が首を縦に振るまで傷めつけることとしよう」


 僕は――ハンドレッドは――ひた走っていく。

 兵士達は、士気を失って追ってこない。誰が聖勇者に勝てるというのか、と言い合ってる始末だ。勿論、負けるつもりもない。

 階段を上がれば、後少しで祭壇まで辿り着く。

 そこに、見知った顔を見た。

 レザーのジャケットにズボン。聖勇者なのにそれらしい格好は何一つしていない。権力を借りたい時に着る主義で、もとより防御力など気にしない。

 なぜなら彼は最強の『剣』を持っているから。

 敵に回せばこれ以上ない悪夢だろうが、大丈夫、あの人はきっと味方してくれる。そういう人だ。僕がこの世で一番尊敬する人だ。

 僕の眼の前にいるのは、サウザンド。いわゆる『先生』。第一位の聖勇者が来ているとは聞いていないが味方になるのなら千人力だ。

「先生!」

 喜んで、駆け寄る。

「よう坊主、元気か」

 先生も笑顔で答えてくれた――だが。

 その次の瞬間に殺気。続いて、斬撃。

 僕はあまりのことに回避するのも一瞬忘れてしまった。それでも聖衣を少し切られた程度ですんだのは、その剣が警告による一撃だったからだろう。思わず僕は、その場にへたり込む。

「――なんで」

 先生は、それに対しては笑顔で答えた。

「女に誑かされて、こんな所までやってきたんだって、いや、我が生徒ながら立派だ。やはり男はそれくらい馬鹿じゃないとな。しかし手配書は見たが良い女だ、お前にはもったいないかもしれねーな」

 先生の手で助け起こしてもらいながら、僕は答える。

「あ……うん。可哀想な娘なんだ、僕が助けてあげないと、危ないんだ」

「分かっている、大体の事情は教皇から聞いている。お前は立派だ、それならば十分だろう。何も間違ったことなんかしちゃいない」

「ああ、だから僕の手助けしてくれると――」

「だから、ここは通さない」

 僕の言葉を切って、先生は答える。

「――だから、なんでだよ。僕は先生の言いつけ通り」

「頑張ってる、だから通さないといっている」

 なんだそれ、訳がわからない。僕は先生の命令通りにやってきて、先生の言ったことは全部守って、ここまで来たっていうのに、肝心の先生が味方してくれない。

「きょ、教皇の命令だから通せないのか? な、なら――」

「いや、俺は、俺の意思でお前を通さない」

 またもや、先生は僕の言葉をすっぱりと切り捨てた。

 そうなれば、僕の意志は決まっている、当然だ。

「――なら、僕は通らない、命令をくれ。僕に『止まれ』って! 僕はその命令がないと動けない!」

 通らない、エラには悪いけど、本当に心苦しいけど……先生の命令なら仕方がない。だから、先生に新しい命令を貰って終わりにする。

 そう、先生の命令だから仕方ないんだ――だけど。

「命令は与えない――お前はここを通るといい、俺を倒して」

 だけど、それに対する答えは絶望的なものであった。

 先生は、命令を与えてくれる事もない。なら、その前の命令に従って先生を倒していくしか無い。僕に先生を手にかけろと、僕に、先生と戦えと――?

