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異相の理  作者: 赤鰯 はこぼれ
第一章 思い出の花
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第八話 それでも季節は巡る

――あの夜、捜査一課への説明などで拘束され、御子神さんと会話する機会は殆どなかった。

そもそも、御子神さんは敢えて語ることもなく、俺自身も問い質すことができなかった。

あれは一体なんだったのか。

御子神さんにもあれが視えていたのか。


今まで自分が視てきたものが、幻覚ではないと――そう認めてしまうのが、とても怖かった。

我ながら情けない話である。今になって、その後悔が押し寄せてくる。


「…………」


そうして季節は進み、穂坂連続児童失踪事件から、気が付けば一ヶ月が経っていた。

窓の外では蝉が鳴いていて、遠くで草刈り機の音が聞こえる。

エアコンが効いている筈の穂坂署内は、それでもどこか蒸し暑く、額にじんわりと汗が滲む。


失踪事件の犯人は未だ、特定されていない――ことになっている。幸い、六人目の失踪者が出て以降、今のところ更なる失踪者の情報はない。きっと、このまま未解決事件として取り扱われるだろうと、全ての処理を終えた御子神さんが、帰り掛けにそう言っていた。

失踪者の中で唯一発見された児童の遺体――と言っても、腕だけだが――の様子から、失踪者が生存している可能性は低いのではないか。そんな話も、ちらほらと聞こえている。


「――以上、本日の巡回は通常通り。昼からまた気温が上がるらしいからな。我々も無理はしないように」


白樫しらかば係長の声が響く。

短い返事が重なり、朝の点呼が終わる。


「連日猛暑日で参っちゃうよな~」


佐伯先輩が無線車の鍵を手で弄びながら気怠そうに言う。


「夜も暑いですし、俺たちも熱中症に気を付けないとですね」

「――お前ら、さっさと行くぞ」

「へーい」


橋部さんが軽く手を上げ、俺たちを急かす。

いつもと変わらない橋部班。いつもと変わらない朝。

そう思っていたのに――。


「栗花落、ちょっと残れ」


白樫係長の声が背中から飛んできた。


「え?」


思わず聞き返すと、彼は腕を組んだまま俺を見ていた。


「おいおい、朝から呼び出しか?」


橋部さんが怪訝そうに振り返る。


「書類出し忘れたとか?」

「い、いや、ちゃんと出しましたよ」

「ホントか~?」


佐伯先輩が茶化してくるが、俺は内心何をやらかしたのかと、ここ最近の記憶を遡るのに必死だった。

勤務態度で問題を起こしたことはないし、非番や休日だって、家で過ごすかジムに通うかの二択のような生活を送っている。呼び出しを受けるようなことは、心当たりがない。


「俺たちは先に行ってるから、後で合流な」

「了解です」


二人がフロアから出ていくと、白樫係長は、来い、と短く言って踵を返した。

俺は慌てて敬礼し、その後を追う。


白樫係長が向かった先は、地域課の課長室だった。

俺のような新人は、あまり足を踏み入れることがない場所である。


白樫係長がドアをノックすると、中から声がした。

俺は緊張しながら、白樫係長の後ろに続いて部屋に入る。


部屋の中では長野ながの課長が机に向かい、書類に目を落としていた。


「――忙しいところ、悪いな。座ってくれ」


促されるまま、俺たちは椅子に腰を下ろす。

長野課長の表情はいつもと変わらず、何かに憤っている様子ではなさそうだった。

叱咤叱責が飛ぶ気配はないと感じ、俺は少し胸を撫で下ろす。


「栗花落巡査、先月は色々あったそうだね」


長野課長は小さく息を吐いてから口を開く。


「例の失踪事件については、ご苦労だった」

「……ありがとうございます」


俺は深々と頭を下げる。


「うちに配属されて四ヶ月か。橋部と白樫君からは、真面目でよくやっていると聞いている」

「……と、とんでもないです」


ちらりと隣に座る白樫係長に視線をやると、ぽんと肩に手を置かれた。それが何を意味するのか分からず、背筋が強張る。

先程から話が見えずに困惑する俺を尻目に、長野課長は話を続ける。


「そんな君に、上の方から打診があってな」


長野課長は机の上の封筒を指先で軽く叩いた。


「君を刑事部に推薦したいという話だ」

「……推薦――刑事課へ異動、ということでしょうか?」


こんな中途半端な時期に異動。

あまりのことに震える声で尋ねると、長野課長は首を横に振った。


「県警本部の刑事部、特異案件捜査課への異動だ」


俺は一瞬頭が真っ白になった。

穂坂署の刑事課ではなく、県警本部所属。

俺のような新人が、異動するような場所ではない。いや、そもそも県警本部に勤めるのはキャリア組か、経験を積んである程度の功績を遺した人だ。それに加えて、特異案件捜査課――御子神さんが所属する課だ。


「な、何かの間違いでは……?」

「いや、俺も長野さんもそう思ったんだがな……」


白樫係長が眉をハの字にしながら、長野課長へ視線を送る。


「本部の方は、件の失踪事件で高く評価してのことだと言うんだ。……こんなの前代未聞だよ」


長野課長は、ははっと困ったように笑う。

正直、笑いたいのはこちらの方だ。

俺は、あの事件で評価に値することなど何もしていない。


「特案は俺たちもよく分からん課だからな……」


白樫係長は腕を組みながら、そう溜息を吐く。


「こっちで止められりゃ止めるつもりだったが、上からの圧力が凄くてな。まずは本人の意向を確認してほしい、と。あちらも君が断るなら無理強いするつもりはないらしいみたいだが……」

