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異相の理  作者: 赤鰯 はこぼれ
第一章 思い出の花
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第五話 七人目

――これで、六人。

俺は生安からの報告書を眺めながら、盛大な溜息を吐いた。

伊藤春樹の失踪から二週間の間に、失踪者は更に二名追加となった。今回は岡平小学校の生徒二名が、集団下校中に忽然と姿を消している。

――人の目があったにも関わらず。


「栗花落君、顔色悪くない?」

「へ?」


不意に声を掛けられ、間抜けな反応を返す。

すると、佐伯先輩は眉間に皺を寄せた。


「外回りは多いし、近隣の人からもチクチク言われるし、疲れてるっしょ?」

「……いえ、俺は全然……」

「そう?」


連日、近隣住民からは警察の対応の遅さについて、叱責を多く受けている。

正直、それに疲弊していないと言えば嘘になるが、事件を解決できていないのも事実で――だから、そういった声は受け入れるしかない。


「お前、また失踪事件のことで感傷的になってるんだろ」


橋部さんが書類から顔を上げながら、視線を寄越す。


「……正直、不甲斐ないな、とは思ってます」


失踪者は増える一方だ。それだというのに、俺は何もできずに今日も過ごしている。それを不甲斐ないと言わずになんと言うのか。

苦笑いする俺に、橋部さんはかぶりを振った。


「自分の枠を超えたところまで手を伸ばすと、身が持たないぞ。お前はできることをやってる」

「……はい」


橋部さんの言わんとしていることは分かる。

しかし、頭で理解できても、胸の内は晴れてはくれない。

目の前にあるのは、失踪者が増え続けているという事実のみなのだから。


「まあなぁ……」


佐伯先輩は椅子の背に凭れながら、天井を仰いだ。


「このまま増えたら、流石に洒落にならないよね」

「……俺たちはやれるだけのことをやる。それだけだ」


その言葉を聞きながら、俺は再び報告書に視線を落とす。

犯人の目的は何なのか。何故このような犯行に及んでいるのか。考えたところで分かる筈もないのに、ぐるぐるとそんなような事ばかり考えてしまう。


――橋部さんの言う通り、今は自分の仕事を真っ当しよう。

余計な思考を追いやりながら、俺は本日受領した遺失届に手を伸ばした。


その時だった。


――ガラッ。


詰め所の引き戸が、勢いよく開いた。


「す、すみません……っ!」


息を切らした女性が、詰め所に飛び込んでくる。

年の頃は三十代くらいだろうか。肩で大きく息をし、顔色は真っ青だった。


「どうしました?」


その切迫した様子に、橋部さんが直ぐに立ち上がる。


「子どもが……うちの子が……っ」


女性の声は震えていて、言葉が上手く繋がらない。


「落ち着いてください。お名前と、どういった状況かを……」

「か、河合です。河合詩織(かわいしおり)です。息子の、息子の孝輔がっ」


その名前を聞いた瞬間、胸の奥がひくりと跳ねた。

河合孝輔。

俺と佐伯先輩が松本颯失踪時に、穂坂小学校で聴取を行った男子生徒の一人だ。


「さっきまで、家に居た筈なんです。ほんの少し目を離しただけで……いつの間にかに、居なくなってて……っ」

「近所はもう探されましたか?」

「はい……で、でも、どこにも……どこにもいなくて……っ」


今にも泣き崩れそうな表情を浮かべ、河合さんは両手を握りしめている。


「分かりました。こちらで対応します」


そう言った橋部さんの声は、いつもよりも少し低い。

河合詩織から自宅の住所や河合孝輔の外見的な特徴等の必要情報を聞き出し、橋部さんは俺と佐伯先輩に視線を送る。


「署には俺から報告を入れる。お前たちは近所の捜索に行け」


橋部さんの指示を受けて、俺と佐伯先輩は素早く準備を整え、詰め所の外に出た。


時刻は十七時を回っている。

日は傾きかけているが、幸いまだ外は明るい。日が落ちてから捜索するよりも、幾分か状況はマシに思えた。


