第二話 刺し穿たれたもの
刑事課から回ってくる資料は、事件名も内容もバラバラだ。
窃盗、器物破損、傷害、強盗――そして、殺人。
その中でも、不可解な事件や奇妙な内容のものを探していく。
配属されてから直ぐは戸惑うことも多かったが、デスクワークは嫌いじゃないし、この作業もどちらかというと少し楽しいまであった。
暴行事件、詐欺未遂、家庭内トラブル――。
事件内容に目を通して、手際よく資料を分けていく。
――まあ、殆どはただの人間による事件なんだけど。
そんなことを考えながら、資料の山から次の事件資料を手に取って、タイトルを目にした瞬間、手が止まった。
『雨堂橋下における刺殺死体遺棄事件』
丁度、今朝のニュース番組でも報道されていた事件だ。
事件現場は蓮原区に隣接する木多千区内であるが、ここは蓮原署の特案管轄に入る。
特案に所属する人間は少ない。それ故に、各区の警察署ごとに人員を配置することは不可能なのだ。
蓮原市には十八の行政区が存在するが、特案が配置されている警察署は蓮原署を含めて三ヶ所のみ。この三ヶ所で、それぞれ六区を担当することになっている。
「…………」
蓮原区と木多千区を跨いで流れる雨堂川。
資料に記されていたのは、そこに架かる雨堂橋下にて、三日程前に若い女性の刺殺体が発見されたという事件である。
――遺体は、体中を細い棒状の凶器で複数回に渡って刺された状態だった。凶器は現時点で不明だが、恐らく杭のようなものが使われたと推測される。怨恨の可能性が高く、その点から捜査を進めている、と。
何とも悍ましい事件内容に、読み進めるのも気が引けた。
――被害者の女性の情報は……。
「……水瀬、やよい」
思わず、絞り出すような声が口から零れた。
被害者として記載されている名前に、俺は見覚えがあった。
――い、いや、同姓同名の可能性もある。
僅かな望みをかけて資料の文字を目で追ったが、得られる情報は全て、俺が想像している人物であると証明するだけだった。
真司が言っていた――翔太の元彼女で間違いない。
「栗花落君、どしたの?」
隣の席から声が掛かる。
声の主――御子神さんへ顔を向けるも、言葉が上手く出てこない。
俺の様子に眉を潜めながら、御子神さんは俺のデスク上の資料を覗き込んだ。
「雨堂橋の事件か――何か気になることでもあった?」
「……いえ、その、」
御子神さんは急かすわけでもなく、俺の返答をただじっと待っている。
俺はぐるぐると渦巻く形容しがたい感情を押し殺しながら、口を開いた。
「……この被害者の女性、大学時代の同級生でして」
「え、そうなの」
御子神さんはデスクから資料を搔っ攫うと、まじまじと内容に目を通し始める。
「仲良かったの?」
「……顔見知り程度です。被害者の元彼が、俺の友人だっただけなので」
「元彼かぁ。怨恨の線で捜査しているみたいだし、容疑者に挙げられてるだろうね――あ、この山田翔太って奴か」
「……そうです」
まさか、友人が事件の容疑者の一人に名前が挙がることになろうとは思いもよらなかった。
身内贔屓ではないが、正直、翔太が彼女を手にかけるなんて想像がつかない。しかし、可能性はゼロではない。
御子神さんは資料を眺めながら顔を顰めた。
「うっわぁ、浮気が原因で別れたの? 可哀想だね、山田君」
「……そうですね」
日々女遊びに明け暮れている御子神さんに言われると、何だか複雑な気持ちになる。
「容疑者は元恋人の山田くんと、水瀬やよいの浮気相手――そして、その奥さんか。まあ、妥当と言えば妥当だけど、棒状の凶器でめった刺し――激情犯罪って言えば確かに……うーん……」
御子神さんは首を傾げながら続ける。
「ちなみに、山田君はカッとなって手が出ちゃうタイプとか?」
「……いや、全く」
真司の話を聞いた限り――別れ際に揉めはしたものの、それは彼女が浮気を正当化しようとしたという点なだけで、翔太自身は水瀬やよいに未練は一切なかった様子だったらしい。
「ま、そこら辺は刑事課が調べるでしょう……で、水瀬やよいの浮気相手とその奥さんの方は、これまたドロドロとしてますなぁ」
資料には、やよいの浮気相手である久我英二という男が、他にも複数の女性と関係を持っていたこと。そして、妻の昭子が“夫ではなく、相手の女性ばかりを責めていた”と書かれていた。
「こんだけ浮気されても許す女って存在するんだ」
「そりゃあ、超一途な女性ならあり得るわよ」
村上さんが口を挟む。
「女心ってのは難解だね~」
「尻軽男には一生理解できないでしょうね」
「理解できなくても困らないので、大丈夫でーす」
御子神さんのふざけた返答に村上さんは眼光を飛ばす。
「村上さんは浮気、許せるタイプなんですか?」
「えー、私は無理。私のことだけ考えてくれる男じゃなきゃ嫌だもん」
「重……」
「はあ? アンタは軽すぎんのよ!」
御子神さんが余計なことを言うから、三度口論が始まり掛ける。この二人はまともに仕事の会話もできないのか……。
俺は咳払いをして話の軌道を修正する。
「――刑事課は昭子の犯行の可能性が一番高いと推測しているようですが、死亡推定時刻にアリバイがあるようで、引き続き捜査中ってところみたいですね」
「動機は十分……でも、怨恨だけでこんな執拗に刺すかね」
刺し痕は合計十四ヶ所。どれも正面から刺され、体を貫通している。
もし仮に、犯人が昭子だとして――女性一人で、そんな犯行が行えるのだろうか。だからといって、翔太がこの件に関わっているとは、考えたくなかった。
思考は纏まらない。そんな俺を見兼ねたのか、御子神さんがパンっと手を叩いた。
「考えても仕方がない。この件は、様子見の案件ということで」
「……そうですね」
俺は再び資料の分類分けに意識を向けたが、それでもソワソワとした嫌な気持ちは消えずに腹の中で渦巻いていた。




