水玉はじけて輝くひかり―2―
そう声をかけてきたのは、クラスメイトの藤咲浩平だった。さっきカフェに入ってきた負け組なのだろう、派手な団扇で、これまた派手な金髪の頭を扇いでいる。
「よお」
「あ、こんにちは、藤咲君」
修二とは愛想もなしに、佳帆は笑顔で浩平に挨拶する。「よう、暑いねえ」と言いつつ、浩平は修二らが座るテーブルの空いた席へ断りもなく腰を下ろした。それを咎めることもなく会話を弾ませる修二の様子に佳帆は少しがっかりした。せっかくの休みで、修二と二人きりの時間を満喫しているのだから、断ってくれても良かったのにと。
「喉渇いて干からびそうになってたから、入っちゃったよ! あーすみません、コーラと水下さい! で? 二人で何してたの?」
店内に浩平の大きな声が響く。他の客たちはむっとした表情を浮かべ、相席している佳帆らを睨んだ。佳帆は愛想笑いを浮かべる。暑さでイライラしているところに、大声だ。確かに気分を害しても当然だろう。
「お話してたんだよ」
「俺んちに行くとか行かないとかっつーな」
「まじかお前ら」
椅子をガタガタと鳴らし、全力でリアクションする浩平。小学校から同級生である修二にとってそのオーバーリアクションは慣れたものだが、佳帆は未だに慣れない。芸人でも目指しているのではないかと思える程の、リアクションなのだ。本人に一度聞いてみたことがある、どうしてそこまでリアクションが派手なのか、と。すると彼はこう答えた。「それが俺の生き様だ」と。
少々呆れ顔の佳帆を他所に、浩平はその生き様を遺憾なく発揮して話を続ける。
「多感な男女のデートがカフェで一日お話しましょって、いつの時代だいつの! もっとこう、あるだろ高校生らしい遊びがよ!」
ほっといて欲しいと佳帆は思った。
「お前みたいに元気いっぱいならそれもありだがな」
が、佳帆の思いとは裏腹に修二は話に乗ってしまう。佳帆は仕方なく話を続けることにする。
「高校生らしい遊びって、例えばどんなこと?」
浩平は凍って固まったように動きを止める。予想だにしなかった返答なのだろう。
「あ? えーと例えば、ボーリングとか、プールとか? ウィンドウショッピングとか! だよな?」
浩平の声はやたらに大きい。先ほど目があったサラリーマン風の男性の視線が痛い。浩平の話の途中コーラを持ってきた店員も、すこしうんざりしたような表情だったように見えた。佳帆は決める。視線での苦情は一切無視しようと。
「俺に振るな」
修二は修二で浩平の問いに律儀に答える。しかし身を乗り出して喋る浩平に圧倒されてか、全体的に引き気味だ。
「動物園は? 水族館は涼しそうだよね」
助け舟のつもりで佳帆は口を挟む。すると、浩平は両肩を上げ、両手を上げ、首を横に振った。リアクションどうこうよりも、その動きが無性に腹が立つ。
「神之木~そいつぁ勘違いってもんだぜ、水族館は水がいっぱいあるから涼しいと錯覚するだけだぞ」
ちっちっち、と指まで振られた。いっそ本格的に芸人にでもなればいい。
「動物園もなぁ……炎天下の中歩いてたら死の散歩、デスハイクだろうし、却下だな」
どういう訳か修二の言動もかなり怪しくなってきた。勘弁して欲しいと、心で訴える佳帆。
そこで浩平がポンっと手を叩き、何かを閃いた。
「あそうだ! カラオケは! あそこなら涼しいし、ドリンクも飲み放題だろ!」
ひゃほーい! 俺って天才! と続かなければ、両手を上げて賛成していただろう。浩平の生き様は明らかに空振りしていると佳帆は思う。だが、確かにカラオケはいい選択かもしれない。
「賛成かも、修二君の歌聞きたいな」
それが一番の理由だ。佳帆自身はそこまで歌うことは好きではない。だが特に何をしていたわけでもない修二は、とても歌うのが上手かった。
まだ付き合っていない時、女友達四人と修二、浩平ら男子四人でカラオケに行ったことがある。その時、ほとんど浩平がマイクを離さず女子一同は辟易しており、修二にマイクが渡ってもまだ男子が続くのか、と思ったほどだった。佳帆もカラオケなんてなんで来たんだろうと嫌気が指していた程だ。
しかしどうだ。修二が歌い出した途端、それまでの嫌な気持ちは何処かへ吹き飛んだ。一瞬にして心を奪われたかようだ。カラオケの大した音源ではないとは言え、完璧なまでに音源と一体化し、耳にとろける様な甘い声が響く。修二は失恋ソングを歌ったのだがそれでも。佳帆の心を揺り動かすには十分すぎた。その時人生で初めて、佳帆は一目惚れというものを体感する。
後に聞いた話だとそのカラオケに参加した女子全員が、修二に恋をしたらしい。魔の魅惑とはまさにこのことだ。
「歌っている奴は暑いけどな。……まてよ? ここから一番近いカラオケボックスというとまさか」
佳帆がそんなことを思い出しているうちに話は進んでいく。
