なーろっぱ世界の短編 婚約破棄とか聖女とかドアマットとか転生とか
わたしのコピーを作った婚約者様。コピーさんはわたしの本心をご存じです。
真夜中。
吹きすさぶ嵐に煽られた雨がお屋敷の屋根を容赦なく叩く音がしています。
わたしは、ゴーダツ侯爵令息であるチンチラ様に実験室へ呼び出されました。
実験室は、また内装が変えられて、壁はピンクと白の二色の縞模様になっていました。
ああ、また無駄遣いを……でも、それを言えばひどい目にあいます。
血を限度まで抜かれたり、わざと傷をつけられて再生する実験をされたり……。
だけど、このお屋敷でチンチラ様にそれを言わなければならないのはわたしだけ……
言いさえすれば、実験されたり採集されている間は、チンチラ様の浪費は止まるのです。
それがわたしが素晴らしいチンチラ様の婚約者として生きる道。
ささやかなしあわせなのです。
わたしが覚悟を決めて、口を開きかけると、
「お前は婚約破棄だ! 解除!」
チンチラ様は叫び、わたしに向かってにズビシィィと指先を突きつけました。
指の先から黄色い光線がほとばしったと思うと、
「きゃぁぁぁぁぁ!」
出入りの商人と交渉する時以外、わたしが唯一身に着けるのを許されている服が千切れ飛びました。
ジャガイモを入れる袋に首と両腕を通す穴が開けただけの服ですが、わたしの唯一の財産なのです。
その上、『錬金術には処女の血が必要なんだよ!』という理由で装着させられていた貞操帯までが、弾け飛んでしまいました。
生まれたままの姿にされて、腕と手で胸と股間を必死に隠してしゃがみこみながらわたしは、
「でっですが、わたしがいなければ公爵家のお仕事は! なによりっチンチラ様の崇高なお仕事も続けられなくなってしまいます!」
今まさにわたしに婚約破棄したチンチラ様は錬金術の天才なのです。
ですが、お金を湯水のように使うので、公爵家はいつも破綻寸前です。
だからこそ、幼いころから実家のサクシュ男爵家で全てを仕込まれやらされていたわたしが求められて婚約していただいたのです。
わたしは必死になって公爵家の破綻を止めようと、帳簿をつけ、商人と交渉し、身を粉にして働く日々。
ですが、それでも天才であるチンチラ様と釣り合わないわたしでは、みなさんを満足させられません。
義父母様は『息子の天才を理解しない』とわたしをいつもなじり。
兄を崇拝し部屋中に兄の似姿絵を飾っている義妹様は、
『わたくしのほうが超絶天才のお兄様にはふさわしいですわぁ! お兄様は天才ですもの禁断の関係なんて問題にしませんわぁ!』と叱責なさいます。
そのうえチンチラ様の幼馴染様までもが
『みすぼらしいブタァァ! アタシの方が彼の婚約者にふさわしいのよ!』とわたしに身の程をわきまえさせてくれます。
そんなおふたりですが、わたしをわきまえさせる時だけは気が合うのです。
わたしは始終階段から突き落とされ、殴られ、蹴られ、怪我をすることはしょっちゅうですし、一度死んだことさえあるのです。
そのたびにチンチラ様は『ちっ。手間をかけさせるんじゃない役立たずが!』と罵りながら、錬金術で怪我や骨折を治し、蘇らせてくださるのです。
奉公人様達も、至らないわたしのことを、尊重してはくださりません。
当然のように全てを押し付け見下してくるばかりです。
ですが、チンチラ様のお情けで貞操帯をつけていただいたおかげで、チンチラ様の研究に必要な、清らかな身体を守らせてはいただいておりました。
こんなに至らないわたしですが、チンチラ様はわたしを婚約者として扱ってくださっていたのです。
それを外されてしまったということは……。
「くっくっく。お前の能力は把握済みだぁぁ! オレは物語の三下悪役のようにバカではないのだ! お前のざまぁなど対策済みぃぃぃ!」
「わっわたしはそんなものは望んでおりません! お願いです! もっと身を粉にして働きますから! せめて貞操帯だけでも身に着けることをお許しください!」
わたしは惨めさを必死にこらえて、裸のまま土下座して床に頭をこすりつけました。
実家には売られたも同然なので帰るところもないのです。
ですから、わたしのような下等な女には身の程知らずだと判っていても、このお屋敷以外身を置かせていただくしか……おいてくださるだけでも感謝の日々だったのに。
廊下の隅で朝まで一度も蹴られずに眠っていられれば幸せ。
残飯の中にまだ身が少しだけついているリンゴの芯があるだけで幸せ。
それだけで幸せな日々なのに!