「……は、はあ」


穂坂署での仕事に漸く慣れてきたところだった。それなのに数ヶ月で異動。

こういう場合、了承するのが正解なのだろうか。


「お前もまだ二年目だ。嫌だと言うなら断ってもらっても構わない。特案への異動を断ったくらいで、出世には響かんしな」

「……そうなんですか」


橋部さんや佐伯先輩から学ぶことは、まだまだ沢山あるだろう。地道に経験を積んで、警察官としての役目を果たしたいと、そういう思いは強い。


――けれど。


胸の奥に、どうしても引っ掛かるものがあった。


あの夜、住宅地で視たもの。

説明のつかない出来事。

御子神さんには、間違いなく――あの異形が視えていた。


あれを幻覚と言い切るには、彼の動きは迷いがなさすぎた。

見間違いだと笑い飛ばすには、あまりにも手際が良すぎた。


俺は、あの夜以降、何度も同じ問いを頭の中で繰り返している。


――あれは何だったのか。

――自分は、何を視たのか。


答えは、今はどこにもない。


特案に行くことで、俺が欲しい答えが手に入るとは限らない。

それでも、今まで視て視ぬ振りをしてきたものに、このまま蓋をし続けることはしたくなかった。

その気持ちが、俺を一歩前へと突き動かす。


分からないままでも、進みたい。

それはおそらく、地域課に居ては出来ないことだ。


「異動の話、謹んでお受けします」

「栗花落、無理してないか? 断ったからって、何もないぞ?」


白樫係長が心配そうに顔を覗き込んでくる。


「はい。大丈夫です」

「……そうか」


俺の答えを聞いて長野課長が、ゆっくりと口を開く。


「正式な辞令は来週には下りる。発令は九月一日付けだ。勤務先は蓮原署、特異案件捜査課の駐在事務所になるとのことだ」

「……蓮原署、ですか」

「うむ。本部所属とはいえ、現場拠点はそちらになると聞いている」

「……了解しました」


そう答えると、白樫係長が立ち上がり、俺の背中を軽く叩いた。


「ま、頑張れ。お前ならどこでも上手くやれるさ」


その言葉に、苦笑いが漏れる。


夏真っ盛り。

気温はぐんぐんと上がり、空は眩しい程に澄み渡っている。けれど、それと相反して、俺の心には分厚い暗雲が立ち込め始めていた。



***



穂坂署近くにある居酒屋――『松竹梅しょうちくばい』。

カウンターが十席、座席が二つ。どっちを選んでも、厨房の音が丸聞こえのこじんまりとした居酒屋だ。

冷房は気まぐれに動いていて、扇風機の首はギーギーと音を立てている。

四ヶ月前、橋部班に配属になった時に初めて訪れてから、飲み会と言えば決まってこの店を使う。


「――いやぁ、まさか本部勤めになるとはな!」


橋部さんがジョッキを掲げて笑った。


「俺、最初聞いた時耳疑ったからな?」

「俺も驚きましたから……」

「そりゃそうだ。警察学校出たての新米が、たった四ヶ月で本部だもんな。こりゃ恨まれるぞ」

「橋部さん、それ本人の前で言うことじゃないですって」


佐伯先輩が苦笑いして、枝豆を摘まむ。


「でも、蓮原署駐在なんだっけ? あそこは忙しいらしいからなあ。辛くなったらいつでも戻ってきていいんだからな」

「……今から不安でヤバいです」


本部のことなんて何一つ分からない。

唯一の救いは、顔見知りとなった御子神さんと同じ課だということ。何をするのか分からない場所に、一人で放り込まれるより幾分かマシな気がした。


「ほら、暗い顔すんな」


橋部さんが鳥の唐揚げを皿ごと押し付けてくる。


「同じ市内なんだから、嫌になったら帰ってくりゃいいじゃん。飲みに行ってもいいし」

「暫くは覚えることだらけっぽいですけど、落ち着いたら是非」

「栗花落君は真面目だなあ。たまにはサボれよ」

「お前はサボりすぎなんだよ、佐伯」

「ええー、橋部さんだって、この前パトロールとか言って、和菓子屋物色してサボってたじゃないっすかー」

「サボってねえよ。店長とこの前のボヤ騒ぎについて、話してたんだよ!」


笑い声が弾けて、店の空気が軽くなる。

佐伯先輩がジョッキを掲げた。


「まあ、何だ。短い間だったけど、助かったよ。お前が入ってきてから班が楽しくなった」

「やめてくださいよ、そういうの一番照れるんで」

「耳まで赤くなってんじゃん」

「ちょっと、揶揄わないでくださいってば」


くだらない冗談が飛び交って、いつもの橋部班がそこにあった。


終電が近付いた頃、俺たちは居酒屋を後にした。

夜風が生温く頬を撫でた。街灯の下では、小さな虫がふらふらと飛んでいる。


「じゃあ、またな」


橋部さんが軽く手を上げる。


「蓮原でもしっかりやれよ。……たまには戻ってこい」

「はい」


佐伯先輩が笑う。


「また連絡すっから、愚痴でも聞かせろよ。あと、蓮原の方で可愛い子が居たら紹介してー」

「それは勘弁してくださいよ」


最後まで笑い合って、解散になった。

いつでも会おうと思えば会える。

――それでも、この夜が一区切りだということだけは、分かっていた。



いつも拙宅に足を運んでいただきありがとうございます。

早速、不定期投稿で申し訳ないです。

ここで漸く一章が一区切りといったところでしょうか。

次の更新は、ストックの具合をみながら、来週末に上げようかなと。(予定は未定)

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