「ご察しの通り、お前の姉貴のバイト先、だな!」
「やっぱりか」
修二には四つ違う姉がいる。名を茜と言い、佳帆とも顔見知りだ。浩平はサバサバした茜に好意を抱いており、きっとここに寄ったのも茜に愛に行く途中だったのだろう。
「結局ここに来るのね、みたいな顔されるから嫌なんだよなー。……ま、他に行くとこないし、いいけどさ」
「いいじゃんかよぉ! 俺も一緒に行くわ! ちょうど茜さんに用事あったわけだし!」
佳帆の考えはドンピシャだった。できればふたりっきりで行きたいのだが、修二は断る素振りも見せないので、一応聞いてみることにする。
「あれ? 藤咲君も行くの?」
「なはは! うん行く! 茜さんに会える上、神之木の美声が聞けるなら一石二鳥だかんな!」
こういう時、佳帆は純粋に浩平の素直さを羨ましいと思った。言いたいことも言えず、おどおどするばかりの考え込んでしまう自分の性質では、こうもあけっぴろげに物を言えない。
「おら、行くなら早く行こうぜ、ご馳走様」
修二は何を感じたふうもなくさっさと外へ行く。
「あれ! 勘定は!? 仕方ねえ俺が払っとくか!」
そして浩平も何も気にした風でなく、勘定を済ませようとしている。この二人は長い連れ添いで、自然な流れなのだろう。だが佳帆はそれについていけない。慌てて鞄から財布を取り出し、せめて自分の分だけでもと小銭を漁っていると、
「待て神之木。ここは俺に払わせてくれ、頼む」
と珍しく真剣な表情をした浩平に財布を閉じられた。意味が分からず財布と浩平を交互に見ていると、浩平は突然にやっと笑って、小さくこう言った。
「その代わり、女子に浩平くんは優しいイケメンだと噂を流してくれ!」
これである。呆れて物も言えない佳帆。
「そういや、さっき水晶がどうのって話してなかった?」
勘定を済ませつつ、浩平が話題を振ってくる。浩平という男は、話していないと死んでしまうのだろうか?
しかし、興味のある話だったので、話を継ぐ。
「うん。修二君の部屋に水晶のようなものが見えて、気になっててさ」
「あぁ窓際のな! あれは水晶だよ水晶! そういやあいつ偉く大事にしていたな。触ろうとしたら怒られたほどだ」
修二でなくても怒るだろうと、佳帆は思った。水晶は日の光を集めて輝くのだ。そしてその神秘的な力が増していくと言われている。だから、日を三つ合わせて、晶。ひかりと読むのだ。それを何も知らない人間が汚れた手で触ったりしたら、陰りが出来て力が薄くなってしまうだろう。そんなことも知らないのか?
ま、知らない方が普通かな、と内心自嘲気味に笑う佳帆。そしてそれが顔に出てしまったのだろう、浩平も釣られて笑い出す。
「しっかしおかしいよな水晶が大事って。なんだろ、前の彼女とかにもらったものとか! あはは! まあそりゃないか。プレゼントにしてもなんで水晶! って感じだし」
刹那、佳帆は心に冷たいものが流れるのを感じた。
ホンの少しの、でも確かな冷たさ。
それは言いようのない、例えようのない、何か。
突然佳帆の笑顔が消え、浩平は少なからずしまったと思った。自らの性格を把握しきっているわけではないが、きっとまた余計な事を言ってこの少女を落ち込ませてしまったのだろう。浩平も背中に冷たいものを感じる。佳帆とは違い、ただの冷や汗であるが。
「修二から、何も聞いてないの?」
「うん」
地雷を踏んだと浩平は思った。その地雷を設置したのは自分だということも忘れて。笑顔のまま固まる浩平と、心で雨でも降っているんじゃないかと思うほど暗く沈んだ表情の佳帆。そしていつまでもレジスターから離れない客に困惑気味のカフェ店員。
浩平は願わずにはいられない。誰か助けてと。
「おいお前ら、いつまで待たせる気だよ、俺を蒸し焼きにする気か」
カフェの外に出た修二がじんわりとかいた汗を拭きつつ戻って来る。浩平は九死に一生を得た様な心地で修二を見、気分爽快に外へ飛び出した。
それと打って変わって暗いのは佳帆。修二の顔を見ても、落ち込んだ様子は変わらない。
「どした? 行くぞ」
「うん」
佳帆の変化を修二があまり気にしない。どうせ浩平が余計なことでも言ったのだろうと、思ったからだ。そしてその予感は合っている。が、しかし。ここで誤解をといておけば良かったと後に修二は激しく後悔することになる。
外に出る三人。修二と浩平は先を歩きじゃれあっている。
佳帆はその背中を少し後ろから追い、見つめ呟く。
「大事なもの、なの? その水晶は」
その言葉が、修二に届かないと知っていながら。
夏の外は、どこまでも抜けるような青空で、遠くに積乱雲が見える。
きっと夕方には雨が降るだろう、と。
道行く陽炎の一人が誰ともなく言った。
オーディオドラマだと始まってまだ五分たっておらず、脚本上では四ページです。あれ、ペースがおかしいな? あと脚本では11ページあるぞ?