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異相の理  作者: 赤鰯 はこぼれ
第一章 思い出の花
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第六話 二度目の邂逅

颯が居なくなったのは、サッカーの帰りだった。


俺と春樹と、三人で並んで歩いていた。

いつもと一緒の帰り道。

腹も減ってたし、今日のご飯はなんだろうって三人で話してた。


颯は、俺らの少し前を歩いていた。

あいつは背が小さいから、後ろから見るとリュックに足が生えているように見えた。


「俺んち今日は、コロッケって言ってた」

「いいなあ、うまそー!」

「颯んちは?」

「多分、カレー」

「えー! マジ?」

「カレーいいなぁ!」


俺と春樹がそう言うと、颯は口を開きながらこっちに振り返った。

――次の瞬間だった。

さっきまで、そこにいた筈なのに、目の前から颯が居なくなった。

何が起きたのか分からない。春樹も吃驚したみたいに、隣で口をぽかんと開けていた。


名前を呼んだ。

何回も呼んだ。

でも、返事はなかった。


颯が消えた場所には、何もなかった。

本当に、何もなかった。


春樹と二人で近くを探してみたけど、颯は見つからない。


「颯のお母さんに言った方がいいかも」


春樹がそう言うから、俺たちは急いで颯の家に行って、颯が居なくなったことを教えた。

きっと、どこかに隠れているのだろう。あいつは足が速いし、俺たちを驚かそうとして何かやったんだ。

そう思っていたけど、次の日になっても、その次の日になっても――颯は戻ってこなかった。


ケーサツにも話したけど、誰も信じてくれなかった。

交番に居る佐伯と新人は、ちゃんと話を聞いてくれたけど……。


そして、少し前から春樹も学校を休んでいる。

具合が悪いって、春樹のお母さんが言ってたけど、学校の皆は、春樹も”花のオバケ”に食べられちゃったんだって話してた。そんなわけないって言ったけど、オバケの話に夢中で、俺の話なんて誰も聞いてなかった。