「栗花落君、二手に分かれよう。俺は西側――穂坂公園の方に行くから、栗花落君は自宅付近を探して」

「分かりました」

「何かあったら無線で連絡入れて」


そういうや否や、佐伯先輩は穂坂公園方面へと駆けて行く。

その背中を見送りながら、俺も足早に河合詩織の自宅へと急いだ。




***




「……増田(ますだ)さん」


野崎(のざき)が俺の名前を呼ぶ。

蓮原署刑事課課長――この男が眉をハの字に寄せ、こうして俺の名前を呼ぶ時は、決まって”悪い事”が起きた時だ。

穂坂連続児童失踪事件の捜査本部が穂坂署に置かれてから、約半月が経っている。その間に、何度この顔を見たことか。


「野崎さん、どうされましたか」


聞きたくはない。けれど、立場上、俺にその選択肢はない。

野崎は一呼吸置いてから、実に言い難そうに口を開いた。


「穂坂駅前交番から、また失踪者が出たと連絡が……」

「…………」


やはり、今一番聞きたくない内容が告げられる。

――これで、七人目。


「状況を説明してください」

「は、はい」


野崎に当たったところで仕方がないのは分かっているが、それでも語気は強くなる。

県警の捜査一課に配属されて二年。細々とした仕事を与えられ続けて、漸く目に見えて成果を出せそうな案件が回ってきたかと思えば、無能な現場に振り回され、事態は日に日に悪化していく。


――こんな筈ではなかったのに。


奥歯を噛みしめながら、野崎の話に耳を傾ける。


「――と、言うわけでして、現在は穂坂駅前担当の二名が現場捜索中。応援も向かわせているそうです」

「……そうですか」


机の上の資料に視線を落とす。

失踪者の一覧表。その末尾に、また一人分の空白が増えることになる。

それが何を意味するのか、理解していない者はこの場には居ない。


「……現場周辺は地域課にパトロール強化させていた筈ですが?」

「はい。巡回は適宜行っていましたが……」

「不十分だった――ということですよね」

「…………」


野崎は何も言わない。図星なのだろう。


「地域課の方々にも、当事者意識をもって注力してもらいたいものですね」

「……すみません」


どうして俺が、田舎の警察署の人間に指導しなければならないのか。

こんなものは、俺がする仕事ではない。


「これは、貴方たち全員に言えることですけどね。現場で動いて頂くからには、各々が自分の責務と言うのを理解した上で動いていただかないと――」

「増田さん」


言い終わる前に、野崎が声を上げた。

眉間に皺を寄せて、何か言いたげな表情を浮かべている。


「何でしょうか」

「お言葉ですが、我々も、最善を尽くして行動をしているつもりです」

「……つもり、ですか」


そんな浅はかな考えでいてもらっては困る。

俺は椅子に座り直して、野崎を見上げた。


「私は、理解して動いてください、と言っているのです。つもり、では困ります」

「……、……そうですか。分かりました。現場には、こちらからも改めて通達を――」


野崎がそう言い掛けたと同時に、会議室の扉が開け放たれた。


「失礼しまーす」


場違いな程に軽い声音だった。

まるで散歩の途中にでも立ち寄ったかのような気軽さで、会議室へと足を踏み入れたスーツ姿の男。

見覚えのないその顔に、俺は眉を顰めた。

捜査に加わっている刑事たちの顔は、凡そ把握している。けれど、こんなに目立つ外見の男は記憶にはなかった。


「……何ですか、貴方は」


反射的にそう口にすると、男は一瞬きょとんとした表情を浮かべ、それからにこりと笑った。


「ああ、すみません。蓮原県警刑事部特異案件捜査課の御子神です」

「……特案」


野崎が絞り出すような声で呟く。

特異案件捜査課――捜査一課と並ぶ刑事部配下の課だ。県警の中でも何をしているのかよく分からない胡散臭い連中で、一課内でも名前が出る度に上司たちが顔を顰めていた。

生憎、俺は仕事で関わったことはないが、碌な連中ではないことは、課内の雰囲気で感じ取っていた。

――しかし、そんな課の人間が何故ここへ?