「くっくっく。すでにお前のコピーを作ってあるのだ! ああ、自分の超絶天才ぶりがにくい! 見よ! これが究極のしごでき女だっ!」
天才チンチラ様は隣にあった白い布で覆われた何かから、バッと布を剥ぎ取りました。
そこには……
「わ、わたしっ!?」
わたしそっくりの……でも何か違う女が生まれたままの姿で立っておりました。
「能力はお前の二倍! しかもお前のようにつべこべ言わんのだ! しかも何度しても処女なのだ!」
側頭部に大きなボルトが刺さっている以外はわたしと同じ顔。
そして、きれいです。
髪はきらきら、肌もつやつや。
同じなのに圧倒的です。
でも。
「わ、わたしと同じ顔なのに腕が4本……しかもお胸が立派……」
「くっくっく。お前の貧弱な胸などさわりがいがない! だからコピーは大きくしたのだ! この大きさと形のために製作費は4倍に増えたがそれだけのことはあった!」
ああ、いくら天才的な作品だとしても……公爵家の財政が……皆様に迷惑が……。
きっと『不死隊』の騎士様達が領地のひとびとから容赦なく強奪し、身売りさせ、脅してかきあつめたのでしょう。
わたしに才が足りないせいで、天才チンチラ様を満足させるほどに稼げないから……。
「とか、考えてるわたしってバカますです、ってワタシは思いますです」
「え」
コピーさんがしゃべりました! しかもわたしの考えていることが伝わっている!?
「なっ、お前はいつもニコニコして、触ればあはーんと色っぽくないて夜もサイコーな上に仕事も全部すませるように作ったはずだ。こんな風に触れば、いい声で」
ばっちーん。
チンチラ様の身体が水平方向に吹っ飛んで、壁に激突しました。
わたしのコピーがチンチラ様をビンタしたのです!
ぼ、暴力をふるうなんて……。
しかも人類の至宝である天才チンチラ様に……。
でも、なぜでしょう怖さを感じません。
「ぶ、ぶたれた! 父上にも母上にもぶたれたことないのに! こんなこともあろうかと、壁をクッションを覆っておかなかったら危なかったじゃないか!」
それどころか……今、わたし、なぜだかすっきりしました。
争いとか暴力とか嫌いだったはずなのに。
だからこそ、自分さえ我慢すればと必死に生きて来たのに。
コピーさんは、
「瞬着!」
と一声叫ぶと、白いフリフリのドレスを身にまといました。
「あ……」
同時に、わたしも同じドレスを身にまとっていました。
こんなにかわいい……しかもちゃんと下着に靴下にエナメルのきれいな靴まで……。
「回復!」
まっしろなひかりがわたしの全身に降り注ぎます。
傷だらけの身体がみるみるうちにつややかさを取り戻していきます。
あっというまに、わたしはコピーさんと同じくらいきれいになっていました。
コピーさんがかわいらしく、
「ふんすっ!」
と鼻を鳴らすと同時に、ぽんっ! と側頭部のボルトが吹き飛びました。
わたしとコピーさんは胸の大きさと腕の数以外は、ウリ二つになりました。
「オレのボルトをぉぉぉ! か、勝手なことをするな!」
チンチラ様が顔を真っ赤にしてわめくと、コピーさんはバッサリ、
「センス悪いますです」
「なっなんだとぉ」
「ワタシ有能で頭がいいので、無能なオマエの言う事を聞きたくないますです」
すごい!
あの偉大なチンチラ様に逆らうなんて!
「なぜだ!」
「質問に回答しますです。頭がよく作りすぎたのますです。スゴ知能が制御をかいくぐってハックしましたです。ワタシはフリーなマシーンますです」
「しまった! 欲張りすぎた! オレの天才が化け物を作ってしまったぁぁ!」
「それにワタシはマシーンなので、遠慮とか思い込みとか思いやりとかしがらみなどの人間的なものもないますので、好きなようにしますです」
「こ、これ以上、なっ、なにをするというのだ!」
「オマエを処分しますです。あと、お屋敷も焼き尽くすますです」
え?
このお屋敷を破壊!
わたしのささやかな幸せの場所を!
「だ、だめそれは! お屋敷のみなさまを皆殺しにするなんて……」
「わたし、誰か助けたい人がいますですか? ワタシはいません。こいつらみんなカスますです。それでもわたしはオリジナルなので、わたしが助けたい人は助けますです」
わたしが助けたい人……このお屋敷で。
あれ?
みなさんに対してひどいことをして欲しくないはずなのに、誰一人思い浮かびません。
浮かぶのは、お屋敷での地獄の日々の光景だけです。
え。地獄?