春樹は具合が悪いだけ。オバケに食べられてなんかいない。


そう思ったけど、何だか少し怖くなってきて、お母さんに内緒で春樹の家に行った。

具合が悪いんだから家で寝てるだろうって。それを確かめに。


春樹の家はサッカーコートと学校の間にある。俺の家からは少し離れているけど、自転車で行けば直ぐに着く。

春樹の家に着いて、俺はピンポンを押した。


――誰も出てこない。

怒られるかもしれないけど、三回くらい押してみた。それでも、春樹の家からは誰も出てこなかった。


本当に花のオバケに食べられたのかもしれない。

そう思ったら急に怖くなって、俺は慌てて自転車に乗った。けれども、踏み込んだペダルは異様に軽くて、自転車は前に進まない。


「なんだよ!」


イライラして自転車を見ると、後ろのチェーンが外れていた。

どうにかして直そうと思ったけど、手が黒くギトギトになるだけで、直すことはできなかった。お父さんだったら簡単に直せるのに……。

仕方がないので、自転車は手で押しながら帰るしかなかった。

こっそり家を抜け出して、自転車も壊して――バレたらお母さんに怒られるだろうな。

お母さんは怒るとめちゃくちゃ怖いから、早く帰らないと。

どうやったらバレずに家に入れるかと考えていると、目の前の曲がり角から、人が飛び出して来た。


「うわあ!」


吃驚して声を上げると、向こうも吃驚したように俺を見た。

その顔を俺は知っている。


「あ、新人」

「……こ、孝輔くん?」


間違いない。

佐伯と一緒に学校に来た、交番の新人だ。めちゃくちゃでっかい奴だったから、ちゃんと覚えてる。

新人は汗だくで、苦しそうにしてた。


「新人、何してるの」


思ったことを口にすると、新人は笑いながら俺の肩に手を置いた。


「君を探してたんだよ」

「……何で?」

「君が居なくなったってお母さんから聞いて」


――外に出たことがバレている。

頭の中にお母さんが怒った時の顔が浮かんでくる。


「……お、お母さん、怒ってた?」

「怒ってないけど、心配してたよ」


怒ってないなら良かった。怒られるのは嫌だったから。


「それで、孝輔くんは何でこんな所に居たのかな?」

「春樹に会いに来たんだよ。皆さ、花のオバケに食べられたとか言うけど、春樹は具合が悪くて休んでるだけだから……」


見上げるようにして新人にそう伝えたが、新人は俺の顔じゃなくて、俺の後ろの方をじっと見ていた。

それが何だか気になって、俺は振り返る。

けれど、そこには俺が歩いてきた道があるだけで、何もなかった。


「ねえ、何してんの」


それでも俺の後ろの方を見ている新人に声を掛けると、急に足が地面から離れた。


「うわあ!?」


声を上げると同時に、自転車が地面に倒れる音が聞こえた。

吃驚して何が起きたのか分からなかったけど、新人が俺のことを持ち上げて、走り出している。


「俺の自転車!」


新人の肩越しに地面に倒れた自転車が、遠のいていくのが見えた。

取りに戻ろうと足をバタバタしたけど、新人はびくともしなかった。お父さんよりも強いかもしれない。


「離せよ!」


怒ってみたけど、返事はない。俺の声が聞こえてないみたいだった。

ただ、ふと見た新人の顔が、俺が怪我をした時のお母さんの顔に似てて、それ以上は何も言えなくなった。




***




河合詩織の自宅周辺を一通り回ってはみたものの、成果はまるでなかった。

呼びかけても、返ってくるのは自分の声だけ。

人影はない。物音もしない。

それがかえって、不安を煽る。日が傾いていくにつれて、胸の奥に嫌な感触が溜まっていく。


「……参ったな」


頬を伝う汗を手の甲で拭う。

もしも、また失踪者が出てしまったら……。そんな考えが頭を過り、俺は無意識の内に奥歯を噛み締めていた。


もう一度、周囲を探してみよう。

まだ――まだ、可能性はある。


ふと、視線の先に穂坂小学校の校舎が見えた。

少し坂を上った先――その校舎の裏手には、住宅地へと伸びる道がある。

その道は――。


「……花のオバケ」


脳裏に過った言葉が、口を突いて出た。

子どもたちから聞いた噂話。戯言。妄言。


例えば、それは真実で――あの通りで”俺が視たものと同一のものだったら?”

花の頭をした、得体の知れない異形。あれが、幻覚ではなく、”実在する存在”だとしたら?