「もしかして、お取込み中でしたか?」

「ええ。見ての通りですが」


皮肉を込めて返すも、御子神は気にする素振りすらなく、会議室をぐるりと見回した。


「随分と辛気臭い空気ですね。もしかして――進展、あんまり良くない感じです?」


その一言で、場の温度が一段下がる。


「……捜査の内容は、部外者に話すことではありません」

「部外者、ですか」


御子神は首を傾げる。


「一応、俺らは”部外者じゃなかった筈”だったんですけどね~」


含みのある言葉に、自然と眉間に皺が寄る。


「すみませんが、要件があるなら手短に仰って頂けますか。先程もお伝えした通り、我々は取り込み中なもので」

「ですね。では、俺も忙しいのでさくっと」


そう前置きしてから、御子神は軽く息を吸った。


「この事件、捜査は順調に進んでます?」

「……何度も言わせないでください。部外者には詳細を――」

「事件情報については例外なく、特異案件捜査課に共有する義務があります。警察学校で習いませんでした?」


御子神が俺の言葉を遮る。

癪に障る彼の言葉に苛立ちが募るが、特異案件捜査課に事件の詳細を共有することは、確かに義務付けられている。

俺は憤りを抑えて、口を開いた。


「捜査は順調に進んでますよ」


御子神が顎に手を当てながら首を傾げる。

その動作はどことなく演技がかっているように見えて、余計に腹が立った。


「うーん、可笑しいですね」

「……何がですか」

「さっき刑事課の方にお話を伺ったんですけど、少なくとも今日まで六人が失踪し、その消息は分からないまま……。犯人の目星もついていない――この状況って順調と言えますかね?」

「…………」


言葉に詰まった俺を見て、御子神は小さく息を吐いた。


「犯人は穂坂小学校教師の可能性が高い、と報告書にはありましたけど、証拠は出ているんですか? 張り込みとかもされてるでしょ?」

「……それは、」


恐らく、そうであろうという内容の報告であって、まだ結果が出ていない内容であって。


「加えて、地域課から上がってきた一次報告と、一課経由で上に上がってる報告。内容に差異があると聞きまして」


野崎がびくりと肩を揺らしたのが視界の端に入る。


「何を仰っているのか分からないのですが……」


思い当たる節はあるが、それが事件捜査に影響を及ぼすとは到底思えない。

御子神は表情を一切崩すことなく、続ける。


「では、確認になりますが……どうして”子どもの証言”がごっそり抜けているんですかね?」

「それは、重要度が低いと判断しました」

「誰が?」

「もちろん、我々が」

「なるほど。事実ではあるが削除した、と」

「……余計なノイズを排除しただけです」

「つまり、事実の取捨選択を行っていたわけだ」


御子神は小馬鹿にしたように、鼻で笑う。


「……それが、何か問題でも?」

「大アリですよ。事件解決の糸口になる可能性のある情報を、一課の判断で削除してるんですから」


会議室の空気が、完全に固まる。

子どもの――それも、”どうでもいいような証言”が、事件の糸口になる? そんな馬鹿げたことがあるものか。


「あんな証言のどこに事件解決の糸口があるんですか? 子どもの戯言に付き合っている暇は、我々にないんですよ」

「それを判断するのは、少なくとも貴方の仕事ではない」


ぴしゃりと御子神が言い切る。

だが、何を言われようと、あの証言が事件に関わるわけがない。それは、御子神を除くこの場の全員が思っていることだ。俺はそれを代弁したに過ぎない。

暫しの沈黙の後、御子神が再び口を開いた。


「……で、この雰囲気だと、また何か起きましたよね?」

「…………」

「ちゃんと報告をお願いします」


本当に一々癪に障る男だ。

俺は、視線を机の上に落とした。


「……先程、穂坂小学校の男子生徒が一名、行方不明だと通報がありました」

「通報はどこから」

「穂坂駅前交番です」

「なるほど」


御子神はそれだけ言うと踵を返し、会議室の扉の方へと歩みを進める。

その行動が意図することを察した俺は、慌てて椅子から立ち上がった。

この男は、現場を掻き乱し兼ねない。


「捜査の主導権はこちらにあります。勝手な真似は――」


言い終わる前に、御子神が足を止めてこちらに向き直る。

その表情は実に気怠そうだった。


「あのさ、俺は許可を貰ってここに来てんの」

「……それはどういう、」

「そのままの意味。この話は終わり」


それだけ言い残し、御子神は足早に会議室を後にする。

室内に残された面々は、俺含めてその余韻に飲まれて誰一人、暫く動けずにいた。


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