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異相の理  作者: 赤鰯 はこぼれ
第二章 その渇きは癒えることなく
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第二十二話 意外と面倒見はよかったりする

 目が覚めた瞬間に、酷い頭痛に襲われた。

 その原因が二日酔いにあると、瞬時に察する。

 結局、御子神さんに付き合わされて、自宅で潰れるまで飲んでしまった。


 重たい体を起こして、ベッドの横に敷いていた布団に視線をやる。

 御子神さんために敷いたのだが、彼の姿はそこにはなく、代わりに布団が綺麗に畳まれて置かれているだけだった。

 確か、始発に合わせて帰ると言っていたっけ。かなりの量のビールやハイボールを飲んでいたけれど、怪異も驚く酒豪っぷりである。


「…………」


 枕元にあったスマートフォンで時刻を確認すると、既に十一時を回っていた。

 始発で帰ると言っていたので、俺が寝ている間に帰ったのかもしれない。


 痛む頭を抱えながらふらつく足取りで居間の扉を開ける。

 真っ先に視界に入ったダイニングテーブルには、二日酔い用と思しき薬の箱と、その下には文字の書かれた小さな紙が一枚挟まっていた。


 ――カギはポストに。


 走り書きだったが、一目で御子神さんの筆跡だと分かった。

 紙を裏返すと、近所のドラッグストアの名前が視界に飛び込んでくる。

 わざわざ薬を買いに行ってくれたのだろうか……。


 意外と面倒見がいい御子神さんの一面を目の当たりにしながら、俺は薬飲んで洗面所に向かう。

 鏡に映った自分の顔は、それはもう酷い有様だったがシャワーを浴びて部屋に戻る頃には、少しだけ頭痛は引いていた。


 今の時計を見やる。

 ――出勤時間は十三時。あと、三十分は時間があるな。


 洗濯機を回そうか、掃除でもするか――そんなことを考えていると、ふと、テーブル上のスマートフォンの通知ランプが点灯した。

 仕事以外で連絡を寄越す人物と言えば、親代わりの祖父母か、彼女――それと大学の友人くらいだ。

 俺は画面を点けて通知内容を確認する。


 画面には、大学の友人――佐和田真司(さわだしんじ)の名前が表示されていた。

 彼とは大学卒業後も何度か仕事の合間をぬって遊びに行くような仲で、今回もそういった誘いだろうかとメッセージアプリを起動すると、案の定、飲みの誘いのようであった。


「……再来週ね」


 真司は隣県に住んでいるが、どうやら仕事の兼ね合いで蓮原を訪れるらしい。そのタイミングで会えないか、ということだ。

 俺はシフトを思い出しながら、手短に了承の返事を送る。

 彼から誘いがある時は、大抵何かしらの話題がある時と決まっている。恐らく、今回も何やら面白いネタでも仕入れてきたのだろう。


「洗濯するか……」


 洗濯カゴに溜まっていた衣類を洗濯機に入れてスイッチを押すと、低い駆動音が部屋に満ちた。

 窓の外では、昼の陽射しが雲の隙間から差し込んでいる。

 今日は生活安全課からの資料を確認して、真田さんと進捗の打合せをして――。


 やらなければいけない仕事を思い出しながら、俺は深く息を吐いた。



 ***



 向かいに座った真田さんは、欠伸を噛み殺しながら手元の資料を捲る。

 髪はぼさぼさで、きっと昨晩も家に帰れていないのだろう。相変わらず、顔がやつれている。


「幸い、店の利用者はそこまで多くなかった。顧客リストから洗ったが、今のところ被害者は出ていないな」

「昨日の今日で随分早く動いて頂いたようで」

「まあな。俺ら含めて、この件に関わった連中は早く終わらせたくて仕方がないんだろうよ」


 ――何せ、特案案件だからな。

 真田さんはそう言いながら鼻で笑う。


「こちらとしても、早く終わらせてくれる分には助かりますんで」


 真田さんの棘のある言葉すらどこ吹く風と言わんばかりに、御子神さんは軽く笑って返す。

 昨日あれだけ飲んでいたのに、二日酔いの気配が一切しない。恐ろしい程に強靭な肝臓だ。


「ホント、生意気な奴だよ。栗花落はこうならないように気をつけろよ」

「……あはは」


 なりたくても、なれないでしょうよ。

 俺は苦笑いを浮かべつつ、机の上の資料をまとめる。

 群蜘蛛の事件は、これで本当の終わりを迎えた。被害者も出ていないのは、喜ばしい限りである。


「はあ、これでやっと休める」


 真田さんが椅子にだらしなく凭れながら天を仰ぐ。

 相当お疲れのようだ。


「あれ、まだ動いてる事件なかったでしたっけ? 黒浜で起きた窃盗殺人とか」

「そっちは植木に任せてある。あいつなら問題ないだろ」


 真田さんは天井を見つめたまま続ける。


「――ミイラ化の件、一課は違法薬物という体裁で終わりにするらしい」


 群蜘蛛によるミイラ化――なんてことは公にできるわけがない。

 そうなると、警察は大衆が納得するような”うまい言い訳”を考えなくてはならないのだ。


「まあ、妥当ではありますね」

「……お前らの見解は違うんだろ?」

「…………」


 御子神さんはにっこりと愛想笑いを浮かべるだけで、それ以上は口にする様子はない。

 それを見て、真田さんは溜息を吐く。


「そういう態度だから、オカルト課とか変な名前で呼ばれるんだぞ、お前ら」

「強ち間違いじゃないんで」

「……まじか?」

「さあ?」

「……おい、栗花落」

「俺からは何とも……」


 真田さんは怪訝そうに眉間に皺を寄せる。そんな彼を尻目に、御子神さんが席を立った。


「冗談はここまでにして。捜査のご協力ありがとうございました」

「協力を仰いだのはこっちだけどな」

「一課ももう少し頭が柔らかくなるといいんですけどねえ」

「無理だろ」


 まあ、確かにそれは無理そうだなと思う。


「今回の件で栗花落の顔も覚えられちまったからな。きっと、風当りが強くなるぞ」

「……風当り、ですか」

「あいつら、無駄にプライドが高いから気をつけろよ」


 これから仕事量に比例して、一課との衝突も増えるのだろうか。今から気が重い。


「気にしなければ問題ないから大丈夫だよ」

「そういうのはお前にしかできねえから」


 そこに関しては、俺も激しく同意した。


「――ああ、一課と言えば、」


 真田さんは少し考え込むような仕草をしてから、声を落として続ける。


「今回の件で秘匿されていた遺体があっただろ」

「ああ、一課が勝手に処理したっていう?」

「そうだ。二課の昔馴染みから聞いた話なんだが――と言っても、噂話程度だが……どうやら、県警の人間があの店に出入りしていたって話だ。しかも、かなり上の人間。それが例の遺体だとよ」

「……それって、」


 県警の人間が違法風俗店を利用していたということか。

 聞いてはいけないような話に、俺は自分の顔が引き攣るのを感じた。


「本当だったらマスコミが群がりそうなネタですね」


 俺とは対照的に、御子神さんは何故か楽しそうな表情を浮かべている。


「あくまで噂だ、噂。まあ、でも人の口には戸は立てられねえからな」

「それをやるのが上層部のお偉いさん方でしょうよ」

「面白がってんじゃねえよ、馬鹿。栗花落、お前はこいつみたいになるんじゃねえぞ」

「はい、肝に銘じます」

「即答されると先輩としてちょっと傷付くんですけど」


 さして傷など付いてなさそうな軽い口調で言いつつ、御子神さんは肩を竦めた。


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