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異相の理  作者: 赤鰯 はこぼれ
第二章 その渇きは癒えることなく
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第二十一 仕事終わりの酒は最高ってわけ

 他愛無い話をしながら深夜の蓮原の街を進む。

 ミイラ化事件だなんて怪奇事件が起きても尚、この街の喧騒は何時もと変わらない。


「仕事終わりに酒って最高だよね」


『The Lull』へと続く階段を下りながら、御子神さんは終始上機嫌だ。

 黒塗りの木製の扉を開くと、穏やかなジャズの音が漏れ出してくる。


「――おや、御子神君と栗花落君」


 カウンターでグラスを磨いていたマスターが顔を上げる。


「言われた通り、連れてきましたよ。今日は客として」

「嫌だな。その言い方だと、私が無理強いをしたみたいじゃないか」

「事実でしょうよ」


 御子神さんは軽口を叩きながら、カウンター席に腰を下ろす。俺もそれに倣うように、隣の席に座った。

 俺たち以外の客は、奥のテーブル席に3名程。それぞれ静かに酒を嗜んでいるようだった。


「栗花落君を連れてきたってことは、事件の方は片付いたのかな?」

「とりあえず、俺らの仕事は終わったかな。で、頑張った栗花落君を労ってあげようと思ってさ」

「なるほどね。栗花落君、お疲れ様。御子神君に振り回されて大変だったでしょ」

「……ありがとうございます。振り回されたような、されてないような感じでした」

「振り回した覚えはないんだけど」


 御子神さんはわざとらしく眉間に皺を寄せる。


「御子神君はこんな性格だけど、根は真面目だからさ。仲良くしてあげてね」

「性格も顔もいい、の間違いじゃないですかね、マスター」

「性格がよかったら、もっと出世してるって」

「出世に性格は関係ないでしょうよ」

「……お二人は、仲良いですね」


 不意に口を突いて出た俺の言葉に、マスターが小さく笑う。


「あはは、仲が良いか。確かに昔からの馴染みだからね」

「そうなんですか?」

「昔ね、御子神君はここでバイトしてたからさ。高校生の時だっけ? 配膳とか掃除とかしてもらってたんだよ」


 なるほど、それならば先程からの気安いやり取りも納得である。

 しかし、御子神さんが接客業とは、ちょっと想像がつかない。外見だけの話で言えば、適任なのかもしれないが――その……人に尽くせるようなタイプには全く見えないから。


「学生時代の御子神さんってどんな感じだったんです?」

「そりゃもう、今より大分捻くれてて――」

「あー、もう! そんな話はいいから、酒飲もうよ」


 御子神さんが強引に話を遮って酒を頼み始める。

 よっぽど聞かれたくない何かがあるのか。今度、こっそりマスターに聞いてみよう。


「栗花落君は何飲むの」

「……あまり詳しくないので、おすすめとかで……」

「じゃあ、マスター。栗花落君には、バー初心者でも楽しめるやつを。さっぱりめのがいいかな。度数は強過ぎなければ」

「無茶振りするねえ」


 そんなことを言いながらも、マスターは楽しげにボトルを手に取った。


「栗花落君さ」

「はい?」

「うちに来て一ヶ月経つけど、仕事には慣れた?」


 ふと御子神さんから投げかけられた問いに、俺は暫し思考する。

 正直、まだ手探りな部分は多い。分からないことも、仕事も山のようにある。


「……仕事の内容には、正直まだ慣れないです。地域課の頃とは毛色が全く違いますし、毎回初めてのことばかりで」

「まあ、そうだよねえ。そもそも、栗花落君って二年目だもんね」

「漸く交番勤務に慣れたと思ったら、辞令が出たので驚きましたよ」

「そりゃ悪いことしちゃったな」

「え?」

「いや、だって――”引き抜いたの俺だから”」


 何だって?

 驚きの事実に御子神さんの顔を凝視していると、マスターがカウンターにグラスを置いた。グラスに沈んだ氷が、照明の光を取り込んできらきらと光る。

 御子神さんは何事もなかったかのようにグラスに手を伸ばして、軽く掲げでみせた。


「――改めて、初任務お疲れ様」

「……いやいやいやいや、あの、引き抜いたっていうのは……」

「地域部の部長さんと話して、是非うちにください~って。ほら、栗花落君も飲みなよ」

「……い、頂きますけども」


 俺の前に出されたグラスにはミントとライムが添えられており、マスター曰く、国産のラムを使ったモヒートとのことだ。

 御子神さんを問い質したい気持ちを何とか抑えて、グラスに口を付ける。

 舌に触れた瞬間、少し癖の強さを感じたが、さっぱりとしたライムの風味とミントの香りが鼻に抜けるようで、後を引く美味しさだ。


「マスター、美味しいです」

「そう言って頂けて嬉しい限り」


 マスターはそうにっこりと笑う。丁度そのタイミングでテーブル席から注文が入ったのか、マスターはそちらの方へ移動した。

 三口程モヒートを口に含んでから、俺は再び御子神さんの方へと向き直る。


「それで――そんな簡単に異動って通るものなんですか……」

「前にも話したと思うけど、俺たちのような人間っていうのは数が少ない。でも、そういう類の事件はそこそこ起きるわけだ。特案は常に人手不足。駄龍の手も借りたいくらいな状況で、素質のある人材が居たら積極的に引き抜こうとするのは自然でしょ?」