「馬鹿な、そんな事出来る訳が――」

「やるんだ! 男だろう! 誓ったんだろう!! なら曲げるな、来い!」

 三度、先生は僕の意志を断ち切る。

 先生は、片手に剣を構えて真正面から僕を見据える。僕は、どうしたらいいのかわからない。

「来ないのなら、こちらから行くぞ――」

 先生は、本気だ。本気で戦っても、勝てるかどうかもわからないのに。僕は心が定まらない。

『物質作成』

 長槍を取り出し、距離を取る。先生が剣を使うのなら、これしか無い。本当は飛び道具が使いたかったが、アレでは連射性に難がある。

 先生が、一歩を踏み込んだ。僕はそれに合わせるように槍を突く。

 戦いの火蓋が、切って落とされた。


 私は、二つ飛来してきた光弾を両手で掻き消す。

 片方は灰に、片方は塵へと還った。

「これは――」

 一体どういうことなのだろう、いや、答えは分かりきっている。

「貴方、魔人――?」

 その問いに彼女はほうと唇の端を釣り上げて。

「それは半分当たりだな、私は、魔人と人間の間に生まれた落とし子。だから、神の力を借りることもできるし、異能も使える――だが、見抜いたのは貴殿が初めてだ」

「――なんで、それなら一層、貴方は片方に執着する理由なんて無いじゃない。貴方はどちらでもあるのだから」

 それに対し、彼女は呆れたような目で見つめ、ため息をついた。

「そうか――貴殿は見たことがないのだな、人間界で生まれた魔人の事を」

 彼女は手を止め、それについて語り始める。

「人間の間に生まれた魔人は、異能に目覚めた瞬間に、『狩られ』始める。周囲は全て人間だ、当然、目覚めたばかりの魔人では敵うはずもなく、その命を散らされる。その点私は幸運だった、丁度、持っている異能が習っていた魔法と酷似していたからな。私は元から持っていた魔法と合わせて、この権力まで上り詰めたが――はっきり言って、今でもバレれば追われる立場だろう、気が気でないよ――何しろ、今まで味方だったものが、次の瞬間全て敵に変わるのだから」

 それには、同情するしか無い。しかし、歩み寄るほどの余地ではない――不幸は、お互い様なのだから。

「だからどうしたって言うのよ。貴方は教皇で私は魔人、お互いに大した人生送ってないようだけど、生まれが選べるわけではないわ」

 そんな私に対して彼女はこう告げた。

「そうそう、不幸で言うならもう一人――ハンドレッドだったか、あの十三位、今頃第一位と戦っているはずだ。サウザンドとな――あいつも良く分からない奴だ。わざわざ自分の命令に従うように育てておいて、今更その始末は自分でつけると言い出した。言っておくが、私の名にかけて奴は嘘を言ってないぞ」

「それは――」

 それは、まずい。彼は『先生』に依存しすぎている、そんな状況になれば――。

 そこに唐突に横合いから真っ直ぐ銀色の光が、教皇に向かってやってきた。

『光壁』

 そう唱え、ワイヤーブレードによる刺突を光の壁で弾き返すと同時に、光弾を一つ叩き込む。人影はそれを回避したようだった。

「人が会話に興じているというのに、無粋だな。第七位」

 その攻撃を仕掛けた人物も、驚いたように声を出す、ミューだ。

「馬鹿な、魔法を二つ同時に使うだと!?」

「そいつは魔人よ! 気をつけて!」

『光弾』

 掌から光弾を両手に一つずつ、片方が彼女の異能、片方は教皇の魔法だ。

 それを、避けながら私の方に走ってきたミューは私を抱え上げ、一旦距離を取る。

「事情はハンドレッドから聞いてる。アンタ殺しはできないんだろう? いいか、私が攻撃、アンタは防御をやるんだ。背中は預けた」

「そんなのはどうでも良い! 今ハンドレッドが『先生』と戦ってるって――! あの子じゃ『先生』とは戦えない! 助けに行かないと――」

 苛立ち声でミューは叱り飛ばす。

「んなもん分かってる!! と言うかアンタより知ってるつもりだ! だが、あいつは囮に徹して第一位(サウザンド)まで引きつけた、それで十分な戦果なんだよ。分かってるか!? アンタを助けるためだよ! 第一位がこっちに来てないってことはなんかの事情で――あるいは、坊やの努力で――あいつを引き止めてるってことだ! それを無駄にするな、私達にできることは今目の前にいるアイツを倒すことだけだ!!」

「でも――!!」

 それでも縋りつく私に、小さな声で彼女は呟く。

「最初、サウザンドが親代わりをやるって言った時、私は母親をやりたかった――だが断られたんで、師匠に落ち着いたんだ。世界にあいつほど可哀想な子供はいない、あとは、恋慕とかそういうやつだ――その二人が戦ってるんだ、何らかの覚悟があるのさ、私達が、関わったらいけないほどのね」

 教皇は、そんな私達を見て、笑いながら両手を構える、両手に光が灯る。

「話は終わったか? それでは行くぞ」

 再び迫る二つの光弾、それを消し、塵と灰とをまき散らしながら私は前に出る、暗闇に閉ざされた両腕を構えて。

「――私は殺せないって言ったわね、それは訂正するわ」

 灰と塵を背にして、私は世界の敵で在り続ける。

「ハンドレッドが、彼が今戦っているものの重さは、今の私以上だから、だからその分私も前に出ないと追いつけない」

 だから、私は、今までの私と戦って、決意する。

「――今日の私は殺すわ。アイツを、この世から消すつもりで戦う」

 一瞬、世界が緊張する、私の意気を受けて、世界は秒の瞬間を止めたのだろう。

「灰は灰に塵は塵に、貴方がどちらに居るのかは知らないけど。神から作られた以上――還れ」


 僕は槍で剣を弾く。

 ギン――ギン! ギン!!