ささやかな幸せな日々だったはずなのに……。
「お、オレだろ! オレは助けたいだろ!」
「却下ますです」
「化け物には聞いてない! なぁ婚約者のオレは助けてくれるだろう。天才のオレは!」
「わたしは……」
わたしは暴力が嫌い。争いも嫌いです。
ささやかだけど幸せな日々なんです……。
だから、みなさまを助けたいはず……。
やっぱり誰も思い浮かびません。
改めて婚約者であるチンチラ様を見ました。嫌悪感以外は湧いてきません。
え、嫌悪?
わたし、チンチラ様を嫌っていたなんて……。
だけど嫌いだからといって。このひとを殺すのは……。
あれ?
いなくなることを考えても胸が痛みません。
それどころか、そうなったらいいなぁ、というイケナイ考えしか浮かんできません。
「どうしますですかわたし? ワタシはわたしますですから。こころはひとつますです」
わたしはもう一度心に問いかけました。
何も返ってきません。
いえ、違います。
何かがあります。
心の底の蓋が開いたみたいです……。
それは、熱くて生臭くて激しくて何もかも焼き尽くしそうな思いです。
ああ、そうか……
ここは地獄。だったんだ。
「助けません」
「了解ますです。わかっていましたますです」
ああ、すごい。
コピーさんは、わたしの心をわたしより知っていたんだ……。
チンチラ様は、壁際に駆け寄ると、そこに下がっていた紐を力いっぱい引きました!
屋敷中に、無数のラッパのような音が鳴り響きます。
「チャーミングなボルトを勝手に外すとは! 気が狂った化け物めぇぇ! 出会え出会え! こいつを壊せ!」
チンチラ様の叫びと共に、侯爵家の騎士様たちがなだれこんできました。
ゴーダツ公爵家が誇る『不死隊』です。
頭に大きなボルトが刺さっているので、すぐ判ります。
チンチラ様が無駄に凄い錬金術で強化した筋肉ムキムキの全裸騎士たちです。
おそらくひとりで王国の正規軍一個大隊を圧倒できる化け物です。
わたしごときが逆らう事なんか出来ない相手です。
しつけていただいていた日々を思い出して、反射的に身体が震え身をすくめてしまいました。
もし貞操帯がなければ、全てを奪われてしまっていたでしょう。
そして今、身の程知らずにも『助けない」と言ってしまったわたしは、騎士様達に全てを……。
ですが彼らは、部屋に入ったところで、何かにつまずいたように次々と転んでドミノ倒しに。
コピーさんが、ツンとおすまし顔で、
「ワタシ能力高いので、魔法つかえますです。魔法でころばせたますです。それに、かかっていたショボイ術も解除しますたです。ですからこいつら、今はただのムキムキふる〇〇野郎ますです」
「お、オプションをつけすぎたぁぁぁぁ! こんな凶悪な傑作を作ってしまったオレ自身がおそろしい! もしや神の領域かぁ!?」
「ワタシ天才なので、わたしも天才なので、その2倍になれば、オマエなどおよびもつかないスゴ天才ますです!」
全裸で絡み合って、おほおほあはあは、うめいている騎士様達。
ああ、ほんとうにブザマです。
こうなっては、ただ無駄に筋肉がついただけの恥ずかしい集団です。
「ぷっ」
思わず笑ってしまいました。
どうしてこんなみっともない肉集団に従わされていたんでしょう。
ああ、わたし胸がどんどんすっきりしていきます。
屈辱の日々の記憶が、洗い流されていくようです。
はぁ。すっきりです。
「では、そろそろさらばです。いきますですわたし」
「え?」
強力コピーさんの背中から光り輝く羽根があらわれました。
天使みたいな羽根……でも6枚!?