河合孝輔の友人である松本颯は、サッカーの練習の帰り道に消息を絶っている。その帰り道は、俺がパトロールに訪れた通りと近い距離にあった。

他の失踪者はどうであったか――。


「…………」


感傷的になりながらも、毎日読み込んでいた報告書。

思い出してみれば、失踪地点は穂坂小学校からサッカーコート、更にその東側に位置する岡平小学校の間に集中していた。

連続性があり、失踪エリアまで絞り込めているのに、刑事課も生安も――捜査一課ですら、“決定的な何か”に辿り着けていない。

――犯人が、人の目には映らない“何か”だとしたら。


そこまで妄想してから、俺は自分の頬を両手で叩いた。

馬鹿なことを考えている場合ではない。しかしながら、胸中の中に湧き出た疑念を捨て去ることはできなかった。


気が付けば、足はあの通りへと向かっていた。

道中、梅雨特有の湿った空気が肌に纏わりつき、じわりと汗が滲み出てくる。


「……クソッ」


少し立ち止まり、息を整える。

肺に流れ込んでくる湿った空気は重く、どこか澱んでいるように感じられた。

数秒の休息の後、俺は再び足を踏み出す。


碁盤の目のように整備された住宅地を只管に進む。

そんな時、不意に鼻を掠めた甘ったるい香りに、俺は再び足を止めた。


――これは。


花の蜜を煮詰めたような、胸焼けを起こしそうな匂いが、薄く周囲に漂っている。


「……っ」


あの時と同じ匂いだ。

異形の花が放つ、甘い香り。

視線を周囲に巡らすも、視界に入るのは静かに佇む家々だけだ。

それでも、確かに匂いはある。

一体どこから――。


匂いを辿るようにして駆け出し、十字路を曲がろうとした時。


「……!」

「うわあ!」


視界に飛び込んできた自転車に、俺は思わず後ろに飛び退いた。

――無心になりすぎていた所為か、注意力が散漫だった。

衝突しかけた相手に謝罪を述べようとした俺よりも先に、自転車の持ち主が声を上げる。


「あ、新人」

「……こ、孝輔くん?」


その顔を見て、俺は目を見開く。

自転車を押していたのは、紛れもなく河合孝輔だった。


「新人、何してるの」


彼は不思議そうに首を傾げていたが、それを聞きたいのはこちらの方である。

俺は笑い掛けながら彼の肩に手を置いた。


「君を探してたんだよ」

「……何で?」

「君が居なくなったってお母さんから聞いて」


本当に、見付かって良かった。

今日ほど安堵したことは、今までなかったかもしれない。


「……お、お母さん、怒ってた?」

「怒ってないけど、心配してたよ」


おどおどとしだす孝輔くんに、張り詰めていた気が緩んでいく。


「それで、孝輔くんは何でこんな所に居たのかな?」


不要不急の外出はしないように、と学校からも通達があった筈だ。

だというのに、どうしてこんな所に居るのか。

その疑問に対する答えは――しかし、俺の耳には届かなかった。


鼻を突く、強烈な甘い香り。

さっきよりも、よりはっきりと――いや、頭が痺れるような甘さが、周囲に漂う。


「……っ」


孝輔くんの背後。

住宅の影が重なる通りの奥に、”それ”は立っていた。


薄汚れた袴の裾を引き摺りながら、ゆっくりと、白い花の頭を持ち上げる。

その花の中央から、何かが生えている。以前視た時は、黄色い突起があった筈のその場所。

目を凝らしてよく視ると、そこには”小さな人間の手が生えていた”。


異形は器用に花弁を使って、それを押し込むようにして飲み込んでみせた。ごくり、と喉まで鳴らして――。

飲み込まれたものが何であるかを理解する前に、脳内で警報が鳴り響く。


――まずい。


直観的にそう思った。今すぐ、ここから離れるべきだ。

俺は有無を言わさず孝輔くんを抱き上げて、踵を返した。彼は肩越しに何やら文句を言っていたが、そんな場合ではない。


背後から、あの甘ったるい匂いが追い縋ってくる。

振り返らなくても分かる。――“近付いてきている”。


孝輔くんが暴れ、腕の中で身を捩る。だが、腕を緩める気にはなれなかった。

息が上がる。肺が熱い。視界の端がじわりと滲む。


――幻覚だ。

――そう思え。


何度も自分に言い聞かせる。

だが、頭の片隅では、現実であると理解し始めている自分が居た。


住宅地の角を曲がる。

夕暮れの影が伸び、通りは一気に暗さを増した。


「……っ」


背中に、嫌な感覚が走る。

何かに視られている――そんな生理的な嫌悪。


走りながら無線に手を伸ばそうとして、思い留まる。

今、説明できる言葉が何一つ浮かばない。


――俺は何を視た?

――何から逃げている?


何も考えるな。足だけ動かせ。


どれくらいの時間走っていたか分からない。

視界の先に、穂坂小学校のフェンスが見えたところで、花の香りが消え失せていることに気が付いた。



「……っ、はぁ……」


俺はフェンスまで走りきり、恐る恐る振り返るも、そこにあの異形の姿はない。


――助かった。


今にも倒れこみそうなくらいに呼吸は乱れ、心臓は狂ったように脈打っている。


「新人すげーな!? めっちゃ足速いじゃん!」


肩越しから興奮したような声が聞こえたが、上手く返事ができない。

代わりにゆっくりと、孝輔くんを地面に降ろした。


「でもさ、何で急に走ったの? 俺、吃驚したんだけど」

「……え、ああ……ごめん……」


喘ぐように何とか言葉を絞り出す。

俺は一度、深く息を吸って呼吸と気持ちを落ち着かせると、無線を手に取った。

今俺がやるべきことは、河合孝輔を見つけたと報告することだ。


「……こちら、穂坂駅前交番。河合孝輔くんを発見しました」


一瞬の間。

それから、無線の向こうでノイズが走る。


『本当か!? 場所は!?』


佐伯先輩の声だった。


「穂坂小学校の……裏門付近です。本人は無事です」

『よかったぁ……。了解。今、そっちに向かう』


短いやり取りの後、無線を切る。

同時にどっと疲労が押し寄せてきた。こんなに全力疾走したのは、いつ振りだろうか。


「なあ新人」


不意に孝輔くんが腕を掴んできた。

その表情には不安の色が滲んでいる。


「俺さ、めっちゃ怒られるよな……」

「……多分」


そう答えると、孝輔くんは露骨に肩を落とした。

そんな姿に思わず笑みが零れた。


「あとさ、俺の自転車どうしよう」

「……自転車、か」


そう言えば、逃げるのに必死で、彼の自転車はあの場に置き去りになっている。

だが、正直、あの場に取りに行こうという気にはなれなかった。せめて、明日――明るい時間帯に、佐伯先輩と二人で回収に行きたい。


「明日、確認するよ……」

「あれ、チェーン壊れちゃってたから、捨ててもいいよ」

「……そういうわけにもいかないんだよ」


それは不法投棄だ。


「栗花落君!」


そんな話をしていると、遠くの方から俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

視線をそちらに向けると、大きく手を振る佐伯先輩と――御子神さんの姿が見えた。

何で御子神さんがここに――そう思った瞬間、佐伯先輩の声が飛んだ。


「孝輔君、見付かって良かったな。 ――って、どうしたの、お前……。汗だくじゃん」


佐伯先輩はじろじろと汗まみれの俺の姿を、若干引き気味に眺める。


「えっと、なんと言いますか……」

「聞いてよ、佐伯! 急に新人が俺のこと抱っこしてさ! ビューンって凄い速さで走って、マジで凄かったんだぜ? サッカー選手になれそうだった!」


言い訳を考える暇もなく、孝輔くんは目を輝かせながらそう言った。

佐伯先輩は、わけが分からないと言った様子で顔を顰め、御子神さんも眉間に皺を寄せている。


「……えーと……とりあえず、交番に戻りません?」


俺は苦笑いをしながら、そう誤魔化すしかなかった。


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