「くっ――うっ、ハァッ!」

 長槍と剣の勝負は、その相性とは真逆に長槍の防戦一方だった。先生の一撃一撃が重く、振り回される。

「どうした――こんなものかっ! 馬鹿の一つ覚えのように物質作成一つで対抗できるつもりか?」

 先生は三連撃の初撃で槍の穂先を刈り取り、そのまま間合いを刈って行く。あっという間に、長槍は剣と変わらぬ長さの棒となった。

「くっ――」

 分が悪いにも程がある。密着するほどの接近戦(クロスレンジ)に移ろうとして――刹那、吹き飛ばされた。剣の柄で殴られたのだ。

「相手との間合いを常に変え、自分の間合いを確保する。相手の武器には常にそれより有利な自分の武器を使い、常に弱点を狙う。足りないものがあれば魔法ででも補う。――それがお前の戦い方だったな確か」

 それは、いつもすべての師匠から言われていたことだ、それが僕のコンセプトだった。

「何を――今更」

「お前はその程度だったか? まだそこで立ち止まっているのか? 俺と戦いたくないからか? その程度の理由で立ち止まれるほど、俺の命令は軽かったか?」

 そうだ、命令だ。命令は絶対なんだ、だから、先生を倒してでも進まなきゃいけない。だけど、そんな決心僕にできるはず無いじゃないか。

「命令は――命令だけど、僕はそんな命令を受けるために……頑張っているんじゃ無い、僕はただ――」

 斬! ただの一撃が僕の眼前を擦過する、僕は本能的にそれを回避し、溢れた涙さえ剣は両断する。

「感傷などいらん。そんなものは置いていけ、お前は、もっと機械になるために生まれてきたんじゃないのか?」

「――違う! 僕は――僕は―――ッッ!!」

 こんなにも言葉に出来ない感情があっただろうか。こんなにも自分の不甲斐なさを感じたことがあっただろうか。僕の世界は閉じていて、それで幸せだった。だけど開いてしまった、それだけで、それだけでこんなにも不幸になる話があってたまるものか!

 続く剣を、僕は敢えて剣で受け止めた。敵わないと分かっていての玉砕、そして疾走。

 砕けた剣を僕は投げ捨てる。

「なら――僕は戦う。エラと先生、両方を取る。先生を倒した上で先生を殺さない。先生の命令通り、全力で手加減して終わらせてやる」

 先生は、それを聞いて鼻で笑いながら。

「確かに、それなら命令通りだな。しかし、できるものならやってみろ、それがお前の実力で出来る事ならな」

 何故か楽しげに剣を握りなおして、距離を詰めてくる。

『瞬速』

 擦過の瞬間に唱える。すれ違いざまに一撃入れられるが、すんでの所で躱し切る。

 ――このくらいやって無ければ敵わない。すれ違った二人は超遠距離、作った武器は――大砲、発砲即座に回収する。

 相手がバケモノなのだ、これくらい埋めなければ勝機はない。ついでに懐に手をやる、目的のものは常に携帯している武器の一つだった。

「面白い」

 その砲弾を、剣で粉々に切り飛ばす先生。刃こぼれ一つないということは、あの剣は魔剣の一種なのであろう。

『物質作成』

 その間に銃を一丁作成する、そして一気に飛びかかる。

 巨大な弾丸を突破したその眼前に、突きつける銃口。もう片手で手にした緑の粒を口の中に放り込む。

 その銃を斬ろうとするが暴発覚悟で発砲。案の定暴発となったが、手は離したためこちらにダメージはない。むしろ一連の流れからして、当たれば幸運な一撃だったのだ。こればかりは致し方あるまい。

 その煙幕の向こうでガリッと粒を噛み砕き、溢れる光ごと飲み込む。

「祈りの結晶か――万全ということだな」

 祈りの結晶、文字通り神に祈った際に極稀に発生する結晶体である。魔力を回復させる効力を持ち、教会はこれを発見しだい接収する。魔法使いが祈った際に多く発現し、聖堂などの多人数が祈る場所でも見ることができ、個人でも稀に手にすることができる。――その特性からか、裏では高値で取引されているという噂もある。

 魔法使いの聖勇者は必ず一つは持たされており――今飲み込んだものも、その上質なものの一つだった。

「あんたが相手だ、万全でなければどうかしている」

 剣を持った相手にして無手、しかも距離は相手が得意とする近距離。

 それを以てして、僕はニヤリと笑った。


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