「……確かにそうかもしれないですけど」

「勿論、本人の希望を聞いた上での引き抜きだからね。栗花落君の時も、一応受けなくてもいいって言われたでしょ?」

「……確かに、無理強いはしないと言われました」


 辞令を告げられた時のことをぼんやりと思い出す。


「やっぱり視えることがトラウマになっている人も中にはいるんだよね。そういう人を所属させるわけにはいかないからさ」


 ――トラウマ、か。

 物心ついた時から、人には視えない得体の知れないものが視えている状況は、誰にも理解されない孤独なものだ。

 俺が怪異を視えないものとして扱うようになったのは、それこそ、高校に進学したくらいだった。

 けれど、そうやって割り切れない人も、中にはいるのだろう。


「御子神さんも、特案に引き抜かれたんですよね?」


 気になって訊ねてみる。

 御子神さんのような性格の人物が、どうして特案――そもそも、どうして警察官になったのか、正直かなり気になるところだ。


「俺はちょっと特殊だよ」

「特殊?」

「簡単に言うと、若い時に甘崎さんに世話になって」

「世話に……?」

「まあ、その時から甘崎さんとは知り合いで、警察学校出て直ぐに特案に配属されたんだよ。だから、交番勤務ってしたことないんだよね」


 少し話を濁されたような気がするが、想像した以上に特殊なパターンで驚いた。


「そもそも、何で警察官になったんですか?」

「栗花落君、酒入ると饒舌になるタイプ?」

「そんなことないと思いますけど……」


 そんなことは初めて言われたな、と思いつつ御子神さんの返答を待つ。


「酒の席になると皆聞くけど、単純にモテそうだから以外に理由なんてないでしょ」

「……えぇ」


 あまりにも不純な動機に思わず情けない声が出た。


「本気で言ってます?」

「うん。だって、モテるでしょ。警察官ですって言ったら」

「そうかもしれないですけど……」


 もっと、こう……嘘でもいいから綺麗な答えが来ると思っていたの。いや、まあ、御子神さんらしいと言えばそうかもしれないのだけど。


「じゃあ、逆に栗花落君はどうして警察官になったの」

「俺ですか?」


 警察官になった理由――。


「……大したことないですよ。ただ漠然と、誰かの役に立つ仕事がしたいと思って、」


 誰かの役に立つことで、誰かに必要とされることで――自分は大衆と変わらない”正常な人間”であると、証明がしたかった。だから、手っ取り早くそれが叶えられそうな”正常な社会の中心にある職業”として、警察官を選んだ。ただそれだけ。

 言ってしまえば、御子神さんの”モテそうだから”という理由と、大して深度は変わらない理由である。


「大した理由じゃん。そんなこと考えて入る奴の方が少ないよ」

「いや、流石にそんなことないと思いますけど。俺の場合は承認欲求に近いので……」

「ふーん? どんな理由で入ったにせよ、ちゃんと仕事をこなしているんだから、それでいいと思うけどね」

「そうでしょうか……」

「そうそう。目先の目標としては、まずうちの仕事に慣れないとね」


 そう言って、御子神さんはグラスの中の液体を飲み干した。

 俺の記憶が正しければ、そのグラスに注がれていたのはウイスキーの筈だ。かなり度数が高い酒だと思うが、水かと思うような飲みっぷりである。




 ***




「――まだ飲み足りないんだけど」


 深夜一時になろうかというところで、御子神さんが呟いた。

『The Lull』の閉店時間は一時だそうで、そろそろ退店をしなければならない。

 既に五杯も飲んでおいて何を言っているのかさっぱり分からないが、確かに顔色は素面のように見える。


「飲みすぎると明日に響きますよ」

「午後からだから響かない」

「二日酔いになったら大変ですって」


 かく言う俺も、御子神さんのペースに合わせて少し度数の高い酒を飲んでいたため、明日の朝が少し怖い。


「二日酔いになんてならない」

「……どこから出てくるんですか、その自信は」


 子どものように駄々を捏ね始める先輩に、俺は水を差し出す。

 御子神さんは水が入ったグラスを暫く睨んだ後、一気に流し込むと何かを思いついたかのように、にやりと笑みを浮かべた。


 何だか嫌な予感がする。


「――移動しようか」

「……二軒目ってことですか? 御子神さん、家帰れなくなりますよ」

「平気だよ、栗花落君の家に泊めてもらうし。家、近いよね」

「……いや、流石にそれは……」


 そこまでして酒が飲みたいのか。


「駄目?」

「……駄目ではないですけど、明日どうするんですか」

「始発で帰る」

「……ええ」


 自宅は駅近ということもあり、学生時代から友人らの溜まり場として利用されることもあったから、人を泊めることには抵抗はない。が、職場の先輩となると、気まずさがないと言えば嘘になる。


 ――とは言え。

 機嫌の良さそうな御子神さんに水を差す方が、後々怖いのも確かだ。

 俺は少しの葛藤の後、盛大に溜息を吐いた。


「……じゃあ、行きましょうか。二軒目」

「やったね」


 もうこれはとことん付き合うしかない。


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