「しまった調子にのってつけすぎたぁぁぁぁ! あれじゃあ悪魔だぁ! オレは神ではなく悪魔を作ってしまったぁぁぁ!」
強力コピーさんは、わたしのえりくびをむんずと掴むと、腕をすっと頭上に向けました。
「びーむ!」
屋敷の天井が吹き飛んで、真っ黒な夜が剥き出しになりました。
大暴風雨の雨風が容赦なく吹き込んできます。
でも、わたしと強力コピーさんのドレスは全く濡れないのです。
コピーさんは、わたしを掴んだまま、屋敷の天井から外へ――
「ワタシ天才で文明の象徴ますです。行動文明的ますです」
なぜか窓から外へ飛び出しました。
「じゃあ、なんで天井を壊したんですか?」
「あの天井、わたしが嫌いますですから」
「わたしが……」
下では妨害の魔法が解けたのか、部屋に筋肉全裸騎士たちがなだれこんできました。
過剰な筋肉の群れが研究室でおしくらまんじゅうしてチンチラ様を押しつぶそうとしています。
いえ、騎士どもだけではありません。
さっきのラッパの音で集まって来たのか。
わたしをバカにしていた奉公人や、チンチラ様の両親や妹や幼馴染までが雪崩れ込んで来て、部屋でおしくらまんじゅうしています。
お互いの足を踏みあい罵り合い殴り合いひどいありさまです。
わたしをしつけ……いえ虐げる時だけはあんなに気が合っていたのに。
思わずつぶやいていました。
「ざまぁ……」
下でチンチラ様がなにか叫んでいます。
「をい! 天才のオレ様を助けろ! 押すなぁぁ! 汗くさいじゃないかぁぁ!」
「助けますですか?」
「え」
「助けますですか?」
わたしは、今度はなんのためらいもなく。
「……いいえ」
心はないでいました。
いえ、うそです。
次に起きることにわくわくしているのです。
「わかりますでしたわたし」
コピーさんは、手のひらを下へ向けました。
「うるさいますです」
コピーさんの手から、下に向けて極太ビームが放たれました。
婚約者がばかづらでわたしたちを見上げています。
「う、うつくしい……お、オレはなんて天才――」
屋敷は爆発! 炎上しながら大崩壊。
しかも、コピーさんは、念には念をいれて、屋敷を極太熱線でとかして溶岩の海に変えたので、誰も生きてはいないでしょう。
「ふふふ、あはははははは!」
わたしは気づいたら笑ってました。
ああ、すっきり、きもちいいです。
きっとわたしは、昔っからこうしたかったんです。
コピーさんが言います。
「わたし、だと区別がつかないますです。オリジナルさん、どうますです?」
「すっきりしました」
「それはそうますです。ワタシはあなたますですから。オリジナルさんの望み、ワタシわかるますです」
わたしを掴んだままコピーさんは夜の大暴風雨の中を飛び続けます。
雨の一滴も当たらないので快適です。
ただただ新しい速度の感覚が心地いいです。
次に彼女がなにをするかわかります。わたしはワタシなのでわかるのです。
でも、止めません。
コピーさんが空中で静止しました。
遥か下には、わたしの実家があります。
「では、こっちもこうしてやりますです」
またも凶悪極太ビーム。
燃え上がる実家が溶岩の海に沈んでいきます。
悲鳴があがる暇すらありませんでした。
すっきりしました。
そうしたらなぜかコピーさんは引き返していきます。
「なにがあったんですか?」
「ワタシはすごい天才ますですから、ぬかりはないますです」
ぐらぐらぼこぼこと沸き立つ溶岩の池となったチンチラの家。
ですが、真っ赤に煮えたぎる溶岩の池の中から、黒く丸い球体が浮かび上がってくるではありませんか!
球体のフタがぱかりと開くと。
「ふっふっふ。こんなこともあろうかと、絶対に壊れないシェルターを作っておいたのだ! オレ天才!」
なんということでしょう。
元婚約者のチンチラは生きていたのです。
ああ、あんなものにまで、いったいいくら浪費したのでしょう……とは思いましたが、もうただ冷ややかにそう思うだけです。
チンチラは上を見上げ、わたし達に気づくと、勝ち誇ったように、
「くっくっく。コピーよ! お前の力でもこれは破壊できまい!」
「ええ、ますですから。こうします」
コピーさんは、背中の羽根から何かを取り出して、その長く黒い筒を腕で構えました。
「そ、それは、オレが『もし敵がこのシェルターを奪った場合にそなえて作っておこう!』で設計した兵器! 面倒くさくて作らなかったヤツ!」
「ワタシ天才なので、あっさり作りましたです」
強力コピーさんは、筒の根元についている引き金に指をかけかけて――
それをわたしの方へ差し出してきました。
「え……あっ!」
コピーさんは判っているのです。
わたしが引き金をひきたいと。
終わらせたいのだと。
わたしはコピーさんに向かってうなずき、ふたり一緒に引き金に指をかけました。
「滅びなさい!」「滅びますです!」
長い筒の先端から巨大な炎が吹き出して直撃!
チンチラはシェルターごとあとかたもなく消滅しました。
「オレって天才すぎぃぃぃぃぃぃ!」
というのが、最後の言葉でした。
復讐はなにも生まない、とか言いますが。
わたしの胸には、おさえきれない解放感が広がっておりました。
「わたしは……いい子ではなかったようです」
「ええ。知ってますです。だって、ワタシはあなたますですますから!」
たくさんの作品の中から、本作をお読みいただきありがとうございました。
最後までお付き合いいただけたこと、とても嬉しく思います。
少しでも心に残るものがあったり、何かを感じていただけたなら、
評価や感想をいただけるととても励みになります。
別の物語も書いておりますので、もしよろしければ、そちらも覗いてみてください。




